第八話

『母親、そして夫婦への道のり?』
















「よし、これでいいかな」

フェイトは手をパンパン、と小さく鳴らす。
目の前にあるのは一つのお弁当。

「この前、ユーノとキャロが言ってたもんね」

『お母さんは料理が出来たほうがいい』と。
だから今日、寮の簡易キッチンを使って作ってみたのだ。
出来栄えは上々だ……と思う。
味付けもおそらく問題はない……と思う。
けれど、キャロやエリオに食べてもらう前に、ちゃんと評価があってからにしたい。
これはその試作。
フェイトは胸元に手を当てて、渡す相手のことを考える。
そう、評価してもらう相手はもちろんのこと、

「ユーノ、無限書庫にいるかな?」
















      ◇      ◇
















お弁当を大判ハンカチで包み、無限書庫へと歩いていく。
昼食の時間帯を少し過ぎているということで、職員のほとんどは食堂に行っているはずだし、新人達も食堂でご飯を食べているはずだ。
だから知り合いには誰とも会わないだろう、とフェイトは思っていたが、予想外にも通路の向かいからはやてがやって来るのが見えた。
彼女も向かってくるフェイトに気づいたようだ。

「あれ? フェイト隊長、どないしたん?」

「ちょっと無限書庫に用があるんだ」

「ユーノ先生のとこ?」

「うん、そうだよ」

「何か必要な情報でもあったんか?」

昼間にユーノのところに行くなど仕事の関係で何かあったのだろうか、とはやてが尋ねる。

「ああ、違う違う。ユーノと会うのは私的な用事だよ」

「なんや、そうなんか。それやったら引き止めるのも──」

そう言いかけたところで、胸元が少し光っていることにはやてが気付いた。

「あれ? フェイトちゃんがネックレス着けてるの珍しいね。どうしたん?」

今まで見たこともないネックレスであったのと、普段は装飾品をあまり着けることのないフェイトが珍しく着けていたので気になった。
フェイトは首元に手を当てると、いつの間にかネックレスが服の外に出ていることに気が付いた。

「えと……ユーノに貰ってから、制服の時は着けるようにしてるんだ」

別段、照れる必要もないはずなのだが、はやてにそのことを伝えるのは何故だか少し照れる。

「へぇ、ユーノ君から貰ったんや」

はやてはフェイトに近づき、彼女がネックレスを服の下に隠す前に確認をした。
すると、はやてはネックレスの宝石を見るや、途端にニヤニヤと笑い始めた。
その笑顔はまるで『おもしろいの見〜つけた』と言わんばかりの不気味な笑顔だ。
フェイトははやての表情から、からかわれそうになることを察して先に手を打つ。

「キャ、キャロだってユーノからブレスレット貰ってるんだよ」

自分以外にも買ってもらった人がいる、ということを言えばはやてもそこまで邪推はしないだろうと思う。
けれど、

「あかんあかん。そんなこと言ったってあかんよ、フェイトちゃん」

はやてはフェイトの言い逃れを却下する。

「ど、どうして!?」

驚くフェイトに、はやては笑みを二割り増しにする。

「フェイトちゃんが着けてるネックレスの宝石、ペリドット言うのは知ってる?」

「……それは知ってるけど」

さらに笑顔になったはやてに警戒心のあまり、少々無愛想な返答になる。

「けど、それの宝石言葉は知らんやろ?」

ちょんちょん、とフェイトの首元を指して、相変わらず意地悪い笑みをはやては浮かべる。

「宝石言葉?」

それは知らなかった。
考えもしなかった点から切り崩され、フェイトはきょとんとする。

「宝石にも花言葉みたいに、種類によって様々な言葉があるんよ」

「そうなんだ」

でも、それがどうしたというのだろうか。
別に宝石にだって花と同じように言葉があるという──

「──それでな。ペリドットは夫婦愛とか、夫婦の幸福とかを意味するんや」

「……え?」

はやての言葉を流そうとした瞬間、身体が固まった。

──今、何て言ったの?

自分の耳が聞き間違えていなければ、

「夫婦……愛?」

「そうや。まあ、8月の誕生石なんやけど、夫婦がお互いのことを想って送るものでもあるわけや」

言っていくにつれ、はやての笑みがどんどん輝きを増していき、

「だからこんなん貰ったのに、誤魔化そうとしても無駄やで!」

ついにスイッチが入った。

「さっきからずっと気になってたんやけど、フェイトちゃんの右手にあるお弁当。もしかしなくてもユーノ君に渡すもんなんやろ! つまりは愛妻弁当ってことや!!」

「なっ!? あ、愛妻弁当!?」

「あ〜もう、フェイトちゃんがユーノ君に手を出すとは思わんかったわ。まだ男の人に興味ないような感じやったのに、実はもう彼氏、いや、旦那さんがおるなんて!」

「そ、そんなんじゃないよ、ユーノとは──ッ!!」

「分かってる分かってる、他の皆には秘密なんやろ。いや〜、幼馴染の人知れぬ恋ってええもんやな」

マシンガンのようなトークに比例し、どんどんフェイトの顔が赤くなっていく。
はやてはそのままさらにからかい続けようとした。
だが、その前にフェイトが、

「ご、ごめんはやて! 急ぐから!」

はやての口撃に耐えかね、脱兎のごとく逃げ出した。
それはもう魔法を使っていないのにも関わらず、とんでもない速度で。
はやては、もう姿が辛うじてしか見えないほど逃げていくフェイトの後姿を見て頭をかいた。

「うーん、ちょっとからかい過ぎたか」

やりすぎた、という感じの言葉を呟くも、あまり後悔したようには聞こえなかった。

「でも、フェイトちゃんの反応からすると、案外本気みたいやし……」

顔が真っ赤のフェイトというのは本当に珍しい顔だと思う。

「それに多分、ユーノ君が宝石言葉を知らんわけないやろうしね」

仮にも巨大データベース、無限書庫の司書長だ。
そして彼のことだ。大抵のジャンルに精通しているだろう。

「理由を訊く時間はたっぷりあるんやけど、しばらくは静観してあげたほうがいいんかな?」

悩みどころだけれど、はてさてどうしよう。

「まあ、臨機応変に対応しよか」

これほどおもしろいネタなんだ。
逃しては、損というものだろう。

















顔が火照る。
心臓が高鳴っているのは走っていたせいだけでは絶対ないだろう。
さっきから頭の中ではやての言葉が反芻している。

『ペリドットは夫婦愛とか、夫婦の幸福とかを意味するんや』

これがずっと頭の中をずっと右往左往して、落ち着いてなどいられなかった。
無意識に胸元のペリドットを握り締める。
すると、なぜだか少しだけ考えられるようになった。

「……ふぅ」

フェイトはゆっくりと息を吐いて、ネックレスを買った当時の状況を思い返す。

「そうだよ。あの時、私とユーノはキャロのお父さんとお母さん。ようするに夫婦だったわけだから、店員さんが薦めてもおかしくないよね」

さっきまでは頭の中が一杯一杯で分からなかったが、少し冷静になって考えればおかしなとこなんて一つもない。

「私達はあの時、他人から見たら『夫婦』だったんだ」

だから、彼はペリドットを買った。

──それしかないよね。

ペリドットのネックレスを買ってくれたのは、きっと偶然。
夫婦と勘違いされていたからこその、ペリドット。

──なのに、どうして……。

心臓は高鳴ったままで、顔は火照ったままなのだろうか。
















      ◇      ◇
















どうにか顔の火照りと鼓動の高鳴りを収めると、フェイトは無限書庫にある司書長室をノックする。

「どうぞ」

普段、聞くことなどない凛々しい声がドア越しに聞こえる。

──ユーノの仕事の時の声って、こうだったっけ。

フェイトは無限書庫で勉強していた頃を思い出す。

──あの頃はほとんど毎日のように無限書庫に通ってたな。

妙な懐かしさを感じながら、フェイトはドアを開ける。

「ユーノ先生、大丈夫でしょうか?」

お昼に来たのだから本来は昼休憩を取っているはずだが、ユーノの場合、仕事の関係で時間がずれ込む時がある。
だからフェイトは判断が出来ないとき、仕事口調でユーノと接する。

「フェイト?」

ユーノは聞き覚えのある声に顔を上げて、入ってきた人物を確認する。

「珍しいね、こんな時間に来るなんて」

「仕事中ですか?」

机上に書類のようなものがあるから、おそらくは仕事中なのだろうとフェイトは思った。

「いや、大丈夫だよ」

けれど、どうやら重要な事柄ではなかったらしくユーノは書類をまとめると、トントン、と揃えた。

「どうしたの?」

フェイトが来たことに不思議がるユーノ。
昔ならいざ知らず、彼女がこんな時間帯に来るなんて今となっては全くないはずだ。

「あ、あのね……」

フェイトは少しだけ照れながら、無限書庫に来た理由──お弁当をユーノに差し出した。

「お弁当を作ったんだ。それでユーノがおいしいって言ってくれたら、キャロとエリオにも作ってあげようかなって」

「……あ〜、もしかしてこのあいだの話?」

ユーノの家で『母親は料理が出来たほうがいい』という会話を思い出す。

「う、うん。だから少しずつでも頑張っていこうかなって思って。やっぱりエリオとキャロに食べてもらいたい気持ちがあるから」

「そっか」

あの時のフェイトの『頑張る宣言』は本当だった。
そのことにどうしてか、頬が緩みそうになる。

「だったら、遠慮なくご馳走になるよ。丁度お腹減ってたし」

ユーノがフェイトからお弁当を受け取る。
そして受け取るや、本当に嬉しそうにお弁当をフタを開けた。

「いただきます」

ユーノは箸を使ってお弁当からおかずを一つ取り出し、租借する。
何度も噛み締め飲み込んだ後は、笑顔のまま黙々と食べ始めた。

「どう……かな?」

不安そうにフェイトがユーノを見詰める。

「ちょっとから揚げがしょっぱいね。ご飯も少しベトベトしてるかな。それに、もう少しちゃんとおかずを区分けしたほうがいいよ。色合いも考えないとね」

ユーノが思ったことをフェイトに伝える。
フォローするわけでもなく、嘘を言うわけでもなく、ただ事実を。




「でも……おいしい」




だから思っていることを、偽りなく言った。

「あ、ありがと」

フェイトもまさか褒められるとは思わず、まず驚きが嬉しさを先行した。

「これなら僕が言ったことに注意すれば、キャロやエリオ君にお弁当を作っても大丈夫だと思うよ」

「そう?」

「もちろん。僕が保証する」

朗らかに笑う。

「そういえば、フェイトは昼ごはん食べたの?」

「まだ食べてないよ」

お弁当を作ってユーノに渡すことだけを考えていたため、自分のお昼ご飯は後回しにしていた。

「でもね、だいじょう──」

その瞬間だった。
フェイトのお腹がかわいらしく鳴った。

「………………」

「………………………ぷっ」

あまりのタイミングの良さにユーノが吹き出した。

「ユ、ユーノ!」

恥ずかしかったのか、フェイトが顔を真っ赤にしてユーノに抗議する。

「あはは、ごめんごめん。まさかこんなにタイミングが良いと思わなくて」

大丈夫と言おうとした瞬間にお腹が鳴るなんて、まるで何かの冗談みたいだ。

「フェイトも一緒に食べる? お腹空いてるみたいだし」

お弁当箱をフェイトに見せる。

「い、いいよ。これはユーノに作ったものなんだし、お箸一膳しかないんだ。それに……」

──昔と違って、恥ずかしい。

子供の頃なら交互に一つの箸でも大丈夫だったけど、この年になるとさすがに恥ずかしい。
ましてや『あーん』などやろうものなら、恥ずかしさのあまり顔が沸騰しそうになる。

「それに?」

「な、何でもないよ」

「そう?」

「そうだよ。だからほら、食べて」

疑問符を浮かべたユーノだが、フェイトが薦めてくれている以上、食べないわけにはいかない。
残り半分となったお弁当を普段より少し速いペースで食べ進める。
そして、

「ごちそうさま」

嬉々とした表情のまま一つ残らず食べて、お弁当にフタをした。

「お粗末様でした」

フェイトもユーノが一つ残らず食べてくれたのが嬉しくて、顔が綻んでいる。

「それじゃ、食堂でも行こうか。フェイトはお腹空いてるんだから」

食べ終わった直後にもかかわらず、ユーノはそう言って席を立つ。

「ユーノも行くの?」

「行くよ。珍しく昼間に君と会ったんだから、もう少し話したいし」

ユーノはお弁当箱を持ってドアへと歩いていき、立ち止まっているフェイトを促す。

「フェイト、行くよ」

「あ、ちょっと待ってよ」

慌ててユーノの後を追うフェイト。
フェイトがユーノに追いつくと、二人して司書長室を出る。
そして寄り添って談笑しながら食堂へと向かった──











──のだけれど、










その姿が職員の中で少し噂になったのは、ご愛嬌というものだろう。

























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