第九話

『パーティー・パニック』
















それは、キャロが無限書庫に来て早々のことだった。

「あ、そういえば!」

何か思い出したかのようにキャロが声を上げた。

「ん? どうしたの?」

「来週、無限書庫に来れない日があるんです」

「来週?」

「はい。六課の人達でパーティー会場の警備があるんです」

「へぇ、そうなんだ。どんなパーティーなの?」

「えっと、学者の先生が本を出版するので、その出版記念のパーティーみたいです」

キャロが質問に答えると、ユーノが少しだけ考え込む素振りを見せた。

「出版記念パーティー……?」

少し、引っかかった。
自分の来週の予定を検索する

──あれ? 確かそのパーティーって……。

すぐに頭の中で一つの予定がヒットした。

「今回のお仕事はパーティーの主催者さんのご好意で、警備よりも参加を主にしていいらしいんですよ。本当に楽しみです!」

嬉しそうにキャロが笑みを浮かべる。

「そっか。それは楽しみだね」

と、ユーノが言葉を返す。
だが、彼の表情がいつもより少し違うことにキャロは気が付いた。
ユーノが笑顔なのはいつものことだが、その中に『おもしろいこと』を思いついたような、嬉々とした笑顔が浮かんでいるのだ。

「どうしたんですか? 何か楽しいことでもありました?」

「ああ、気にしないでいいよ」

曖昧に言葉を濁す。
が、ユーノの表情は珍しく年相応の、考古学者の時でもなく無限書庫の司書長の時でもない、どこにでもいる19歳の青年の嬉々とした表情だった。
ユーノはその表情を保ったまま、いつもの訓練の始まりを宣言した。

「それより、特訓始めようか」







































「いきなり同時には出来ないんだから、少しずつ重ねていこう」

「はい!」

いつものように優しげな言葉がキャロに向かう。

「……時間的にはこれが最後だね。最後にもう一回やってみよう」

ユーノの言葉にキャロは再度集中をする。

「最初は支援魔法の構築。それが終わりかけたら防御魔法を構築……」

声に出して確認する。

──言葉だけだと、すごく簡単なんだけど。

でも、実際は全然そんなことない。
ただただ、こう思う。

──難しい。

デバイスの補助があっても完璧に出来るかどうか分からない。
なのに今はデバイスを外した状態だ。
本当は不可能なんじゃないかって、思いそうになることもある。

──でも、ユーノさんは出来るんだもんね。

そう、目の前にいる人は出来る。
それを平然とやってのける。
デバイスが無くても、平然と。
だからこそ、自分がしていることを信じられる。
不可能じゃないんだって、信じられる。
ここにはキャロがやっていることを実際に出来る人がいるのだから。







…………いや、違う。







今となっては、そんなややこしい理由はまったく必要ない。

“ユーノだから”だ。

だから、信じられる。
こうして、頑張ることが出来る。

──よしっ!

心の中で一回気合を入れる。
ほんの少しでいい。
ほんの少しでいいから、魔法構築を重ねられるようにしよう。
そうすれば、自分が成長したって分かる。
そうすれば、ユーノは褒めてくれる。

──成長したところを見せたら頭、きっと撫でてくれるよね?

この間のように。

──少しの間だったけど、それでも私の『お父さん』になってくれた人は頭を撫でてくれるよね?

目の前にいるユーノをちらりと見ると、キャロは淡い期待を胸に魔法を構築し始めた。




























「はい、今日は終了!」

キャロが最後に魔法構築を少しだけ重ねるのに成功したのを見届けると、ユーノは訓練の終わりを宣言した。

「お疲れ様、今日も頑張ったね」

ユーノはキャロにねぎらいの言葉をかける。

「フリードもお疲れ様」

そして、同じく訓練をしていたフリードにも言うのを忘れない。

「まだまだです。ユーノさんみたく同時構築と展開をするにはほど遠いですし」

訓練の終わったフリードを腕の中に抱きながら、キャロは答える。

「大丈夫大丈夫。今日は最後に少し重ねられたんだ。だから焦らないでゆっくりやればいいんだよ」

ポンポン、と右手で頭を軽く叩く。
キャロの期待していた手が今、彼女の頭の上にある。
『そのまま撫でてくれないかな』と期待したけれど、軽く叩いただけでユーノの手は遠ざかった。

「あっ……」

そのことに思わずキャロの口から声が漏れる。

「キャロ?」

「い、いえ、何でも……」

咄嗟に出た言葉を慌てて抑えようとしたがもう遅い。
ユーノはその一瞬の言葉と今のキャロの様子で、彼女は何か要望があるとすぐに把握した。

「キャロ、何でもないわけないんだよね?」

笑顔でユーノはキャロに問いかける。

「言ってごらん?」

そのユーノの問い方は柔らかく、そして優しい。
キャロはその優しいユーノの言葉に、胸が温かくなって。
前に問われた時よりも、素直に心情を吐露することができた。

「あの……あたま、撫でてほしかったなって……思って……」

詰まりながらでも、途切れ途切れであっても、それでもキャロは自分の気持ちをすぐに出せた。
ユーノはキャロの返答を聞くと、苦笑して右手をもう一度キャロの頭に置いた。

「まったく……」

言いながらユーノはキャロの願うとおり頭を撫で始める。

「僕はこの前、言ったよね。我侭を言っていいんだよって」

ユーノは膝を屈めて、キャロと視線を合わせる。

「確かにキャロはほとんど言ったことないと思うから、こっちから訊かないと言わないと思う。でも、それでも少しずつでいいから、僕が訊かなくてもキャロから言って欲しいんだ」

それが。

──難しいのは分かってるけれども。

昔から我侭などほとんど言ったことなどないのだから。
だからこそ言って欲しいと思う。

「それがこの前、『キャロのお父さん』と思われた人からのお願いだよ」

キャロに語りかけながら未だに頭を撫でるユーノ。
その姿は本当に『お父さん』みたいにキャロには見えた。

──うれしい。

ここまで言ってくれる人がフェイト以外にも出来た。
ここまで自分を想ってくれる人が、フェイト以外にも出来た。
それが嬉しくて……また、ユーノが頭を撫でてくれるのが嬉しい。
だからキャロは思う存分、自分が満足するまでユーノに頭を撫でてもらった。

























「とりあえず、来週はパーティー会場の警備で休む日がある、ってことでいいのかな?」

帰り際のドアの前で、ユーノが今一度キャロに確認をする。

「はい」

「そっか」

確認を取ると、ユーノがまた珍しい笑顔になった。

「あの、どうしたんですか?」

キャロとしてはユーノがどうしてそんな笑顔になるのか知りたい。
けれど、ユーノは教える気は無いらしく、

「内緒だよ」

はぐらかした。

「いずれ分かるから、それまでは内緒」

「……はい」

非常に気になるが、ユーノが言うからにはいずれ分かる時がくるのだろう。
だから今は、渋々ながらもキャロは引き下がることにした。















そして…………キャロがユーノの内緒を分かったのは、次の週にある……パーティーの日。
















      ◇      ◇













〜〜パーティー当日〜〜





















ドレス姿に身を包んだはやてとフェイトが会場を軽く見回す。

「今日はそこまで警備に力を入れるわけやないから、少しはゆっくりできそうや」

「そうだね」

今回の警備の件は他の課とも合同で行われているため、機動六課としてはそこまで気を張る必要が無い。

「私達が警備に本腰入れるんは、ロストロギアが皆にお披露目されるときだけやからね」

「それまではパーティーを楽しんでいい、って言われたんだよね」

「ホント、主催者の先生様々やね。仲良うさせてもらってよかったわ」

純粋なパーティー参加というのは滅多にないのだろう。
はやてが嬉しそうに言った。
が、言ったのも束の間、はやてはフェイトの全身に視線を走らせた。

「そ・れ・に・し・て・も〜」

急に話を変えると、はやてはからかうような目線をフェイトに向ける。

「やっぱり着けてるんやね、それ」

肘でフェイトのわき腹をつつく。
はやてが振った話題の品は、今日も着けているネックレス。

「お、お気に入りだから着けてるんだよ」

フェイトはこの間と同じように言い訳し始める。

「別に取り繕おうとせんでもええよ?」

「だ、だから違うんだよ!」

「違うって、何が?」

ニンマリと笑いながら、問い詰める。

「えっと……それは……その…………」

そこでフェイトの言動が止まる。
一方はやては、適当な言い訳が見つからずに困っているフェイトを心の底から楽しむように見ていた。
けれど、

「まあ、そういうことにしとこか」

パーティー会場でこれ以上フェイトを追い詰めてもかわいそうだろう。

「それじゃ、私はグリフィス君でも連れて少し挨拶周りしてこよかな。いくらパーティーに参加していいって言われてても、それぐらいはやらんとね」

そう言ってフェイトに軽く手を振ってはやては歩き出した。
ただ、歩いている最中、はやては思う。

「こないだもやったけど、どうもフェイトちゃんはからかいたくなるんよね」

なので申し訳ないが、少しの間からかわせてもらおう。














      ◇      ◇



















「すごいね、エリオ君」

「うん、そうだね」

大きな会場に数百人はいそうな来賓。
エリオとキャロは、その初めて見る光景に少しばかり驚愕していた。

「僕、こういうところ参加するの初めてだから驚いたよ」

「私も」

言いながら二人は会場を見回す。

「けど、みんな楽しんでるみたいだ。すごいなぁ」

なのははスバルと、はやてはフェイトと、守護騎士達は三人で、そして珍しいことにティアナはヴァイスといっしょにいる。

「それにしても今日は無限書庫の訓練ないの?」

「今日はユーノさんにお仕事ありますって言ってあるから大丈夫」

「そうなんだ」

と、二人が話していたときだった。
後ろからキャロには馴染みの、そしてエリオには久々の声が聞こえた。







「パーティーは楽しんでる?」







「「え!?」」

唐突に掛けられた声に、エリオとキャロは振り向く。

「やあ、二人とも」

笑顔でそこにいたのは、紛れもなくユーノ・スクライア。

「ユーノさん!?」

「あっ、お久しぶりです」

キャロは何故ユーノがここにいるのかという驚きを声に出したが、エリオは普通にユーノに挨拶をした。

「エリオ君、久しぶりだね」

穏やかに会話をする二人。
と、そこにキャロの声が飛ぶ。

「ユーノさん、どうしてここにいるんですか!?」

まあ、キャロの疑問も当然だろう。
彼がここにいるなどまったく聞いてなかったのだから。
ユーノはキャロが驚いていることに心の中で『やった』と思いながら、説明を始める。

「このパーティー、出版記念パーティーなのは知ってるね?」

こくり、と二人は頷く。

「僕は本を出した人と懇意にしてもらってるんだ。それに今回は本を作るための資料を少しばかり提供したからね。だからこのパーティーにも呼ばれてるんだよ」

「そうなんですか」

「キャロに言われた時、このパーティーだってピンと来たんだけどね。会場で会ったらビックリするかな、って思ってその時は言わなかったんだ」

言って、ユーノは笑った。
ただ、その笑顔はこの間、初めて見た笑顔……年相応の笑顔と同じだった。

「それにしてもキャロのドレス姿、かわいいね。ブレスレットも着けてくれたんだ」

キャロはユーノに言われると、嬉しげな表情をした。

「もちろんブレスレットはユーノさんに買ってもらったお気に入りですから着けますよ。それにドレス、フェイトさんと一緒に選んだんです」

キャロが嬉々とした声音でユーノに伝える。

「エリオ君はちゃんと感想言ってあげた?」

「い、言いましたよ」

ユーノの疑問に答えるエリオだったが、赤い顔とどもったことを鑑みると、

──少し見惚れたのかな?

簡単に予想が出来た。
と、エリオを見たユーノがふと何かに気付いたようだ。

「エリオ君、ちょっといいかな?」

ユーノがエリオを手で招く。

「ネクタイの結び方だけどさ、パーティーだからちょっと変えてみない?」

「結び方、ですか?」

エリオの頭に疑問符が浮かぶ。

「うん。パーティーだからさ、ネクタイの結び目──ノットの部分をもうちょっと大きく見せたらいいと思うよ」

「大きく?」

「うん。本当は襟の開きで変えたほうがいいんだけど、こういう日は特別にね」

言いながらユーノは軽くしゃがみこむ。

「キャロもおいで」

ユーノはキャロを呼び寄せる。

「エリオ君もキャロもよく見てるんだよ」

言うと、ユーノが一度エリオのネクタイを解き、そして新たに結んでいく。
手際よく結んでいき、結び目を軽く引き締める。

「で、ここで一工夫」

ネクタイの両端を折り曲げてダブルディンプルを作り、形を整える。
そして結び目を今度はキチンと引き締めた。

「大体こんな感じかな」

エリオの肩をポンポン、と叩く。

「あ、ありがとうございます」

エリオが頭を下げる。
ユーノはそんなエリオにくす、と笑う。

「パーティーのことでも何でも、気になることがあったらいつでも言ってね。六課にはあまり男性陣がいないみたいだし」

「はい!」

エリオの返事を聞くと、ユーノは会場を見回す。

「他の機動六課の人たちは、楽しんでるのかな?」

言いながら、まずはやてを見つけた。
隣にいる紫色の髪の毛の男性──グリフィスを引き連れて、このパーティーを開いた先生と話をしている。
次に見つけたのはなのは。
隣にいる女の子と談笑している。
まあ、その周りにいる男性陣が話しかけようとしているのはご愛嬌だろう。
そして次は……フェイト。






ただ、ユーノはフェイトを見つけた瞬間……感情がざわついた。






なぜなら、いかにも軽薄そうな男がフェイトに迫っていたから。
















      ◇      ◇














一人になって少しばかりすると、フェイトの元にどこからともなく軽薄そうな男がやって来た。
そしてさきほどからその男と交わされる言葉は、フェイトにとってどうでもいい会話。

「なあ、別にいいだろ」

「ですから、結構とさっきから言っています」

何度も繰り返される押し問答。

「さっきの女と別れてから一人じゃんか、あんた」

何回も断っているのに、こりずに迫ってくる目の前の男。
フェイトはそんな男に辟易して、

「私は一緒に来た人がいますから!」

言葉を強く出す。
今までだって何人もこういう輩はいた。
そして毎度こう言って追い返してきた。
だから今回もこれを言えば問題ないと思っていた。

「へぇ……」

けれど、今回はフェイトの考えとは裏腹に初めて、

「だったら早くここに連れてきてみろよ」

この手は通用しなかった。

「え!?」

「どうせいないんだろ、連れなんてよ。だったらいいじゃん、別に」

瞬間、少しだけパニックになった。
まさかこうなるとは思ってなかったから。

──と、とりあえずはやてかなのはに……。

念話を二人どちらかに送ろうとする。
が、視界に二人の姿が目に入ると……フェイトは二人に念話を送るのをやめた。
どちらも楽しそうに笑っていて、その雰囲気を壊したくなかった。

──だいじょうぶ。

そうだ。きっと一人でもどうとでもなる。
いざとなったら逃げればいい。
ここはパーティー会場だから、目立つことなどしないだろう。
でも、フェイトが考えている隙に、

「ま、とりあえず付き合えよ」

男のほうが、手を伸ばしてきた。
フェイトは男の動向に慌てて後ずさりした。


──触られたくない!


こんな軽薄な男に触られたくなどなかった。
嫌悪感がフェイトの胸のうちに溢れる。
それと同時に思うのは、一人の青年。




彼ならこんな嫌悪感を抱くこともない。

彼なら触られても大丈夫。

彼なら……全然平気なのに。




手を伸ばしているのが彼だったら、と考える。
なんで考えてしまったかは自分でも分からないけど、唐突にそう考えてしまった。
でも、そんなことを考えても無駄だ。
彼は今、この場所にはいない。
この場所にいるはずがない。
そんな話は聞いていない。

だから無駄な期待はしない。

無駄なことは考えない。

だって、

──ユーノは今、この場所に……
















「申し訳ありませんが、僕の連れに何か用ですか?」















──いた。




求めていた声が…………求めていた人が…………すぐ後ろにいた。


















      ◇      ◇
















声が聞こえた。
フェイトのとげとげしい声と、それをまったく理解していない男のふざけた言動。
彼女が嫌がっているのが目に見えているのに、それでも誘う男にユーノはさらにイラだった。
だからユーノは二人のところに辿り着くと、

「申し訳ありませんが、僕の連れに何か用ですか?」

言って、ほぼ後ろからフェイトの腕を掴み、そのまま引き寄せた。
そして右手を肩に回し、よりフェイトを密着させる。

「……ユーノ……」

フェイトがユーノを見る表情と声には、驚きの表情と安堵の感情が含まれていた。

「ごめんね。ちょっと話込んじゃってさ」

ユーノは聞こえていた二人のやり取りから、話の流れを類推して会話を始める。

「おい、テメエ誰だよ」

目の前の男が胡散臭そうにユーノを睨みつけた。

「ただの司書ですよ」

ユーノは飄々と睨みつける視線を受け流す。
が、その態度が男には気に入らなかったようだ。

「だったら邪魔だ。どけよ」

言われた瞬間、あまりの意味不明にフェイトと視線を合わせた。

「意味が分かりかねますが?」

なぜ、どかなければならないのだろうか。

「俺は捜査二課の課長の息子だぞ」

「…………はい?」

捜査二課の課長の息子だからといったって、退く理由になるなど……

「俺が親父に頼めばテメエなんぞどうとでも出来るんだよ」

「…………ああ、そういうことですか」

続いて出てきた台詞で、やっと目の前の男の言いたいことが分かった。

「つまりあなたは捜査二課の課長の息子だから、そして僕が司書だから、すっこんでろと言いたいわけですか?」

ユーノが言うと、男がニヤリと笑った。
どうやら図星らしい。

「司書ってことは無限書庫の司書なんだろ、お前。俺ら二課のパシリにされてるたかが司書風情がでしゃばるんじゃねえよ。お前らはうちの課の業績を上げるためにいんだ。立場考えろ」

「なっ──!?」

フェイトが男のあまりの物言いに口を開きかける。
が、ユーノが肩を抱いている手に力を入れて、フェイトを制した。
そして冷静に、厳かに、感情などまるで込めていないかのように、

「……それは捜査二課の言葉として受け取ってもいいのですか?」

言葉を放つ。

「ああ!?」

「ですから、捜査二課の代表としての言葉として受け取ってもよろしいのですね?」

「どうとでもとれよ」

そして彼は気付かない。
ユーノがこれから行おうとしていることを。

「……分かりました」

男の返事を聞くと、ユーノはポケットから電話を取り出し、とある番号に掛けた。
数コール鳴ると、電話先の主と繋がったようだ。

「もしもし」

フェイトと男は推測する。
電話の相手は誰なのか、と。

「ええ、お久しぶりです……」

ユーノが会話を始めた。
が、挨拶もそこそこに、ユーノは本題をすぐに切り出す。

「なぜ今、お電話させていただいたかというと──」

フェイトと男は次のユーノの言葉に注意を向ける。
おそらく、その会話で相手が誰だか分かるだろう。
ただ、フェイトにはなんとなくだが予測がついていた。
あくまでおそらく、ではあるけどユーノが電話をしている相手。
それは──

「──申し訳ありませんが、二課には二度と無限書庫にいる司書を使わせない、ということをお伝えするためです」

二課の管理者。
つまり二課を背負っている男……二課課長に向けられたもの。

「今、貴方のご子息に言われたんですよ。無限書庫にいる僕の部下と、そして僕について『たかが司書風情』と、『立場を考えろ』と。僕のことは別にいいんですけどね、司書全体を貶められることを言われて黙ることなど出来ません。僕達司書は事件を迅速に解決するための手助けをするためにいます。決して二課の業績を上げるためにいるわけではありませんし、貶されるためでもありません」

ユーノの言葉は今まで聞いたことのないくらい、冷え切っている。
それなのにも関わらず、男は未だにユーノのことを軽視しているようで、何を馬鹿なことを言ってるんだ、と言うがごとく薄ら笑いを浮かべている。
けれど、

『──────!!』

ユーノの電話から漏れてくる声は、必死に弁明しているようにフェイトには聞こえた。

「しかしですね、息子さんがおっしゃられたことは全て二課を代表しての言葉だと聞いております。ですから──」

一旦、ユーノが言葉を切る。
そして叩き付けた言葉は、

「無限書庫司書長、ユーノ・スクライアの名を以って言わせていただきます。今後、無限書庫にある資料が必要な際は、そちらが書庫に出向き勝手に本を探して下さい。司書を使うことなど、僕が許しません」

紛れもなく無限書庫司書長『ユーノ・スクライア』として、二課に宣言した言葉だった。

「では、用件はこれで。失礼します」

電話を切る。
ふとユーノが目の前にいる男の表情を見れば、いつの間にやら余裕などがほとんど存在しておらず、顔は少し蒼白になっている。
薄ら笑いなどまったく無くなっていた。

「お、お前、そんなことしていいと思ってんのか!?」

まさか目の前の青年が無限書庫の司書長とは思っておらず、何よりも彼の用件が通るとはまったく考え付いていなかった。

「思ってますよ。それが出来る権限も与えてもらってますから」

無限書庫が使えるようになってから、彼と無限書庫の必要性は少しずつ増していっている。
それに応じて権限というものも強くなってきていた。
おそらくはユーノを超す才能の持ち主が現れない限りは『無限書庫司書長』という肩書きも、それに伴った権力も彼が無くすことはないだろう。

「まあ、本来はあまり振り回したくない『チカラ』ですけれど」

それでも使うときは、躊躇いなく使う。

「それでは」

そしてユーノは男へ別れを告げると、後はもう関わりたくないかのように、フェイトに顔を向けた。

「行くよ、フェイト」

そしてフェイトの肩を抱いたまま、ユーノは歩き出した。




























男から離れるために歩いている最中、ユーノにフェイトが尋ねる。

「ユーノ、怒ってる?」

「もちろん怒ってるよ」

ほとんど見ることのないユーノの怒っている姿。
しかも目の前から原因となる事柄が無くなっても怒っているなど、とても珍しい。

「司書達があんな奴のいる課に使われてるのも腹立たしいし、しかも軽視されてるのがさらにむかつく」

ユーノの口から零れてくる言葉は、最近のユーノからは全く聞き覚えのない単語ばかり。
『腹立たしい』も『むかつく』も。
普段、フェイトと話しているユーノから絶対に出てきそうにない単語ばかり。
けれどそんな新鮮な単語は、

「何よりフェイトが絡まれてたっていうのが本当に腹立つ」

すぐにフェイトにとってうれしい単語になった。





そして一方のユーノは、フェイトに愚痴を言うだけ言うと、落ち着くために深呼吸をした。
ムカムカするが、怒っていてもしかたがない。
ユーノはもう一度深呼吸をして、気分を落ち着かせる。

「…………ふぅ……」

すると、あることに気付いた。

「あれ? フェイト、この間と同じドレスだね」

この間、会った時と同じ黒いドレスだということにユーノが気付く。
フェイトも言われた途端、気付いた。

──そうだ! 私、前と同じ服だ。

気に入ってるドレスだからこれでいいかと思ってはいたが、ユーノがいるなら話は別だ。

──どうしよう!?

フェイトがドレス姿でユーノに会う時、つまり前回も今回もドレスは同じだ。
もしかしたら、面倒くさがりと思われるかもしれない。

──これならもっときちんと選べばよかった。

あるのは後悔と恥ずかしさ。
キャロのドレスはちゃんと選んだのに、自分は……。
けれど、

「前も言ったと思うけど、すごく綺麗だよ」

フェイトの心配は、杞憂。

「ネックレスも着けてくれてるみたいだし、うれしい」

さっきとは打って変わってニコニコとしているユーノには、無駄な心配みたいだ。
と、フェイトもここでようやく気付いたことがある。

「あの、ユーノ……」

「どうしたの?」

ユーノは分かってないのか、フェイトへと視線を向けた。
フェイトは右の手を右肩──つまり彼女を引き寄せているユーノの右手に当てる。

「その……ね、肩……」

言われた瞬間、把握したユーノが慌てて手をどけて、フェイトから離れる。

「ご、ごめん!」

「気にしないでいいよ。そ、その、嫌ってわけじゃなかったから」

ただ、すごく恥ずかしかった。

ユーノに引き寄せられているのに気付くと、ユーノの手の大きさだったり、顔は中性的に見えても案外体つきはがっしりしていることに気が付く自分がいて……そのことに気が付いた自分がすごく恥ずかしかった。
だけど、恥ずかしいと思うのと同時に、こうも思った。

──もう、昔と一緒じゃないんだ。

ということを。
そう、もう子供の時とは違う。
体つきも、ユーノのほうががっしりとしている。
身長も、少しだけユーノのほうが高い。
手も、ユーノのほうが大きい。
近づいて、触れ合って初めて分かる昔のユーノと今のユーノの身体的な違い。

「フェイト?」

少し押し黙ったフェイトがどうしたのだろうかと、ユーノが声を掛ける。




──でも、変わってないものもあるよね。




ユーノの優しげな風貌とかは変わってないってはっきり言えて、ユーノの暖かい手は変わってないってはっきり言える。




「何でもないよ」




フェイトはユーノに微笑む。




──何よりもユーノの心は……昔から優しい。




出会ったときから。




出会ってからも。




そして今も……ずっとユーノは優しい。




それだけは変わってないことを知ってる自分が、フェイトは誇らしかった。














































〜〜おまけ〜〜

しばらくして落ち着いた後の会話……











「ユーノは今回、私達がここにいるって知ってたの?」

「知ってたよ。キャロから教えてもらってたし」

「そ、それならどうして教えてくれなかったの!?」

そうすればいくらユーノが褒めてくれようとも、ドレスは違うのを着てきたのに。

「フェイトやキャロを驚かせようと思ってね」

「……確かに驚いたけど」

その点で言えば、ユーノは正しい。
確かにフェイトは彼がこの場にいるなど思っていなかったのだから。

「けどフェイト、何で連れがいるなんて言ったの? 僕がいなかったらどうなってたか分からなかったよ?」

「だってこの方法で今まで追い払ってきたし……」

連れがいるといったら、皆が一様に納得して帰っていった。
だから今回も同じ手を使えば問題ないと思っていた。

「あのさ、今回ばかりは警備だって言えばよかったんじゃない? 実際、今日は警備の仕事で来てるんだから」

「……そ、そうだね」

とんでもなく図星を指される。

「これからはちゃんと気をつけるんだよ?」

「……うん」







どうやら今日は、ユーノの優勢。
























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