第六話

『初のお出かけ』
















毎日のように行われている訓練。
その中で、なのはの声が響く。
フェイトは近くのビルからそれを観戦している。

「私に一撃加えれば終了。これが……午前中最後の模擬戦だよ」


「「「「はい!!」」」」


勢いよく新人達が返事をする。

「それじゃあいくよ。レディー……」

なのはが光球を周囲に纏いながら宣言する。

「ゴー!!」

そして振り落とされる幾数もの光球。
模擬戦の始まりはいつものように、なのはのアクセルシューターが新人に向かっていくところから始まった。

























4人全員が同時にその場から爆ぜる。
スバルはウイングロードを渡りながらいくつもの光球を打ち落とし、接近戦に持ち込むための隙を探す。ティアナはそのサポート。
キャロとエリオは一定以上の距離を取って、構えを取った。

「いくよ、エリオ君」

「うん」

二人が同時に魔方陣を展開する。

「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に──ッ!」

いつもの訓練のようにエリオをブーストさせようとした瞬間、キャロは目を見張った。
遠距離だから小さくしか見えない。
けれど……間違いない。

──なのはさんがこっち向いてる!!

いつもならスバルやティアナを攻撃するなのはが、今回の模擬戦では早々に杖を真っ直ぐエリオとキャロに向けながら立っていた。

──スバルさん達は!?

状況を一瞬で把握しようとする。
キャロの眼に映ったのはスバル、ティアナ両名ともアクセルシューターの処理に追われ、それどころではない状況。

「エリオ、キャロ。離れてるからって狙われないとは限らないよ」

なのはの声が響く。

そして瞬間、放たれた──ディバインバスター。

砲撃が一直線に伸びてくる。
その斜線上にいるのは……エリオだった。

「エリオ君、避け──」

避けて!! そう叫ぼうとした。
でも、この光景を見て思い出したのは……あの模擬戦。
自分がユーノから教わろうと決めた……あの戦闘。
模擬戦で見たユーノの状況と今の状況、似通っている部分が二つあった。


一つは、前衛と後衛が近くにいること。


もう一つは、なのはがディバインバスターを撃ってきたこと。


それに気づいた瞬間のキャロの判断は早かった。
左手で補助魔法を保ち、エリオの前へと立つ。

「キャロ!?」

「大丈夫、まかせて」

エリオが驚きの声を出す。
けれどキャロはエリオを見ずに、見据えたのは前方にある光。

──防げる?

『大丈夫』とは言ったものの、自分の中で自問自答する。
極めて客観的に分析し、なのはの砲撃と自分の防御魔法の優劣を判断し始める。
そこにあるのは、


『慢心せず、油断せず、過剰に期待しない、けれども必要以上に不安にならない』


というユーノの言葉。

──大丈夫、防げる。

自分の防御魔法の硬さ、なのはの砲撃の威力を鑑みて判断を下す。
判断したら、後はいつもやっている訓練を思い出すだけ。
隅々まで魔法構成を把握し、編んでいく。
デバイスのおかげでコンマ数秒の速度で出来た硬度の高いラウンドシールド。
右手を突き出して展開させる。
瞬間、なのはの砲撃とキャロのシールドが衝突した。















      ◇      ◇















「キャロが防いだね」

ディバインバスターで狙ったエリオの前にキャロが立った。
ならば、推測は簡単だ。

「エリオにあれを防げるかどうかは分からない。けど、キャロがユーノ君に防御魔法を教えてもらってるなら……」

防がれるのも分かる。

「でも、これでキャロの補助魔法は使えない」

ディバインバスターを防いでいる限り、キャロは補助魔法を使えないとなのはは考えた。
しかし次の瞬間、なのはは考えを中断させられる。
なのはに向かってくる光球が見えたからだ。

──ティアナだね。

なのははそう判断すると、ティアナの光球をアクセルシューターで全て撃墜させる。

──いつもの訓練のパターンなら、次に来るのは……フリード。

案の定、真上からフリードが攻撃をしてくる。
だが、フリードは連発ではなく単発のブラストフレアをなのはに向けて放った。
しかも大きさはいつもより小さい。
それをなのははラウンドシールドで受け止める。
だが、

──普段よりも威力が強い!

普段よりも炎の大きさは小さいのに、威力がそれに反して大きい。
なのはにとっては余裕で防げる範囲ではあるが、それは少し予想外だった。
しかも防いでいる最中に、スバルがウイング・ロードでなのはへと向かってくる。
瞬間的になのははディバインバスターのキャンセルを判断した。
そしてスバルの攻撃をかわす。
けれどもその時、予想外のことが起こった。
視界の片隅に映る影。




「エリオ!?」




赤い髪の少年が、すさまじい速度で迫っていたこと。
















      ◇      ◇















キャロがディバインバスターを防ぐ。
その威力は予想以上でも予想以下でもなく、キャロが予想した強さだった。
キャロは防ぎながらエリオを見た。

「エリオ君。後はお願い」

左手に維持していた魔法をエリオへと向ける。
そして紡ぐは、さきほど止まってしまった詠唱。








『我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に──』








ここまでは言った。








だから後は、










「──若き槍騎士に…………駆け抜ける力を」









キャロが左腕を一振りする。
するとエリオの魔方陣が一際強く輝いた。
エリオはなのはの砲撃を止めたキャロをぼんやりと見ていたが、彼女からブーストをしてもらうと、目に強い光が灯った。

──キャロが頑張ったんだ。僕だって!!

やらないといけない。

「行くよ、ストラーダ!!」

相棒に声を掛けると瞬間、エリオはなのはへと一直線に突っ込んでいく。
目の前ではフリード、スバルが足止めをしてくれている。
エリオはさらに加速してなのはとの距離を縮める。
そしてなのはが気づいた時はもう……遅い!!

「うあああああああぁぁぁああああああぁああぁぁぁぁぁぁ!!」

エリオの攻撃はなのはの肩のジャケットを完璧に切り裂いていた。










      ◇      ◇










「うん、今日はこれで終了だよ」

なのはから終了の宣言がされる。

「まさかエリオがあんなに近くまで接近してるとは思わなかったよ」

あはは、となのはが笑う。

「あれはキャロの魔法で……」

「キャロの魔法?」

エリオの言葉になのはが首をかしげた。

「キャロ、私の攻撃防いでたよね?」

「はい」

「それじゃあ、どうやって補助魔法をエリオに?」

「えっと、左手で最初に構成した魔法を維持しながらなのはさんの砲撃を防いで、それで防いでる最中エリオ君に魔法を掛けました」

キャロがなのはの疑問に答える。

「いつ、そんなの憶えたの?」

同時に魔法展開など、なのははキャロに教えていない。

「えっと、ユーノさんに教えてもらって……」

「ユーノ君に……」

初めて知った。ユーノがキャロに教えてることは防御魔法だけではないことを。

「フェイト隊長は知ってた?」

なのはがフェイトに話を振る。

「うん、知ってたよ」

フェイトが答える。

「私はキャロの保護者だし、隊長だからね。それにユーノと毎日電話やメールでやり取りしてキャロのこと話してるから」

ごめんね、とフェイトが手を合わせてなのはに謝る。

「キャロかユーノに聞いてると思ってたから」

「別にいいよ、怒ってるわけじゃないから」

こうなると、キャロのことを把握していなかった自分のミスだ。
頭をすぐに切り替える。

「まあ、今日の訓練はこれで終わりだよ」

「本当ですか!?」

スバルが聞き返す。

「休むことも重要だからね。毎日毎日訓練だけじゃ、身体が参るし」

「そうだね」

フェイトが同意をする。

「だから今日の午後、そして明日は一日中休養とします」

















六課の新人全員で訓練していた場所から寮へと帰る。

「キャロ、すごかったね」

その最中にスバルが言ったのは、キャロへの賞賛の言葉。

「そうですか?」

「そうだよ! 私、あんなこと出来ないもん」

すごいね〜、とスバルが呟く。
けれどキャロは、そう言われても本当に実感がなかった。
キャロが目指すところ──つまりユーノの域にはまだ全然達せていないからだ。

「ね、ティアもそう思うよね?」

スバルがティアに話題を振る。

「そうね。キャロが魔法の同時使用を出来るなんて本当に驚いたわよ」

ティアナも心底驚いたように言う。

「そ、そんなことないです。ユーノさんに比べたら私なんてまだまだですから」

キャロが慌てて否定する。
すると、ここでスバルがふと気づいたように、

「さっきも『ユーノさん』って言ってたけど、ユーノさんってこないだの模擬戦にいたユーノ・スクライア先生?」

キャロに聞いてきた。

「はい。私、このあいだの模擬戦を見てからユーノさんに弟子入りしたんです」

「弟子入りした、か。じゃあ、あんなことが出来るのも分かるわね」

模擬戦のデータと教官達の会話から鑑みたユーノ・スクライアという人のタイプを考えれば当然だ。
ティアナが納得する。
と、ここで寮の玄関まで辿り着いた。

「みんな今日はどうするの?」

そこでスバルが何気なく全員の予定を聞く。

「私は街にでも行こうかなって。あんたも付き合うでしょ?」

質問にはティアナがまず答えた。
スバルも彼女の答えに頷く。

「エリオは?」

「僕は…………」

特にすることを決めていなかったエリオが悩む。

「ま、エリオも一緒に来なさいよ。たまにはいいんじゃない?」

悩んでいるエリオにティアナが促す。

「そうですね」

そしてエリオも、今日はティアナ達についていくことに決めた。

「キャロは?」

「私は──」

と、答えようとした時、ちょうど先に帰っていたフェイトが重そうな荷物を持って目の前を通った。

「フェイトさん!?」

キャロはスバルの質問には答えず、慌ててフェイトの元へと駆け寄る。
フェイトはキャロが駆け寄ったのが分かると笑顔になった。

「キャロ、ちょっと手伝ってくれないかな?」

キャロはすぐ頷くと、いくつかの荷物をフェイトから受け取った。

「八神部隊長のところまでお願いできる?」

「はい!」

キャロが返事をする。
そして皆の方に向くと、

「すいません。私は今日ちょっと行きたいところがありますから、皆さんだけで楽しんでください」

そう言って、フェイトと一緒に歩いていった。

「………………」

「………………」

「………………」

残された三人は、あまりに唐突だった展開に呆然とするしかなかった。




















二人で荷物を持って部隊長の部屋の前に立つ。
フェイトが隣に備え付けてある呼び出しブザーを鳴らそうとした時だった。
目の前のドアが勝手に開いた。
急に開いたことに驚いて一歩下がったフェイトとキャロ。二人の前に立っていたのは、

「あれ? キャロにフェイト、どうしたの?」

ユーノ・スクライアだった。

「私は八神部隊長からの頼まれ物を持ってきたんだ。キャロはその手伝い。ユーノこそ珍しいね。六課に用事でもあった?」

「僕は資料を八神部隊長に届けにきたんだ。基本的に機動六課の案件は僕が請け負ってるからね」

君達がいる課だから僕がやらないと、とユーノが付け加える。

「けど、この時間なのにこっちにいるなんてビックリしたよ。訓練はどうしたの?」

「訓練は午前中で終了。午後と明日が一日オフになったんだ」

ユーノの疑問にフェイトが答える。

「つまりキャロはこれから休み、ってわけだね」

そうなると、一つだけ疑問が浮かぶ。

「キャロはこの後どうするの?」

「いつものように無限書庫に行こうと思ってましたけど……」

その答えを聞いた瞬間、ユーノは手を額に当てる。
そして深く溜息を吐いた。

「駄目だよ。休日ぐらいはちゃんと休まないと」

「でも……」

「でも、も駄目」

そう言うと、ユーノはポケットから携帯を取り出した。
数回ボタンを押すと、耳に当てる。

「もしもし──」

どうやらどこかに電話しているようだ。

「あのさ、僕が今日やる案件はもう終わってるから…………うん…………そう、だから…………」

話の内容から、どうやら司書の人に電話をしているようだった。

「じゃあ、よろしくね」

そして1分ほど話すと、ユーノが電話を切った。

「これでこの後は僕も休みだ」

ユーノが晴れ晴れとした表情でフェイト達に言う。
さきほどの電話は休むことに関する電話だったようだ。

「だからさ、今日は街にでも行こうか」

「え?」

キャロにとって予想外な言葉がユーノの口から紡がれた。

「さっきも言ったけど、目に見えない疲れとかもあるんだからね。今日は無限書庫の訓練も休みにするよ。それで、キャロが休みなら一緒に街にでも行きたいなって思ったんだ」

こないだ決めた、第一歩として。
まずは『家族っぽい』ことをやってみよう、って。
思ったんだ。

「どうかな?」

ユーノがキャロに尋ねると、キャロは満面の笑みを浮かべた。

「はい、行きたいです!」

キャロが素直に同意を示した。

「フェイトは?」

「私は……」

フェイトはフェイトで本部に待機していようと思っていた手前、どうしようか悩む。

「ちなみにさっきの言葉はフェイトにも言えることだよ。君だって六課に来る前からずっと休んでないんだろ」

「……うん」

フェイトが頷く。
ユーノの言うことは的を得ていた。

「だから君も今日くらいは休んでもいいんじゃないかな?」

諭すようにユーノが言う。
すると彼の言葉にフェイトも納得したのか、

「じゃあ、ご一緒させてもらおうかな」

「うん。これでフェイトも来る、と。エリオ君はどうなのかな?」

ここにいない少年のことを思い出す。

「エリオ君はたぶん、もうティアナさん達と一緒に行っちゃったと思います」

「そっか。なら、今日は3人で街に行こうか」

ユーノがふんわりと微笑む。

「じゃあ、早速──」

と、キャロが言ったところでユーノが二人の荷物を指差す。

「まあ、とりあえずその荷物を渡してからだけどね」

苦笑して指摘したユーノに、指摘されて照れるキャロ。
そんな二人を見て、フェイトは小さく微笑んだ。
















      ◇      ◇

















はやてに荷物を渡し終わると3人は着替えてロビーに集合して、そしてフェイトの車に乗って街へと向かった。

「何ヶ月ぶりかな、こっちに来るのは」

ユーノは本当に久しぶりに来たようで、感慨深く周囲を見ている。

「ユーノ、今日はどうするの?」

「まずはいろいろと歩き回ってみようと思ってる。それで気を惹いたお店に入ろうかな、ってプランなんだけど、それでいい?」

「うん」

「はい」

二人から了承が得られた。

「じゃあ、行こうか」












まず、子供服の置いてある店にやって来た。
三人してキャロの着る服について話す。

「こういうのはどう?」

「いえ、ちょっとこういうのは」

「それならこれは?」

「んー……と、少し違う気がします」

フェイトやユーノがいろいろと服を取り出してはキャロを交えて考察をする。
すると、あれこれ話している3人の様子に気付いた店員が話しかけてきた。

「お客様、何かお困りですか?」

「ああ、この娘に似合う服はないか探しているんです」

別に無碍に断ることもないとユーノは思ったので、話しかけてくれた店員に相談をする。

「それなら…………こちらが似合うかと思います」

たくさんある種類から店員は服を一つ選び出す。

「どうでしょうか?」

「えっと……僕はいいと思うよ」

ユーノは肯定する。
店員は続いてフェイトに、

「奥様はいかがでしょう?」

こう聞いた。

瞬間、フェイトとユーノは慌てる……という言葉以上に、

「お、奥様!?」

「奥様って、わ、私!?」

パニックに陥った。

「あの……違いましたか?」

店員が困ったように訊いてくる。
彼女からしてみたら3人の雰囲気、やり取りから類推するに年の若い夫婦とその娘としか見えていなかったのだから。

「ち、違いますよ。僕と彼女は……その、幼馴染ですし、この子は彼女の妹のようなものですから」

隣ではフェイトが顔を赤くしながら何回も頷いている。

「す、すみません。つい勘違いをしてしまって……」

慌てて店員が謝ってくる。

「い、いえいえ、謝られなくても大丈夫ですよ」

人間、一度や二度は間違いをするもの。
だから親子や夫婦などと間違いえることなど滅多に無い些細なことだ。










と、ユーノは高を括っていたが…………甘かった。










3時間後、

「……ねえ、フェイト」

「……何?」

「キャロはさ、ちゃんと年相応の女の子に見えるよね」

「……うん」

彼女に変なところは無く、10歳相応にかわいらしい姿だ。
だからこそ、この事態が二人には嘆かわしかった。

「とゆーことは、僕達が老けて見えてるってことだよね……」

「……そうだね」

1、2回ぐらいならば言われるたびに断ってもいいのだが、行く先々の店で、

「奥様にこちらはどうでしょう?」

だの、

「お父さんはどう思われますか?」

とか、こうやって親子やら夫婦に間違われると、いい加減そう呼ばれるのにも慣れてしまった。
しかも毎度のことだから間違いを正すのがだんだん面倒になってくる。

「……なんか、悲しいね」

「……うん」

まさに『老けてる』と皆から宣言された2人の雰囲気が少し悲しげだった。
でも、そんなユーノとフェイトの様子を見て勘違いしたのが1人いた。

「…………あの……」

恐る恐るキャロが声を掛ける。
もしかしたら、自分を娘と勘違いされるのが二人は嫌なんじゃないか、ということを思って。
けれどキャロの表情を見た瞬間、ユーノはすぐに悟って、

「ああ、違うよ」

キャロが考えていそうなことを否定をする。

「僕達はね、『お父さん』『お母さん』って言われるよりは、『お兄さん』『お姉さん』のほうが良かったなって思ってただけだから。ほら、だって年齢は9歳しか違わないんだよ」

そう、ユーノもフェイトもまだ20歳になっていない。

「ただ、行く先々で店員さんが僕達を君の両親だと勘違いしたからね。だから僕達は実際の年齢以上に見られてるんだろうと思うとね……ちょっとだけショックだったよ」

だからキャロは全然悪くないよ、と付け加える。

「でも、これからもずっと勘違いはされるだろうし……」

今まで行った店では完璧に、例外一つなく間違えられたのだから、これから行く店でも絶対に勘違いされるだろう。

「否定するの、やめようかな」

「ユーノ?」

フェイトがユーノに疑問を投げかける。

「間違いを正すのも疲れるからさ、勘違いするなら勘違いさせておこうかなって思ってね」

「……いいの?」

「うん。フェイトが迷惑と思わないんだったら、だけど」

むしろフェイトが嫌がらないかユーノにとっては心配だ。

「私は大丈夫」

「キャロは?」

「わ、私も全然大丈夫です」

むしろキャロにとっては嬉しいぐらいだ。

「なら、そうしようか。僕達が親子に見えるんだったら、それはそれでしょうがないしね」

老けてるように思われるのはショックだけど、それは……諦めよう。


























次に入ったのはジュエリーショップ。
店員の挨拶に会釈しながら、3人は店を見て回った。
キャロは置いてネックレス、指輪、その他もろもろ、一つ一つのきらびやかな姿に目を輝かせて見ている。

「フェイトってこういう光モノに興味ある?」

ふとした疑問をユーノはフェイトに投げかける。

「あんまりないかな」

「だよね。なんかそんな感じだし」

あまりに分かりきっている返答にユーノはくすくす笑う。
するとフェイトはユーノの様子に少々焦って、

「で、でもアリサ達とちゃんと買ってるんだよ!」

一応は買っているんだと、慌てて付け加える。

「ときどき……だけど」

「けど自分で選んでる、ってことはなさそうだね。この前会った時、ドレス姿と一緒に着けてたネックレスはアリサに選んでもらったのかな?」

「それは確かにそうだけど……」

と、ここで驚くことが一つあった。

「ユーノ、憶えてるの!?」

ユーノとドレス姿で会ったのは本当に少しで、後は六課の制服だったはずなのにどうして彼は覚えているのだろうと、フェイトは疑問に思った。

「君のドレス姿は綺麗だったからね。その時に付けてたものくらいは憶えてるよ」

何気なく答えるユーノ。
けれどそれは同時に、新たな疑問をフェイトに生まれさせた。




──それは私だけ? 他の人達は?




という疑問を。
しかし、思った瞬間にフェイトは自分で『どうしてそんなこと思ったんだろう?』と自問自答した。
別に気にする必要は無い。
特に意味のある言葉ではないかもしれない。




でも……フェイトはそう思わずにいられなかった。




自分でもどうしてか分からないけれど、すごく気になってしまった。




ただ、それを聞くのはとても勇気が必要で……躊躇われて。




けれど、それでもどうしてか気になって……どうしようもなく気になったから、フェイトは本当に小さな声で。
ユーノに届くかどうかも分からない声で……

「え、えと、ユーノ、それは──」

──私だけ、憶えてくれたのかな。

最後の方は本当に消え入りそうで、呟いたかどうかも分からない言葉。
それがユーノに届いたかどうかは分からない。
なぜなら返答を聞く前に、

「ユーノさん! フェイトさん!」

キャロに呼ばれたから。
ユーノは颯爽とキャロの元へ行き、フェイトは返答を聞けなかったことに少々ショックを受けたが、すぐに『ユーノには聞こえてなかったんだろう』と自己完結をして、キャロのところへ向かう。

「キャロ、どうしたの?」

「これ、綺麗ですよね」

キャロがガラスケースの中を指差す。

「これは……ガーネットかな?」

キャロが指差したものをフェイトが当てる。

「はい、すごい綺麗なんです」

さきほど店内を見て回っているときより、キャロの目はより一層輝いている。

「キャロはアクセサリーとかって持ってる?」

ユーノがキャロに聞いた。

「少しは持ってます。ほんのちょっとだけですけど」

私が持ってるのはフェイトさんが買ってくれたんですよ、と笑顔でユーノに伝えた。
ユーノはキャロの言葉を聞き、少しだけ考えると……近くにいた店員を呼び寄せた。

「すいません。ガーネットを使ったブレスレットってありますか?」

「はい、ございます」

店員が間髪入れずに答える。

「それなら、この娘に合うブレスレットを見繕ってもらえますか?」

「え?」

店員が返事をする前に、キャロが驚く。
そのことを店員は少しばかりいぶかしんだものの、深く追求することはせず復唱する。

「お子様にお似合いのブレスレットですね」

ユーノが頷く。

「かしこまりました」

そう言って、店員はユーノの元を去っていく。

ユーノは去っていく店員を見ながら思う。

──やっぱりここでもか。

ここでも親子と勘違いされてる。

──しょうがない、かな。

理由は分からないが、自分達を親子だと勘違いさせる何かがあるのだろう。
だからそのことについては、もうほとんど諦めた。
一方、キャロは目の前で行われたやり取りに驚きを隠せなかった。

「あの、ユーノさん?」

どうなってるか分からないキャロに、ユーノは笑いかける。

「今回は特別、だよ。僕だってキャロの保護者みたいなもの……というよりは、保護者でありたいと思ってる。それに今日はキャロの『お父さん』ってよく言われるからね。少しは『親』らしいことをしたかったんだけど……駄目かな?」

ユーノがキャロに尋ねる。
キャロはそのことに慌てて首を振った。

……すごいうれしかった。

ユーノが自分の保護者だと思ってくれていること。
つまりユーノはキャロを家族だと思ってくれている。
それがキャロにはうれしかった。
けれど、

「……でも私、もうお給料貰ってますし」

うれしいのだけれど、自分はすでに給料を貰っている身なのだから気が引ける。
しかし、ユーノはそんなキャロを可笑しそうに見た。

「君が給料を貰ってるからって、そんなの関係ないよ。さっきも言ったけど、今日はキャロの『お父さん』ってよく言われるでしょ。だから僕が『娘』に買ってあげたいんだ」

そこに遠慮はいらない。

「それにね、子供はそんなこと気にしないでいいんだよ」

気にするのはもう少し大人になってからでいいんだと、キャロの頭を撫でながら付け加える。

「ちなみにキャロはまだ10歳だから、ネックレスやイヤリングは早いと思ってブレスレットにしたよ。だからそういうものは、もう少し大きくなったらエリオ君に買ってもらってね」

ユーノは最後に茶目っ気を含んだ言葉をキャロに送る。
するとキャロはユーノの言葉に本当にうれしそうな顔をした。

「あの……ありがとうございます!」

だからキャロは精一杯の言葉をユーノに贈った。







数分後、キャロのために選ばれたブレスレットを店員が持ってきた。
サイズもちょうどよさそうだ。
店員がキャロの手を取り、ブレスレットを嵌める。
大きさを確かめた店員はキャロがまだ子供なのにも関わらず敬語で、

「よくお似合いですよ」

そう言ってくれた。
キャロは店員に褒められると「ありがとうございます」と言って頭を下げる。
ユーノはそれを微笑ましく見届けると、今度はフェイトの方を向く。

「じゃあ、次はフェイトだね」

「私?」

フェイトは驚きながら自分を指した。

「どうして驚いてるの? 当然フェイトにも買うさ」

「いや、だって……」

「娘と一緒に奥さんにも買ってあげたいって思うのは駄目かな?」

キャロだけじゃない。
フェイトだって今日は『ユーノの奥さん』として、周りから見られていた。
途中から間違いを正すのが面倒になったユーノにも頷いてくれた。
だからお礼として。
何かを買ってあげたかった。

「……あ、ありがとう」

「どういたしまして」

ユーノはフェイトの言葉に納得すると、店員の方へと向く。

「彼女に似合うものはありますか?」

店員はしばし考えると、

「奥様にでしたら、こちらはどうでしょう」

そう言って三人をある場所へと連れて行く。

「これは?」

連れてこられた先にあったのは、エメラルドよりも緑の色合いが柔らかい宝石が嵌めてあるネックレスが幾数もあった。

「ペリドットでございます」

「ペリドット?」

キャロは聞いたことがないらしく、店員から発せられた単語を繰り返す。

「ペリドットっていうと……」

逆にユーノは聞き覚えのある宝石のことを思い出してみる。

──確かペリドットの宝石言葉って……。

瞬間、ユーノは思い出した単語に顔が赤くなった。

「奥様にはお似合いな品かと存じます」

けれど店員は顔が赤いユーノに気付かず、ガラスケースからネックレス取り出してフェイトに手渡す。
フェイトはネックレスを受け取ると、見とれるようにそれを見詰めた。
翠色で、ユーノの魔方陣と同じ色。
だけどエメラルドよりも優しげな色合いのペリドットは、フェイトに『優しいユーノ』を連想させる、そんな宝石だった。
フェイトがネックレスに見惚れている一方で、キャロはユーノの様子に気が付いた。

「ユーノさん、何でそんなに顔が赤いんですか?」

いつの間にか顔が赤くなっているユーノに、キャロが尋ねる。

「な、何でもないよ」

少し慌てた様子で手を左右に振る。
まさかペリドットの宝石言葉を思い出したなんて言えなかったからだ。
だからユーノは一度、大きく深呼吸をして気分を落ち着かせる。

──よし。

顔はまだ少し赤いだろうが、気分的には落ち着いたような気がする。
これならフェイトの顔をちゃんと見れるだろう。

「フェイトはこれでいい?」

ユーノが訊くと、フェイトがアクセサリーから目を離してユーノを見る。
また顔が赤くなりそうだったが、どうにか堪える。

「えと、ユーノ……本当に買ってもらっていいの?」

「うん」

ユーノは頷くと、店員に言う。

「これもお願いします」

「かしこまりました」

そして店員とユーノは会計のためにレジへと向かった。















「ユーノ、ありがとう」

お礼を言うフェイトの首には、先ほどユーノが買ったネックレスがある。

「買ってよかったよ。よく似合ってる」

それにアクセサリーを付けているフェイトを見るのは新鮮だ。

「けど、ここでかなり時間を食っちゃったね。これからどうしようか」

時間帯的にはそろそろ夕暮れ時、夕食にしてもいいくらいの時間だ。

「どこかで食べる?」

「う〜ん……」

「えっと……」

3人はしばし、考える。
別に食堂でも問題ないといえば問題ないし、せっかくこうして街まで出てきたのだから、外食をしてみたい気もする。
と、ここでユーノはあることを思い出した。

「ね、二人とも」

「なに?」

「なんですか?」

「よかったら僕の家で食べない?」

そういえば『キャロにご飯を作ってあげる』ということを言った。

「いいんですか?」

「キャロには前に言ったよね。今度、機会があったらって作ってあげるって」

なら、今回はいい機会なんじゃないだろうか。

「フェイトもそれでいい?」

「うん」

フェイトも納得する。

「よし。じゃあ、食材を買ってから僕の家に行こう」



























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