本を読んでいる時。






事件の整理をしている時。






ふと、思うことがある。








──僕達が歩んでいる物語は今、どうなっているんだろうかって。
──私達が歩んでいる物語は今、どうなっているんだろうかって。








物語には速さがある。








時に速く、時に遅く、時に……止まる。






──果たして今の僕達はどうなのだろうか?
──果たして今の私達はどうなのだろうか?






ゆっくりと進んでいるのか、それともすごい速度で進んでいるのか。






はたまた……止まっているのか。














…………………………決まっている。














今、彼らの物語は加速している。






もうすでに……止まれないほどに加速している。






だから二人が思うようには…………絶対にならない。






──どれほど僕が願っても……。
──どれほど私が願っても……。






ユーノがどれほど後ろ向きでも、物語は止まらない。
故に卑屈になることに、前を見ないことに意味は無い。
どうせすぐに……決断するときは来るのだから。






そしてフェイトが前へ進もうとすると……他の事柄まで一緒に加速してしまう。
ただ、自分が大事なものだけが加速するのではない。
自分が望むものだけではない。


ユーノへの想い。

キャロとエリオへの想い。

そしてもう一つ。


全てが……それが何であろうと加速していく。
加速してしまう。






一度始まったからには止まらない。




一度願ったからには止まれない。








かつて高町なのはがある少年と出会った時と同じように。

かつて高町なのはがある少女と友人になりたいと願った時と同じように。








物語は全てを巻き込んで……進んでいくのだから。




































第十八話

『それでも二人がすれ違う理由』




































真夜中、唐突にフェイトの目は覚めた。
寝ぼけるわけでもなく、はっきりと意識を持って目を覚ます。

「また…………か」

手の甲を額に当てて、フェイトは呟く。

「のんびり眠れたのって、この間のピクニックの時だけだったな」

ユーノが隣にいた、あの時だけしか深く眠ることが出来なかった。

「とりあえず、このまま横になっておこう」

眠気はないが、体力のためにも横になっておいたほうがいいだろう。

「……………………何で…………起きちゃうんだろう…………?」

疲れているのだろうか?
無理しているのだろうか?

自分自身に問うが、答えは出てこない。
実感が無いから、分からない。

否………………分からない、ではなかった。

まだ分からない“ふり”をしているだけ。

分かっていないと思おうとしているだけ。












だって本当は…………………………………………気付いてるんだから。












何度疑問を自分に問うていたとしても。

何度疑問を自らに放っていたとしても。








本当は、








本当は心のどこかで…………知っているのだから。




















      ◇      ◇






















「これとこれとこれが……はやてに届けるものだっけ」

渡すべきものを手にとって、はやてがいる部屋へとフェイトは向かう。
結局、昨日はあのまま眠れずに朝まで過ごしたため、少し体がだるい。
けれど仕事をするにはまったく支障が無いため、今日も普段どおりに仕事をこなす。

「さて、と」

はやての部屋の前に立ったフェイトは、ドアの横についているブザーを鳴らす。

『どうぞ!』

部屋の中からはやての声が聞こえたため、フェイトは部屋へ足を踏み入れる。
するとはやての他にもう一人……予想外な青年の姿が見えた。

「じゃあ、そういうことだから」

「うん。ありがとな」

本を数冊そろえると、青年はくるりと踵を返す。
それと同時に青年がフェイトのことを認識した。
みるみる青年の顔が綻ぶ。

「やあ、フェイト」

優しい声音で、彼女の名前を呼ぶ。
いつものように……青年にとって大切な名前を呼ぶ。

「ユーノ」

そして彼の呼ぶ声に、フェイトの顔も綻んだ。

「はやてに用事だったの?」

「そうだよ。渡しておきたいものがあってね」

ユーノのことだから、何かの資料なのだろう。
フェイトにも容易に想像がつく。

「フェイトもはやてに?」

ユーノがフェイトの持っているものを指差す。

「うん。渡さなきゃいけないものがあったから」

「そうなんだ」

言って、歩いていたユーノはフェイトとすれ違うようにドアへと向かう。
ほんの少しだけ、フェイトの表情が悲しそうになった。

「それじゃ、僕の仕事は終わったから」

「うん。……じゃあね」

ドアが閉まってユーノの姿が見えなくなる。
ほんの一瞬の……邂逅。
偶然でいきなりの、わずか10秒ほどしかない出会い。
とはいえ、喜んでも悲しんでもいられない。
自分は仕事でここに来たのだから。

「はやて。これが頼まれてたやつだよ」

「フェイトちゃん、ありがとな」

渡されたものを手に取るはやて。
と、この時フェイトはあることに気付いた。

「はやて」

「何? フェイトちゃん」

「リインはどうしたの?」

さっきからいつも隣にいる人たちが見えない。

「今はシャーリーのところにおるよ」

「グリフィスは?」

「ちょっとお使いに行ってもらってる」

「そうなんだ」

フェイトは納得する。

──だからはやては今、一人で…………。

そう考えたときだった。
ふと……気が付く。
瞬間、フェイトの気配が一変した。

「あ、そうだフェイトちゃん」

「──何?」

…………フェイトの冷たい返答に、一瞬にしてはやての表情が固まった。

「ど、どうしたんかな? フェイトちゃん」

唐突なるフェイトのプレッシャーに恐る恐る、といった感じではやてがフェイトに問う。
しかし、

「なんでもないよ」

言葉は吹雪のように冷たい。

──わ、私悪いことしたんか!?

はやては思いつかない。
特に悪いことはやっていない……はず。
からかいも必要以上にはしていない。
だというのに……どうして?
非常に問いたい気分に、はやてはなる。
だが……凍てつくような威圧感がはやてに発言を躊躇わせた。

「一応、必要なものは届けたから」

「え!? あ、ああ。ありがとな」

「うん。それじゃ、私お昼食べに行くから」

そしてフェイトははやての部屋から出て行く。
はやてはフェイトが部屋から出て行くのを確認すると……ほっ、と一息ついた。

「え、えらい疲れた……」

あのプレッシャーは一体何だったのだろう。

「私……何かやったんやろか」

先ほど、問えなかったことを口に出す。

「朝、会った時は普通やったしな」

今朝はまだ普通に応対してくれていた。

「それからあったことといったら……ユーノ君が資料を届けに…………」

と、考えた瞬間だった。
一瞬にしてはやての頭に閃いたものがある。

「って、まさか!」

頭の中で一つの予想が浮かぶ。
かなり確率の高い予想が。

「もしかしてそれが……原因なんか?」

問うように言うが、胸の内ではすでに断定している。
これ以外に、あのような扱いをフェイトから受けることはそうそう無いだろう。

「………………そうか」

それが……原因か。

「………………くくっ」

くぐもったように笑うはやて。

「あはははは!」

だが、笑う声はすぐに大きくなっていく。
そして笑いに乗じて、

「まさかフェイトちゃんに嫉妬される日が来ようとは思わんかったわ!」

自らの予想も吐露した。

「そう思うと私、珍しいもん見れたんやないか」

フェイトの嫉妬など、おそらく仲間内でも自分が初めて見ただろう。

「ホント、フェイトちゃんは可愛いなあ」

好きな人が他の女性と一緒にいるだけで嫉妬するなんて、かわいいにもほどがある。
















      ◇      ◇
















──私だって、ユーノと二人きりなんてほとんどないのに!

ただこれだけが、フェイトの胸のうちを占めていた。
まず、基本的にユーノとフェイトが会うことは少ない。
キャロと比べると圧倒的に少ない。
まあ、はやてと比べたらフェイトは勝っている。
けれど、会う回数が勝っているとしても、二人きりになっている回数は……もしかしたら、はやてのほうが多いのかもしれない。

「……ずるいよ」

──はやてばっかり、ユーノと一緒にいるなんて。

自分はユーノと二人っきりになることなんて、数えるほどしかない。
気持ちを自覚してからは祭りの日にキャロ達とはぐれた時と、ピクニックの日に二人が遊んでいた際の二回しかない。
たったの……二回。
だから、どうにかユーノと一緒に出かけようとしても、休みの日は合わない。
ならば昼間は……とも思うが、最近はどっちもすれ違うように忙しくて時間が合わない。
仕事が終わった後はユーノとキャロで特訓しているために、二人きりになれるわけもない。

──二人でいれる機会が作れない。

そう……フェイトが考えた瞬間だった。




──チリ──




胸の奥底で何かが走った。


『羨ましい』だけではない。


羨ましい“以外”の何かが今、胸の中の感情を占めた。

「何なんだろ?」

前にも一度、感じたことがある。
ピクニックに行くとき、キャロとエリオも一緒だと知ったときに感じた。

「まあ、大丈夫だよね」

一過性の感情なのだろうとフェイトは思い、すぐに気にするのをやめる。
と、その時だった。

「──わっ!」

フェイトを驚かす声が真横から響いた。

「──きゃっ!?」

唐突な声にフェイトが驚く。
そして瞬間的に声のした方向に視線を向ける。
するとそこにいたのは……さきほど出会った青年。
彼の脇には子供の姿も二人見える。

「驚いた?」

笑顔でユーノが訊いてくる。

「お、おどろい……たよ」

「なら、成功だ」

さらに笑みをユーノは深くする。

「ど、どうしてこんなこと……?」

「さっき会った時にさ。フェイト……少し深刻そうな顔をしてたから、気分を変えてあげたいな、と思ったんだ」

「そう……だったかな?」

自分では表情を変えたつもりはなかった。
けれどユーノには何かが違うと感じられたのだろう。

「少しだけ、ね」

彼は確信を持つように言ってきた。

「あの、フェイトさんが歩いている姿を隠れて見てても、僕達は分からなかったんですけど……」

「おと……ユーノさんがそう言いましたから、驚かすのを止めなかったんです」

ユーノの傍らにいるエリオとキャロが、驚かす経緯を話す。

「そうなんだ」

「まあ、荒っぽいとは思ったんだけど偶にはこういうのもいいかな、と」

ユーノの言葉に、フェイトはただ頷く。
確かに普段のユーノがすることではない。
ただ、普段の彼がしないからこそ新鮮であるのも確かだった。

「じゃあ、そのために待っててくれたの?」

おそらく……というか確実にそうだろうとフェイトは思う。
だが、

「まさか。それも待ってた理由ではあるけど、他の理由もあるんだよ」

言ってユーノはある方向を指差す。

「お昼、一緒に食べない?」

























ユーノとフェイト、それにキャロとエリオが食堂で同じ席に座り、昼食を食べ始める。

「もしかして、仕事の合間に僕が皆と……四人で一緒に昼食を食べるのって初めてだっけ?」

「えっと……私は覚えがないかな」

「僕は初めてだと思います」

「私もそう思います」

食事をしながら会話をする四人。

「なんか新鮮な感じがするよ。普段の昼食は一人のときもあるしね」

「司書の人たちと昼食は取らないの?」

「基本的にはね。司書の皆には一緒に食べてもらうようにしてるから、必然的に誰かが食事の時間をずらさないと」

調べの要請は、いつ来るか分からないのだから。

「まあ、すごく忙しいってわけじゃないけど、それでも最低人数は確保しないといけないわけだし」

ユーノはなんてことないように言う。
が、自分を少人数にいれるところがユーノらしい。
そしてだからこそ、部下に慕われるのだろう。

「ユーノはそれでいいの?」

「大丈夫。時々は一緒に食べてるしね」

問題ないよ、と付け加えてユーノは昼食を再開する。
そして皆で話しながら食事をしていると……ユーノはあることに気付いた。

「ねえ、キャロ」

「なんですか?」

「ニンジンは食べないの?」

ユーノの視線の先には、橙色のものが残っていた。
意図的に食べてないといってもいい。

「その……嫌いなんです」

「ニンジンが?」

「……はい」

怒られるとでも思ったのだろうか。
キャロの声がだんだんと小さくなっていく。

「どうしても食べたくないくらいに嫌い?」

「それは……」

ユーノの問いにキャロは……言葉に詰まった。

「僕は別にね、好き嫌いに関してどうこう言うつもりは無いよ。僕だって好き嫌いはあるからね」

嫌いなものがあるのは当然だ。
そこを否定するつもりはユーノにもさらさらない。

「でも、僕達が料理を食べるってことは、僕達に料理を作ってくれる人がいるんだ」

食堂なのだから、当たり前といえば当たり前のこと。

「もちろん、その人たちは仕事だから料理を作ってるのもある。けれどね、仕事だろうと……好きだから作ってると思うんだよ」

だからユーノは自分がこう思っていることを、

「僕はね、ほんの少しだけ我慢して食べれるならそのほうがいいと思う」

偽りなくキャロに伝える。
ただしこの考えは自分の意見。

「フェイトはどう思う?」

なのでユーノはフェイトにも意見を訊く。

「私は……食べたくなかったら食べないでいいと思う」

するとフェイトは……ユーノと違う意見を出した。

「作った人だってきっと、嫌いなものを食べてほしい、って思って料理を作ってるわけじゃないから」

別に嫌いなものを無理に食べてくれ、と思って作っている人はいないだろう。

「だから嫌いなんだったら、食べなくていいと私は思うよ」

フェイトはキャロに優しく自分の考えを伝える。

「さて、僕達二人から全然違う意見が出たね」

そしてユーノはフェイトからの意見を聞くと、改めてキャロに訊く。

「どうするかは……キャロが決めるんだ」

「……え?」

キャロが驚いた表情で二人を見る。

「私はキャロに無理強いしないし、ユーノも無理強いしない。だから食べるか食べないかは、君次第だよ」

言い聞かせるようにフェイトが言う。

「……………………」

キャロはニンジンを見詰める。
そして10秒ほど考えて出した結論は……。

「今日は食べないでいいですか?」

食べないことだった。
























訓練がある二人が食堂を出て行くと、残ったのはユーノとフェイト。

「よかったの?」

「何が?」

「本当は食べてもらいたかったんじゃないの?」

「まあ、本音を言えばそうだけどね……」

基本的には全部食べてもらいたいとユーノは思っている。

「でも、無理に食べさせるのは嫌なんだよ」

だからといって命令するように言い聞かせたくなどはなかった。

「君だってそうだろ?」

「うん。それはそうだよ」

「まあ、状況や内容によっては僕達が決めたほうがいいかもしれない時もあるよ。けど、今回はキャロに決めてもらいたかったんだ」

いくら子供の意見を尊重するとはいっても、時と場合によってはそれを突っぱねる状況があるかもしれない。
それが親の役目だとユーノは思ってる。
でも、今回のことは違う。
そんな場面ではなかった。

「だからキャロがそう決めたのなら、これでいいんだ」

ユーノはにっこりと笑って、フェイトの疑問に答えた。

「それよりも時間、大丈夫?」

「私はまだ大丈夫だけど……ユーノは?」

「僕は……ごめん。そろそろ仕事に戻らないと」

ユーノが申し訳なさそうにフェイトに言ってきた。

「ううん、謝らなくていいよ。仕事頑張って」

「ありがとう。フェイトも無理しないでね」

お互い、手を振って別れる。
けれど二人とも歩き始めてから一度だけ……振り返った。

「……………………」

しかし二人が見たのは互いの後姿。
タイミングがずれ、互いが振り返ったことを認識できなかった。

──当然、か。

ユーノは気にせず、歩みを進める。

──しょうがない、よね。

フェイトは気にして、歩みの速度を落とす。
が、決して離れていかないわけではない。
確実に……二人の距離は離れていく。
別れて、離れて、ずれて…………すれ違っていく。
別に身体的な距離だけの話ではない。
今、この状況の話だけではない。




心の距離も決して縮まってなどいない。




ある程度の距離までは近づいているのに……そこから動いていない。
一定の速度で近づこうとして、一定の速度で逃げていく。
平行線のように決して交わることはない、二人の心。



























何故……なのだろう。




お互いしていることは同じなのに、すれ違う。

お互い気持ちは同じなはずなのに、すれ違う。






二人とも…………お互いを想っているはずなのに。

あまりに些細な事柄でさえ……すれ違うようになってくる。






何故だろう。

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何故、だって?













それを………………問うのか?



















彼は彼女の気持ちが自分に向いてないと勘違いしている。
だから後ろを向いて、後ろに歩いてすれ違う。



でも、彼女はどうなのだろうか。
彼女は前に踏み出している。
決して彼のように後ろ向きではない。
でも、それならば何故、未だにすれ違っているのだろうか。


初恋?

初心?

羞恥?

不慣?


確かに、それもあるだろう。
あるだろうけど……あと一歩を踏み出せていないのも確か。
後ろ向きの彼との距離を詰める一歩を踏み出せていないのは確実。


つまり…………その最後の“一歩”を踏み出す勇気を彼女が持っていないのも確かなことだ。


だから彼の後ろ向きを打ち砕くほどの……前向きになれない。

だから彼が近くにいるのにどうしても……気持ちを言えない。

だから彼が問うていたのに照れ隠しで……本音を話せない。




では、最後の一歩を踏み出せていない……彼女が持っている“障害”とは一体何なのだろうか。




前に進もうとしている彼女が持っている、彼女自身がまだ気付いていない……思い出していない透明な壁。







それは……































ぼんやりとした視界の中で……彼の姿が瞳に映る。

『……ユーノ?』

遠近感がはっきりしていないのにも関わらず、彼が遠のいていくのだけは分かる。
フェイトは彼の名前を呼ぶ。

『ユーノ!』

もう一度、先ほどよりも大きな声でもう一度叫ぶ。
けれども彼は振り向かなかった。

『待ってよ!!』

ぼんやりと、薄れるように遠ざかる彼をフェイトは必死に追いかける。

『──ユーノ!』

彼の名前を叫びながら、彼女はどんどんと距離を縮めていく。
もう……どれほど走ったか分からない。
ほんの数秒かもしれないし、数分は追いかけていたかもしれない。
でも、今はそんなこと関係ない。
ただ彼に追いすがるだけだ。

と、その時だった。

……不意に彼が立ち止まった。
そして踵を返してフェイトの方向を向くと、

『…………………………』

小さく、呟くように彼は何かを言う。

『…………ユーノ……?』

聞き取れずに、フェイトが訊き返す。
すると彼は……『ユーノと同じ顔をしている何か』は、小さな声で……けれどはっきりとこう告げた。








『…………ねえ、フェイト……』








『──君は─────────』
















『                                 』

















「──っ!」

目が覚める。

「…………はぁ…………はぁ…………」

手で額を押さえる。
汗が滲むほど出ていた。

「……………………はぁ………………はぁ…………」

フェイトは何とか動悸を落ち着けようとさせて数回、深呼吸をする。
そして荒くなった呼吸と動悸を何とか落ち着かせる。
けれども滴り落ちる汗は……紛れも無く苦しんだ証拠。

「夢…………だったんだ…………よね……」

手の甲で汗を拭う。

「………………」

だがフェイトの表情は……固まったままだった。

「…………そういう…………ことだったんだ」

フェイトがようやく理解したような…………否、ようやく思い出したような表情をする。
それが夢だろうと何だろうと、自分が思い出した事柄は紛れも無い『事実』なんだから。


──……分かったよ。


疲れていたんじゃない。

魘されていたんだ。

無理していたんじゃない。










ただ、怖かったんだ。










無意識に、けれど心のどこかで否定されるのが…………怖かった。



「私…………“普通”じゃないんだよ」



誰しもが当然のように持っている『普通』を持っていない自分。


そんな自分を大好きな彼に否定されたくなかった。










──プロジェクトF。










造られた生命。

生み出された身体。

“普通”とはあまりにもかけ離れた……『存在』。

それが自分だということを………………どこか心の片隅に忘れていたかったんだ。










忘れようとしていたんだ。







































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