欠片が、心を蝕んでいく。






考えていることが。

考えてしまうことが。

見ていることが。

見てしまったことが。




その全ての欠片たちが、彼女の心の均衡を失わせる。




心の壁が脆く、緩く、壊れ易くなる。








でも








それがよかったのかもしれない。








脆くなった心は、全てを曝け出す。








想いや願い、全てが彼に伝わる。








そして…………伝わるからこそ叶う。








彼女の願いも、想いも、全て曝け出されて伝わって…………叶って。








ようやく物語は終焉を迎える。








全てを巻き込んだ物語は……何一つ、過不足なく終焉を迎える。

一遍の悔いもなく。

一欠片の疑惑も残さず。








何もかもが、終焉を迎える。

















さあ……………………そろそろ終わりの時間。

















全てを巻き込んだ、一つの物語の終わりの時間だ。


























第十九話

『いつまでも一緒に』


























また、夢を見ていた。

けれど彼女は夢と分からず、また彼を追う。

『待ってよ!』

前に見た夢と同じようにフェイトは追いかける。

しかし、待っていたのは……前とは違う結末。
だんだんと見えてきた彼と一緒に、彼女がいた。

『ユーノと…………なのは?』

そう、フェイトから見える姿形は、彼と彼女だ。

『どういう……こと?』

『どういうことって……見て分かるだろ』

彼は彼女を持って引き寄せる。
彼女もさして抵抗はせず、嬉々として引き寄せられた。

『…………ど、どうして……?』

フェイトは目の前で起こったことが受け入れられない。
信じたくなど……なかった。
しかし彼はそんなフェイトなどお構いなしに言う。

『どうして……だって?』

嘲るように笑う。

そして彼は笑いながら言う。







『だって君は“フェイト”であって“アリシア”じゃないからだよ』































「──っ!!」

目を覚ます。

「また……だよ」

ここ最近、似たような夢ばかり見る。

「ユーノはそんなこと……言わない」

夢の中の彼は決してユーノなんかじゃない。
それは分かりきっていること。
そして、

「知ってた……はずなのにな」

夢で言われていたこと全て、彼女は知っていた。

自分が造られて生まれたことも。

自分がアリシアのクローンだということも。

自分がアリシアの出来損ないだからこそ、プロジェクト名から名付けられていることも。

全部知ってる。




けど、知っていることなのに…………………………怖い。




今更……本当に今更、恐怖が生まれた。

普通の人との些細な違いが。

普通の人との大きな違いが。

彼が受け入れてくれるのかどうかが…………怖い。

「ユーノなら……」

そんなことを気にする人じゃないってことは分かってる。

「分かってる…………のに」

けれど、頭では分かっていても心が否定する。

疑心暗鬼になる。

「…………怖いよ」

ただ、生まれ方が人と違う。

生まれた目的が人と違う。

それだけで、恐怖と為りえる。

「なんで…………突然こんなこと……」

フェイトはどうしてこんな気持ちが生まれたのかを考える…………までもなかった。

そんなの決まっている。








ユーノに好意を拒否されたときの『理由』








それを探してたからだ。

きっと心のどこかが……探していた。

人と違うと知っているからこそ、拒否される『理由』になると思ってしまう。

「今まで…………気にしたことなんてなかったのに……」

まったくもって気にしたことなんてなかった。

なのはと……そしてユーノと出会って友達になってから気にしたことなんてなかった。

なのにも関わらず今はもう気にしないことが出来ない。

それほどまでに、

「ユーノのことを…………想ってる」

だから違いが気になって、違うところが嫌で、違っていることに恐れを抱く。



否定されるのが怖い。

拒否されるのが怖い。

遠ざかっていくのが怖い。

嫌われるのが……怖い。



けれど、怖くても近くにいたくて。

泣きそうでもそばにいたくて。

どうしても彼の隣に……いたい。



「前よりもずっと…………ずっと…………比べ物にならないくらいユーノのことが好きだから」



誰にも、誰であろうとも譲りたくない人ができた。

たとえ親友であろうとも譲れない…………最愛の人が。























      ◇      ◇


















次の日、またユーノと四人で昼食を取っていた。
時間が空く限りは、ユーノも皆で食事を取りたいという旨があるようだ。

「さて、と……皆、食べ終わったかな」

「私は食べ終わったよ」

「僕もです」

「わ、私はまだ……」

三人の視線がキャロの食事に向けられる。
残っていたのは……前回、ユーノがいたときと同じように、ニンジンだった。

「キャロ、どうする?」

「ま、待ってください!」

ユーノの問う声に、キャロは慌てて答えた。
今日、キャロが選んだ食事で、またも最後まで残っていたのはニンジン。
前回、ユーノがいたときに食べなかったものが、またしてもそこにある。
だから今回も食べないのでは……と三人全員が思ったが、違った。
キャロはニンジンを見詰めると…………一気に口に運ぶ。
そしてあまり租借することなく飲み込む。
あまり褒められることではないが、キャロにとって租借せず飲み込んだ、というのはどうでもいいことらしい。
食べたことが重要だった。
キャロはユーノの方を見る。

「た、食べました」

頑張って食べたことをキャロはユーノに報告する。
一瞬、きょとんとした表情をユーノは浮かべるが、すぐにキャロの意図を察して笑顔になると、

「えらいね」

キャロの頭を撫でる。
いつものように、彼は自分の娘の頭を撫でる。
普段どおりのユーノとキャロの行動。
父親と娘の単純なやり取り。
それを隣で見ている女性がいた。


フェイトは今まで、二人のやり取りに一度も“何か”を感じたことはなかった。
ただ、微笑ましい光景…………のはずだった。




なのに、初めて胸がざわついた。




──チリ──と、何かを感じた。

彼が少女の頭を撫でただけで“何か”を感じた自分がいる。

決して穏やかではない感情を抱いた自分がいる。

彼が自分の娘にしたことだというのに。

私が娘だと思っている少女に、彼が頭を撫でただけなのに、だ。






それだけなのに、いとも簡単に心が揺れて、揺れて、揺れて、揺れて、揺さぶられた。







感情がうまく定まらない。
一定の場所に留まれない。
だから、それを無理に留めようとして笑顔を作り、気持ちを悟らせないように偽り……心に負担が掛かっていく。




心がさらに……脆くなっていく。




心の壁にひびが入り、歪になり、ただ……壊れやすくなる。
今はまだ、無意識に揺らぐ感情を留めようとしているからこそ、まだ壁が保っている。


けど……もし気付いてしまったら?


今、抱いている『感情』の名前を気付いてしまったら?


一体彼女は……どうなるのだろうか。


















      ◇      ◇


















フェイトが自分の部屋に戻って数時間が経つ。
けれど仕事は一向に終わっていない。

「…………はぁ……」

ぐるぐると色々な考えが駆け巡る。

さっき抱いた感情が何なのか。
何故、ユーノと二人になれないのか。
最近、自分は二人の母親になれているのか。
様々なことがフェイトを締め付けている。
そして、それらが今、仕事の支障になっている。
全ての疑問が気になってしまって仕事に集中することができない。
なら、どうすれば仕事に集中できるのか。
その方法は──

「…………よし!」

こういうときは、自分にご褒美を作るにかぎる。
そうすれば余計なことを考えないで済むし、やる気が出るはずだ。

「何に……しようかな?」

と彼女は口で言うものの、今のフェイトにとってご褒美は一つ。




「終わったらユーノのところ……行こう」




今、フェイトは無性にユーノに二人で会いたかった。
彼の暖かさを……感じたかった。






































今まで手がついていなかった仕事を早々に終わらせ、フェイトは無限書庫へと向かった。
この時間ならば、キャロはまだいないだろう。
ユーノはまだ仕事かもしれないが、ほんの少しぐらいならユーノも話をしてくれる……と思う。
だからフェイトは、纏まらない自分の心をどうにか落ち着かせようとユーノに会いに行く。
彼と一緒にいれば、きっと大丈夫だと思ったから。




けれど、その考えは……すぐに崩される。




司書長室の扉が見えた瞬間、ユーノとなのはが話しているのが目に入った。

「──っ!」

慌てて通路の壁に隠れた。
どうしてか隠れたのか自分でも分からないが、それでも咄嗟にフェイトは隠れた。
そして、覗くように二人の様子を見る。

──…………えっと……。

どうやら、なのははもう帰るようだ。
一言、二言ユーノと会話を交わして、なのはが一歩、足を踏み出す。
その行動を見て、多分に心がほっとしている自分がいた。

が、そのとき、なのはが何かに躓いた。

不自然な形で彼女の体が傾いていく。
けれど、すぐになのはの体は不自然な姿勢のまま止まった。

「…………あ……」

彼が支えた。
ユーノがなのはの体を……支えた。




それを見てしまった……瞬間だった。




ぐらり、と視界が歪んだ。
唐突に足元がふわふわしだして、落ち着かない。
真っ直ぐに自分が立っているのかどうかさえ怪しい。

「──っ!」

縋るようにフェイトは壁に寄りかかる。
そして、あの光景を見てしまったことでさっきは無理やり押さえ込んでいた疑惑が、浮かんでしまった。

「…………どうして……?」

──どうして……あそこになのはがいるの?

今日、ユーノの所に行くなんて聞いていない。
何も聞かされていない。

それがフェイトの心をざわめかせて…………いや、違う。
確かにそれもあるが、それ以上に思うことがフェイトにはある。

「何で……」

──何でそこにいるのが……私じゃないの?

締め付けるような痛みとともに、激しい感情が入り乱れる。




初めて……だった。




初めて親友に、決して『正』とは言えない感情を抱いた。
今まで一度も抱いたことのない激情を……彼女に向けた。

──そこには…………私がいたいんだよ。

なのはより、キャロより、はやてより、他の誰より“彼の隣にいたい”気持ちを持っている。
誰よりも彼の隣で寄り添っていたいという想いを抱いている。
だから……思ってしまう。

──いつもそこにいるのは…………いつでもそこにいたいのは…………。

誰よりも彼の隣にいたいのは──



「私…………なのに……」



ふらつく体を壁で支えながら、泣きそうになる自分を必死に留めながら……ただ、声にならない想いが生まれる。


「……なのは……お願い…………」


──お願いだよ。


「ユーノを…………」


大好きな彼を、


「私から…………」










──取らないで。


















      ◇      ◇



















なのはと出会ったのは偶然だった。

彼女が偶々、無限書庫の近くに来たということなので、ついでに寄ってくれたそうだ。
久しぶりに会ったこともあって話が弾んだ。
だが、十数分ほど話すと、なのはがまだやりたいことが残っているということなので、ユーノはなのはを見送るために、司書長室のドアまで付き添う。
お互い手を振って、なのはが司書長室から一歩踏み出した……瞬間だった。
何もない場所なのに何故か彼女が躓いた。
ユーノは慌ててなのはを支える。

──そういえばなのはって運動神経があるとは言えなかったっけ。

ユーノは懐かしいことを思い出しながら、なのはをしっかりと立たせてもう一度手を振る。
なのはは躓いてしまったことに多少照れて、そそくさと帰っていった。
ユーノはそんな彼女に苦笑しつつ見送り、そして司書長室に戻ろうとした……そのときだった。
何かが壁に当たる音が聞こえた。

「……なんだろう?」

通路の見えない所から聞こえた不自然な音が気になって、ユーノは音がした方向へと歩いていく。
するとそこにいたのは…………彼の想い人。

「…………フェイ、ト……」

彼女が辛そうに顔を歪めながら、壁に寄りかかっていた。

「フェイトっ!」

彼女の様子にユーノは慌てて彼女の両肩を掴む。
なのはを支えた腕が、手が、今度はフェイトの肩を掴む。

「だ、大丈夫!?」

ユーノがフェイトの容態を確かめる。
けれどその姿は冷静な彼にしては珍しく、焦っている。

「と、とりあえず司書長室に行こう」

体の均衡を保てていないフェイトを支えながら、ユーノは足早に司書長室を目指す。
なぜ彼女がこうなっているか分からないが、とにかく今はフェイトの容態が心配だった。

































彼の手がなのはを支えたというだけで、心が落ち着かない。

けれど彼が自分の肩を抱いてくれているだけで、心が落ち着いていく。

彼が自分の側にいるというだけで、心が高揚していく。




──それはどうして?




なんてことは、もう訊かない。






──嫉妬だ。






誰も、彼も、自分さえも……もう誤魔化せない。

間違いなく、この気持ちは嫉妬だ。




──前から……感じてた。




ユーノと二人きりになれないと知ったとき。

ユーノがはやてと二人きりになったと知ったとき。

ユーノがキャロの頭を撫でているのを見たとき。

ユーノがなのはを受け止めたのを見てしまったとき。




今、感じている激情が生まれた。

「私…………」

私達の友人に嫉妬した。

彼の娘に嫉妬した。

そして彼の親友に……私の唯一無二の親友に嫉妬した。

「…………なに……してるんだろ……」

もう心が纏まろうとしていなかった。

ユーノと付き合っていないのに、彼に近づく人に嫉妬する。

ユーノが自分を受け止めてくれるかすら分かっていないのに、だ。

あまりに身勝手で、あまりに自分本位で、あまりにも……自己中心的な感情。



「こんな私…………嫌われる」



ぽつり、と彼に聞こえるか聞こえないかの大きさで呟く。

「フェイト?」

「…………………………」

「どうしたの、フェイト? どこか痛い?」

ただでさえ“普通”じゃないのに、それなのに勝手に嫉妬してるってユーノに知られたら……絶対に嫌われる。

「…………なんでもない」

「なんてもない、って……なんでもない顔じゃないよ」

「……なんでもないから」

「だから、なんでもないって表情じゃ──」

「なんでもないんだよ!!」

怒鳴った。
初めて感情をコントロール出来ないまま、フェイトは怒鳴った。
目元が潤んで……初めてユーノの前で涙が頬を伝った。

「………………………………ごめん…………」

怒鳴ってしまったことを謝るフェイト。
しかしユーノの表情は晴れない。

「…………フェイト……」

──どうして……だよ。

ユーノは心の中で、問いかける。
けど、それは怒鳴ったことに対してじゃない。

──どうして辛い表情をしてるのに、何も言ってくれないんだよ。

フェイトの体調が悪いわけじゃない、というのは分かったからよかった。
けど、そしたら彼女はどうして辛い表情をしていて、そしてどうして……何も言ってくれないんだ。

「前に……言ったじゃないか。僕を頼ってほしいって……」

指切りをして、約束をした。

「君は言ってくれたじゃないか。僕を頼るって……」

言葉を交わして、約束をした。

「僕には今、フェイトが辛そうに見えるんだ」

違う……本当に辛い表情をしている。
泣いているのに、辛くないわけがない。

「だから……」

と、ユーノが願うように言うが、フェイトはただ……首を小さく横に振った。

「…………頼れないよ」

小さな声で……かろうじてユーノに届くような声をフェイトは発する。

「……どうして?」

「……だって…………」

──無理なんだよ。

本当は辛い。
今すぐユーノに寄りかかりたいぐらいに、辛い。

「……だって…………」

本当は支えてほしい。
抱きしめて、自分の全てを受けて欲しい。

──だけど……。

「こんなこと言ったら……………………きっとユーノに嫌われる」

いくら優しい彼でも、私の想いを知ったら嫌いになる。

「そんな……僕は君が何を言ったって嫌うわけないよ」

「…………嫌いになるよ」

「嫌いになんてならない」

「……なるよ」

フェイトはユーノの言葉を否定する。
けれども彼はもう一度、言う。

「だから君を嫌いになるわけ……ないじゃないか」

普段ならばすでに、信用しているユーノの言葉。
いつもならば、理屈も何もなく信用している言葉。


けれど、今の彼女には届かなかった。


「──なるよ!!」


俯きながら、フェイトは拒絶する。
信じたくても、信じられなくて、信用したくても、信用できなくて、信頼しているのに……信頼しきれない。

──ピシリ──と何かが崩壊する。

心の内に留めようとしていた感情が……溢れる。
そして溢れた感情は……フェイトの口から零れ落ちた。

「だって私、すごい心が狭いんだよ! ユーノがなのはと二人で話してるの見てるだけで嫉妬する。ユーノがなのはを支えただけで嫌だ、って感じる! ユーノがキャロの頭を撫でてるだけでずるい、って思う!!」

「…………え……?」

ユーノが驚きの表情を浮かべる。
けれどそこに嫌悪の感情は、1ミリたりとも存在していない。
存在していないというのに……フェイトは気付かない。
彼女はなおも続ける。

「私…………ユーノの『一番』になりたいんだ……」

隠しておきたいと思いながら、絶対に言いたくないと思いながら、それでも言葉が決壊してしまったダムのように続いていく。

「ユーノの隣に『一番』いて、ユーノと『一番』多く触れ合って、ユーノが『一番』想う人になりたい」

ただ、紡いでいるのは純粋で、真っ直ぐで、それゆえに凶暴で一途な想い。
それをフェイトは、ユーノの胸元をぎゅっ、と握り締めながら──

「こんな嫉妬深くて醜い私……きっとユーノ嫌いになる!」

叫んだ。
叫ぶことで解決しないと知っていても、それでもフェイトは叫んだ。


もう……完全に心が均衡を失っていた。


ユーノの胸に顔を埋め、嗚咽する。
自分にはこの人に縋る資格など持っていないというのに、それでも目の前の人に縋りたくて、支えてほしくて…………そしてついに、寄りかかってしまった。




──だから、止まらない──




思うこと、全てを吐き出すまで。

「それに私…………“普通”じゃないんだよ!!」

フェイトの言ったことに対して、ユーノが怪訝な顔をした。

「……どういうことさ?」

フェイトの言っている意味が分からず、ユーノが問う。

「…………プロジェクトF」

フェイトが自嘲するように単語を呟いた。

「ユーノも知ってるよね、私が造られた存在だって」

「それがどうし──」

「だから、私はアリシアのクローンだから『人』と違うんだよ!」

ユーノの言葉を遮ってフェイトは叫ぶ。

「“普通”じゃないんだよ!」

なのはのように、はやてのように、アリシアのように“普通”に生まれたわけじゃない。

「だって私は……」

ユーノが知っている人たちの中で、一番自分が“普通”から遠い。

その理由は………………誰よりも明白。

何よりも……明らかだった。
















「だって私はアリシアとして造られたんだから!!」
















それが何よりも自分が“普通”ではないと実感させられることだ。
しかし、

「どう……したんだよ、フェイト」

ユーノは、突然のフェイトの言動を未だ理解できないでいた。
うれしいことを言われた以上に、理解できないことが多い。
何故、彼女がここまで取り乱しているのかが分からないし、どうして彼女が“いまさら”クローンであることを気にしているのかが分からない。

けれど、だ。

分かっていないのはユーノだけじゃなかった。

「わからないよ! 私だって全然わからない!!」

フェイトも、自分の気持ちが分かってなかった。

「私だって気にするなんて思ってなかった!」

今更、こんなことを気にするなんて自分でさえ予想していなかった。

「けど、どうしても気になったんだよ……」

そう、気になった理由はある。
気にしてしまった理由は確かに存在する。

「もしかしたらクローンだからユーノに嫌われるんじゃないか……とか、私はアリシアじゃないからユーノに嫌われるんじゃないか……とか色々と考えちゃって……」

けれど理論はない。
理屈もない。
筋道が通った考えでもない。

「支離滅裂な考えしてるって、自分でも分かってる!」

疑問が疑問なのかどうかさえ怪しい。

「……でも…………」

それが理由でユーノが自分を嫌う、という可能性も決してゼロではないからこそ、

「どうしたらいいか…………わからないんだよ……」

嗚咽し、涙が止まらない。

ここまで言って、それでも彼に好かれているなんて希望は……持てるはずもなかった。


































一方で、ユーノはようやく合点がいった。

──そういう……ことだったんだ。

理由がやっと分かった。
フェイトの思うこと全てが、ようやくユーノに伝わった。
彼女が取り乱した理由を、やっとユーノは知ることが出来た。


そう、フェイトの心が纏まっていないからこそ、やっと分かった。


彼女が思うこと、願うこと、その全てをユーノに曝け出した。
だから、あとは………………ユーノ次第。
ユーノが行動をするだけ。
なのに、

──僕は何を…………してるんだろう。

自分の胸で、嗚咽して泣いている女性がいる。
大事な女性が、涙を流している。

──何を…………してるんだよ。

ここまで彼女が不安になっているというのに…………いや、ここまで自分が不安にさせたというのに。

目の前で自分の好きな女性が泣いているというのに自分は……何もしないのか?

縋りつくように泣いているフェイトを見て自分は何も思わないのか?




──そんなこと……ない。




何も思わないはずがない。

何も感じないはずがない。




──好きな人が泣いてるんだぞ!




大切な人が自分の胸に縋って泣いている。

なのに何もしないでいいのか!?

本当にそれで…………いいのか!?








──いいわけ…………ない。








大事な人が泣いているのに、立ちすくむ男になりたくない。

大切な人が泣いているのに、支えようとしない男になりたくない。

大好きな人が泣いているのに、それでも何もしない男になんて……なりたくない。






──逃げるのは、後ろを向くのはもう………………やめよう。






嫌われたっていい。

否定されたっていい。

拒否されたっていい。

会えなくなっても構わない。

どんなことになろうとも構わない。






──フェイトの為に前を…………向こう。






あの日、約束したことを果たすために。

あの日、己に誓ったことを果たすために。






そして何よりも今、目の前で泣いている最愛の人を支えるために。

























「ねえ、フェイト」

ユーノは、縋りつくように泣いているフェイトの肩を、より強く掴む。

「君の名前は何?」

ユーノが……確かめるようにフェイトに名前を尋ねる。

「…………フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」

小さく、ユーノの問いにフェイトは答える。

「じゃあ、僕が君を呼ぶときは?」

「……………………フェイト」

「そうだよ、君の名前は『フェイト』だ」

言い聞かせるようにユーノはフェイトの名前を紡ぐ。

「僕は君を呼ぶとき……『フェイト』としか呼んだことがない。クローンだからといって君のことをアリシアだなんて呼んだことないよ」

「………………それは、そうだけど……」

だからそれが何だというのだろうか。
それでもフェイトがアリシアのクローンだという事実は変わらない。
アリシアではないという真実は変わらない。
変えられない……というのに、ユーノは気にせずに続ける。

「まあ…………ちょっとだけ、くさいこと言うけどさ……」

自分の胸でうつむいているフェイトに向けてユーノは言う。

「僕は君の名前が『フェイト』で本当によかったって思ってるんだ」

「…………え……?」

縋りつきながらフェイトは驚きの声を漏らす。

「だってさ、たとえプロジェクト名から取られていたとしても……」

ただ単に呼ぶためだけに、彼女にプロジェクトの名前である『フェイト』が与えられたとしても、

「僕は君の名前が好きだから」

「──っ!?」

びくり、とフェイトの体が一度震えた。
ほんの少しだけフェイトに喜色の気配が生まれる。
が、すぐにその気配は消えた。

「……そんなの──」

──何の解決にもなってない。

ユーノが自分の名前を好きだと言ってくれようとも、自分がクローンだという事実は消えない。
フェイトはそう……言おうと思った。
けれど言いかけた言葉は、ユーノに遮られる。

「『フェイト』ってね……」

そしてただ朗々と、朗らかにユーノはフェイトに語る。

「『運命』の意を冠するんだ」

「…………運命?」

「うん。だから僕は思いたいんだよ。なのはとの出会いが偶然だったとしても、クロノとの出会いが偶然だったとしても、他の全ての出会いが偶然だったとしても……」

今までの出会いが、これからの出会いがどれも偶然という言葉で片付けられようとも、

「君との出会いだけは『運命』だって思いたい」

フェイトと出会ったことだけは、他の何とも違うと願う。

「君の名前のように『運命』が僕達を出会わせてくれたって……僕は思いたい」

にっこり、とユーノは笑う。

「だから僕は君の名前が『フェイト』でよかった」

心の底から、そう思う。

「アリシアじゃなくて『フェイト』で、本当によかった」

「……………………」

フェイトが呆然とユーノの顔を見上げる。

「ごめん。ちょっとくさかったね」

少し照れくさそうにユーノが笑う。

「でも、これが僕の気持ちだ」

一つとして偽りの無い、ユーノの気持ち。

「あと、もう一つだけ言わせて貰うと……」

今度は真面目な表情にユーノがなる。

「フェイトはバカなんだよ」

ユーノが言った瞬間、フェイトの体が固まる。
一瞬、嫌われたんじゃないかという恐怖が体を駆け巡る。
が、そんな彼女の恐怖は杞憂。

「僕なんて、フェレットになれるんだよ」

真面目な表情から、ユーノは普段はあまり見せない、からかう表情を今だけは彼女に見せた。

「そんな僕に比べたらクローンなんて生まれ方以外、全部が人と一緒だと思わない?」

おどけるようにユーノは喋る。
例えとして間違ってることはユーノも分かってる。
でも、どうにかして教えてあげたかった。
フェイトが抱いている不安は、少なくともユーノには大丈夫だということを。

「しかも生まれ方にしたって、今となっては千差万別……色々な生まれ方がある。誰も彼もが同じ生まれ方なんてしてない。だからフェイトがどう生まれようと問題ない。少なくとも僕は気にしない。それによく言われることだけど、クローンってつまりは一卵性双生児と同じだろ。遺伝子が同一なだけで、心は人それぞれだ」

育った環境によって、別の身体を持っていることによって心は別たれるのは当然のこと。

「つまり元の遺伝子の人と……同一の遺伝子を持っていたとしても、心が同じなんていうことはないんだよ」

少なくとも、僕はそう思う。
ユーノはそう付け加えた。

「だから──」

だから、ね。

──僕の気持ちは変わらないよ。

彼女が出生が何であろうと自分の気持ちは変わらない。

「フェイトがクローンだとしても、僕の気持ちは揺るがない」

たかだか“そんなこと”で揺るぐ想いなんかじゃない。

「君が自分のことを“普通”じゃないと言おうと関係ない」

“普通”じゃないということが、忌避する原因になるわけがない。
自分だってどちらかというならば“普通”の部類には入らない。

「そして君と全く同じ遺伝子の人が……アリシアがもし、この世にいたとしても……」

フェイトと同じ顔の人がいようとも、フェイトと途中まで記憶を共有している人がもし、この世にいようとも、この気持ちはいつまでも不変だ。






「僕は間違いなくフェイトを好きになる」






これは、唯一絶対の自信を持って言える。
だから言葉をすっ、と紡ぐことが出来た。

「ユー……ノ?」

顔をあげて不可思議な表情で自分を見る女性に、ユーノは微笑む。

「たとえこの世にいる誰もが“普通”に生まれている人達を……なのはや、アリシアしか好きにならないとしても、僕だけは──」

ユーノはフェイトの肩に置いていた手を背中へと回す。
ゆっくりと……けれど力強くぎゅっ、と抱きしめた。
そして──










「僕だけは他の誰でもない、目の前の女性に恋をするよ」










彼女の心に響くように言う。

「君が何だろうと、これは…………絶対だ」

ユーノはさらに抱きしめる力を強くする。

「フェイトが自分をクローンと言い張るならそれでいい。“普通”じゃないと言うならそれでいい。それなら、僕はその全てをひっくるめて君を好きでいるから」

本当はフェイトが“普通”じゃないとか、そんなこと絶対に思わないけれど、もしフェイトが頑なに言い張るなら、彼女が“普通”じゃなくたって一向に構わない。

「だからフェイトが何を言ったって、無駄だよ」

「……む……だ…………?」

ユーノの言葉の意味をフェイトは問う。

「そうだよ。君が自分のことをクローンとか“普通”じゃないとか言っても、僕が君を嫌うわけがない」

出来ないことを言われたって、ユーノにはどうしようもない。

「僕が君を嫌いになれるわけがないんだから」

好きな人を嫌いになるなんて、不可能に近い。
というより、ユーノにとっては不可能だ。

──それに、ね。

何よりも彼女は勘違いしている。
フェイトは、どんなことよりも最大の勘違いをしている。

「こんなにも嬉しいことを言ってくれるフェイトを、どうやって嫌えばいいのさ」

さっきのフェイトの言葉が、どれほどユーノを嬉しくさせたのか彼女は知らない。
だからこそユーノは知ってほしいと思う。

「フェイトの言葉はね、逆効果だったんだよ」

彼女の言葉は、こんなにも自分のことを嬉しくさせてくれて、そして今以上に……好きにさせられた。









10秒前より、5秒前より、1秒前よりずっと……彼女のことが愛しくなった。

































そしてフェイトには、嬉しい、という想いが胸のうちを駆け巡る。

「…………なら……」

フェイトは微かに震える自分を──まだ、恐怖を拭いきれてない自分を奮い立たせて、抱きしめてくれている人を想う。

「…………それなら……」

ユーノの胸の上にある手を恐る恐る背中に回す。




「ずっと近くにいて……」




…………違う、遠い。
『近く』だと遠すぎる。




「ずっと側にいて……」




……いや、それでもまだ遠い。
もっと、もっと……距離を縮めたい。
他人が入れないくらいに。
ユーノが他人に関心を持たないように。






「ずっと……私の隣にいてよ」






両腕に力を込めて、しっかりと抱きつく。
そしてフェイトは願って、祈って、望んで、想う。

「我侭言ってるって分かってる。でも──」

そう、言いかけた言葉が……止まった。
ユーノの右手がフェイトの頭に添えられて……より彼女を引き寄せる。
フェイトの顔が彼の肩に乗っかる。
さらに強く彼の鼓動がフェイトの体に伝わる。

「あのさ……」

ぽつり、とユーノが言葉を紡ぐ。

「僕がフェイトの側にいていいのかな?」

「………………うん」

フェイトが一つ、返事をする。

「僕が近くにいていいのかな?」

「……………………うん」

もう一度、フェイトが首肯する。
ユーノの肩に、その頷いた感触が実感としてある。

「僕も……君の隣にいたいよ」

本当は、諦めていた。
彼女の隣に立つことなどできないと。
彼女の側にいることなどできないと。
本当に……そう思っていた。
だから彼女が言ってくれたことが素直に嬉しい。








「これからもずっと、君と一緒にいたいんだ」








諦めていたこと。

諦めていなかったこと。

捨て去ろうとした気持ち。

ずっと欲しかった気持ち。

持ち続けようとした想い。

持つのをやめようとした想い。





その全ての感情で抱いていた願いが今、叶ったのだから。



































「あのね、フェイト」

「何?」

「そろそろキャロが来ちゃうんだけど……」

時間的には、そろそろキャロがやってくる頃だろう。
なのにも関わらず、フェイトはユーノの隣に座って引っ付いている。

「うん、知ってるよ」

「なら、その……少しばかり離れてくれると嬉しいんだよね……」

二人並んで座っているソファーから逃げようとするが、フェイトがそれを許さない。

「イヤだよ」

「でも、僕にも親としての……ね、その……分かるだろ!?」

キャロに冷たい目で見られたら、親馬鹿のユーノとしては多大にダメージを受ける。

「だってユーノ、一緒にいてくれるって言ったよ?」

「そ、それはそうだけど」

困ったような表情をするユーノ。
すると、彼の表情を見たフェイトがようやく離れた。

「ごめん。ちょっとからかっただけだよ」

ここ最近、ユーノのせいで……というのもおかしいが、彼のことで本当に心が張り詰めていた。
だから少しだけ困らせてやりたかった。

「でも、ずっと一緒にいたいっていうのは……本当」

少しだけフェイトが照れるように言う。
と、ここでユーノが少し茶化すように、

「僕がフェイトに捨てられるまでは、だろ」

「逆だよ。ユーノが私を捨てるまで、だよ」

が、すぐフェイトに反論された。

「そんなのありえるわけないよ」

「私だってないよ!」

しばし、どうでもいいにらみ合いが続く。
けれど唐突に二人は笑顔になった。
そしてユーノは言う。

「これからよろしく、フェイト」

もう……友人としての言葉じゃない。

彼氏から彼女への言葉を。

恋人から恋人への言葉を。

精一杯の想いを込めて紡ぐ。

だからフェイトも同じように、精一杯の気持ちを込めて、自分の彼氏に返事をした。




「うん」





無論、友人としての返事じゃない。

ユーノの彼女としての返事。

ユーノの恋人として……これからも寄り添い続けることを誓うためにした、大事な返事。

















「これからよろしくね、ユーノ」




























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