最近、どうもフェイトの落ち着きがないようにユーノは感じていた。
ユーノが横目でフェイトを見る。
フェイトはぽけっ、とユーノの顔を見ていた。

「あの、フェイト?」

ユーノが声を掛ける。
すると、飛び上がるようにフェイトが反応した。

「な、なにかな!?」

「僕の顔に何かついてる?」

「べ、別に何もないよ」

「そ、そう? なら、いいんだけど」

言って、ユーノは作業に戻る。
フェイトは……またユーノの顔を見詰める。

「…………」

けれど、注意深く見てみればフェイトの視線はユーノの顔……よりも若干、ほんの少し下に視線が向いている。
つまり、視線の先はユーノの口…………いや、ユーノの唇。

「…………」

フェイトはそこを、ぼんやりと見ていた。




──いつになったら、出来るのかな?




はやてにツッコまれてからというもの、妙にユーノの唇に視線がいってしまう。

「…………」

まあ、答えは単純明快。






──ユーノとキス、か。






乙女である以上、好きな男性とキスはしてみたい、ということだ。




















二十四話

『初デート』



























「あの、もしかしてハラオウン様ですか?」

フェイトが無限書庫に向かって歩いているとき、不意に知らない人から話しかけられた。

「は、はい。私がハラオウンですけど……」

突然話しかけられたことに驚きながら、フェイトは女性を見る。

「…………うわぁ……」

思わずフェイトから賞賛の声が漏れる。

──すごく綺麗な人だな。

同じ女性のフェイトでさえ感嘆する容姿。
けれど……その女性はフェイトの記憶の中にいない。

「えっと、貴女は?」

これだけの美人なのだから、覚えていないということは初対面なのだろう。

「あ、そうでした。私はですね──」

すると目の前の女性は、華が咲くように笑顔を浮かべる。
そして、

「数ヶ月前、スクライア様とお見合いした者です」

とんでもないことをフェイトに言い放った。




















喫茶店に二人で入るや、フェイトはちらちらと正面に座っている女性を伺う。

──この人がユーノのお見合い相手だったんだ。

正直な話、ユーノはこの縁談をよく断ったと思う。
自分がもし男であったら、断るわけがない。
断ろうと思っていても、逢えば絶対に意見は変わる。
先ほど知り合ったにも関わらず……そう思った。

──でも…………それでもユーノは断ったんだ。

フェイトはそれが嬉しかった。
理由はまだ知らない。
どうして断ったのか、その理由をフェイトはまだ知らない。

──だけど……ね。

もし、断った理由が自分だとしたなら……。
もし、断った理由の一端に自分が関わっているなら……。




──うれしい。




それは本当に嬉しいことだった。
別に今付き合っているからといって、自惚れるわけではない。
自惚れるつもりはないけれど、そうであってほしいと思う。
そしてフェイトはもう一度、彼女を盗み見る。

──でも、ホント綺麗な人だな。

感嘆の息を漏らす。
と、ここでフェイトが見ていることに相手も気付いたようで、

「すみません、突然お声を掛けてしまって」

「いえ、全然大丈夫ですから」

ユーノのところに行く途中だったから、特に問題は無い。

「それで私に用というのは?」

フェイトが言うと、女性がかしこまった。
そして頭を下げる。

「申し訳ありませんでした」

「……え?」

突然頭を下げられたことに、フェイトが少し戸惑う。

「…………あの……?」

「お二人の仲を父が邪魔ばかりしてしまって。それを謝りたいと思っていました」

瞬間、フェイトの頭の上にさらにハテナマークが灯る。

「どういうことですか?」

「前に一度、スクライア様の発表を見かけて以来、父が妙に彼のことを気に入ってしまったんです」

「……はあ」

フェイトはまだ要領を得ない。

「それで、彼の発表会に何度か足を運んで彼のことを見定めた末、父はあることを決めました」

女性がここまで言うと、フェイトも一つの予想がつく。

「……もしかして」

「はい。父はスクライア様と友好のある先生と面識がありましたので、その方を通して私とお見合いさせることを思いついたのです」

彼女が紡いだのは、フェイトの予想と同じこと。

「お見合いは断られたのですが、その時に言ったスクライア様の台詞でさらに彼のことを気に入ってしまったようで……。この間もお出かけの最中にご迷惑をお掛けしました。どうにも私の父と先生は早とちりで……」

「いえ、そんなお気になさらずに──」

と、フェイトはここで気になることが生まれた。

「あの、一ついいですか?」

「いいですよ」

「ユーノはその時、なんて言ったんですか?」

断ったのにも関わらずさらに気に入ったとは、ユーノは一体どういうことを言ったのだろうか。
単純に興味が湧いた。

「それはですね──」

フェイトの問いに女性がくすり、と笑う。

「ある人への愛の告白ですよ」
























たっぷりと余韻を響かせながら、その時の会話を言い終える。

「………………あの方はそう、最後に言いました」

「…………」

そして全てを言い終わると、少しだけ間が生まれた。
ほんのりと顔が赤らんでいるフェイトに、女性は笑いかける。

「これが私達に向けてスクライア様がおっしゃった……全てです」

あの時、あの場所、あの空間で彼が自分達に向けて言った、大切な人への告白。

「本当にその方のことが好きなんだな、と思い知らされた言葉です」

この場にはいない大切な人に向けた言葉。

「でも、ですね。一つ言うとするならば……」

いや、"だからこそ"一つ言うとするならば。




「私はそんなスクライア様だからこそ、その時は結婚をしてもいいと思っていました」




「──えっ!?」

「父は学会の発表で何度もスクライア様を見ました。ですから、私の婚約者にしようと思ったのでしょう」

父は彼を好青年だと思ったからこそ、お見合いをさせようとしたのだろう。

「けれど、私も彼を見たことはあるんですよ」

決して父だけが彼を知っていたわけではない。

「私は偶然、子供を抱き起こしている姿を見たことがありました」

それは本当に一瞬の出会い。

「怪我しているところを魔法で治し、泣き止ませ、笑顔で見送る」

たったそれだけの彼の行動。

「ほんの数十秒のやり取りだったと思います」

普通ならば見過ごしてしまうほどの、ちょっとした青年と子供のやり取り。

「でも、私にはそのやり取りが心に残ったんです。記憶に……スクライア様のことが刻まれました」

顔を見れば『ああ、あの人だ』というくらいには、記憶に残った。

「ですから『好き』というわけではありませんでしたが、もしお見合いが成功したのなら、スクライア様を好きになれたと思います」

絶対とは言えないけれど、絶対じゃないとは言い切れない。

「スクライア様はそれほどの魅力を持った殿方です」

今まで会った男性の中では、二番目に素晴らしいと思える男性。

「だから、しっかりと捕まえていないと駄目ですよ」

「しっかりと、ですか?」

「ええ。彼を狙っている女性は多そうですから」

あの容姿、あの性格、あの実力。
どうあっても惹かれる女性はいるだろう。

「えっと…………忠告ありがとうございます」

フェイトが教えてくれたことに礼を言う。

「でも、それでしたら……」

フェイトが女性を申し訳なさそうに見た。

「あら? 私は気にしないで結構ですよ」

フェイトの考えていることに予想がついたのか、女性は朗らかに笑顔を浮かべる。

「先ほども言いましたが、好きになると思っただけですし」

それに"今は"絶対に彼のことを好きにならない自信がある。

「なにより私は今、他に好きな人がいますから」

今はその人が自分の中の一番。

「だから大丈夫ですよ」













話が終わり、二人して席を立つ。

「今度、またユーノを呼ぶ機会があったら私達も呼んでくれますか?」

「もちろんです」

女性が華のように微笑む。

「ありがとうございます。それでは、失礼しますね」

「はい。さようなら」

互いに頭を下げると、別々の方向へと歩いていく。
と、数歩進んだときにフェイトがあることに気付いた。

「そういえば名前を訊くの忘れてたな」

あまりに美人だったので、驚きのあまり訊くのを忘れていた。
フェイトは振り返るも、彼女の姿はすでにない。

「まあ、大丈夫だよね」

会う約束はしてある。
お見合いをしたことのあるユーノもいる。
なら、問題はないはずだ。


















      ◇      ◇


















ドアを数回ノックする。

「ユーノ先生、今大丈夫ですか?」

いつものように訊くが、返事がない。
不思議に思って、鍵の開いている司書長室へと入る。

「先生?」

呼んでも返事がない。
いつもの椅子に座っている姿もない。

「無限書庫にでも行っちゃったのかな?」

少し周囲に視線を巡らせる。
と、ソファーに寝転んでいる人影が見えた。

「…………あれ? 寝てる?」

フェイトの視界に入ったのは、タオルケットを羽織ってソファーで眠るユーノ。
眼鏡すらも外さず寝ていた。

「疲れてるのかな?」

数度ユーノのほっぺたを突付く。
が、反応は無い。

「……どうしよう?」

司書長室に来ても、ユーノが寝ていたら意味がない。

「何かやること……」

少しばかり考える。

「──あっ! そうだ」

フェイトがあることを思いつく。

「これって前に一度、ユーノにやってもらったんだよね」

彼を起こさないように、少し頭を持ち上げる。
そして出来た空間に自分の膝を置いて、再びユーノの頭を下ろす。

「膝枕だよ、ユーノ」

フェイトはそう言って少し笑うと、ゆっくりと彼の眼鏡を外した。
そしてすやすやと眠っているユーノの顔をじっ、と見詰める。

「飽きないな、ユーノの顔を見るの」

男らしい顔立ちとは決して言えないけれど、真面目な表情のときは男らしいと思うし、かっこいいと本当に思う。

「でも、こうしてると……」

こうやって膝枕とかをしていると、ふと考えてしまう。

「なんか私だけが好きなような気がするな」

ユーノの頭を優しく撫でる。

「いつも私ばっかりやきもち妬いてる気がするし……」

自分ばっかり『好き』という感情が溢れている気がする。

「しっかり、捕まえとけ……か」

先ほど言われたことを呟く。
不意に、ユーノの唇が目に付いた。

「……いい……かな?」

誰に言うわけでもなく、声に出して確認する。

「…………ね、ユーノ。いいかな?」

今度は寝ているユーノに問いかける。
けれどその間にも、引き寄せられるようにフェイトの顔はユーノの顔に近づいていく。

「……恋人だから、いいよね」

フェイトはゆっくりと目を瞑りながら近づき、あと5センチ。

「…………」

あと4センチ。

「…………」

あと3センチ──






「…………ん……?」






というところで、ユーノが目を開けた。

「……………………フェイ……ト……?」

「……あっ」

大きく見開かれた瞳と、うっすらと開いた瞳がお互いを捉える。

「ち、違うんだよ!? 別に何かしようとかじゃなくて、その、えと──」

ユーノが体を起こす。
が、まだ寝ぼけているのかぽけっ、としていた。
けれども視線はしっかりとフェイトに向いている。

「……あれ? フェイトがぼやけてる」

寝起きと眼鏡がないためか、フェイトの姿が少しだけぼやけている。

「め、眼鏡だったらわた──」

フェイトが言い切る前にユーノがフェイトの肩を掴んで、息が掛かりそうな距離まで一気に引き寄せる。

「──えっ!?」

二人の顔の距離はわずか10cm。
何か切っ掛けがあれば、キスできる距離。

「ユ、ユ、ユユ、ユ、ユーノ!?」

さっきから慌てっぱなしのフェイトが、さらに慌てる。
顔は既に真っ赤だ。

「うん。これで見えた」

無垢に笑うユーノ。

「……あ……ぅ……」

フェイトが視線を下に逸らす。
これ以上見詰め合ったら、恥ずかしさのあまりお湯が沸かせるかもしれない。
けれど、ユーノはそんなフェイトをお構いなしにぽけ、とフェイトを見詰める。
そしてそのまま数秒見詰め続けると、何かを思いついたのかフェイトに声を掛けた。

「ねえ、フェイト」

「な、なにかな?」

依然フェイトの視線は下を向いたまま。
けれど、ユーノはそのまま構わずに、

「今度、デートしようか」

清々しいほどの微笑みをフェイトに向けた。


















      ◇      ◇


















「それで、おかーさんとデートの約束をしたんですか」

今、キャロの目の前には微妙にショックを受けている表情の父親。

「……初めてのデートを寝ぼけながら約束すると思わなかった」

「いいじゃないですか、頑張ってください!」

ファイトです、とキャロが付け加える。

「いいの? キャロ達もその日は休みじゃなかったっけ?」

「いいんですよ」

満面の笑みでキャロが答える。

「そもそも、おとーさんとおかーさんは私達を優先しすぎなんです。偶には二人っきりで出かけてください。でないと、私達が嫌です」

この場にエリオはいないが、彼も絶対に同じ気持ちだろう。

「だからデートしてこないと許しません!」

キャロが可愛らしく父親を叱咤する。
するとユーノも、少しばかり後ろめたかった気持ちは無くなったようで、

「じゃあ……今度、デートしてくるね」

照れながら、自分の娘にデートしてくることを伝えた。
















      ◇      ◇
















〜というわけで、次の休日〜




フェイトは右手に付けている時計を何度も見ながら、時間を確認する。

「やっぱり、ちょっと早かったかな」

時計を見れば約束の40分前。
さすがに早すぎたような気がする。
が、どうにも落ち着くことが出来ず、気付いたらこんな早くに待ち合わせ場所まで来てしまった。

「どっかで時間潰そうかな? でもユーノが来たときにいなかったら嫌だし……」

うーん、と少しの間考え込む。
と、その時だった。

「──フェイト!!」

自分の名前が呼ばれた。
反射的にフェイトは顔を上げる。

「ユーノ?」

声がした方向を探すと、すぐに見つかった。
ユーノが自分を目指して歩いていたから。

「早いね、フェイト」

「ど、どうして? だって約束の時間まで……」

「いや、ね。フェイトだったら遅刻しないだろうと思ってたし、君より先にここにいたいな、って思ってたんだけど」

「私より先に?」

「だって君をここに5分でも置いといたら、絶対にナンパされるよ」

「そんなこと──」

「ない、なんて言わせないよ。前にパーティーで声掛けられたの覚えてるだろ?」

「……それは……うん、覚えてる」

「だから僕が先にいれば、フェイトは声を掛けられずに済むんだよ」

この考えは間違ってないだろ、と言わんばかりのユーノ。
けれど、そこには一つの疑問が。

「じゃあ、ユーノが声を掛けられた場合はどうなの?」

「僕に声を掛ける人なんていないよ。平凡な顔だし、僕に興味を持つ女性なんてそうそういないよ」

問題ないよ、と付け加える。
ユーノのあまりにあっけらかんとした言い草。
だから、フェイトはユーノが本気で言っていることに気付いた。

「……それ、本気なんだよね」

溜息を吐きながら、フェイトが呆れた。

「本気だけど、どうして?」

「自分では分かってないかもしれないけど、ユーノはかっこいいよ」

「え? いや、だって女顔だし、かっこいいなんて無縁だよ」

「少し前はそうだったかもしれないけど、最近は男らしくなってきてる」

キレイと称することの出来る顔ではあるが、真剣な表情の彼は間違いなく男らしい。

「けど、それがかっこいいに繋がるとは……」

「繋がるよ。ユーノの場合は」

顔の造形が決して男らしいと言えないだけで、真剣な眼差しで見られたら絶対に男らしいし、かっこいいとフェイトは断言できる。

「でもな。それでも僕に声を掛ける女性なんか──」

ユーノがさらに否定しようとする。
が、そこから先は──




「少なくとも私にとってはカッコいい彼氏なんだよ!」




ユーノがあまりに自身を貶すため、憤慨したフェイトが遮った。

「まったく、ユーノはどうして他の男の人よりもかっこいいのが自分で分からないかな!」

どうして自分の彼氏は自らを低く言うのだろうか。

「こないだだってユーノのこと、かっこいいって言ってる人に会ったんだ!」

ユーノとお見合いをした人だって、気をつけろと言っていた。

「だからユーノはかっこいいの! 声も掛けられちゃうんだよ! 分かった!?」

迫力に任せて一気に同意を求めるフェイト。

「…………その…………はい。分かりました」

フェイトの勢いにユーノが圧されるがまま、素直にユーノが頷いた。
ただ、公衆の面前だというのに、顔が茹でたタコのようになっている。

「……あれ? ユーノどうしたの?」

「い、いや、何でもないよ」

勢いだったとはいえ、さすがに照れることを言われた。
けれど嬉しかったので、感想は心の中にしまっておく。

「じゃあ、今度からは気をつけるようにする」

「分かってくれて嬉しいよ」

理解してくれたことが嬉しくて、フェイトが笑う。

「そしたら、行こうか」

ユーノが右手をフェイトに差し出した。

「うん!」

まだ少し恥ずかしがりながらも、手を繋ぐ。




少し手間取ったりしたが、ようやく二人の初デートが始まった。


















最初は買い物。

「……これがいいんじゃないかな?」

「エリオは男の子だから、それよりはこっちのほうがいいと思うけど……」

「でも、これだと種類も別になっちゃうよ」

「う〜ん。なら、こっちでどう? これなら皆大丈夫じゃない?」

「あっ! これならキャロもエリオも気に入ってくれるかも」

フェイトが手に持って、じっくりと検討する。

「どう?」

「…………うん。これなら大丈夫だよ。二人とも気に入ってくれると思う」

「なら、これにしようか」

「そうだね」

フェイトが頷くと、ユーノは選んだものを4つ、かごに入れる。

「ここはこれだけでいい?」

「んと……ちょっと待ってもらっていい?」

「いいけど、どうしたの?」

ユーノが問う。
けれど、フェイトは答えず真剣な眼差しで品定めをする。
そして数十秒ほど悩むと、2つの商品を手に取った。

「これは?」

もう一度、ユーノが問う。
今度はフェイトも答えてくれた。

「こ、これは私とユーノの……だよ」

「え? 今かごに入れたのは?」

「それも私とユーノの分はあるよ」

「じゃあ、それは?」

種類は違えど、同じ商品は買っている。
なのに、何故もう2つ買うのだろうか?

「……これには……私とユーノの二人っきりの写真を入れたいから……」

恋人と二人の写真を入れたい。

「だから別の写真立てが欲しいなって……思って」

ちょっとした恋人へのおねだり。

「……駄目?」

「まさか」

ユーノはひょい、とフェイトから写真立てを取ると、かごに入れる。

「今度、ヴァイスさんに写真撮ってもらおうか」

「家族の分と私達の分?」

「そうだよ」

ヴァイスには悪いと思うが、それはそれだ。
少し文句を言われるかもしれないけれど、それで家族と恋人との写真が取れるなら、いくらでも文句は聞き流せる。















      ◇      ◇
















なんだかんだで買い物は終了。
早く集合してしまったため、夕食は少し早く取ることになった。
ユーノはフェイトを連れて、あるお店へと入っていく。

「夕食はここでよかったかな?」

「うん。大丈夫だけど……高くない?」

フェイトがキョロキョロと見回す。
なんとなく高級そうなイメージがあった。

「高くないよ。結構良心的なお店なんだ、ここは」

「誰かと一緒に来たことあるの?」

「うん。何回か」

「女の人?」

疑うような視線をユーノに向ける。

「違う違う。考古学の先生方と来たことがあるだけだよ」

苦笑しながら、手を左右に振って否定するユーノ。

「それに、いつか君に紹介しようと思ってた店なんだから、先生達に誘われる以外で他の人と来るはずないよ」

「そうなんだ」

「うん。だからフェイトに気に入ってもらえると嬉しいな」
















      ◇      ◇
















二人で夕食を取り終わると、次は二人で映画を見る。

「とっても感動したね」

「そうだね。映画を見るの初めてだったけど、大きなスクリーンで見ると感動も大きい気がしたよ」

まあ、気のせいかもしれないけれど。

「それにしても良かったな。この『ただ、君に逢いたくて』は」

「こういう恋愛映画、見たことなかった?」

「あると思う? この僕が」

映画すら見たことのなかった自分だ。
普通に考えたのなら、

「正直……ない」

「だろ。だからすごく楽しめたよ」

初めて尽くしだったから。

「…………」

と、ここで何故かフェイトが落ち込む表情を見せた。
ユーノはどうして彼女が落ち込んだのか、瞬時に理解する。

「僕が前に言ったこと、まだ気にしてるの?」

「だって、私が誘えば……」

お祭りも映画も何もかも、ユーノは初めてじゃないはずだ。

「だから少し……落ち込むよ」

少し俯くフェイト。

「…………まったく……」

ユーノはそんなフェイトを見るや、嘆息する。
そして右手で輪っかを作り、彼女の額に向け、




「──ていっ!」




デコピンをする。

「……イタイよ、ユーノ」

「はいはい、勝手に一人で落ち込まないでよ」

「……でも」

額をさすりながら、フェイトが反論しようとする。
けれど、

「それなら"これから"フェイトが誘ってくれればいいんだよ」

ユーノが先手を打った。

「だって、君は僕の"何"?」

「……恋人」

「そうだよ。だったら色々な所に連れ回してよ」

それがユーノの願うこと。

「今まで、確かに僕はいろんなことを知らなかった。でも、だったらこういう発想はどうかな?」

ようは発想の転換だ。

「君と恋人になってから楽しむために、僕は何も知らなかった」

そのために自分は知る必要がなかった。

「だからフェイトが誘ってくれないと、楽しいこともきっと楽しくないよ」

フェイトがいなければ、どんなに楽しいことでも"一番"ということはない。

「……ホント?」

「うん。今のところ、一緒にいて“一番”楽しいのはフェイトなんだけど……」

と、ここでユーノはからかうように、

「フェイトがそんなんじゃ、僕はキャロやエリオの二人と一緒にいたほうが“一番”楽しいのかな?」

「──っ!! そ、そんなことないよ!」

慌ててフェイトが否定する。

「本当に?」

「本当だよ!」

先ほどの雰囲気はどこ吹く風、フェイトは力説する。

「だったら、証明してもらおうかな」

ユーノはそんなフェイトがかわいい、と思いながら、一つ提案をする。






「今日の最後を飾るのに、どこか良い場所はある?」
















      ◇      ◇
















「前からね。ユーノと一緒に行きたいところがあるんだ」

ユーノと付き合ってないときから、行きたい場所が一つだけあった。

「いいかな?」

「もちろん」

連れて行ってくれと提案したのは自分だ。
否定などするはずがない。

「私ね、ユーノと一緒に観覧車に乗りたい」

フェイトがピッ、と指差す。

ユーノが視線を向けると、そこには大きな観覧車がゆったりと回っていた。

















星が瞬く夜の下、二人で観覧車に乗る。

「観覧車って普通は遊園地にあるものだよね」

「うん。でもちょっとはショッピングモールにもあるんだよ。ここみたいにね」

珍しいが、ないわけではない。

「ユーノはここの近くを何度か来たみたいだけど、乗ろうと思ったことはないの?」

「男一人で乗っても面白くないんじゃないかな、これは」

「それもそうだね」

観覧車に一人で乗るには厳しいだろう。

「フェイトは前からここに来たかったって言ってたけど……」

「んと、ね。恋人になる前から一緒に来たかったんだ。でも、その時は来る理由なかったし、誘えなかった」

その当時は。

「けど、今は恋人だから」

「誘えたってことか」

話しているうちにゴンドラはゆっくりと上がっていき、頂上付近まで差し掛かった。
フェイトが外へと目を向ける。

「ねえ、ユーノ! 凄く綺麗だよ」

街路樹がライトアップされ、車のライトと相まって光り輝く街。

「ホントだ」

ユーノもフェイトに釣られて外を見る。

「空に飛んで見る景色とは、また別の趣があるね」

「そうだね」

しばし、二人で夜景を見る。

「……でも、本当に綺麗だ」

ぽつり、とユーノが口にする。
けれどユーノが綺麗だと思ったのは、夜景だけではない。
夜景と、それにバックにして映えるフェイトが本当に綺麗だと思う。
だから……なのだろう。


「フェイト」


無意識に手が彼女の頬に伸びた。

「ユーノ?」

「──あっ! ご、ごめん!!」

慌ててユーノが手を引っ込めようとする。
が、フェイトがユーノが引っ込める前に、彼の手を掴んだ。
そして離れかけた手を、もう一度頬に持っていく。

「大丈夫だよ。ユーノがやること、私が嫌がるはずない」

二人の視線が合う。

「だから、ね」

優しくユーノを見詰める。

「…………ありがと」

親指でフェイトの頬を擦る。
それが合図になったのか、フェイトがゆっくりと目を瞑った。
そして少しだけユーノに顔──唇を近づける。

「…………」

ユーノが左手をフェイトの肩に乗せる。
ゆっくりと目を瞑りながら、距離を縮める。




そして──










「…………ん……」










ほんの数秒、軽く触れるだけのキス。
すぐに二人の唇が離れる。

「…………」

「…………」

数瞬、二人の間に沈黙が生まれた。
けれど、

「あはは」

「えへへ」

お互いにその沈黙がむずがゆくて、どちらともなく笑った。

「しちゃったね」

「そうだね」

二人が同時にはにかむ。

「えっと……どうだった?」

「私は前からユーノと……その……してみたかったから、すごく嬉しかったし幸せな気分になったよ。ユーノは?」

「僕は……そうだな。確かに嬉しかったし幸せな気分になったけど、それ以上に心臓がどうかなりそうだった」

「緊張で?」

「そう、緊張で」

照れくさそうにユーノが笑う。

「今も破裂しそうなぐらいの勢いで動いてるよ」

ユーノが右手を心臓に当てる。

「確かめてみる?」

「うん」

ユーノが訊くと、フェイトが素直に頷いた。

「それなら──」

ユーノの考えとしては、右手か左手が胸の部分に来ると思っていた……のだけれど、フェイトはユーノの予想を大きく外す行動をとった。

「──うわっ!?」




フェイトは頷くや否や、ユーノの胸に飛び込んだ。




そして右耳を彼の胸に当てる。

「……ホントだ。凄く心臓がバクバクしてる」

ユーノの言ったとおり、心臓がとんでもないことになってる。

「君の不意打ちのおかげで余計に高鳴ってるよ」

「そうなの?」

「手を繋ぐのでさえ照れるんだから、こうなるのは必然だって」

「そっか」

ユーノの胸の中で、フェイトが嬉しそうに笑った。

「じゃあ、もっと照れてもらってもいい?」

甘えるような声でフェイトが言う。
こうなると、ユーノが断る可能性は欠片もない。
というよりも、断るわけがない。
なので、

「いいよ。何すればいいの?」

言うことを聞く気満々で、フェイトに聞き返す。

「抱きしめて欲しいな」

「ん、了解」

言うとおりにフェイトをぎゅっ、と抱きしめる。

「これでいい?」

「うん」

満足したようにフェイトが頷く。

「…………」

「…………」

また、沈黙が生まれた。

しかし嫌な沈黙ではない。

満ち足りた……沈黙。




でも、




「………………あのさ、フェイト」




「ん?」

たった二人だけの空間。

別に口に出さずとも、通じ合えていると思える瞬間。

それでもユーノは……口を開いた。




「君が好きだよ」




「うん」




「本当に君のことが好きだよ」




「うん」




「だから……」




一つ、叶えさせて欲しいことがある。




──君と一緒に……叶えたいことがあるんだ。




願っていることを、想っていることを、叶えさせて欲しい。




「前にさ、『一緒にいたい』って言ったこと、覚えてる?」




「うん。覚えてるよ」




「それをさ、もうちょっとわがままに言ってもいいかな」




「いいけど、どういうの?」




フェイトの問いに、ユーノは穏やかな表情を浮かべる。




「それはね……」






『これからずっと、君と一緒にいたい』







告白したときは、そう言った

そうなりたいと願っていたから。

こうなりたいと思っていたから。






──でも、今は違うんだ。






願うだけ?

想うだけ?






──もう、それだけじゃ嫌なんだ。
















「ずっとずっと、一緒にいよう」
















願うだけじゃない。

想うだけじゃない。




願いを




想いを




自らの手で"カタチ"にしたい。
















      ◇      ◇
















「これってもしかして、プ、プロポーズ?」

フェイトをユーノの胸から顔を上げると、とんでもないことをユーノに言った。

「ち、違う違う! これはプロポーズじゃなくて……」

慌ててユーノが否定する。
瞬間、フェイトが落ち込んだ表情を見せた。

「そ、そうじゃなくて、本当のプロポーズはもうちょっと待ってて!」

自爆にも近い感じでユーノが再度、否定する。

「君達の事件が落ち着いて、僕が二人を引き取れるようになって、君が執務官を場合によっては休職してもいいって思ったら、頃合を見計らって言うから、その……だから……」

尻つぼみに声の大きさが小さくなっていく。

「えっと……もうちょっと待ってもらえるかな?」

「期待していい?」

「それは……うん、期待していい」

「私以外にはしないでよ?」

「大丈夫。フェイト以外になんてしないよ」

「したら怒る」

「だよね」

というか、魔法でボコボコにされそうな気がする。






──だから……ちゃんと誓うよ。






あの時、指きりをした時と同じように。
大切な彼女に、今一度誓う。

「安心して。僕はずっとフェイトだけを見続けるよ」

他の女性を見ることなどない。
ただ、目の前の女性を見続ける。




──いや、違うか。




惹きつけられる。

惹きよせられる。

だから他に目を向ける余裕がなく、見ようなど思わない。

「…………あ……」

そこではた、とユーノは気付く。

「どうしたの?」

「これって……」

今、自分が抱いている感情。
それの名前が今……唐突に分かった。




「そっか。そうだったんだ」




フェイトが好き?

何を馬鹿なことを。

もう、それじゃ足りない。

"好き"だけじゃ、全然足りない。

「ホント馬鹿だな、僕は」

何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。

今、言ったじゃないか。


『一緒にいよう』って。


今、思ったじゃないか。


『カタチにしよう』って。


好きだから、本当に好きだから、誰よりも好きだからそう思ったんだ。








「フェイト」

「なに?」










以前、お見合い相手に言った。










『どうしようもないくらいに叶わないとしても………………好きなんですよ』










前に、クロノに言った。










『誰にも渡さない、誰にも譲れない、誰にも…………取られたくない』










なら、答えは明白だろ?










当然の帰結だ。










どうして気付かなかったのか、不思議で仕方がない。










「僕は……」










どうして言ってなかったのか、本当にわからない。










「僕はね、フェイトのこと──」










ユーノ・スクライアはフェイト・T・ハラオウンのことを──














「世界で一番、愛してるよ」


















      ◇      ◇


















「今日は楽しかった」

「私も楽しかったよ」

「そしたら、また今度」

「うん。またね」

手を振って、フェイトが六課の宿舎へと入っていく。
ただ、ユーノから見えなくなりそうな瞬間、一度振り返ってユーノに手を振る。
ユーノが応えたのを見ると、そのまま照れくさそうに帰っていった。

「お休み、フェイト」

ユーノの視界からフェイトが消えると、一言ユーノが呟く。
遠いから彼女には聞こえない。
けれども、どうしてかユーノは口に出して言いたかった。

「…………よし。じゃあ、帰ろう」

ユーノは踵を返し、帰宅のために歩き始める。
そして歩きながら……思い返す。

「楽しかったな、今日は」

初めてのデートは本当に楽しくて、嬉しくて、心臓が止まりそうになるほど鼓動が高鳴った。

「でも、絶対に慣れるのは無理だね」

きっと、これから何度デートをしたとしても、その度に彼女のことが好きになって、その度に照れてしまうと思う。

「それに……」

唇を一度触れる。
それだけで、その時のことを鮮明に思い出す。
彼女とキスをした瞬間のことを。














「…………うん……」














一つ頷く。

もう、これで揺らぐことはない。

あまりに単純だとは自分で思うけど。

でも、『確かな』ことが『絶対』に変わった。

99%が100%になった。

大切なことを知った。

たった……それだけのことがあった。






──でも、これが切っ掛けだ。






ようやく『彼女』に言うことができる。

やっと『彼女』に報告することができる。




──いつかきっと、終わらせないといけないことだから。




間違っていたとは思わない。

間違っているとも思わない。

けれどもう…………こんな自分は嫌だから。

縋っているだけの自分は嫌だから。




──もう一度、彼女と新しく始めたいから。




キスは切っ掛け。

『彼女』とは関係のないことだけれど。

『彼女』とはなんら繋がりのないことだけれども。

でも、引き金になった。

引き金を引く勇気になった。






──だから。






ユーノは携帯を取り出し、ある番号をコールする。

「もしもし」

『────────────』

耳にするには久しい声が聞こえる。

「久しぶりだね」

久方ぶりに聞く声が懐かしくて、少しだけユーノの頬も緩む。

「あのさ、唐突で悪いんだけど、どこか空いてる日があったら会えないかな? ちょっと話したいことがあるんだ」

『─────────』

電話先から納得した反応が返ってきた。

「うん、君も大体分かってるとは思うけど…………そうだよ。だから今度、時間が空いたら無限書庫に来てくれないかな?」

『──────────』

素直に電話相手が頷き、招いてくれた事に感謝を述べた。

「そんな、礼を言うのは僕のほうだよ」

そしてユーノは空を見上げながら…………かつてのパートナーの名前を紡ぐ。
















「ありがとう…………なのは」


































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