prologue1

〜side yuno〜
















『今日で……きっと何かが変わる』






そんな確信があった。

頼むことといえば、本当に些細なこと。

話すことといえば、付き合い始めたことと、親になったことぐらい。

「あとは……」

彼女と何を話すか、ほとんど決めていない。

とりわけ何かを話す必要など、もしかしたら……ないのかもしれない。






──けど。






それだけで終わるはずがない。

今日、おそらく彼女を傷つけるはずだ。

……傷つけて……しまうはずだ。

些細なことしか話す内容は決まっていないのに……それだけは分かる。


──昔なら……。


きっと、言わずに逃げていたと思う。

言わないで済むのなら、それで良かったと信じていた。


──でも……。


それはもうやめようと思ったんだ

彼女の全てを肯定することだけはしない。

もし彼女に間違っているところがあるのなら、はっきり「間違ってる」と言える関係になりたい。


──なのはとは……本当の『  』になりたいから。


だから本音で話し合うことも重要なんだ。

今日は、その切っ掛けの日。


「…………10年間。なのはに縋って、本音も言わず逃げ続けた僕自身に──」


決着をつける日。

本音を言ったら、なのはが離れていってしまうんじゃないかと恐れていた自分に決着を。

絆を失ってしまうんじゃないかと思って、全てを肯定し続けてきた自分に決着を。


「……絶対に目は背けない」


もう、逃げないことにしたから。

真っ直ぐ向き合うことにしたから。




「ちゃんと……進もうって決めたんだから」




エリオも、キャロも、フェイトも……前に進んだ。

ほんの小さな一歩だったとしても、しっかりと前に歩みを進めた。

だから自分も、頑張ろうって決めたんだ。






「二人のお父さんとして、フェイトの恋人として」






子供たちのために、愛する人のために。






「何より……僕自身のために」






頑張ろうと決めたんだ。
















prologue2

〜side nanoha〜
















『何かが変わり始めたと思ったのは、キャロがユーノ君のところに行き始めてから』








「フェイトちゃん、メール?」

「うん。ユーノ忙しそうだから、今日はメールにしたんだ」

自分とは違って、毎日電話やメールのやり取りをしてる二人。

その時は別に、二人はよく連絡を取り合ってるとしか思ってなかった。








『そこから、二人の仲がさらに近づいたなって思ったのは、パーティーが終わった後から』








「うん。だからユーノも…………あっ、そうなんだ! だったら大丈夫だね」

嬉しそうにフェイトが電話をしてる。

「えっ? 私は違うよ…………うん、そうそう。だからね──」

他愛のない会話が二人の間で行われる。

──そういえば……。

ふと、思った。
一体いつから、自分はユーノと電話をしていないか、を。

──だいたい……1ヶ月前くらい、かな。

おそらく、それぐらいなはずだ。

……ちょっとだけ、二人が羨ましくなった。








『ユーノ君からお見合いをしたんだってメールを貰ってから、フェイトちゃんの様子が少しだけ変わり始めた』








一言で言うなら……綺麗になった。

もともと綺麗だったけど、より一層綺麗になった。

どうしてそう感じたのかはわからない。

けれど、それはまるで……『 』をして綺麗になる女性のように思えた。








「ね、フェイトちゃん」

「なに?」

「最近、何かあった?」

「ん? 特に何もないよ」

何事もなさそうにフェイトが答える。

「そうかな? だってフェイトちゃん、綺麗になったよ」

「──えっ!?」

フェイトが驚きの声を発する。

「そ、そう?」

なのはの言葉に、フェイトがぺたぺたと自分の顔を触り始めた。

「自分じゃよく分からないけど……」

フェイトが首を捻る。

「でも、本当?」

「うん。本当だよ」

事実、そう感じたのでありのままの感想を答える。

「ありがと、なのは。嬉しいよ」

するとフェイトは、今までなのはが見たことのないような微笑みを見せた。

「………………」

だからこそ、余計に確信した。

きっと、二人の間で何かがあったんだって。

それは教えてもらっていない自分には分からないことだけど……。

──でも……。

一つだけ、分かったことがあった。

──きっと、悪いことじゃないよね。

何かがあったとしても、きっと二人にとっては悪いことではない。

それはなんとなく……分かった。








『ユーノ君とキャロが親子になったって知ったのは、それからもうちょっと後』








知ったのは、キャロの近くを偶然通りかかったときだった。

「そろそろおとーさんのところに行かないと」

「あっ! 今日は僕も一緒に無限書庫行っていい?」

「うん。大歓迎だよ!」

二人と一匹が肩を並べて歩き始める。

「キャロ、司書長室に行ったらちゃんとしなよ。ユーノさんにまた言われるよ。『公私はちゃんと区別すること』ってね」

「だ、大丈夫だよ。ちゃんと向こうではユーノさんって言うから」

「ホントかな?」

エリオがキャロをからかいながら、無限書庫に向かって歩いていく。








「おとーさんって……きっとユーノ君のことだよね?」

驚いた。

まさかユーノがキャロに『おとーさん』って呼ばれてるなんて。

本当にビックリした。

──けど、ユーノ君だったら似合ってるかな。

特に問題はないと思う。




──でも。




もし親子になったのなら……随分と遅い気がした。

二人が出会って数ヶ月。

優しい彼なら、もっと早く呼ばれてもいいんじゃないか?

そう思うと、少し不思議だった。

「けど、そしたら……」

同時に、一つだけ思い付く。


「ユーノ君はヴィヴィオの『お父さん』にもなってくれるのかな?」


少しだけ、そう思った。









『フェイトちゃんが劇的に変わった。綺麗な上に……可愛くなった』







「ちょっとユーノの所に行ってくるね!」

フェイトが飛び出るように部屋を後にした。

「フェイトちゃん、またユーノ君のところに行くんだ」

多いときで週に一回。

最低でも二週間に一回、フェイトはユーノに会いに行っている。

「なのはママ、フェイトママは?」

嬉しそうに出て行ったフェイトを見て、ヴィヴィオが疑問に思ったのだろう。

「フェイトママはね、なのはママのお友達のところに行ったんだよ」

「そうなんだ」

疑問が解決されて、ヴィヴィオが笑顔を見せる。

けれど自分の疑問は……解決されていない。

「フェイトちゃん。また変わったな」

フェイトの気配が、より一層変わった。

何か一つ『芯』みたいなものができたように感じる。

「もしかしたら……」

フェイトの行動で、疑惑が思い浮かぶ。

「ユーノ君とフェイトちゃんは……」

彼女の態度や気配が、その疑惑を確固たるものしていく。

──まだ何も二人から聞いてはいないけど。

「付き合ってる……のかな?」

そう思うと、二人との距離が……少し離れた気がした。









『エリオの表情が変わったのに最近、気が付いた』








元々、大人びた表情をするエリオだけれど、歳相応の……もしかしたら年齢よりも幼い表情を見ることがある。








リラクゼーションルームを覗くと、エリオとキャロと……もう一人。

「じゃあ、二人で同時に始めてね」

珍しくユーノが機動六課宿舎で、エリオとキャロの相手をしていた。

「よーい、ドンっ!」

ユーノの合図を皮切りに、二人が同時に魔法を構成する。

「…………っ!」

「……はいっ! 出来ました!」

完成した魔法を展開してみせるキャロ。

「はい、キャロの勝ち〜」

パチパチ、と手を叩くユーノ。

「ず、ずるいですよ! キャロはいつも父さんの特訓受けてるんですから、デバイスなしの構成スピード勝負なんて勝てるはずないです!」

納得がいかないのか、エリオがユーノに噛み付く。

「そんなに膨れない膨れない。これは遊びだよ、エリオ。だからそんなに真剣にならなくても……」

「だって!」

キャロばかりが褒められて、エリオとしては納得がいかない。
するとユーノがしょうがないな、と言うと、

「これはね、遊びとはいってもエリオの訓練の一端にもなってるんだよ」

仕方なく本当のことを語り始めた。

「え!?」

「そうなんですか?」

「うん。デバイスを使わなくても、エリオが上手に魔法を使えるようにしてるんだ」

言う気はなかったが、エリオを宥めるにはこれが一番手っ取り早い。

「エリオの場合は多少構成が間違ってても、問題ないからね。多少スピードが軽減されたとしても、特に不都合はないし」

まあ、自分が見た限りでは間違っていないので、問題はない。

「けど、特訓だって言ったら堅苦しいでしょ。だから今日はこういった形にしたんだ。二人とも、遊びだと思って特訓とは思わなかったよね?」

「はい」

「思わなかったです」

「それでいいんだよ。今日はね、遊びながら色々しようって思ってるんだ」

時には気を張って物事をするよりは、気楽にやったほうがいい時もある。

「それにしても、エリオもそういった部分があるんだね」

ちょんちょん、とエリオのほっぺたをユーノが突付く。

「そ、それは……」

エリオの頬が少し赤くなった。

「恥ずかしがる必要ないよ。僕はそういうエリオが見れて嬉しいんだから」

キャロに輪を掛けて我が侭を言わないエリオだから、このような変化はユーノにとって嬉しいものだ。
だからユーノはくしゃっ、とエリオの頭を撫でる。

「ちょ、ちょっとくすぐったいですよ」

エリオがくすぐったそうに笑う。
でも、やはり撫でてもらうのは嬉しいから、

「……ありがと、父さん」

照れながらも一言、感謝を口にした。










三人に気付かれないようにトン、と壁に背中をつけた。

「父さん……か」

エリオもユーノのことを『父さん』と呼び始めた。
それに、

「あんなエリオの表情、見たことなかったな」

数ヶ月、同じ宿舎に暮らしているなのはでも知らないエリオの表情。
それを引き出した……ユーノ。

「ホントに二人のお父さんなんだね」

だから……なのだろうか。












少しだけユーノとの付き合い方がわからなくなった。












『それからしばらくしたある日……ユーノ君から電話が掛かってきた』












『もしもし』

「もしもし、ユーノ君?」

ちゃんと話すには、本当に久方ぶりの声が耳に届く。

『久しぶりだね』

ユーノが苦笑しながら話しているのが分かる。
だから可笑しくて、少しだけなのはの頬が緩む。

『あのさ、唐突で悪いんだけど、どこか空いてる日があったら会えないかな? ちょっと話したいことがあるんだ』

「えっと…………あっ! もしかしてフェイトちゃんのこと?」

ユーノの用件が何なのか、なのははすぐに理解した。

『うん、君も大体分かってるとは思うけど…………』

「もしかして、それを私に報告してくれるの?」

『そうだよ。だから今度、時間が空いたら無限書庫に来てくれないかな?』

「いいよ。ありがとう、ユーノ君。誘ってくれてうれしいよ」

無限書庫へと招いてくれた事が嬉しくて、ユーノに礼を言う。

『そんな、礼を言うのは僕のほうだよ』

けれどユーノは謙遜すると、なのはに礼を返した。






『ありがとう…………なのは』






ユーノの声が耳朶に響く。


──でも、どうして……かな。


感謝されただけなのに……。

『ありがとう』と言われただけなのに……。






どうして少しだけ……悲しくなったんだろう。


















二十五話


『なのは』


















ドアがコンコン、とノックされる。

「どうぞ」

ノックしてきた主を招き入れる。

「失礼します」

ドアを開け、一人の女性と……一人の少女が入ってきた。
まだ5,6歳ほどの少女は、女性の足元に隠れて少しだけ顔を出していた。

「えっと……ああ。二人ともいらっしゃい」

少しだけ驚いた表情をしたユーノだが、すぐに立ち上がると二人に歩み寄っていく。
そして少女の前まで歩くと、しゃがみ込んだ。

「こんばんは」

優しく少女に笑いかける。

「こんばんわ!」

「名前、聞いてもいいかな?」

「ヴィヴィオっ!」

「ヴィヴィオか。いい名前だね」

自分の名前を褒められて、ヴィヴィオが嬉しそうに笑う。

「僕はユーノって言うんだ。よろしくね」

「うんっ!」

元気よくヴィヴィオが返事をする。
が、途端に悩みだした。

「えっと、えっと〜。ユーノ……くん?」

どうやら、ユーノの呼び方に困っていたらしい。

「ユーノおじちゃんでも、ユーノお兄ちゃんでも何でもいいよ。ヴィヴィオが呼びやすい言い方で呼んで」

一番呼びやすい呼び方で、問題ない。

「じゃあ、ユーノくん!」

「それでいいよ」

にっこりと笑って了承する。

「ごめんね、ユーノ君。ヴィヴィオを連れて来たりして」

「いや、大丈夫だよ」

「一緒に行くんだってずっとわがまま言うから……もう」

少しだけ困り顔のなのはを見て、ユーノは優しげな表情をして、

「僕も一度ヴィヴィオに会いたい、って思ってたからね。丁度よかったよ」

ポンポン、とヴィヴィオの頭を撫でる。

「ママは優しい?」

ユーノがヴィヴィオに問う。
ヴィヴィオは一も二もなく頷いた。

「そっか。良かったね」

ユーノはなのはを見る。
彼女は照れくさそうに顔を赤くしていた。

「じゃあ、ヴィヴィオにはせっかく来てもらったから……」

ユーノはそう言うと、

「アルフ!」

ドアの向こうに少し大きな声を掛ける。

「ん? なんだいユーノ?」

すると、すぐに子供が出てきた。

「ちょっとヴィヴィオの相手をしてもらえるかな?」

「はいよ」

ユーノはアルフに用件を言うと、次にヴィヴィオに向き直る。

「無限書庫でアルフに遊んでもらうといいよ」

「むげんしょこ?」

「体がふわふわ〜って浮いて、本がたくさんあるんだ。きっと楽しいと思うよ」

ユーノの説明を聞くと、ヴィヴィオの目が輝いた。

「ママ、遊んでくるね!」

行く気満々でなのはに確認を取るヴィヴィオ。

「ちゃんとアルフさんの言うこと聞くんだよ?」

「うんっ!」

ヴィヴィオは元気よく返事すると、アルフの尻尾を掴みながら無限書庫へと歩いていく。

「元気な子だね」

「そうだね」

ヴィヴィオが無限書庫に入っていくまで、二人で見守る。

「…………」

「…………」

そして完全に姿が見えなくなると、お互いに視線を合わせた。
二人して、ちょっとだけ笑う。

「まずは座ろうか」

ソファーへとなのはを促す。
なのはは頷くと、二人は向かい合って腰を降ろした。

「それじゃ、今日呼んだ理由だけど……たぶん分かってるよね?」

「うん」

「そしたら、改めて言わせてもらうね」

ユーノは佇まいを直し、一息、深呼吸をする。
そして、

「僕はこのたび、フェイト・T・ハラオウンと付き合うことになりました。また、キャロ・ル・ルシエとエリオ・モンディアルの二人の父親になることにもなりました」

真っ直ぐなのはを見据えて、言い切った。

「今まで黙っててごめん。フェイトにも言わないように頼んでたんだ。僕の口から直接、なのはに伝えたいって思ったから」

「そういうことだったんだ」

「うん」

なのはの言葉に頷くユーノ。

「それで、感想はある? 僕とフェイトが付き合ってることに」

「ん〜、と…………私としては親友同士がくっ付いてくれて嬉しいよ」

嬉しくないわけがない。

「それに二人とも、最近仲良かったから驚きもないし」

あれだけ親密であれば、付き合ってるんじゃないかという予想は簡単に出来る。

「私としては、二人が付き合ったことよりも、エリオとキャロのお父さんになったほうが驚きかな」

「知ってた?」

「少しはね。二人がユーノ君のこと『お父さん』って言ってるの、何回かあるよ」

なのはがそう言うと、ユーノはちょっとだけ困った顔になった。

「ちゃんと公私は区別するように言ってるんだけどな」

ユーノの言い分に少しだけなのはが笑う。

「しょうがないんじゃないかな。ユーノ君は二人のお父さんなんだから」

「まあ、そうなんだけどね」

まんざらでもない表情でユーノが答える。

「それでユーノ君に質問なんだけど……」

「なに?」

「さっきヴィヴィオと話してるとき、おじさんとかお兄ちゃんまではあったけど、『パパ』はなかったよね」

あえてユーノが言わなかったというのは分かる。
でも、これはなのはがちょっとだけ考えていたこと。

「ユーノ君はヴィヴィオの『パパ』になってくれないの?」

二人の父親になれたのだったら……と、思う。
けれど、返答はすぐに返ってきた。

「無理だよ」

ユーノは即答する。

「確かに可愛がることは出来る。親愛の情を注ぐことも出来ると思う。すごく大切にすることもできるね、きっと」

そう。“そこまで”は出来る。

「でも──」

あくまで“そこまで”だ。

「僕はどこまでいってもキャロとエリオの父親なんだ」

キャロとエリオだけの父親。

「あの二人の父親になれたからといって、ヴィヴィオの父親になれるわけじゃないんだ」

ユーノはそう簡単に誰かの『父親』になれるわけじゃない。

「で、でも、フェイトちゃんだってヴィヴィオに『ママ』って──」

少しだけなのはが食い下がる。

「なのは」

「…………」

「そうじゃないだろ」

そう、なのはだってユーノの言いたいことは分かっているはずだ。

「…………ごめん……」

なのはが謝る。

「フェイトは……キャロとエリオとヴィヴィオの三人を全員、同じように『自分の子供』だって思ってるのかな?」

「……ううん」

首を横に振った。

「フェイトちゃんが『自分の子供』だって思ってるのは……キャロとエリオだけ」

そんなことはもう……分かってることだった。

「フェイトちゃんはヴィヴィオも大事にしてるし、『ママ』って呼ばせてるけど……」

呼ばせてはいるけれども。

「やっぱり……違うかな」

キャロとエリオの二人とは、扱い方が違う。

「ヴィヴィオに『ママ』と呼ばせたのは……『なのはと一緒がいい』と思って始めたのか、もしくは二人のための予行練習だろうね」

きっと、今となっては信じられないほどの軽い気持ちで『ママ』と呼ばせたのだろう。

「……かもしれないね。この前、言ってたよ。エリオとキャロに『お母さん』って呼ばれたんだって」

珍しくフェイトが興奮しながら、なのはに言ってきた。

「本当に……」

その時のフェイトの様子を思い出す。

「本当に嬉しそうだったよ」

あのフェイトが、小躍りしそうなくらいに喜んでいたのだから。

「でも、なのはも同じじゃないの?」

「──え?」

「ヴィヴィオに『ママ』って呼ばれて嬉しいんじゃないの?」

自分もフェイトと同じだ。
あの二人に『お父さん』と初めて呼ばれた喜びは、未だ胸のうちにある。
けれど、

「確かにそうだけど……違うよ」

なのはは肯定しつつも、否定した。

「何が違うの?」

「ヴィヴィオは『ママ』を“特別に親切をしてくれる人”だって勘違いしてると思う」

自分自身を、特別に優しくしてくれる人を『ママ』と勘違いしている。

「だから私は……」

未だに探しているんだ。

「ヴィヴィオを引き取ってくれる、温かい家庭を探してる」

本当にヴィヴィオが幸せになるための、温かい家庭を。

「だからユーノ君にはそれまでの間、ヴィヴィオの『パパ』になってくれたら……って思うんだよ」

「……どうしてあの子を引き離すの? あんなに君に懐いているのに」

「私は……ヴィヴィオを幸せにする自信がないんだよ」

情けなくなのはは笑う。

「それに、優しい母親になれる資格も……たぶん、持ってないから」

一度“落ちた”から。
自信も資格も何も持ってない。

「だから……ね」

なのはが思いの丈を言い終える。
きっと、ユーノなら自分の言い分をわかってくれると思っていた。

「……………………なんだよ…………」

「……え?」

けれど違った。

「……なんだよ、それ……」

ユーノの視線が凍えるような、冷え切ったものになる。

「ユ、ユーノく──」

「もし、それが本当だとするなら……」

彼女の言葉を遮る。

威圧するような声と、温かみなど存在しない冷徹な視線を向ける。

今のユーノにとって、彼女の言葉は納得できない。

看過することなど、絶対に出来ない。

──もし、なのはが言ったことが本当だとするなら……。








「ふざけるなよ、なのは」










必死に親になったユーノだからこそ、見逃すことは出来なかった。

「なのはは覚悟がないのに、自信がないのに『ママ』と呼ばせたの?」

ヴィヴィオに対する責任を持たずに、母親と名乗ったのか?

ヴィヴィオの母親になる覚悟がないのに、母親と呼ばせたのか?

ヴィヴィオと最後まで一緒にいようと思っていないのに、自らを母親と称したのか?




「そんなのは君の……傲慢だ」




何一つ、子供のことを想っていない。

「僕はね、あの子達のためだったら世界を敵にしてもいい」

世界など簡単に敵に回してみせる。

「あの子達のためになら、世界だって変えてやる」

世界さえ屈服させてみせる。

「なのははヴィヴィオのためだったら、何をしてもいいと思える?」

愛している子供のために、どんなことでも出来るのか?

「世界でさえ“敵”にすることが出来るの?」

ユーノはなのはに強く言い放つ。

「………………」

「僕達は普通に『親子』になれなかった以上、普通の『親子』以上に子供を愛して、覚悟を持つ必要があるんじゃないの?」

普通じゃなくて、平凡じゃなくて、一般じゃないからこそ、誰よりも覚悟が必要になるんじゃないのか?

「自信がない?」

笑わせる。

「資格がない?」

知ったことか。

「そんなの戯言に過ぎない」

くだらない言い訳だ。

「ヴィヴィオは君達の遊び道具じゃない」

「ち、ちが──!!」

「『ママ』を特別に親切にしてくれる人と勘違いしてる……だっけ。もしヴィヴィオがそう思っているのなら、勘違いさせてるのは君だろう?」

訂正せず、何も語らず、気付かせないなのはの悪い癖。

「ヴィヴィオの所為にするなよ」

あの子に責任は一つも存在しない。

「君が誤解を解かず、そのままにしたのが原因だ」

「…………それ……は……」

なのはが何かを言おうとする。
でも、言葉にならない。

「そんなものは『親』でも『子』でも『家族』でも……なんでもない」

『親』でも『子』でも『家族』でも、どれもが自分の知っているものじゃない。






「……ただのおままごとだよ」






突き刺さるように、わざと冷たく言い放つ。

「母親になるために資格なんて……僕の知ってる限り、ただ一つしかない」

それは父親にも通じる。

「心から“母親になりたい”ということ。それだけだよ」

本当に、それだけ。

「他に資格が存在するなんて僕は思ってない」

これが自分の知ってる『親』の最低条件。

「だから……」

と、ここでようやくユーノは……なのはに笑顔を見せた。

「だから僕はね、なのはの言ったことを信じてない」

一つとして、なのはの発言を信じていない。

「あれほどメールでヴィヴィオのことを書いているのに、そんなことは信じられない」

メール内容の半分以上がヴィヴィオのことで埋め尽くされているのだから。

「ヴィヴィオと君の様子を見て、ヴィヴィオがそんな勘違いをしているだなんて信じてない」

とても勘違いしているだなんて思えない。

「…………でも……」

それが自分の勘違いかもしれない。
だから──

「もし、君が本当にその考えでヴィヴィオと一緒にいるなら……」

事実がそうであるのならば。

「もし、ヴィヴィオが特別に親切にしてくれる人という意味でなのはを『ママ』と呼んでいるなら……」

本当にあの子がそう思っているのならば。

「いいよ。それなら僕がヴィヴィオを引き取ってあげる」

なのはがヴィヴィオを温かい家庭に譲りたいというのなら、自分が引き取る。

「少なくとも、そんな考えの君とヴィヴィオを一緒にいさせるよりはマシだ」

親としての責任を果たそうとしない奴と一緒にいさせるよりは、十分マシ。

「だからたった一度だけ、なのはに訊くよ」

彼女の言ったことを信じていないから、そんな風に思っていないからこそ訊く。






「それは本当?」






真実か否か。
ただ、それだけを訊く。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

二人の間に沈黙が続く。
が、ユーノにはそれで十分だった。

「…………全く……」

沈黙をユーノが破る。

「嘘は吐くもんじゃないよ」

「…………え……?」

「そんな表情をしてれば誰でも分かるって」

なのはの顔を指差すユーノ。

「顔に出やすいんだから、なのはは」

ユーノが笑う。
なのはも……釣られて少し笑った。

「僕はたくさんの時間を掛けて、ようやく二人の父親になれた」

半年も掛けて、自分は二人の父親になれた。
でも……なのはは違う。

「君はすぐに母親になれた」

子供を産んだことがないのに、まだ未成年なのに自らをヴィヴィオの『母親』と称した。

「きっと、なのははすぐに実感を持てたんじゃないかな? 母親としての実感を」

どう? と訊く。
少しすると、頷きが返ってきた。

「僕はね、親としての実感なんて簡単に持てなかった。もちろん、その理由なんてたくさんあるさ」

本当に様々な事情があって、自分は実感など持てなかった。

「でも、君は違った」

なのはは自分とは違う。

「一瞬ね……なのはが怖くなったよ」

それは本当に、たった一瞬のことだけれども。

「すぐに母親と呼ばせることの出来たなのはが……」

怖く思えた。

「すぐに母親としての実感を持てたなのはが……少しだけ怖いと思った」

「……ユーノ君」

「でも、ほんの一瞬だけだよ。だってそれを出来るのがなのはだってこと……僕は知ってるから。だから特に違和感は無いんだ」

と、ここでユーノはちょっとだけお茶目に笑う。

「それに僕を『パパ』と呼ばせると、もう一つ難題点があるんだ」

「どんな?」

「君の夫になる人が良い顔をしないよ、きっと」

言った瞬間、なのはの顔が綻んだ。

「フェイトのことを『ママ』って呼ぶのは君が容認してるからいいとしても、僕のことを『パパ』って呼ばせると、いつかなのはに恋人が出来たとき、その人が嫌がるよ」

「そうかな?」

「少なくとも僕は嫌だよ」

子供が自分以外の人を『お父さん』と呼んでいたら、さすがに嫌だと思う。

「だからその人に恨まれるのは勘弁被ります」

少し大袈裟に頭を下げる。
ユーノが顔を上げると、少しなのはが笑っていた。

「それにね。僕はキャロとエリオだけの父親だっていうのはさっき言ったけど、母親だって同じように思う。二人の母親は、フェイトだけだって思ってるから」

生みの親はどこかにいれども、子供たちの『母親』はフェイトだって思う。
他にはいない。

「まあ、僕の恋人になってくれたから、今はそう言えるんだけどね」

もしフェイト以外の人と恋人になったのだとしたら、どうなっているのか検討もつかない。
もしかしたらフェイトもフェイト以外の人も、二人が母親と言い張ったかもしれない。
そこは全く分からない。

「でも……そっか。そうだよね」

なのはが納得したように呟く。

「どうしたの?」

「ユーノ君、フェイトちゃんと恋人なんだもんね」

「そうだよ」

「フェイトちゃんは悪いところなんてないから、ユーノ君も幸せでしょ?」

少なくとも彼女の悪いところなど、自分には思いつかない。
けれど……ユーノは少し首を捻った。

「いや、そうでもないよ」

そしてちょっとだけ悩むと、

「少なくとも僕にとっては納得いってないところだってあるしね」

「たとえば?」

「どうしてフェイトは子供たちと一緒に暮らさないのか、僕には不思議で仕方がない」

そこが納得いっていない。

「疑問に思うよ。機動六課で集まった際、家族だと思っていたのならどうして一緒に暮らさなかったのか。僕には不思議で仕方がない」

「でも、それは上司と部下の──」

なのはがフォローしようとする。
だが、

「いや、それはないよ。フェイトに『上司と部下だから、きっちり私生活とは区切るべきだ』なんて考えは持ってないはずだよ」

今までの経緯から、それは簡単に分かる。

「ただ単純に、フェイトの中では君と子供達でどっちが『重い』のか。それで天秤が君に傾いただけだと思う」

詳しくは分からないけど、おそらくはそういうことだろう。

「もちろん、今も君に傾いてるんじゃないかってほんの少し疑ってる」

「ど、どうして!?」

「だって二人から『お母さん』と呼ばれる今でも、フェイトは一緒に暮らそうとは言ってない」

未だに別々に暮らしている。

「それがどうしてなのか、僕にはわからない」

理解することが出来ない。

「…………それは……」

なのはは何も言うことが出来ない。
……当然だ。




だって、自分は現に……フェイトと同じ部屋で暮らしているのだから。




エリオとキャロのことを考えず、フェイトと一緒に住めることを喜んでいたのだから。

「でも、これは……僕の考えなんだよね。だから押し付けようとは思わないし、フェイトに言う気もないよ」

あくまでユーノ・スクライア個人の考え。

「僕は家族と一緒に暮らしたことがないから、そう思うだけかもしれない。それにフェイトと感性が違う、っていうのもきっとあるよ。もしかしたら今の生活に慣れてしまって、思いつかないのかもね」

そこはユーノに知る由はない。

「僕が『家族』を求めすぎてるのも、理由の一端だと思う」

そう……ユーノが言った瞬間だった。




「…………え……?」




なのはが反応した。

「ユーノ君が……家族を求めてる……?」

そこは……問わなければいけなかった。
家族の“ような”絆で結ばれているからこそ、問わなければならない。

「ねえ、ユーノ君…………どういうことなの!?」

少し問い詰めるように迫ってユーノに訊く。
ユーノは喋ってしまったことに少しだけ後悔の表情を浮かべたが、すぐに真顔へと戻る。

「なのは、僕はね……」

そして紡ぐ。
今日、二度目の告白。
けれど一度目とは比べものにならないほどの……『重さ』がある。






「僕は家族が欲しかった」






「…………え……?」

「僕はずっとずっと、家族が欲しかったんだ」

なのはがしっかりと理解できるように、もう一度伝える。

「10年……いや、きっとそれ以前から『家族』を求めてた」

「……もと……めて……た……?」

「そうだよ」

否定することは出来ない。

「そ、そんなの、言ってくれれば私が──!!」

「……無理だよ」

「どうして!?」

なのはが少しだけ取り乱したように問い詰める。

「だって僕自身が、自分の一番の望みに気付いてなかったんだよ」

自分のことなのに、気付いていなかった。

「……どういう……ことなの……?」

問い詰めるために前のめりだった身体が、再びソファーに沈む。

「本当にね……馬鹿だったんだ、僕は。家族のことを知っていると思っていたけど、実は全然違った」

一族やなのはの家族のおかげで知っていると思っていた。
けれど、

「家族がどれほど温かいものか、家族がどれほど尊いものか、家族がどれほど大切なものなのかを僕は知らなかった」

少しは知っていると思っていて、その実、どれほど大切なものなのか、全く理解していなかった。

「……だから願えなかった」

幼き日々、知識を求めてもっと大事なものを……求め忘れていた。




「…………でもね……」




そんな日々が続いていた……ある日だった。




「切っ掛けが…………あったんだよ」




当時を思い出して、くすりと笑う。

そう、自分の人生を変える切っ掛け。










「僕のところにキャロ・ル・ルシエという少女が来たんだ」










全ての始まり。
それは少女の来訪。

「初めはね、ただ教えるだけだと思ってた」

桃色の髪を持つ少女に、後衛のことを教えるだけ。

「だから『可愛い女の子』っていうのが最初のイメージだったよ」

それ以上でも、それ以下でもない。

「けど、教えてるうちにキャロは……僕以上に家族を知らないって感じたんだ」

僅かしか知らない自分よりも『家族』を知らないキャロ。

「だから…………なのかな」

──思ったんだ。

「僕はあの子の家族になってみようって思った」

キャロを支えるために、彼女の家族になろうと。

「そうなんだ」

なのはがユーノに笑いかける。

「うん。ただね──」

「ただ?」

「その想いが正しかったのか、その時の僕には分からなかったんだ」

ユーノの表情が引き締まる。

「誰よりも『歪んでいる』僕がキャロの家族になろうって考えは、実は間違っているんじゃないかって」

その決意が正しかったのか、その時は少しだけ不安にもなった。

「だって僕は家族の“ようなもの”しか知らなくて、キャロは家族を知らない。だから僕があの子の家族になれるのかって……不安になった」

教わっていない、習っていない、感じたこともない『モノ』。

「だけど、手探りの状態でも頑張って家族みたいなことをやっていって、父親みたいなことをやっていって、初めて知ったんだ」

いや……やっと気付いたというべきか。








「僕が本当に欲しかったものを」








ユーノはまるで何かを逃がさないように、握りこぶしを作る。

──ようやく気付けて…………得ることが出来たんだ。

「だからなのはに言えるはずなかった」

その理由は明白。

「その時、知らなかったから」

だから彼女に願うことは出来なかった。

「それになのはとは……もう『家族』になれないよ」

多分、出会った頃以外では、なのはと家族になることは出来なかった。

「どうして? って……訊いていい?」

なのはの問いに、ユーノは一つ頷く。

「だって、僕達は家族“みたい”で、兄妹“みたい”だった。確固たるものなんてない、あやふやで、曖昧で、ちゃんとした『カタチ』なんてない関係だ」

唯一はっきりとした『カタチ』であるのは、親友という関係ぐらいだろうか。

「そんな曖昧な関係が続いて、ほとんど『カタチ』なんてないのに……その間柄でいつの間にか固定されてた」

もう……どうあっても変えられないほどに、しっかりと固定されてしまった。

「……そうだね。確かに曖昧だったかも……」

なのはは納得する。
確かに自分達にはっきりとしたものはなかった。

「だからなのはとは絶対に『家族』にはなれない」

彼女とは、なれない。

「もう……気付いたときには遅かったんだ」

出会ってから10年。
その日々をずっと曖昧な関係で過ごしてきたから、二人が『家族』になるには遅すぎた。

「……ごめん。話がずれたね」

「ううん」

なのはが『問題ないよ』と首を振ったので、ユーノは話を元の筋に戻す。

「フェイトが二人と一緒に暮らさないのは、たぶん……そんな感じ。でも、エリオとキャロが『一緒に暮らそう』と言い出さないのは、ただ単に言えないだけかもしれないし、考え付いていないだけしれない」

キャロに至っては、家族と暮らすという概念すら知らないかもしれない。

「まあ、そこがどうかは知らないよ。けど、僕はあの子達が何でもかんでも我慢するのを知ってる」

望んでいることでさえ、二人は我慢してしまう。

「だから一緒に暮らすにしろ、暮らさないにしろ、あの子達が望んでいるにしろ、望んでいないにしろ、切っ掛けの言葉は必要なんだ。僕からの切っ掛けの言葉が」

「……そうだね」

「ただ、悪いけどそこにフェイトがいるかどうかは判らない」

「──えっ?」

ユーノの発言に、なのはは驚く。

「僕とあの子達が一緒に暮らすから、自分も……じゃ、駄目なんだ。自分で思って欲しい。二人と一緒に暮らしたいって」

彼女自身に理解してほしい。

「正直、羨ましいんだ。あの子達のそばにいるフェイトが。だから本音を言うと……少しだけ苛立ってもいるよ。あの子達と一緒に暮らさないフェイトを」

自分よがりの考えかもしれないけれど、そんな感情があるのもユーノにとって確かなこと。

「今、君達が忙しいのは僕も分かってる。だから僕は何も言わない。余計なことに気を取らせようとも思わない」

事件に忙しそうな今、伝えようとは欠片も考えていない。

「でも、それが終わったら……」

彼女達が請け負っている事件が終わったのなら、その時は──




「皆で一緒に暮らしたいなって思ってるんだ」




子供たちと……そして、できればフェイトと。

「僕はそのためにだったら、考古学の仕事を少しの間やめたって全然構わないんだ」

ユーノの優先順位は、考古学よりも二人が優先される。

「まあ、フェイトがいてくれるなら、やめなくても大丈夫だとは思うけど」

そこは彼女次第だ。

「なんか……」

なのはが、少し笑いを噛み殺したような笑顔をユーノに向ける。

「フェイトちゃんには要求高くない?」

「そうかな? 僕としては妥当な要求だと思うよ」

決して甘やかさず、かといって高すぎない要求。

「じゃあ、ユーノ君はフェイトちゃんが忘れてるの、どのくらいの割合だと思ってる?」

「……9割」

ユーノがそう言った瞬間、くすくすとなのはが笑い出した。

「それ、絶対に忘れてるって言ってるようなもんだよ」

「そうだね」

二人して、笑い合った。

「でも、どうしてそう思うの?」

ユーノは絶対に確信があってそう言っている。
その確信が何かを、なのはは知りたかった。

「フェイトはね、“周りを見る”という行為が、他の人よりも極端に下手なんだよ」

戦闘にしろ何にしろ、一つのことしか見えていない。

「……あー、確かにそこは否定できない、かな」

「それに、変化を恐れる傾向があるんだ」

それは関係でも何でもいい。
とにかく、積極的に何かを変化させようとはしない。

「でね、その二つが合わさると……」

ユーノがここまで言うと、なのはも彼が何を言いたいのか理解した。

「そっか。フェイトちゃんは──」

答えは単純だ。

意識的にしろ、無意識的にしろ、頭の中からその選択肢を消してしまう。

つまり、




「「忘れるんだよね」」




二人して声を合わせる。

「これが僕の予想。合ってるかどうかは分からないけど、そうだって信じてる」

きっと彼女は忘れているだけなんだ、と。

「恋人だから、当然だね」

「もちろん」

信じていなければ、恋人などやってられない。

「でもね、ちょっと怒ってるのも本当だよ」

少しだけぶすっ、とした表情をするユーノ。
そんな彼の表情が可笑しくて、声を出してなのはは笑った。

「ちょ、ちょっと笑いすぎだよ、なのは!?」

「ごめんね、ユーノ君。でも、そんな表情をするユーノ君を見たの、久々だから……」

だからどうしてか、笑いが込み上げた。

「じゃあ、もう一つ質問していい?」

笑いすぎて、少し涙の浮かんだ目じりをこすりながら、質問をする。

「もし、一緒に住んだときはどうするの?」

「んー、と……そうだね。もし子供たちと一緒に住むとしたら、学校に行ってもらいたいかな」

「学校?」

少し予想外な答えが返ってきた。

「うん。だって、二人はまだまだ子供だからね。それに情操教育とかも考えると、学校に行ってほしい。これは僕の経験からも思うことだよ」

「経験?」

「そうだよ。最低でも……15歳。希望としては17,18歳くらいまでは学校に通って欲しいんだ」

笑いながらユーノが話す。
けれど、逆になのはから笑みが消えた。

「──え? で、でも、ユーノ君。それが経験からの言葉ってことは……」

なのははユーノを真っ直ぐ見詰める。
けれど、彼は少しも悲しそうな表情を見せなかった。

「今ここにいるのは、僕自身が決めたことだよ。だから後悔はしてない」

「そうなの?」

「そうだよ。だから心配しないで」

なのはを安心させるように、ユーノは優しく微笑む。
そうしたことで、彼女も安心したようだ。

──そうだよ、後悔はしてないんだ。

一度たりとも後悔したことはない。

「でもね、そんな僕があえて矛盾したことを言うよ」

あの時の自分の判断を後悔していなかったとしても、だ。






「たかだか10歳の子供の決断が、絶対に正しいなんて言えるはずがない」






今の自分達の年齢でさえ手こずる決断を、あの子達の歳で正しいと決め付けることは出来ない。

「別にキャロやエリオが間違ってるって言ってるわけじゃないよ。でもね……僕が彼らと同じだから思うんだよ」

同じ歳で、同じ状況で管理局にいたからこそ、余計に思う。

「まだ将来を決めるには早すぎる」

あの子達には、もっとたくさんの未来が開けているはずだから。

「僕だって、二人の決断は尊重する。けど、尊重する『モノ』によるよ。少なくとも一生に関わることを、二人が決めたからといって尊重するわけには……絶対にいかない」

そこは二人の『父親』として、まかり通すわけにはいかない。

「これが僕の我が侭だと思うなら、我が侭だと思えばいい。傲慢だというなら、その通りだよ。けどね……」

断固として──




「譲る気はない」




父親の表情で、ユーノはなのはに言い切る。

「あの子達にはまだ、たくさんの可能性がある。決して管理局に囚われちゃいけない」

もっともっと、たくさんの可能性が二人にはある。

「フェイトも学校については賛成してくれると思うよ」

「そうだね」

なのはが肯定する。
絶対にフェイトなら、ユーノの提案を絶賛する。
そんな彼女の姿が、なのはの脳裏には簡単に思い描けた。

「やっぱり、甘やかすフェイトちゃんと優しいユーノ君だったら、二人とも親バカになるんだね」

「──え!? ち、違うよ! 少なくとも僕は教育として──!!」

ユーノが否定しようとする。

「駄目だよ、ユーノ君。今の発言でユーノ君が本当に親バカなんだって、私わかっちゃったんだから」

なのはは笑ってそれを否定する。
絶対に二人は親バカだ。
そんなことは日頃の行いと性格から……簡単にわかった。












      ◇      ◇












それからは色々なことを話した。
自分達のこと。
子供たちのこと。
彼女の親友と彼の恋人のこと。
本当に、様々なことを。

「たくさん話したね」

「そうだね」

「そろそろお暇したほうがいいかな?」

時間を確認する。
まだ時間はたくさんある。
が、話したいことは大抵話したような気がした。
そう思ってなのはは言ったのだけれども、

「いや、ちょっと待ってもらえるかな」

ユーノが引き止めた。




「あのね、なのは。最後に一つだけ……」




まだしないといけないことが一つ残ってる。

「君に頼みたいことが残ってるんだ」

「なに?」

なのはが聞き返す。
が、ユーノはすぐに答えず、少しだけ間を置いた。
そして目を瞑る。






──これで、最後だ。






今日一番の……自分との別れ。

一息、深く息を吸う。

浮かんできたのは、自分の家族の姿。


──僕も頑張ろうって決めたんだから。


前に進もうと決めたんだ。

フェイトと、エリオと、キャロと同じように。




「なのは」




閉じた目を、ゆっくりと開ける。

──これでさよならだ。

最後に、見えている『証』を無くす。

目に見えて分かる、縋っていた『証』を捨て去る。

それは──








「僕の髪、切ってくれないかな?」








ははっ、と笑いながら告げる。








「…………ユーノ……君……?」








でも、そう告げたユーノは少しだけ寂しそうで、








少しだけ泣きそうで、








まるで……別れを惜しむかのようだった。








「……お願いできる?」








けれど、そんな彼は…………誰よりも優しく笑っていた。
















      ◇      ◇


















髪の毛を切る音だけが、二人の間に響いていた。

「ユーノ君、訊いてもいい?」

「なにを?」

「どうして髪の毛切るの?」

不思議そうになのはが問う。
けれど、手を止めることはしない。
彼女の左手からはリズムよく鋏が音を奏で、髪の毛を切っていく。

「なのはは僕が髪の毛を伸ばした理由……知ってる?」

「ううん。忙しそうだったから、髪の毛を切る時間がないだけだと思ってた」

「まあ、普通はそう思うよね」

頭を揺らさないように、小さく笑う。

「本当はね、君と同じようにリボンをつけるために伸ばしたんだ」

「私と同じように?」

「そうだよ。そうすれば少しでも、君と繋がってると思えたから」

たとえ近くにいなくても、離れていても『繋がっている』と思えた。
少しでも一緒の部分があれば『繋がっている』と信じていた。




「だからね…………切るんだよ」




そんなことでしか繋がっていると思えなかった自分と、お別れをするために。

「高町なのはに縋っていたユーノ・スクライアと決別するために」

寄りかかっていた関係を無くす。

「高町なのはとの絆を勘違いしていたユーノ・スクライアと決別するために」

曇りなく彼女を見る。

「高町なのはと真正面から向き合うために」

あらぬ方向を向いていた自分を、真っ直ぐ立たせる。






「もう一度、高町なのはと……やり直したいから」






本当の『  』になりたいから。

「これが僕のケジメのつけ方なんだ」

「ケジメなの?」

「そうだよ」

おかしいかもしれないけれど、これがケジメをつける方法。

「もう僕はなのはに縋らないし、もう……惑わない」

一方的な盲目はしない。

「別に間違っていたとは思わないし、間違っているとも思わない。けど……」

それじゃあ、もう嫌だから。

「初めて出来たパートナーと、ちゃんと対等になるために」

髪の毛を切る。

「君と本当の意味で対等になりたいから、必要なことなんだ」

今の自分にとって、これが一番必要。
他ならぬなのはの手で髪の毛を切ってもらうことが。




「いつまでもなのはとは『親友』で……いたいからさ」




と、ここまで言うと、ユーノは一言謝った。

「……ごめん。自分勝手な論理でこんなことさせて」

「そんなことないよ」

気にしないでいい。
ユーノがそうしたいと思うのなら、『親友』の自分は応援するだけだ。

「なのは、ありが──」

「でもね、ユーノ君……」

その関係だけじゃ、嫌だ。

「……そこにいつまでも『兄妹みたいな間柄』でいたいから、って付け加えてもいいかな?」

なのはは自身が望んでいることを訊く。
後ろに回って髪の毛を切っているから、ユーノの表情は見えない。
でも、答えは分かる。
きっと彼ならこう答えてくれる。

「もちろんだよ、なのは」























一時間ほどすると、髪の毛は全て切り終わった。
目の前に立っているのは、久方ぶりに見るショートカットのユーノ。
懐かしくて、初めてフェレットから変身したときのことを思い出す。
するとユーノも……同じことを思ったのだろうか。

「初めまして」

にっこりと笑って、こんなことをなのはに言ってきた。

「初めまして、ユーノ・スクライアです」

少しばかりなのはが驚いた表情をする。
けれど、すぐにユーノの意図が分かったようだ。

「初めまして、高町なのはです」

なのははユーノが望む返事をする。

「僕の友人になってくれませんか?」

ユーノがなのはに手を差し出した。
彼女も、すぐに自らの手を差し出す。

「よろこんで」

そして差し出された手を、互いにしっかりと握る。

「私と……『兄妹のような』関係になってくれますか?」

今度はなのはが、しっかりとユーノの目を見据えて言う。

「よろこんで」

だからユーノも逸らさず、しっかりと応えた。




──でも。
──でも。




まだ、足りない。

あともう一つ。

お互いが望む関係がある。








「これからもな の はの親友でいいですか?」
「これからもユーノ君の親友でいいですか?」








もう、既に『友人』だけれども。

もう、既に『兄妹』みたいだけれども。

もう、既に『親友』だけれども。








けれど、前とは少し違う。

ユーノ・スクライアが真正面から高町なのはを見据えた。

些細だけれど……大きな違い。

だから二人は今一度、声にして確認した。




──『親友』でいいですか、と。




そして当然の如く、返答は──








「もちろんだよ、なのは」
「もちろんだよ、ユーノ君」























なのはがヴィヴィオをおんぶする。

「遊びすぎて疲れちゃったみたいだね」

「それほど楽しかったんだよ」

なのははしっかりと背負うために、反動をつけて一度ヴィヴィオを浮かせる。

「ヴィヴィオにいつでもおいで、って言っておいて」

「ありがとう、ユーノ君」

なのははそう言うと、ドアへ向かって歩く。
ユーノも見送るために付いて行く。

「それじゃ、今日はありがとう。いろいろ話してくれて……うれしかった」

「そんな。僕のほうこそありがとう、だよ」

感謝してもしきれないほど、なのはには感謝してる。

「じゃあ、また今度」

「うん。またヴィヴィオを連れて来るね」

なのははヴィヴィオを背負っているため、ユーノだけが手を振って見送る。
彼女達の姿は通路の角を曲がると、見えなくなった。
















      ◇      ◇
















ヴィヴィオを背負って歩いてから10分ほど。
前方から、見知った人影が見えた。
向こうもこちらに気付いたようだ。

「なのは?」

「フェイトちゃんはこれからユーノくんのところ?」

「そうだよ」

素直にフェイトが肯定する。

「なのはは?」

「さっきまでユーノ君のところにいたんだ。それで、いろいろと話をしてきたよ。もちろん、二人が付き合ってることも聞いたよ」

「そうなんだ」

照れくさそうに、フェイトが顔をほんのり赤くした。

「ねえ、フェイトちゃん」

「なに?」

「フェイトちゃんはエリオやキャロと一緒に暮らさないの?」

「…………え……?」

さきほど、ユーノと話していたときに出た話題をなのはは彼女に問いかける。
彼は言ってた。


自分は彼女に言う気はない、と。


──でも、私は口止めされてないからね。

だから、言っても問題はないはずだ。

「だってフェイトちゃんは二人のお母さんなんだよね? だったら、一緒に暮らしたほうがいいんじゃないの?」

と、なのはがここまで言った瞬間、フェイトの顔色がいきなり変わった。
うろたえた表情をなのはに見せる。

「ど、どうしよう!? 私……すっかり忘れてた」

珍しくフェイトがうろたえている。
なのははそんな彼女の様子を見ると、笑顔を見せた。

──やっぱり、ユーノ君の予想通りだったね。

さすが恋人というべきだろうか。

「とりあえず、ユーノ君に相談したらいいんじゃないかな。色々と助言してくれるよ、きっと」

なのはが提言すると、フェイトは勢いよく頷いた。

「そ、そうだね。すぐに行ってくる!」

そして返事をするや否や、フェイトは無限書庫へと真っ直ぐ向かっていった。
なのはは彼女の背中を見送る。

「ほんと可愛いな、フェイトちゃんは」

急いで司書長室に向かうフェイトが可愛くて、自然と顔が綻ぶ。
子供のためにすぐさま行動した彼女を見て、心が温かくなった。
そんなフェイトが親友なのが、本当に誇らしい。






……はずなのに。






「…………あれ……?」






でも、どうしてだろう。

「あ、あれれ?」

何故だか涙が一筋……頬を伝った。

「お、おかしいな?」

わからなかった。
泣く理由などないし、涙が零れる必要もない。


「こんなに嬉しいのに」


二人が付き合ってる確証が得られて嬉しい。

ユーノが真っ直ぐ自分を見てくれて嬉しい。

なのに……






「涙が……止まらないよ」






幾粒もの涙が頬を伝う。
湧き上がってくるものを止めることが出来ない。


「な、泣きたくなんかないのに」


嬉しくて、嬉しくて、嬉しいはずなんだ。

喜ぶべきことなんだ。

泣くなんてことがあったら駄目なんだ。

そう、確かに頭では考えてる。






けれど、






「……もしかしたら」

もしかしたら、付き合っていることをすぐに言ってくれなかったことが、悲しかったのかもしれない。

もしかしたら、フェイトを取られたのが悔しかったのかもしれない。

もしかしたら、ユーノと思っていたより距離があったのが辛かったのかもしれない。

もしかしたら、少しはユーノのことが好きだったのかもしれない。


「………………」


たくさんの『もしかしたら』が生まれては、すぐに消えていく。

どれも当てはまりそうで……どれも当てはまりそうにない。




自分のことなのに、わからない。




「わからない……けど……」




自分は本当に嬉しいんだ。

自分は本当に良かったと思ってるんだ。


「なら……」


なら──喜ぼうよ。

なら──笑顔になろうよ。

大切な人たちが付き合ってるんだから。

大好きなユーノとフェイトが笑い合ってるんだから。




「幸せにならないと……怒るからね」




二人を精一杯、応援するんだ。

涙が溢れているとしても、この気持ちだけは本物なんだから。
















      ◇      ◇
















胸が痛む。

「やっぱり、辛いな」

親友を苦しめたことには違いない。

今までの自分を否定したことには変わりない。

「……けど、ほんの少しでも進めたかな?」

三人と同じように、少しでも進むことが出来ただろうか。

前に歩を進めることが出来ただろうか。






と、ユーノが考えていた時だった。






「ユーノ!! わ、私──!」

普段とは違い、凄い勢いでドアを開けてフェイトが入ってきた。

「ど、どうしたのフェイト!?」

「なんで考えてなかったんだろう!?」

マシンガンのようにユーノに話すフェイト。
ユーノにはまるで要領を得ない。

「フェイト、落ち着いて。一体どうしたの?」

肩を掴んで落ち着かせようとする。
が、彼女は一向に落ち着かない。

「エリオとキャロと一緒に暮らすことに、全然気付いてなかった!」

「…………え……?」

思わず、ユーノから声が漏れる。

心臓が──ドクン──と、一度跳ねた。

「ずっとお弁当作ったりしてたの、一緒に暮らすときのためだったのに」

けれどフェイトはお構いなしに、さらに言葉を続ける。

「二人に起こしてもらったり、起こしたりするのを考えてたのに。お母さんになろうって決めてから……そう思ってたのに──!」

前から考えていたことだった。

「私……」

なのに、それを実行に移せていなかった。

「……私、馬鹿だ」

あまりの馬鹿さ加減に、自分自身で呆れる。

「二人のお母さんになるために頑張ろうって……」

キャロとエリオの『お母さん』だって誰からも思われたいと願っていたはずなのに。

「こんなの全然、お母さんっぽくない」

少なくとも、自分が知ってる『母親』じゃない。
だから……落ち込む。

「フェイト……」

でも、ユーノは彼女のそんな姿に、どうしようもなく嬉しさを感じた。

──ホント、どうしてかな?

どうして彼女はこうも喜ばせてくれるのだろう。
何度も何度も、自分の心を嬉しくさせてくれるのだろう。
ユーノは嬉しさのあまり、彼女を引き寄せて抱きしめる。

「だったらさ……」

──よかった。

皆で一緒に暮らしたい、というは自分だけじゃなかった。

自分の恋人も、同様に思ってくれていた。

「だったら僕も君も子供たちも……皆が落ち着いたその時に──」

事件も何もかもが落ち着いたら。








「一緒に暮らそうよ」








家族四人で。
同じ『家』で暮らそう。

「ね、フェイト?」

彼女を優しく抱きしめながら、同意を求める。
もちろん彼女の返答は、

「……うん」

肯定の一言。
ただ、それだけ。
ユーノはその一言を聞くと、ゆっくりとフェイトを離した。
少しだけ名残惜しそうにしたフェイトだが、ユーノの変化を見たことによって、その気持ちは霧散した。

「ユーノ、髪の毛切ったんだ」

「そうだよ」

ユーノは短くなった髪の毛をいじる。

「変かな?」

「ううん、変じゃないよ。すごく似合ってる」

「そっか。よかった」

ほっ、とした表情をユーノが浮かべた……その時だった。




──コンコン──




ドアをノックする音が聞こえた。
その音に、ユーノが穏やかな表情をした。

「入っていいよ」

姿を見る前から、ユーノは言葉を崩す。
これは、あの子のノックの仕方。
少し控えめに音をさせる、自分の娘のノック。
ドアがカチャリ、と音をさせて開く。

「ユーノさん。今日はエリオ君と一緒に来ました」

キャロがエリオを連れてやって来た。
キャロとエリオが司書長室の中に入ると、ユーノの他にフェイトがいると知って、さらに顔が綻んだ。

「今日はフェイトさんもいるんですね」

「うん。先回りして二人を待ってようと思ってね」

「あれ? ユーノさん髪の毛切りました?」

「さっき切ったんだよ」

笑ってキャロの質問に答えるユーノ。

「そうなん……です……か……?」

でも、その笑った顔がキャロには……少しだけ不自然に映った。

「あの、ユーノさん。何かありましたか?」

「え?」

何が違うのかは分からないけど、ユーノの笑顔が少しだけ……悲しそうだった。

「なんだか少し悲しそうです」

図星をつく、キャロの疑問。
一瞬、ユーノの表情が崩れる。

「…………心配しないで、キャロ」

もう一度笑顔を作って、キャロを安心させようとする。




けれど涙腺が……少し緩んだ。




……泣きそうになった。

「おとーさん?」

「ユーノ?」

「父さん?」

心配そうに三人が声を掛ける。

「いや、大丈夫だよ」

嬉しい気持ちが、胸に溢れる。

皆が心配してくれているということが、悲しいことの後でもたまらなく嬉しい。

「え? でも……」

「本当に……大丈夫なんだ」

君達がいてくれるから。
だから大丈夫。

「ただ、思ったんだよ」

今、この三人がここにいてくれることに。

「君達がここにいてくれて……よかったなって」

そう思った。

──ずっと追い求めてたものが、ここにあるから。

ユーノ・スクライアが欲しかったものが、ここで実感できる。




『家族』が実感できる。




だから今、この空間がたまらなく愛しい。

絶対に離したくないと思う。


──だって。


だってこれが──










ユーノにとっての『My family』だから。










本当は、どこにでもあるものなのに。

普通なら生まれたときから誰もが持っていて、当たり前のように存在している『自分の家族』。

けれどユーノは持っていなかったから。

『自分の家族』を。

だから得られたとき──家族が出来たときに気付く。

その大切さと……愛しさに。

ユーノは三人に笑いかける。

「君達と家族になれてよかった」

まず視線をキャロに向ける。

「大切な娘がいて」

次はエリオへ。

「大事な息子がいて」

最後にフェイトで視線を止める。

「最愛の女性がいる」

最高の人たちが、一緒にいてくれる。

「これが僕の…………家族なんだ」

そう言うとユーノはもう一度、三人を見回す。

「おとーさん?」

けれどその中で、桃色の女の子で目が止まった。

「どうしたんですか?」

切っ掛けの少女。
ユーノが変わることになった始まりの女の子。








キャロがいたから、娘が出来た。


キャロがいたから、息子が出来た。


キャロがいたから、恋人が出来た。








──あの子が尋ねてきたから、たくさんの大切な『モノ』が出来たんだ。

「キャロ」

ユーノはキャロに近づくと、ぎゅっ、と抱きしめる。

「わわっ!」

急に抱きしめられて、少しだけキャロが慌てた。

「あの?」

「キャロがいてくれてね、本当によかったなって思ってるんだ」

さらに強くキャロを抱きしめる。

「……えっと……」

キャロはどうしていいか分からない。
が、抱きしめられているのは嬉しいから、振りほどくことは絶対にしない。

「ユーノ……」

どうしたの? とフェイトが視線で訊いてくる。

「さっきなのはと話してて思ったんだ。君達と一緒にいれることは、絶対に当たり前じゃないんだって……」

僕もなのはも、家族といれることは絶対に当たり前じゃない。

「だからね。一緒にいれる切っ掛けを作ってくれたキャロに、本当に感謝してるんだ……」

留めていた涙が……溢れる。
誰の前でも泣いたことのないユーノが、初めて人前で涙を流した。






「ありがとう、キャロ」






けれど、その頬に伝わる涙に悲しみは欠片もない。






──本当にありがとう。






僕のところに来てくれてありがとう。

僕を『おとーさん』と呼んでくれてありがとう。


──僕の『家族』になってくれて……ありがとう。


思うんだ。

あの時、僕がキャロの家族になろうと決めてよかったんだって。

きっと、僕の決断は間違ってなかったんだって。

今一度、心から……そう思えるんだ。






──だから。






以前よりずっと優しく、親しく、温かく微笑む。






キャロと出会う前よりも優しく






フェイトと付き合う前よりも親しく






エリオと親子になる前よりも温かく












ユーノはキャロに微笑んだ。































Next,the last story.

Last title is .........






『My family』























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