第十話
『噂の真実』
この日、無限書庫の司書長室にはユーノとキャロ、そしてフェイトがいた。
そしてキャロのいつもの訓練も終わり、三人でのんびりお茶を飲んでいるときだった。
「あの、ユーノさんとなのはさん達って幼馴染なんですよね?」
キャロが前にシャーリーから聞いたことをユーノ達に問う。
「そうだよ。ね、フェイト」
「うん。もう10年の付き合いになるのかな」
「それがどうしたの?」
何か気になるところでもあったのだろうか。
「さっきですね。通路を歩いてるとき、なのはさんとユーノさんが付き合ってるってことを聞いたんですけど、本当ですか?」
ユーノはキャロの質問に目をパチクリさせる。
「僕と……なのはが?」
「はい。さっき無限書庫に来るときにちょっと耳に入れたんです」
キャロはあまり信じていなかったが、少しばかり気になった。
だから本人に真相のほどを尋ねてみた。
するとユーノはキャロの質問に笑いながら、
「そんなのないない。僕となのはは幼馴染で親友。付き合ってるなんて有り得ないよ」
「そうなんですか?」
「うん。僕となのはは兄妹みたいなものだから」
「兄妹?」
「そうだよ。血は繋がってないけどね、兄妹みたいって言っても違いないよ。フェイトもそう思うでしょ?」
ユーノは真偽のほどをフェイトの訊く。
するとフェイトは、
「う、うん。そうだね」
歯切れ悪く、どうにもはっきりとしない言葉を返してきた。
その様子にユーノが大丈夫? と、訊こうとしたときだった。
フェイトから念話が入り、ちょっと二人で話したいことがある、ということがユーノに伝わった。
一瞬、驚いた顔をユーノはしたが、すぐにフェイトに返事を返し、普段の表情を取り戻すとキャロと会話を続ける。
「まあ、僕となのはは付き合ったりはしてないし、兄妹のような関係。分かった?」
「はい」
キャロの返事にユーノはよろしい、と付け加える。
「じゃあ、今日はこのくらいでお開きにしよう」
「分かりました」
「ちなみにフェイトとはこの後、少し話すことがあるから。キャロはフリードと気をつけて帰ってね」
ユーノは言って、席を立つ。
キャロもユーノに促されて席を立ち、ドアへと向かった。
「いつも言うようだけど、フリードがちゃんと守ってあげるんだよ」
キャロのそばを飛んでいるフリードにユーノは声を掛ける。
フリードはユーノの言葉に一鳴きして、了承の意を示した。
「それじゃあ、また明日ね」
「はい、また明日です」
お互いに手を振って、キャロは帰っていった。
ただ、帰っている最中にキャロはふと思った。
「そういえばフェイトさんが見送ってくれなかったのって、珍しかったな」
特に気にはしていなかったけど、本当に珍しいとキャロは感じた。
◇ ◇
キャロが帰った後、フェイトとユーノはお互いソファーに座って向き合った。
「それで、話したいことって何?」
フェイトはユーノの言葉に一度肩を震わせた。
話したいのは……フェイトが訊きたいのは、一つ。
──ユーノはさっき否定したけど、昔からずっとそんな噂はあったんだよ。
ユーノとなのはは付き合ってるんじゃないか、という噂が。
お互い好きなんだろう、という噂が。
たわいもない噂だと昔からずっと思おうとしていた。
けれど最近、その思いは……そう思い込もうとしている自分が特に強くなりだしてきて……。
だから今、この状況だからこそフェイトはユーノに訊きたかった。
「ユーノはなのはのこと……好きなの?」
真剣に尋ねた……フェイトの言葉。
その真剣な眼差しを受け止めてユーノは穏やかに……ゆっくりと答えた。
「前はね…………なのはのこと、好きだと思ってたよ」
ユーノの言葉を聞いた瞬間、フェイトの心臓がドクン、と高鳴った。
「そう……なの?」
「そうだよ」
フェイトの戸惑うような言葉に、ユーノは肯定をする。
「一応、なのはは一番仲が良かった女の子だからね」
苦笑しながらユーノは語る。
ユーノの苦笑にフェイトは一瞬、聞かなければよかった、と後悔の念が生まれた。
けれど、
「でも……………………いつからか、違うって気付いたんだ」
「──え!?」
ユーノの言葉は、予想外の方向へと続いた。
「ほら、よく言うでしょ? 好きな人が誰かと話してたら、嫌な気持ちになるってさ」
「う、うん」
確かに昔からそのようなことはよく言われる。
それはきっと多くの人がそれを感じたことがあるからだろう。
「けどね、僕はなのはがクロノや他の誰かと話していても……嫌な気持ちにならなかったんだよ」
だからこそ……ユーノは気が付いた。
気付いてしまった。
自分のなのはに向ける想いは恋じゃないことに。
「なのはと話せないことが『悲しい』とは思ってもね、嫌な気持ちにはならなかったんだ。無論、どんな人でも例外はなかった。なのはの友人だろうと、なのはのことを狙ってる人だろうと。誰となのはが話していても例外はなかった。だから分かったんだよ……」
ユーノは言いながら当時を思い返す。
──あの時は自分で驚いたっけ。
あれだけ想っていると自分で思っていたのに、実際はなのはのことを──
「なのはのことを僕は『好き』じゃないんだって。好きだと思っていた心は……勘違いだった」
そう、なのはを本当は『恋愛対象』として見ていなかった。
ただ単に、なのはに恋をしている自分を、自分自身が演じていただけだ。
「多分………………縋ってたんだ。なのはとの絆に」
「……縋ってた?」
「そうだよ。僕はなのはとの絆に縋ってた。初めて出来た、どれよりも深い絆だったから。何よりも無くしたくないと、どんなものよりも一番だと思っていたから」
だから……勘違いをした。
「そしてその時の僕は馬鹿なことにね、その絆を『恋』だと勘違いしないと、きっと保てないと思っていたんだ。それがどれだけ間違った考えだったとしても、歪だったとしても、その時の僕はそうする方法以外、思い付かなかった…………それしか思い付けなかった」
当時は子供だったからね、とユーノは付け加える。
──どうしたらいいか、知らなかったんだ。
知らなくて……分からなかった。
教えてくれる人が…………両親がいなかったから。
この大切な絆が何なのかを教えてくれる人がユーノには存在しなかった。
普通は育っていくうちに勝手に知っていくものを、ユーノは知らなかった。
だから…………間違えた。
「まあ、間違いだって気付けたからよかったけどね」
それが幸いだと思う。
「……ユーノ…………あの…………」
フェイトは何かを言おうとして……やめた。
今のユーノに何を言っていいか分からなかった。
そんなフェイトの様子にユーノは「大丈夫だよ」と言って続ける。
「僕自身、自分の初恋が勘違いだって気付いたとき確かに驚いたんだけど、なぜか悲しさはなかったんだ」
──自分もその時は不思議に思ったっけ。
そう、当時の自分は不思議なくらいに悲しくなかった。
大事な想いが勘違いだったというのに。
けれども今、当時を思い返せば……二つの理由があったことが分かる。
一つは、勘違いが揺るぎない事実であったから、ということ。
──そしてもう一つは……
ユーノは目の前にいる女性を見詰める。
「ユーノ?」
「いや、何でもないよ」
ユーノは言って微笑む。
そして思ったことを胸のうちに秘めると、ユーノは会話を続けた。
「ちなみにね。僕となのはが恋人になることは絶対にないと思う」
「どうして?」
ユーノの言葉にフェイトが問う。
なぜ、そう言い切れるのだろうか。
ユーノは勘違いだったとしても、なのははそうじゃないかもしれない。
その可能性だってあるはずだ。
けれどユーノはフェイトの考えを一蹴する。
「どうして? って言われてもね。理由は簡単」
ユーノがなのはを恋愛対象と見ていなかったように──
「なのはもね、きっと僕と一緒だからだよ」
彼女もきっとユーノと同じだった。
「僕にとってなのはは、初めて出来た女の子の親友で、幼馴染で、魔法の弟子なのと同じように、なのはにとっての僕は、初めて出来た男の子の親友で、幼馴染で、魔法の師匠なんだよ」
それは二人にとってあまりにも初めての『絆』が多かった、そして、
「僕達はあまりに近すぎたんだ。それはまるで……兄妹みたいに」
これがなのはを恋愛対象として『好き』になれなかった理由。
「僕となのはを繋げる絆は、あまりにも『親愛』で繋がっていて家族のようだったんだ」
だからこそお互いが分かった。
だからこそお互いを信じあえた。
それはユーノとなのはの家族みたいな絆。
「だからそこに……恋愛感情が入る余地はなかったんだよ」
それが真実。
惑うことなき事実だった。
「…………そっか」
フェイトは一つ呟いた。
初めて聞いたユーノの真実。
「……そうなんだ」
──よかった。
ユーノがなのはのこと好きじゃなくてよかった。
最初はすごく焦ったけど、ユーノとなのはの間には何もなくてよかった。
「なのはを取られる心配がなくて安心した?」
笑いながらユーノがからかってくる。
「ユ、ユーノ!」
「あはは、冗談だよ」
「まったくユーノは……」
少しだけ怒ったフリをする。
けれどユーノのおかげで二人の雰囲気が本当に和んだ。
「ねえ、ユーノ」
「なに?」
ユーノが穏やかな顔でフェイトに会話を促す。
──きっとユーノ、ビックリするだろうな。
ユーノはおそらく、多少の文句を言われることを予想していると思う。
だからこそ、ユーノの予想を裏切って言ってやりたい言葉がフェイトにはある。
雰囲気を和ませてくれたお礼に。
大切な話を聞かせてくれたお礼に。
それは、
「ありがとう」