第三話
『芽生え』
「今日の訓練はおしまいだよ」
なのはが訓練終了の宣言をし、その場で解散となる。
エリオ、キャロ、スバル、ティアナはいつものように四人で寮へと向かう。
「あ〜、いつもより疲れたね、ティア」
「そうね、さすがに今日は疲れたわ」
二人とも、ぐったりとした様子で会話を交わす。
今日はいつもよりも訓練がきつかったらしく、珍しく訓練初日のように疲弊している。
エリオとキャロもそれは同様だ。
「この後はゆっくり休まないと明日の訓練に響きそうですね」
エリオの言葉に同意するスバルとティアナ。
だが、一人だけ返事をしない。
不思議そうに3人がキャロを見ていると、ただ憮然と歩みだけを進める彼女の姿がそこにあった。
「キャロ?」
無言のままだったキャロにエリオが声を掛けて肩を叩く。
「……え?」
肩を叩かれながら名前を呼ばれ、ようやく意識が3人の方へと向く。
そして、何か話しかけられていたことに気付いた。
キャロは慌てて会話に参加する。
「ど、どうしたのエリオ君?」
「いや、キャロだけ反応がなかったから、どうしたのかなって思って」
「ご、ごめんね。無視するわけじゃなかったんだけど……」
申し訳なさそうにエリオ達にキャロが謝る。
「キャロ、あんた今日は疲れてるみたいだからさっさと寝なさいよ」
「だ、大丈夫ですよ。自分のことはちゃんと管理してるつもりです」
キャロはティアナの忠告にも大丈夫、と答える。
少しだけいぶかしむようにティアナがキャロを見た。
「……まあ、いいわ。本人が大丈夫って言うんだったら大丈夫よね」
本人がそう言うのだから問題ないと思って、ティアナも深くは追求せずに心配はしなかった。
◇ ◇
「キャロ、疲れてない?」
部屋に入ってきたキャロを見て早々、ユーノはキャロの異変に気づいた。
いつもより顔に生気がなく、動きにも覇気がない。
「だ、大丈夫です」
さきほどティアナに問われた時のようにキャロは言うものの、ユーノの目には明らかに疲れているのが分かる。
しかもすぐに休まないといけないほどの疲労なはずだ。
「まったく……無理はしちゃ駄目だって言ってるのに」
そう言ってユーノは部屋を見渡す。
──キャロが休めそうなのは……。
いつも自分が休んでいる場所でいいか。
「とりあえずソファーで休もうね」
ソファーを指差すユーノ。
「だ、大丈夫ですよ!」
キャロは問題ないと反論したけれど、言ったのも束の間、
「駄目」
キャロの言葉を即棄却するユーノ。
「キャロの様子を鑑みると、本来は休みにしたいくらいなんだけどね。……1時間。1時間経ったら起こしてあげるから、それまでは寝ること。それで残り……今日は30分くらいかな。その30分に全力を注ぎ込んだらいいよ」
穏やかな口調で話してはいるが、そこには反論などまったく許さない重みがあった。
そんなユーノにキャロはもう一度反論しようとして……やめた。
ここに来るようになって2週間。キャロが気づいたことの一つとして、ユーノは結構頑固なところがあることを知ったからである。
だからキャロも無駄な抵抗をすることは諦めて、大人しくソファーに向かう。
幸い、この部屋には休憩のために枕も置いてあるので、ユーノはそれを引っ張り出してキャロに渡した。
そしてキャロはユーノに言われたとおり、ソファーで横になって目を瞑った。
するとユーノの予想通り、キャロはとても疲れていたのだろう。
すぐに寝息が聞こえ始めた。
「まったく……」
ユーノは困ったような表情を浮かべる。
──頑張りすぎるのもほどほどにしないと。
寝ているキャロのすぐ近くに座ったユーノは、彼女の頭を撫でながら心の中で呟く。
『頑張る』と『無茶をする』は違う。
今日のキャロの行動は明らかに『無茶』に属するものだ。
それでは訓練をしても効果はあまり得られない。
「必死になるのは分かるけどね……」
自分が早く強くなれば、それだけ前衛──エリオの負担も減るのだから。
「……だけど」
だからといって自分を痛めつけていいわけではない。
そこは間違えないで欲しかった。
──コンコン──
と、ここでノックをする音が聞こえた。
そして間髪いれずにドアが開く。
「司書長!! ちょっと確認して欲しいことが……って、あれ?」
無限書庫に勤務している司書のうちの一人が、司書長──つまりユーノに確認することがあるために司書長室に入ったのだけれど、そこにいたのは目的のユーノだけではなく、もう一人……見知らぬ女の子がいた。
しかも頭をユーノに撫でられて眠っている。
「司書長……いつ子供が出来たんですか?」
遭遇してしまった状況を鑑みて、突飛なことを言い始める司書。
「子供って……僕まだ19歳なんですけど……」
「いや、だってそんな父性ばりばりの表情で女の子の頭撫でてたら、誰だってそう思いますよ」
ユーノの顔を指差して指摘する司書。
しかし、そんなことを言われても当のユーノ本人は自分がどんな表情をしていたか分からなかったから何とも言えない。
けれど、ただ一つだけ言えることがあるとすれば、
「せめてお兄さんくらいにしてくれません?」
これだった。
「まあ、私としては『兄』でも『父親』でもどっちでもいいですよ」
それは司書の感想であって、ユーノ自身には少々切実な問題だ。
……自分の年齢が疑われそうで。
「それにしてもこの娘、どうしたんですか?」
司書のこの言葉を聞いた瞬間、ユーノはため息を吐いた。
「……この間、話した女の子です。憶えてます?」
「この間……?」
一瞬、司書が考える。
が、すぐに答えを見つけ出した。
「……あっ! 弟子になりたいって言った女の子の話ですね」
前に一度、ユーノは司書達を集めてキャロのことを言ったことがある。
このように余計な誤解を招かないために。
「もう、ちゃんと憶えていてくださいよ」
ユーノは司書にそう言うが、司書は申し訳なさそうにしないで笑ったままだった。
「まったく……」
と、ここでユーノは表情を切り替える。
「それで、どうしたんですか?」
ユーノに言われると、司書はここに来た理由を思い出して慌てて仕事のことについて話す。
しばし真面目な顔をして話を聞くユーノ。
聞き終えると、ユーノは司書長としての判断を下す。
「それなら僕に回してもらってかまいません。明日その案件をやっておきますから」
「分かりました。では、用件はそれだけですので」
さっきまでフレンドリーだった態度も、この時ばかりは上司と部下の関係になる。
「それでは失礼します」
一礼をして、部屋を去っていく。
ユーノは司書が出て行くのを見送った後、撫でているキャロを見る。
──お父さんか。
そう言われても、ユーノにはいまいち分からない。
父も母も……ましてや兄弟もユーノにはいなかったから。
ただ、10年以上関わっていないけれども『家族』というものはスクライアの皆や、高町家のおかげでほんの少しは分かっているつもりではある。
けれど、
──キャロは違う。
自分の里を追い出され、管理局の施設を回され……それでようやくフェイトに保護された。
フェイトに保護された後も、フェイトとはほとんど一緒にいることなく、また違う人達と一緒にいることになった。
ただ、機動六課に来る前……つまりフェイトが預けた人達は、とても良い人達だったらしい、ということは聞いている。
それが幸いだ。
「……でも」
幸いだとは思うのに、それでもたった一つの事柄を変えることは出来ないことがユーノには歯がゆかった。
──キャロはたぶん、僕以上に家族のことを知らない。
この事柄を変えることが……出来ない。
ユーノは悔しかった。
「本当は学校に行って、友達と遊んでていい年頃なのに」
キャロは既に管理局に勤めている。
ユーノはそれが嫌だった。
確かにユーノやフェイト、なのは、はやても10歳のころから勤めてはいる。
だけど自分以外は学校に行きながら、ちゃんと15歳まで家族と一緒に過ごしていた。
ユーノはキャロと同じように10歳から働いてはいるけど、彼は直接戦闘に関わることはなく、無限書庫勤務なために精神的に消耗することはそこまで多くなかった。
けれど、それでもユーノは辛いと思った。
だから本来はそういうキャロの精神面なことを考えて、フェイトがもうちょっと一緒にいてあげられたらいいんだろうけど、彼女の今の忙しさを考えると少し厳しいだろう。
──だから。
……なのかな。
ふと、思ってしまった。
あまりにも短絡的だけれども。
単純極まりないけれども。
少しだけ、思ってしまった。
──難しいとは思うけど。
本当にちょっとだけ。
願ったんだよ。
「それなら……」
僕が。
「なってみようかな」
キャロの。
「この子の、家族に」
そう思った。
親の愛情も知らないけれど、兄弟の愛情も分からないけれど……そんな自分でもキャロの家族になれるだろうか。
同情でもなんでもない。
──ただ、支えてあげたい。
これから何度も“戦場”という場所に向かわなければならないキャロに。
少しでも心に猶予をあげたかった。
小さな彼女が安らげるように。
「……う……ん……」
そんなユーノの心情を知ってか知らずか、小さく寝言のような言葉を出すキャロ。
ユーノはキャロに微笑むと、さらに優しく撫でた。
◇ ◇
「キャロ、起きて」
一時間経ったので、ユーノはキャロを起こすために肩を軽く揺さぶる。
疲れているためになかなか起きないかな、とも思ったがキャロは案外簡単に起きた。
「疲れは少しくらい取れた?」
「はい、おかげ様で取れました」
ユーノは軽くキャロを覗き込む。
──うん、これなら大丈夫そうだね。
言ってることに嘘はないようだ。
「なら、今から30分をしっかり集中してやろうか」
「はい!」
キャロの元気のいい返事が返ってくる。
そして、いつも通りの訓練が始まった。