──春。




花が色鮮やかに咲き始めた頃、ユーノは女性に引きずられていた。

「ちょ、ちょっとなのは! 引っ張らないでよ!」

「駄目駄目。早く行ってあげないと」

ユーノの腕を取って、ある場所へずんずんと進んでいく。

「そんなこと言っても後で見ることになるんだし、この前選んだ時にだって見たんだよ?」

「それでも見るの!」

ユーノの言い訳を全く聞かずにユーノを引き連れていくと、ある場所のドアを開けた。

「みんな、ユーノ君連れてきたよ!」

なのははユーノの後ろに回ると、部屋の中へと押し入れる。

「お父さん!」

「ユーノ君じゃない」

「おお、ユーノ君やないか」

中央の椅子に座る人物を囲んで話していたキャロ、リンディ、はやてがユーノに声を掛ける。

「ユーノ?」

その中で唯一、椅子に座っていた女性がユーノの名前を不思議そうに紡いだ。
三人に囲まれていたためユーノの姿が見えなかったらしく、疑問形だった。

「その位置からだとユーノ君が見えないわね。はやてちゃん、キャロちゃん。ちょっと移動しましょうか」

すると、そのことに気付いたリンディが気を利かせて少しばかり移動した。
お互いを認識させるために。

「…………あ……」

椅子に座っている女性の全体がユーノの瞳に映る。
女性の瞳にもユーノが映った。

「ほら、ユーノ君。感想は?」

なのはが笑顔でユーノに訊いてくる。

「ああ……えーと……その…………」

ユーノは右手で頭をかきながら、視線を上下にうろうろと迷わせる。

「何してんのや、ユーノ君。言うことなんて一つしかないやろ?」

なのはとは違い、ニタニタと笑いながらはやてが茶々を入れる。

「ま、まあそうなんだけど……」

面と向かい合って言うのは、さすがに恥ずかしい。
だが──

──この姿を褒める機会は……今日しかないんだよね。

そう思うと、照れてる場合ではない。
だからユーノは椅子に座っている女性に、少し赤くなった顔を向ける。

「本当に……」

そしてユーノは“ウェディングドレス”を身に纏っている女性に対して、ありのままの想いを伝える。

「本当に綺麗だよ、フェイト」




















最終話


『 My family 』




















教会の厳かな扉が開くと、フェイトとクロノが腕を組みながら歩いてきた。
一歩ずつ……ゆっくりと足並みを揃えて歩いてくる。

──いつかはやると思ってたんだがな。

父親が死んでしまっている以上、いつかは父の代わりに妹とこの道を歩くと思っていた。
11年前に妹が出来た時から。
それが兄である自分の役目だとも思っていた……のだけれど。

──あいつがフェイトの相手だったのは驚きだった。

心の中で笑う。
自分が昔からよくからかい、今でもおちょくっている青年。
男という枠組みの中では、自分が一番信頼している人物。
それが妹の伴侶だと思うと、なんだか不思議な感じがする。

──まあ……。

不思議なだけで、嫌悪感や違和感はない。
そいつが好青年だと知っているからなのか、妹を預けるに足る人物だと思っているからなのか。
それはどうか分からない。
けれども一つだけ分かっていることがあるとすれば、

──あいつならフェイトを絶対に幸せにしてくれる。

これだけは分かる。
そうだと信じている。

──だから。

自分はここまでだ。
ユーノが祭壇の前ではなく、友人席の手前に立っている。
決して全てが手順通りではない、オリジナルの結婚式。
ユーノとフェイトの二人で歩くことに意味があると思い、二人が決めた結婚式の入場方法。

クロノとフェイトは足を止める。
目の前には彼の親友が立っていた。

「ユーノ」

「なに?」

「フェイトを泣かせたら殺す」

「……うん」

「悲しませたら殺す」

「……うん」

「妹を幸せにしなかったら……どんな場所にいようとも絶対に殴りに行くからな」

そう言ってクロノは、右手の拳で軽くユーノの胸を小突く。
何か暖かいものが伝わってきたようにユーノは感じた。

「クロノ」

だからユーノも右手の拳でクロノの胸を小突く。

「僕はフェイトを絶対に幸せにする」

誓いを立てるように真っ直ぐクロノを見据える。
が、そこでくすっ、とユーノは笑うと、

「任せてよ、義兄さん」

「…………なんだと?」

言った瞬間、クロノがぽかんとした表情になった。
が、すぐに表情を引き締めると、

「……今日だけだからな」

そう言って、フェイトをユーノの方へ促した。

「お前たちにとって一生に一度の晴れ舞台だ。大切にしろ」

「わかったよ」

「……ありがとう、クロノ」

ユーノとフェイトが頷く。

「じゃあ、行こうか」

「うん」

腕を組み、最初の一歩を確かめるように踏みしめる。
これが二人にとって、共に歩み始めるための一歩。




































一歩一歩、ゆっくりと歩く。
今まで起こったことを思い返すように、これからの日々を想うように歩いていく。












ユーノはふと、右を見た。
ヴァイスがピッ、と指を立てて祝福を。
ティアナが一礼して祝福をしてくれた。
その隣には、スバルとギンガの姿も見える。












「へぇ、先生が結婚ねぇ」

「やっぱり早いですか?」

「いや、別にそんなこと思わないっすよ」

ヴァイスはそう言うと、隣にいる女性に同意を求めた。

「なあ、お前もそう思うだろ?」

「ええ。確かにお二人が結婚するのが早いとは思いません」

ヴァイスにティアナが同意する。

「どちらかといえば問題なのはヴァイス陸曹ですね」

「は? 何で俺が?」

「いつになったらヴァイス陸曹は私のことを名前で呼んでくれるんですか?」

「──なっ!? い、今はそれ関係ねえだろ!」

瞬間、ヴァイスの顔が赤く染まった。

「ああ、確かにヴァイスさんがティアナさんのことを名前で呼んだのを聞いたことないですね」

「そうなんですよ。だからいつも名前で呼べって言ってるんですけど……」

ティアナが少しヴァイスを睨み付ける。

「で、どうするんですかヴァイスさん?」

ユーノがからかうように訊く。

「えっと……だな。お、お前が俺の名前の後に陸曹を抜いたら呼んでやるよ」












フェイトが左を見ると、なのはとヴィヴィオ、すずかにアリサが並んで座っている。
小さな声ですずかとアリサが「おめでとう」と言ったのが、二人の耳に届いた。












「あんたが結婚!?」

「そうだよ」

爆弾発言を聞いたアリサの反応に、フェイトは淡々と頷いた。

「フェイトちゃん、いつ式を挙げるの?」

「たぶん……3月くらいになると思うな」

「そうなんだ。よかったね」

すずかがフェイトを祝福する。

「ちょ、ちょっとそうじゃないでしょ!」

と、そこでアリサが待ったをかけた。

「いくらなんでも早すぎるんじゃないの?」

「そう?」

「そうよ!」

アリサが力説する。

「でも、プロポーズされて了承したんだよ、私」

薬指のリングを見せて、本当に幸せそうにフェイトが話す。

「……あー…………そう言われるとそうなんだけど……」

「私もこんなに早く結婚できるとは思ってなかったけど、せっかくプロポーズしてもらったし……」

「あんた、そんな感じで結婚していいの?」

「早いか遅いかの違いだから、全然問題ないよ」

今度結婚するか、いずれ結婚するかの違いだ。
アリサも幸せそうなフェイトを見ると、毒気がだんだんと無くなってくる。

「まあ、フェイトが幸せなら文句はないんだけどね」

親友が幸せになるのであれば、正面きって反対することはしない。

「それにしても、私達の中で一抜けがフェイトか」

「アリサもいつか良い人が見つかるよ」

「……なんかその余裕がムカつくわね」

アリサの言い様にフェイトが笑う。

「だって私は良い人を見つけたから結婚するんだよ。余裕はあって当然じゃないかな」












ヴィヴィオがウェディングドレス姿のフェイトと、タキシード姿のユーノを見て喜んでいるのが見える。
なのははそんなヴィヴィオを抑えるのにちょっと慌てていた。












「フェイトちゃんは“絶対に変わらないもの”ってあると思う?」

「絶対に変わらないのもの?」

フェイトが聞き返すと、なのはは一つ頷いた。

「私とユーノ君の関係は……変わってないけど“変わった”から」

二人の関係の名称は何も変わっていない。
けれど、確かに“変わった”。
その関係に対する二人のスタンスが変わった。

「本当はね、変わらないと思ってたんだよ。私とユーノ君の関係は」

いつでも同じ関係でいられると思っていた。
いつまでも曖昧な関係が続くと思っていた。

「だからフェイトちゃんに訊きたかったんだ。変わらないものはある? って」

膝の上で寝ているヴィヴィオの頭を撫でながら、なのはは問う。

「……ちょっと難しい質問だと思うけど、私はあるよ。絶対に変わらないもの」

なのはに訊かれて、一つだけすぐに思い浮かんだ。

「私は……」

胸元にあるネックレスを握り締める。

「私はユーノと一緒にいる」

フェイトの答えを聞いた瞬間、なのはが破顔した。

「やっぱり?」

「うん。これだけは……変わらないよ、ずっと」

今までも、今も、これからも変わらない。

「私は『ユーノ君が好きなこと』とフェイトちゃんが言ったのと、どっちを言うのかなって思ってたよ」

なのはにしては珍しく、フェイトをおちょくるように言う。

「ユ、ユーノが好きなことは変わってくよ」

「どうして?」

好きなことがどうして変わるというだろうか。

「だって、何かある度にもっとユーノのこと好きになって、どんどん変わってくから……」

顔を朱に染まらせながらフェイトが答える。

「……こういう時は“ごちそうさま”でいいのかな?」

なのははフェイトの答えを聞いた瞬間、あまりのノロケ具合に嘆息した。












なのは達の前の席にはやてとヴォルケンリッターの面々が、それぞれ拍手をしてくれていた。












「フェイトちゃん、結婚するんか」

「うん。今度の春に式を挙げようと思うんだ」

「そうかそうか。ユーノ君にプロポーズされたんか?」

「……うん」

うれしそうに、恥ずかしそうに照れるフェイト。

「フェイトちゃんとユーノ君やったら、万年新婚夫婦になりそうやな」

「そんなこと──」

「ない、とは言えへんよね」

はやてがフェイトの言おうとしたことを遮る。

「……言えないです」

「よろしい」

フェイトが認めたのを確認すると、はやては大きく頷く。

「結婚してからも、フェイトちゃんを存分にからかわせてもらおうかな」












今度は二人して左側を見た。
リンディが微笑んで二人を見つめている。












ユーノとフェイト、二人が並んでリンディの前に正座をしている。

「あ、あの……ですね」

「どうしたの? ユーノ君」

お茶を飲みながらリンディが聞き返す。
リンディはいつも通りにのほほんとしているが、ユーノとフェイトは違う。
あることを伝えるため非常に緊張していた。
ユーノは一度、深呼吸をする。

──よしっ!

心の中で気合を入れる。
覚悟を決めて、リンディに頭を下げる。

「娘さんを僕にください!」

「どうぞ」

コンマ数秒のタイミングで了承された。

「………………え……?」

あまりの速さにぽかんとするユーノとフェイト。

「だから『どうぞ』って言ったのよ」

微笑んで、もう一度了承する。

「……いいんですか?」

「いいんですかも何も、私は昔からユーノ君を知ってる。フェイトだって10年以上前からユーノ君のことを知ってる。これは前にも言ったと思うけど、ユーノ君がフェイトを預けるに信用足る青年かどうかは、ちゃんと分かってるつもり」

「……母さん」

「だからね」

リンディは姿勢を正すと、頭を下げた。

「私の娘を幸せにしてください」

それが自分の願い。

「……リンディさん」

「フェイトを幸せにしてね、ユーノ君」

顔を上げたリンディの表情は、本当に娘の幸せを願ってることがわかる。
だからこそ、ユーノも誓う。

「……必ず幸せにします」

真面目な表情で言葉を返す。
すると、リンディも安心したようだ。

「ついにフェイトも結婚か」

格好を崩してほっ、とした表情を浮かべた。

「今日、朝から待ち構えてた甲斐があったわ」

リンディは伸びをして緊張をほぐす。

「母さん、だからユーノの言葉に返事するの早かったの?」

返事の早さに驚いたフェイトが訊く。
すると、リンディはしたり顔でフェイト達に頷いた。

「だって珍しく二人が私に会いに来て、しかも会った早々緊張してるなんてこれぐらいしかないでしょう?」












リンディの隣には、珍しく子供ではない姿のアルフが手を振っていた。












「フェイトにさ、プロポーズしたんだ」

司書長室での休憩中、ユーノはアルフにプロポーズしたことを伝えた。

「へぇ、やるじゃないかユーノ。結果はどうだったんだい?」

アルフは結果を訊く。
が、ユーノの表情を見るとすさまじく笑顔だ。

「──って、訊くまでもないみたいだね」

彼の表情がすでに答えだろう。

「おめでとう、ユーノ」

「……ありがと」

アルフの純粋な応援に、ユーノは照れるように頬をかいた。

「それにしても、あんたも意外と度胸あったんだね。プロポーズするにはちょっと手間取りそうな男だと思ってたんだけど」

「……それ、もしかしてヘタレって言ってるの?」

「あんたがそう聞こえたんならそうかもね」

ケラケラ笑いながらアルフが答える。

「酷いなあ、もう」

「いいじゃないか。あんたとは長い付き合いになるんだから、これぐらいは慣れてもらわないと困るね」

フェイトと結婚するということは、そういうことだ。

「りょうかい。これから頑張って慣れることにするよ」

ユーノが半ば諦めた表情になる。
そんな彼の様子に、アルフが満足そうに頷いた。

「そうそう、頑張りな。これからあんた達が帰る家には私がいるんだからさ」

アルフはユーノの背中を叩く。
これが二人に向けた、彼女なりの祝福の方法。












今度は右。
キャロとエリオが満面の笑みで二人を見ていた。












「結婚するんですか!?」

「うん、そうだよ」

ユーノとフェイトは結婚することを、エリオとキャロに伝えた。

「おめでとうございます。父さん、母さん」

「おめでとうございます。お父さん、お母さん」

「ありがとう、二人とも」

嬉しそうに笑ってるエリオとキャロを見て、二人の表情も自然と笑む。

「でも、まあ……結婚するからと言っても生活が変わるわけじゃないんだよね」

一年前から4人で暮らしているのだから、何か生活面で変わるものはない。

「僕たちのファミリーネームが一緒になるだけだからね」

「私は変わりませんよ?」

「キャロは当然だよ」

キャロ・スクライア。
これが彼女の現在の名前だ。

「僕と母さんが『スクライア』になるんですね」

フェイト・T・ハラオウン。
エリオ・M・ハラオウン。
彼らの名前が変わるだけ。

「ねえ、エリオ。そのことなんだけどさ……」

「何ですか?」

「フェイトには前にもう一度、名前をどうするか訊いてる。だからエリオにも、もう一度訊くよ。エリオはどうする?」

「僕は前に言ったとおりでいいです」

「後悔しない?」

「しないです」

こんなもの、考えるまでもなく断言できる。

「大好きな父さんと同じ名前になるのに、後悔なんてありませんよ」












二人して聖職者の前に立ち止まる。
とはいえ、ユーノとフェイトが誓うのは決して聖王ではない。
ここにいる全ての人に対して、結婚する誓いを立てる。

「「誓いの言葉」」

二人は一度見合わせて頷くと、ユーノが誓いを口にする。

「私、ユーノはフェイトを妻とし、生涯変わることなく愛することをここに誓います」

「私、フェイトはユーノを夫とし、生涯変わることなく愛することをここに誓います」

次に声を揃えて宣言する。

「「私たちはこれから二人で力を合わせて、温かく幸せな家庭を築いていくことを誓います」」

皆に、はっきりと刻まれるように。

「新郎、ユーノ」

「新婦、フェイト」

最後に日付を言って、二人の誓いの言葉が終わる。












「フェイト?」

キッチンからソファーに座っているフェイトの顔を見る。
少し暗い顔をしていた。

「やっぱりね……ちょっと怖いよ」

「怖い?」

「うん。時々……私がユーノに相応しいのかな? って思っちゃうんだ」

どれだけ実感していても、どれだけ愛されていると知ることができても、不意に怖くなる時がある。
フェイト・T・ハラオウンがユーノ・スクライアと結婚などおこがましいんじゃないかと。
今からでも婚約を取りやめるべきなのではないかと。
そう……思ってしまう時がある。

「…………はぁ……」

ユーノは一度溜息を吐くと、準備していたポットを置いてソファーに近づいていく。
そして後ろからフェイトを抱きしめた。

「ね、フェイト。君が一緒になってくれなかったら、僕はずっと独りになっちゃうよ」

さらにきつく、強く抱きしめていく。

「僕はフェイトしか考えられない」

だから相応しいとかじゃない。

「フェイトが僕に相応しいとか相応しくないとかじゃなくて、君じゃないと駄目なんだ」

摺るように自らの頬をフェイトの頬に当てる。

「フェイトじゃないと……僕が駄目なんだよ」

「……ユーノ」

フェイトも頬をユーノにこすり付ける。

「もうちょっと、このままでいてもいい?」

「それでフェイトの不安が無くなるなら、ずっとこのままでもいいよ」












聖職者の声が耳に響く。
その一言一言でさえ、二人の大切な思い出になる。












「確かにどっちも大事な名前だよ」

テスタロッサとハラオウン。
どちらも大切なファミリーネームだ。

「でもね、結婚するから変えることに後悔は無いよ」

「本当に?」

ユーノの問いに、フェイトは首肯する。

「大好きな人と名前の一つを共有するのはね、やっぱりうれしいんだ」

本当に嬉しい。
だって目に見える形として、愛する人に教えることが出来る。

「今まで使っていたファミリーネームを変えてまで、その人と一緒にいるんだよって教えてあげられる。だからこそ結婚って一大事で、重要で……大切な行事だと私は思う」

「でも……」

ユーノが何かを言おうとするが、フェイトはそれを遮る。

「確かに夫婦別姓だってあるし、ファミリーネームを残すことだって出来るよ。けどね、それだと──」

実感がない。

「ユーノと結婚するって実感がないから」

言った瞬間、ユーノの顔が真っ赤に染まった。

「私は自分の名前にも、ユーノを愛してるって証を残したい」

フェイトも話すうちに、段々と顔が赤くなっていく。

「大切なファミリーネームを変えるほど、貴方を心から愛してるってユーノに教えたい」

でも、赤くなりながらも紡ぐ言葉は止まらず、ユーノの耳に届き続ける……フェイトの告白。




「私は本当にユーノが大好きなんだってことを、誰よりも貴方に伝えたい」




ずっとずっと、形が残るように伝えたい。

「だから私は『フェイト・スクライア』でいいんだ」

……いや、違う。

「ううん。“いいんだ”じゃないね」

そう、これは決してなげやりに決めたわけじゃない。

「私は『フェイト・スクライア』になりたい」

自分の心が望んだこと。

「これは誰にも譲れない私の…………私だけの特権だよ」

フェイト・T・ハラオウンだからこそ得られた、誰にも渡せない特権。












教会内に朗々と響いていた声が一端途切れる。

「それでは……」

続いて次にユーノとフェイトがすべきこと。

「指輪の交換を」

聖職者の女性が宣言すると、キャロとエリオが二人の下へ歩いていき、指輪を二人に渡した。












「その、ぼ、僕と──!」

夜の公園。
ライトアップされた噴水の前で、ユーノがポケットからあるケースを取り出し、直立不動でフェイトを見つめていた。

「け、け……」

「け?」

「結婚してください!!」

頭を下げながら指輪の入ったケースを差し出す。

「…………え……?」

一瞬、反応に空白が生まれた。

「……え? あの…………ふぇ!?」

フェイトは頭を下げているユーノと目の前の指輪ケースを見比べては、驚きの声を発する。

「駄目……かな?」

少し不安そうにユーノが尋ねる。
瞬間、フェイトは否定した。

「駄目じゃないっ!!」

驚いただけであって、駄目なはずが無い。
嫌なはずがあるわけない。

「こんなに早く言ってくれると思ってなかったから、ビックリしただけだよ」

「……そうなんだ。よかった」

ほっ、とユーノが一息吐く。

「指輪、嵌めてもらってもいいかな?」

ユーノがフェイトに訊く。
すると彼女はケースから指輪を取らずに、そのまま左手をユーノの前まで持ってきた。

「フェイト?」

「ユーノが嵌めてください」

満面の笑みでユーノに言う。
その笑顔を前にして、ユーノが彼女の要望を断れるわけがなかった。












互いの薬指に指輪が嵌められた。
となると、次にあるのは結婚式で最大のイベント。

「それでは、誓いのキスをお願いします」

落ち着いて奏でられた声音にしたがって、ユーノとフェイトが向き合った。

「……………………」

フェイトを覆っていたベールをユーノがゆっくりと真上にあげて、一旦止める。
そこでフェイトが少しだけ屈むと、ユーノは再度手を動かしてベールを背中のほうに降ろす。
これで準備ができた。
ユーノがフェイトの肩に手をかける。
そして──






誓いのキス。






数秒の間、二人は口付けて……ゆっくりと離れる。
瞬間、たくさんの拍手が起こった。
同時に祝いの言葉がユーノとフェイトに多々送られた。
ヴァイスにいたっては指笛を鳴らしている。
聖職者の女性が会場を落ち着かせようと思い、声を張ろうとして……やめた。
理由は一つ。




フェイトの瞳から涙が溢れていたから。




だから聖職者の女性は何もしなかった。

「ユーノ……」

頬に伝わる涙はそのままに、フェイトはユーノに声を掛けた。

「なに?」

「私ね、今……とってもうれしいよ」

フェイトはユーノに向けて、笑顔を浮かべる。

「ユーノと結婚できて、本当にうれしいから」

皆に向けて、笑顔を浮かべる。

「皆に祝福してもらって、すごくうれしいから」

だから。

だから──






「だから私、幸せになりたい」






ユーノの近くで。

ユーノのそばで。

ユーノの隣で。

ユーノと一緒に幸せになりたい。

「……大丈夫だよ」

ユーノは一つ頷くとフェイトの耳に口を寄せて、彼女だけに聞こえるよう紡ぐ。

「フェイトのこと、絶対に幸せにする」

譲らない。

彼女を幸せにすることを。

彼女と共にいることを。

彼女を愛することを。

誰にも譲りたくない。






「僕が君を幸せにするから」

「うんっ!」
















      ◇      ◇
















二人で式場を出ると、待ち構えていた友人によるライスシャワーが待っていた。
が、その前にヴァイスから一つ要望が出た。

「先生! こういうときはお姫様抱っこじゃないんですかい?」

囃し立てるようにヴァイスが言う。

「あ、それや! ユーノ君、お姫様抱っこ!」

はやてがヴァイスの案に乗っかった。
すると、周囲にいた人々も口々に囃し立ててきた。

「ユーノ、どうするの?」

「どうする? って、もちろん──!」

ユーノがフェイトの膝裏に手を持っていく。
そして一気にフェイトを持ち上げた。

「いいぞ、先生!」

「よっ! ユーノ君かっこいい!!」

一際大きな歓声が上がった。
同時にライスシャワーが始まる。

「ちょっ、クロノ! 何か痛いんだけど!」

「何のことだかさっぱりだな」

クロノが米を速射砲のようにユーノに当てる。

「フェイトちゃん、ユーノ君と幸せになるんだよ!」

「ありがとう、なのは!」

フェイトはユーノの首に手を回して、祝福の声に応える。

「なあ、やっぱ大量に先生に投げるのはなしか?」

「私は八神部隊長じゃないですから、そんな提案却下します」

ヴァイスはやろうとしていることをティアナに諫められ、

「お父さん、かっこいいね」

「そうだね。母さんも凄く綺麗だ」

キャロとエリオは自分たちの父と母の晴れ姿を見れて、本当に嬉しそうだ。
ユーノとフェイトは子供たちが嬉しそうに笑っている姿を見ながら、ゆっくりと階段を下りていく。

「フェイト、そろそろブーケを投げてあげたら?」

階段を降りきったところで、リンディがフェイトに声を掛けた。
瞬間、周囲の女性が騒がしくなった。

「悪いけどブーケは私がいただくよ」

早々にはやてがゲット宣言をする。

「私もヴィヴィオのために相手が欲しいから、頑張ってブーケ取ってみようかな」

珍しくなのはも積極的にブーケを狙う。

「もしかしてここでブーケ取ったら、次は私とヴァイス陸曹の……」

「ねー、ティア。私もブーケ欲しいよ〜」

スバルが妄想中のティアナを掴み、前後にシェイクする。

「ああ、もう! あんたは相手いないでしょうが!」

ティアナとスバルはコントのようなことをしながらも、ブーケが投げられるであろう場所に集まる。
アリサとすずかも一応、といった感じでやって来た。

「ユーノ、降ろしてもらえる?」

「うん」

フェイトがブーケを投げるために、抱き上げていたフェイトを降ろす 。
が、立つや彼の腕を取って組んだのはご愛嬌だろう。
フェイトはブーケを上に掲げる。

「みんな、いくよ!」

掛け声に女性陣が頷いた。

「いつでもいいよ!」

女性たちが身構える。
最前列にいる数人は取る気満々だ。

「せーの……」

フェイトは彼女たちの返事に頷くと、掲げていたブーケを目一杯引く。
そして──






「それっ!」






掛け声と共に、幸せの花束が空高く舞った。


























      ◇      ◇


























フェイトは朝食をテーブルに運ぶ途中で、不意に足が止まった。
視線の先には、この間の結婚式で撮った集合写真。
ほんの数週間前にあった出来事は、今でも昨日のように思い出せる。
フェイトは写真立てに近づくと、それを手に取った。

「くすっ」

今見ているのは、結婚式で普通に撮った集合写真。
アルバムの方にはこの写真とは違う、ユーノの頭にたくさんのお米が注がれている写真が入っている。
それを思い出して、フェイトは笑った。

「──っと、そんな場合じゃなかった」

朝食の準備中だったことを思い出して、写真立てを元の場所に置く。
すると、

「おはようございます」

「おはよう、エリオ」

エリオがリビングにやってきた。

「キャロと父さんは?」

「ユーノは起きてると思うけど、キャロは……」

「……おはようございます」

ドアを開けて、キャロが出てきた。
まだ少しだけ眠いのか、目を擦っている。

「今、起きてきた」

寝ぼけ眼の娘の様子が可笑しくて、フェイトの口元が緩む。

「キャロはまず顔を洗うこと。エリオはユーノを呼んできてくれるかな?」

「……はい」

「わかりました」

フラフラとキャロは洗面所へ。
エリオはユーノを呼びに行く。

「さて、私も朝ごはん運ばないとね」












四人で朝食の置いてあるテーブルに座って、朝食を取り始める。
キャロの足元ではフリードが、フェイトの足元では子犬モードのアルフが朝食を食べていた。

「二人とも、学校の準備はできてる?」

「今日は始業式だけですから大丈夫です」

持ち物はほとんど必要ない。

「父さんと母さん、今日は仕事ないんですか?」

「新学期の見送りとお迎えぐらいはしたいしね。休みをもらったんだ」

「お母さんも?」

「そうだよ」

今日の仕事はティアナに任せてある。

「今日はお昼ご飯、どうするの?」

「午前中で学校が終わるんで、家で食べると思います」

ね、とエリオがキャロに確認を取る。
キャロが頷いた。

「その後は友達と?」

「はい」

「あんまり遅くならないようにね」

少しだけ心配そうな表情を滲ませる。

「大丈夫ですよ、お母さん」

いつも通りのフェイトの台詞にエリオとキャロが苦笑した。












「キャロ、そろそろ行かないと遅れるよ」

「そうだね、エリオ君」

朝食も食べ終わり、制服に身を包んだエリオとキャロがバッグを持って玄関に向かう。
フリードはいつものようにキャロのバッグの中へと入り込む。
ユーノとフェイトも二人を見送りに玄関へ。

「キャロ、忘れ物はない?」

「大丈夫です」

「エリオは名前間違えないでね?」

「間違えませんよ。今日から僕は『エリオ・スクライア』です」

新学期ということもあって、ちょっとしたことを確認する。

「うん、大丈夫みたいだね」

そして確認が終わると、ユーノとフェイトは二人に手を振った。










「「いってらっしゃい」」










いつものように二人を見送る。
誰もが日常でやっていることを、当たり前に。
だから……エリオとキャロも、ごく自然にドアを開けながら両親に応えた。

















「いってきます!」
「いってきます!」









































── End. ──




















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