二十一話
『知りたいこと』
「──といった感じなんですよ」
『あらあら、それは面白そうね』
はやての電話越しから、話題にしている女性の母親の声が聴こえてくる。
「私もフェイトちゃんをからかうのが楽しくてしょうがないんです」
『でしょうね。私もフェイトに会うのがすごく楽しみになったわ』
くすくす笑う声が、はやての耳に届く。
『はやてちゃん、報告ありがとうね』
「なんのなんの。これぐらいお安い御用ですよ。では、失礼します」
はやては電源ボタンを押して通話を切る。
「さて、これでおもろいことになったわ」
意地悪い笑顔を浮かべながら携帯を軽く弄ぶ。
「こないだ私に嫉妬した罰やで、フェイトちゃん」
たまにはこういった間接的なものもいいだろう。
ちょっと違うやり方でからかうのも……また一興だ。
◇ ◇
「…………うん。半分くらいは重ねられるようになってきたね」
キャロの成長を実感しながら、ユーノは感想を述べた。
「本当ですか?」
「本当だよ。あとは完全に同時構成できるまで研鑽するのみだね」
「はい!」
「それで、同時構成が出来るようになった後は簡単な魔法の構成を体に染み付かせよう。そうすれば考えながらじゃなくて、反射でも同時に構成できるようになってくるんだ。だから──」
そう言いかけたところで、ユーノの携帯が鳴り始めた。
「ちょっとごめんね」
携帯を取って画面を見る。
ディスプレイに出ていた表示は……彼の悪友の名前。
「……今度は何の資料を要求するつもりだよ」
嘆息しながら、ユーノは通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『おい、フェレットもどき』
彼から聞こえた第一声はユーノにとって最近聞くことのない、懐かしい呼び方だ。
「……最初から大層なご挨拶だね、クロノ」
『別に問題があるわけじゃないだろう』
ユーノとしては大有り、と言いたいところだが、何度言っても無駄だということは、今までのやり取りから分かっている。
だがらユーノは無視して話を先に進めた。
「まあ、いいや。それで? 今度はどの資料が必要なんだ?」
『いや、今日連絡取ったのは仕事でのことじゃない』
「…………なんだって?」
クロノの言うことにユーノが呆気に取られた。
「珍しいじゃないか、お前が仕事以外で連絡を取るなんて」
明日は雨……いや、槍でも降ってくるじゃないかと疑ってしまう。
「クロノが僕に仕事以外の用事って何?」
『今度、フェイトと一緒にうちに来い』
クロノが言った瞬間、少しだけ二人に奇妙な間が生まれた。
「どうした、ユーノ?」
「………………本当に行かなきゃいけないのか……?」
『当然だ』
クロノが断言する。
「どうして? なんて聞くのは馬鹿らしいよな」
半ば諦めるようにユーノが言う。
彼らの家に行くということは十中八九、フェイトと付き合い始めたことについてだろう。
『母さんが非常に楽しみにしてたぞ』
「…………怖いこと言わないでくれ、クロノ」
リンディが楽しみにしていたと聞くと、からかわれるとしか思えない。
『僕とエイミィの時だってそうだったんだ。諦めろ』
クロノからそう言われても諦めきれない。
ユーノだってわざわざからかわれに行きたくなどないのだから。
『ちなみに……』
けれどユーノの想いが叶うことは、欠片すらもない。
『分かっているとは思うが一応言っておく』
なぜならクロノが追加で放った言葉は、
『僕も参加させてもらうから覚悟しておけ』
完全に八方ふさがりだということをユーノに思い知らせたからだ。
通話が終わった携帯電話をポケットに入れる。
そしてユーノはキャロへと向き直る。
「ごめんね。特訓の続きを…………ってキャロ、どうしたの?」
特訓の続きを始めようとしたら、キャロが驚きの表情でユーノを見ていた。
「おとーさん、口調が違いましたね」
今まで聞いたことのない口調で喋っていたために、キャロは大層驚いたみたいだ。
「ん? ああ、クロノの時だけは口調が変わるんだよ」
どうにもクロノと話すときだけは、言葉使いが粗雑になってしまう。
「キャロにはちょっと驚かせたみたいだね」
「いえ、けどおもしろかったです」
「そう?」
「そうですよ。おとーさんのあんな喋り方、ほとんど聞けないですから」
珍しいものを見たのか、少々興奮気味にキャロが話す。
「確かにキャロの前だとあんな喋り方はしないからね」
珍しがるのも無理はないか、とユーノは納得する。
だが、おかげで一つ、別件ではあるが言わなければならないことができた。
「──っと、そうだった」
ユーノはキャロと目線の高さを合わせる。
「キャロ、今は『おとーさん』じゃないよ」
そしてピシ、とユーノはキャロに軽くデコピンをする。
「す、すいません」
「公私の区別はちゃんとする」
「……はい」
軽くおでこをさすりながらキャロが返事をする。
「なら良し」
ユーノがキャロの頭を撫でる。
………………これだと、むしろ言った本人のほうが区別できてないんじゃ、と思うほど、キャロには甘いユーノだった。
◇ ◇
キャロとの特訓も終わり、ユーノはフェイトへと電話を掛ける。
「もしもし、フェイト?」
『……ユーノ』
フェイトが力のない返事をする。
瞬間、ユーノはすぐに彼女も言われたということを悟った。
「フェイトも言われたみたいだね」
『うん。母さんがユーノと一緒に家に来なさいって……』
呆れ半分混じりにフェイトが言う。
「僕もクロノから言われたんだ」
『絶対に私達をからかうために呼んだと思うよ』
「だよね」
クロノはともかく、リンディが二人を呼んだということはそれ以外考えにくい。
『ごめんね。こんなことに付き合わせて』
「気にしないでいいよ。いずれこうなるのは分かってたし」
事の次第が早いか遅いかの違いだけだ。
いずれからかうために呼ばれるのは覚悟していたこと。
「とりあえず、予行練習だと思えばいいんだよ」
『予行練習?』
ユーノの言ったことに疑問を持つフェイト。
『何の予行練習なの?』
なんのことだか分からずに聞き返す。
しかし、ユーノはもったいぶるように、
「内緒だよ」
こう言った。
◇ ◇
次の休みの日、ユーノとフェイトはリンディの家へと向かった。
そして着くと、少しだけ緊張しながら二人はリンディとクロノと向かい合う。
「お久しぶりです、リンディ提督」
「あら、私はもう提督じゃないわよ」
今はもう艦長職ではなく、総務統括官だ。
「そうでしたね」
すみません、とユーノが謝る。
「それでしたら──」
「気軽に『お義母さん』とでも呼んで」
ユーノの言葉を遮ってリンディが茶々をいれる。
「か、母さん!」
隣で聞いていたフェイトが顔を赤くしながら叫ぶ。
けれどリンディはフェイトの様子を見ても余裕を崩すことはない。
「あらあら、フェイトに怒られちゃったわね」
のほほんとしながら、リンディは受け流す。
「ところでエイミィさんやお子さんはいないんですか?」
「彼女達なら遊園地に遊びに行ったわよ」
ユーノの問いにリンディが答える。
「…………そしたらお前、なんでここにいるんだよ」
ユーノがクロノを見て言う。
こういう場合、父親も一緒に行くべきだと思うのだが。
「言っただろう。僕はこっちに参加すると」
ユーノの問いにクロノが断言する。
瞬間、二人の視線が鋭く交わった。
だが、
「まあまあ、二人ともにらみ合わないの」
すぐにリンディが割って入った。
「立ちながら話すのもなんだし、とりあえずフェイトもユーノ君もそこに座って」
のほほんと言いながら、リンディはユーノ達の向かいに座る。
そして手元にあるお茶をユーノ達に薦めた。
「これは……?」
ユーノが慎重に尋ねる。
色としては普通だが、何かを入れてないとは限らない。
「まだ砂糖やミルクは入れてないわよ」
リンディがユーノの考えていることを察して答えた。
「それならいただきます」
ほっ、とした様子でユーノがお茶を啜った。
が、別の意味で甘い。
「ところで……もうキスぐらいはした?」
リンディが言った瞬間、ユーノは飲みかけたお茶を少し噴出す。
「ユ、ユーノ大丈夫!?」
「な、何を言い出すんですか突然!?」
咳き込みながらユーノが言う。
「さすがに気になるじゃない、こういうことは」
「……気になっても訊かないで下さいよ」
さすがに今のは心臓に悪い。
「しょうがないじゃない。私が昔から知ってる男の子と娘が付き合い始めたんだから」
「意外でしたか?」
「いいえ、全然。フェイトと仲が良い男の子なんてユーノ君以外知らないもの。だからユーノ君と付き合ったとしても不自然じゃないわ」
フェイトにとって唯一といっていいほど仲が良かった男の子だ。
好きになったとしてもおかしくない。
「それにユーノ君なら文句なしよ」
「僕は文句あるがな」
リンディが言ったそばから、クロノはさも不満そうに言う。
ユーノとしてはクロノの物言いを半ば予想していたけれど、だからといって何も思わないわけじゃない。
「…………シスコン」
溜息交じりにクロノを罵る。
「何だ親バカ」
けど、すぐにクロノが罵り返す。
すると、だ。
ユーノがさらに言い返す前に、ユーノを貶すことを良しとしない人物がクロノに言い返した。
「クロノ、ユーノのどこに文句があるの?」
フェイトはユーノを貶されたのが嫌だったのか、少々無愛想に訊く。
「なら言わせてもらうが、こんなどこぞの馬の骨とも分からない奴に──」
「分かってるよ。無限書庫司書長、それで考古学士でもあるユーノ・スクライア先生って」
文句を言った瞬間、まずはフェイトに一蹴される。
クロノは少しうろたえたが、懲りずに次を……
「だが、フェイトをちゃんと養えるかどうかさえ──」
「養えるんじゃないかしら。考古学会でも最近名前が売れてきたみたいだし、何より無限書庫の司書長なんだから、同年代の人よりも明らかに稼いでるわよ」
次はリンディに瞬殺で否定される。
「ゆ、優柔不断なユーノのことだ。なのはにでも誘惑されたら──」
「ユーノ君にそんな甲斐性があるわけないでしょう」
止めを刺すようにもう一度、リンディが言う。
「フェイトもそう思うわよね」
「まあ……私もユーノにそんな度胸があるとは思えないな」
フェイトも申し訳ないと思いつつ、納得する。
「ユーノ君自身はどう?」
リンディが今度は本人に直接問う。
「えっと……」
多少戸惑うようにユーノは周囲を見る。
すると、ユーノを見ているフェイトと目が合った。
──うわぁ…………すごく期待してる。
彼女の視線には、多分に期待が含まれているのが傍目からでもよく分かる。
もちろん期待の眼差しがどのようなものかは、ユーノにだって理解できる。
「………………まったく…………」
──しょうがないな。
これも惚れた弱みというやつだろうか。
ユーノはフェイトが望んでいるであろう言葉を紡ぐ。
「僕がフェイト以外を好きになるなんて無理だよ」
ユーノは三人に……というよりは主にフェイトに向かって言う。
「ユーノ……」
うれしそうにフェイトがユーノを見詰める。
リンディはそんな二人の様子に呆れた感じで肩を竦めた。
「クロノ、他に言いたいことはある?」
「…………ない」
リンディの問いにクロノは無愛想に言葉を返す。
「まあ、クロノも少しは無愛想な態度をやめなさい」
リンディは言うと、一度だけパン、と手を叩いた。
「それに、冗談はこれくらいにしておきましょう」
一瞬にして場の雰囲気が変わった。
さきほどの緩やかな空気はない。
何か張り詰めたものを感じる。
「ユーノ君、一ついいかしら」
「何ですか?」
真剣な眼差しで訊くリンディに、ユーノも佇まいを正して聞く姿勢を取った。
「これから…………フェイトは大変なことが待ってる。その時、あなたはフェイトを支えられる?」
リンディは真っ直ぐユーノを見据える。
それはフェイトの母親として、彼女を大切に思うが故の言葉。
「ユーノ君にフェイトを支えていく覚悟があるの?」
愛娘の出自を知って、現状を知っているからこその問い。
だからユーノも真っ直ぐリンディを見て、真剣に答えた。
「ありますよ」
正直に、心からの言葉をリンディに伝える。
「僕の全てを賭して、フェイトを支えます」
「出来るの?」
「出来ます」
断言すると、ユーノは柔らかな表情でフェイトに微笑んだ。
「約束したからね。君を支えるって」
覚悟など以前から出来ている。
証にした覚悟がフェイトとの間には存在している。
「生半可な覚悟じゃありません。中途半端な決意もありません」
軽い感情で彼女を支えようとしてるわけじゃない。
「大切な人ですから、どれも相応の想いは持ってるつもりです」
覚悟も決意も、どれ一つ半端なものなどない。
「……そう」
リンディは一つ、相槌を打つ。
ユーノが昔から良い子だというのは知っていた。
どんな子なのかも、どういう生き方をしているのかも知っている。
だから、
「なら、大丈夫ね」
彼の口から出た言葉が、全てユーノにとっての真実なんだろうということが分かる。
「これですっきりしたわ」
ほっ、とした感じでリンディは微笑む。
「やっぱり母親としては心配なのよ。娘の彼氏には、ね」
たとえ付き合っているのが、既知の人物だとしてもだ。
「これからもフェイトのこと、よろしくお願いできる?」
「もちろんです」
ユーノが自然に……けれど揺るぎない想いを込めて返事をする。
リンディがユーノの言葉で、さらに微笑んだ。
「私がユーノ君に一番訊いておきたかったのはこれだけよ」
言うと、リンディはフェイトに向く。
「あとはフェイトに訊きたいことがあるんだけど……」
と、ここでクロノが口を挟んだ。
「僕はユーノに訊いておきたいことがある」
クロノがユーノに視線を向ける。
「男同士のほうがいい?」
「できれば、そのほうが……」
「なら、私とフェイトは違う部屋に行きましょう」
言うやリンディは立ち上がってフェイトの腕を持つ。
「クロノもユーノ君も、喧嘩したりしないでね」
リンディがフェイトを引っ張って出て行く。
リビングには、呆気に取られたユーノとクロノだけが残った。
リンディとフェイトが別室へと行き、クロノとユーノは久方ぶりに二人きりとなる。
お互い、テーブルを挟んで真正面から向かい合うように座り直す。
「ユーノ」
「なに?」
「どうしてフェイトなんだ?」
クロノはユーノと二人きりになると、一番知りたいことを悪友に尋ねた。
「……どういうことだよ?」
「お前には色々な選択肢があったはずだ」
そう、ユーノが選べる道筋は一つだけじゃなかった。
「フェイトはもちろんのことだが、なのはやはやて……少なくとも彼女達のどちらかにだって、お前は好きになる可能性があったはずだ」
あくまで仮定ではあるが、可能性が無いわけではない。
「なのにどうして……フェイトを好きになった?」
知りたかった。
大切な妹と同等であろう魅力を持つ女性達がいるのに、どうしてフェイトを好きになったのかを。
「理由が必要なのか?」
「ああ」
クロノが短く断言する。
「兄としては知っておきたいんだ」
至極真面目に、クロノは自分の想いをユーノに伝える。
するとクロノの気持ちがユーノに伝わったのか、
「………………分かったよ」
ユーノは溜息を吐きながらも頷いた。
「別にね、フェイトを好きになったのにそこまで壮大な『理由』はないんだ」
別に大層な理由で彼女を好きになったわけじゃない。
彼女を好きになったのは運命だとか、必然だったとか、そんな大きな『理由』じゃない。
もっと小さな……顔や性格、スタイルなどが、好きになった『理由』の一つになるとは思う。
けれど、
──そうじゃないんだよな。
ユーノが真っ先に思い浮かんだ『理由』は顔でも、性格でも、運命でもない。
心に浮かんできた理由は、もっと純粋で、もっと簡単で、もっとも…………当たり前の答え。
「ただ、僕はフェイトだから好きになった。これだけだよ」
本当に理由としては単純明快なもの。
「他に無いんだ」
顔も性格も何もかもをひっくるめた『フェイト』だから、ユーノは好きになった。
“ここが”とか“あそこが”じゃない。
“フェイト”だから。
だから好きになった。
“ここも”好きになった。
“あそこも”好きになった。
“どこが”なんてことは言えない。
「僕はフェイトの全てが好きなんだ」
良いところも悪いところも全部。
ユーノは照れるように軽く笑う。
「まあ、確かに可能性としては僕がなのはを好きになったり、はやてを好きになったりすることはあっただろうね」
“もしも”の世界があるのなら、そうなっている『ユーノ』だっているだろう。
そこを否定することはできない。
「けど……あくまで可能性だよ」
今、ここにいる自分はフェイトを好きになった。
フェイト・T・ハラオウンに恋をした。
「僕がこれからも寄り添っていきたいと願うのはフェイト……彼女ただ一人だ」
これからの人生を添い遂げようと思うのは彼女ただ一人。
「誰にも渡さない、誰にも譲れない、誰にも…………取られたくない」
一度、想いが通じたからこそもう離したくない。
「僕がそう思えるのはフェイトだけなんだ」
なのはでは思えない。
はやてでも思えない。
フェイトでなければその感情は芽生えない。
「……これが回答だけど、いいか?」
ユーノはクロノの顔を窺う。
するとクロノは半ば呆然とした様子でユーノを見ていた。
「どうしたんだよ?」
「君がそこまで言うのは珍しいな」
「そう?」
「そうだ」
「そんな断言されたって、事実なんだからしょうがないだろ」
少しだけ無愛想にユーノが答える。
「というか、自分のことを鑑みればお前だってすぐに分かるだろ!」
「何がだ?」
ユーノの言っていることの意味が分からずにクロノは聞き返す。
「クロノは明確な理由があってエイミィさんを愛してるのか?」
自分に問われたことを、逆に問い返す。
「お前にだってエイミィさんの他にも、誰かを好きになる可能性だってあったはずだ。なのはやはやて……フェイトだってそうかもしれない」
それはクロノだって全く同じだ。
「何よりお前、なのはみたいな女性が好みだったんだろ」
昔、エイミィがそう言っていたような記憶がユーノにはある。
「でも、エイミィさんを愛した。そこに理由はあるのか?」
ユーノが言うと、クロノは少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
「……そうだな。確かにその通りだ」
自分だって人のことは言えない。
「僕にも言えることだったんだな」
苦笑する。
まさか自分にも適用する質問だとは思わなかった。
「これは驚きだ」
◇ ◇
別室へと移ったフェイトとリンディは、先ほどと同じようにテーブルを挟んで座る。
「ねえ、フェイト」
「なに?」
「どうしてユーノ君だったの?」
リンディがフェイトに問う。
それは奇しくも、クロノがユーノへとした質問と同じだった。
「どうして……ユーノだった?」
意味が分からないのか、フェイトが聞き返す。
「ちょっと言い方が悪かったかしらね」
リンディが問いを改める。
「どうしてユーノ君を好きになったの?」
自然だったとしても、違和感がなかったとしても、これは娘に訊いておきたかった。
「それは……」
フェイトが考える。
──どうしてユーノを好きになったって……。
思いつくのは一つ。
「…………ユーノだから、かな」
心に浮かんだ『理由』を、フェイトはリンディに伝える。
「ユーノ君だから?」
「うん。私はユーノだから好きになったんですよ」
少し惚気るようにフェイトは言う。
「彼が他の誰でもない『ユーノ・スクライア』だからこそ、私は好きなんです」
確かに数々の好きになった『理由』はあれども、それは全部一つの『理由』で説明できてしまう。
「私を認めて、叱って、宥めて、許して、怒って、甘えさせてくれるユーノが好き」
だから彼に恋をした。
「私の全てを知ってるのに、それでも私を好きって言ってくれるユーノが好き」
だから彼と一緒にいたい。
「たぶん……ううん、私にとってユーノよりも好きになれる人なんて、これからの人生……絶対に現れない」
彼以上に好きになれる人なんて、絶対にいない。
「ユーノじゃないと駄目。ユーノじゃないと……嫌なんです」
初めて好きになった人だから。
初めて一緒に生きていきたいと願った人だから。
もう……他の人なんて考えられない。
「……もしかして貴女を認めてくれるからユーノ君が好きなの?」
リンディがさらに問う。
もしそうなら、それは恋心ではない。
ただの縋りだ。
けれど、
「違いますよ。最初に言ったじゃないですか」
フェイトは穏やかに否定した。
「私は彼が『ユーノ』だから好きなんです」
順番を間違えないでほしい。
「私を認めてくれるからユーノを好きなわけじゃない」
実際は逆だ。
「だって私は…………フェイト・T・ハラオウンは、ユーノ・スクライアが私を認めてくれるか分からない時から、彼のことを好きだったんだから」
好きだった彼が自分を認めてくれた。
「だから母さんの心配は無用です」
本当に幸せそうな表情でフェイトは言う。
リンディはフェイトの表情を見て、胸をなでおろす。
そして暖かな視線を彼女へと向ける。
「なら、ユーノ君と目一杯幸せにならないとね」
大好きな人と一緒にいれるのだから、幸せにならないといけない。
幸せになれないと駄目。
「それが私の娘である貴女の義務よ」
リンディは言い切る。
その理由は…………明白だった。
──どうか……どうか私と一緒にはならないでほしい。
夫を亡くした自分と同じにはならないでほしい。
ずっと一緒に。
ずっと寄り添って二人には歩んでいってほしい。
──私は愛する人と一緒に生きていくことは出来なかったから。
闇の書の事件によって愛する夫を失ってしまった。
確かに勤めている場所が勤めている場所である以上、覚悟はしていた。
けれど、それでも……辛かった。
だから最愛の娘には、そうならないでほしいと心から願う。
いつまでも一緒に歩んで、いつまでも寄り添って生きて…………そして年老いたとき、二人並んでお茶でも飲んでくれていたらいい。
「少し気になったんだけど、いつからユーノ君のこと好きだったの?」
娘がどうしようもなくユーノにベタ惚れなのは分かったが、一体いつから惚れていたのだろうか。
「いつから?」
フェイトが考え込む仕草をする。
「うーん、と…………」
──いつから、なんて考えたことなかったな。
気付いたのはユーノがお見合いすることになったとき。
けれど、
──考えてみれば、もっと前からユーノのこと好きだったんだよね。
あの時、自分の気持ちに気付いただけで“好き”という感情は前から持っていた。
──パーティーのときは持ってたよね。キャロとユーノと一緒に出かけたときも多分持っていた。
すると……
「もしかして無限書庫に通ってたときから好きだった?」
無意識だったとしても、彼を見詰めていたのかもしれない。
今だからこそ、思い返せばそう思える。
「…………そっか」
──だからユーノの体調不良を見抜けてたんだ。
なんとなく、なんかじゃなかった。
彼を見てたからこそ、気付いていたことだった。
「あれ? でもそうなると……」
昔からユーノのことが好き、ということになる。
気付いた途端、フェイトの顔が真っ赤に染まった。
「どうしたの、フェイト? 独り言を呟いたと思ったら、顔を真っ赤にしちゃって」
「な、なんでもないです!」
さすがに自分でも予想外だった。
まさかユーノへの恋が数年越しの恋だったとは……フェイト自身が何よりも予想外だった。
〜おまけ1〜
「一つ、言いたいことがある」
「何を?」
「僕はお前に『お義兄さん』などと呼ばれたくないんだが」
クロノが心底嫌そうな表情をする。
もし呼ぼうとしているのなら、断固として拒否する。
「安心してくれ。僕もクロノを『お義兄さん』なんて口が裂けても呼びたくない」
「……今呼んだことは不可抗力として、それなら安心だ」
少なくとも怖気がするようなことをされないで済んだ。
「僕も安心したよ。呼べと言われたらどうしようかと思った」
さすがにユーノも呼ぶのには厳しいものがある。
「お互い、利害は一致しているようだな」
「みたいだね」
お互い視線を交わすと、がっちりと握手をする。
どうやらユーノがクロノ『義兄さん』と呼ぶことは、ほぼなさそうだ。
〜おまけ2〜
「今度二人に会うときは、結婚前かしらね」
呟くようにリンディが言う。
「と、突然どうしたの!?」
「だってフェイトもユーノ君も忙しいだろうし、休日はデートもしたいだろうし。だったら次に会える日はいつかな、って考えたら結婚報告のときぐらいじゃない」
「け、け…………結婚……報……告……!?」
何度もつっかえながら、フェイトがリンディの言ったことを繰り返す。
「そんなに焦らなくても。今日が良い予行練習になったじゃない」
そうリンディが言った瞬間だった。
「予行……練習?」
フェイトの脳裏にこの間のユーノの言葉が蘇った。
『とりあえず、予行練習だと思えばいいよ』
思いだした途端、赤くなった顔がさらに赤く染まる。
今日一番と言えるほど顔が火照ったのが自分で分かる。
その『理由』は…………火を見るよりも明らか。