第十五話
『初めてのお祭り』
お見合いも無事に終了し、いつものように魔法の特訓をする日々が戻ってきた。
そしてこの日も訓練は終わり、ユーノとキャロがほのぼのと話をしているときだった。
「お祭り?」
キャロから出てきた単語にユーノは問う。
「はい。今度、街でお祭りがあるらしいんです。それで午後の訓練を早めに切り上げて、皆さんと行くんですよ」
「そっか。それは楽しそうだね」
にっこりとユーノは笑う。
キャロはそんなユーノの反応を見て、
──大丈夫……だよね。
これから自分がユーノに持ち出す提案に少し自信を持つ。
──ユーノさんなら大丈夫。
キャロは心の中で『大丈夫』と唱える。
──よし!!
そしてキャロは一つ気合を入れて言った。
「あの……一緒にお祭り、行きませんか?」
「僕も?」
少しだけ驚くような表情で……けれど驚きをしのぐほどのうれしそうな表情でユーノは聞き返す。
「はい。私はユーノさんと一緒にお祭りに行きたいです」
「なら、その日は休みにするね」
「…………………………ふぇ!?」
ユーノの即答にキャロが呆気にとられる。
「えっと…………そんな簡単に決めちゃっていいんですか?」
「もちろん。有給だって有り余ってるし、何より……」
キャロ自身は分かってないかもしれないけど。
「キャロが誘ってくれたんだ。断る理由なんてあるはずないよ」
初めてだった。
キャロが自発的にユーノを誘ったのは。
今までユーノが訊いたりして言ってたのとは違って、初めてキャロからお願い……我侭を言ってくれた。
それがユーノは嬉しかったのだから、即答したっておかしくなどはなかった。
「詳細はこれから決めればいいよね」
「はい」
キャロが頷く。
「それじゃ、また明日ね」
「また明日です」
お互いに手を振って、いつものように別れる。
だんだんとキャロとフリードの姿が小さくなっていき、ユーノの視界から消えていく。
そして完全にキャロが見えなくなると、ユーノは小さな声で、
「お祭り……か」
先ほど誘われた場所を口にした。
そして思いを馳せる。
「……楽しみだな」
◇ ◇
〜〜お祭り当日〜〜
結局、話し合いの末にユーノはキャロ、フェイト、エリオと一緒にお祭りに行くことになった。
そして当日の今日、ユーノはエリオと一緒にキャロとフェイトを待っていた。
「エリオ君はお祭り初めて?」
深緑の浴衣に身を包んだユーノと深紅の浴衣を着ているエリオが会話を交わす。
「はい。お祭りは初めてです」
「それなら楽しみだね」
「はい!」
エリオがうれしそうに笑みを零す。
「それにしても、ユーノさんって浴衣の着付けも出来るんですね」
浴衣を着付けてくれたユーノを称えるエリオ。
「無限書庫だとちょっと調べるだけで出てくるからね。利用させてもらったよ」
ユーノは笑う。
偶には事件以外に使ってもバチは当たらないだろう。
と、ここで遠くから歩いてくる二つの影が見えた。
そのうちの小さいほうの影が早歩きで二人のところにたどり着く。
「ごめんなさい。待ちましたか?」
「ううん。そんなことないよ」
「そ、そうですか。よかったです」
ほっ、とした感じで小さい影──キャロは一息吐く。
「浴衣を着るのにすこし手間取っちゃったんです」
薄い桃白色の浴衣に桃色の線が入った浴衣を、同じく桃色の帯で締めて着ているキャロ。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫。すごくかわいいよ」
「本当ですか!」
「もちろん」
ユーノの返答にキャロは気を良くすると、次にエリオのところへ行った。
おそらくエリオにも浴衣の感想を聞くのだろう。
と、なると、だ。
その場に残ったのはユーノと遅れてたどり着いた大きい影の人物。
「久しぶり、フェイト」
「ひ、久しぶりだね」
この間──お見合い以来、久方ぶりに会った二人。
ユーノにとっては決意して以来。
フェイトにとっては自覚して以来の……再会。
だからだろうか。
なんともない挨拶なのにも関わらず、フェイトは少しだけ詰まった。
「浴衣、よく似合ってる」
フェイトの浴衣姿は黒を基調とした浴衣で、帯は紫。
布地には華が艶やかに咲いていた。
「……あ、ありがと」
ちょっとした褒め言葉なのに顔が赤くなる。
「それじゃ、行こうか」
けれどユーノはフェイトの姿に気付かずに歩き出す。
フェイトは慌てて追いつこうとした瞬間……躓いた。
「──っ!」
慣れていない服装、慣れていない履物。
久しぶりに好きな人と会ったことによって、動揺しながらも浮ついた心。
躓く理由などいくらでもあった。
けれど、だ。
フェイトが『転ぶ』ことはなかった。
咄嗟に気付いたユーノがフェイトを受け止めたから。
だからフェイトは転ばずにすんだ。
そしてユーノは落ち着いた感じでフェイトの体勢を立て直す。
「気を付けなよ」
「う、うん」
ゆっくりとユーノの腕がフェイトから離れ……ユーノ自身もフェイトから離れていく。
そして彼女を支えた手は、前にいたキャロへと繋がれた。
フェイトはそのことに一抹の寂しさを覚える。
でも、
──全然大丈夫。
このあいだと違って、ユーノは“ここ”にいる。
手を伸ばせば届く。
声を出せば聞いてもらえる。
──だから……大丈夫。
そう思うのだけれど……目の前で手を繋いでいるユーノとキャロを羨ましいと思うのは、しょうがないだろう。
「けど、本当にすごい人込みだね」
さすがお祭りといったところか。
見渡す限りに人が埋め尽くされている。
「なんかはぐれちゃいそうです」
「そうだね」
この人込みだ。
はぐれるという可能性もないとは言い切れない。
「どこか、はぐれた場合のときを考えたほうがいいかな?」
「そうだね」
ユーノはフェイトの提案に乗ると、少しだけ思案しながらくるりと周囲を見渡す。
すると視界に大きな時計台が目に映った。
「じゃあ……誰か一人でもはぐれたらあそこの時計台に集合」
大きくて良い目印にはなると思う。
「三人ともそれでいい?」
ユーノが確認を取ると、三人が返事をしたり頷いたりして了承をした。
集合場所も決めたので、ユーノ達は安心して出店を回り始める。
「ユーノさん! あれなんですか?」
キャロが出店している店の一つを指差す。
「えっと……わたあめのことかな?」
キャロの指し示す先には、大きく膨らんだ袋がいくつも並んでいる。
「どういう食べ物なんですか?」
興味津々にキャロは訊いてくる。
「うーん、と…………説明しにくいね。食べたら分かると思うよ」
ユーノは言うと、店まで歩いていった。
そして一言二言店主と会話をし、綿飴を一袋だけ買うと颯爽と三人の元へと戻ってくる。
「はい、どうぞ」
ユーノは袋を開けてわたあめを一つ取り出す。
そしてまずはキャロにわたあめを渡す。
「ありがとうございます!」
そしてもう一つ入っているわたあめをエリオに……
「あ……甘いんだ。ほら、エリオ君も食べてみて」
キャロはエリオへと差し出す。
エリオも特に思うことはないようで、素直にパクリと食べた。
「本当だ。甘い」
エリオが感想を言うと、二人は左右からわたあめを食べ始めた。
「えっと……」
もう一つのわたあめを取り出したところでユーノの動きが止まっていた。
エリオとキャロのためにわたあめを二つ買ったのだが、あのようなことをされると一個余る。
──なら、ね。
ユーノは手に持っているわたあめをフェイトへと差し出す。
「はい、フェイト」
「私に?」
「本当はエリオ君にあげようと思ったんだけどね。ほら、二人で食べちゃってるみたいだから」
首を二人に向けるユーノ。
「だから、ね」
そう言ってユーノはフェイトにわたあめを渡す。
フェイトもここで断るのはどうかと思ったので、素直に受け取る。
と、ここで目に入ったのはキャロとエリオ。
二人で仲良くわたあめを食べている姿がフェイトの目に入った。
「ユ、ユーノもちょっと食べてみる?」
だからフェイトはほんの少し勇気を出してユーノに訊く。
ユーノは差し出されたわたあめを見ると、
「それじゃ、ちょっと貰おうかな」
端の方を手でちぎって口へと運んだ。
ユーノの行動が期待していたものと違うことに少しだけ落ち込むフェイト。
しかし彼女の落ち込みは、わたあめを口に含んだ彼の表情と言葉によってすぐかき消された。
「……甘い」
ぼそり、とユーノは口に出す。
「わたあめって、本当に甘いんだね」
初めて知ったよ、とユーノは付け加えてフェイトに笑いかけた。
なのに……何故だろう。
「……ユーノ?」
いつものように微笑んだ笑顔と、ただ呟くように言ったユーノの言葉は……本当に一瞬だけではあるが、何故か寂寥の想いをフェイトに感じさせた。
◇ ◇
祭りも頃合となったころ、そこにいる人はかなり多くなっていた。
「ちょっと人が多くなってきたね」
「そうだね」
先ほどと比べれば、比較にならないほど人がたくさんいる。
おかげでキャロとエリオが視界の中にいない。
「キャロ、エリオ君、いる?」
ユーノは人込みに紛れて見えていない二人を呼ぶ。
しかし、返事はない。
「…………二人とも?」
もう一度見えていない二人に呼びかける。
「どうしたの?」
事態に気付いたフェイトがユーノに尋ねる。
「いや、ね。ちょっと二人の姿が見えないから呼んでみたんだけど……」
小さいから余計に把握が出来ない。
しかし、二回呼びかけても返事が無いということは、
「…………はぐれたかな」
おそらく、それが一番正しい解答のように思える。
「ど、どうしよう!?」
フェイトがはぐれてしまったことに慌てる。
が、ユーノはフェイトと違ってまったく動揺していなかった。
「大丈夫だよ。さっきはぐれたら時計台に集合って言っただろ。二人だったらそこにいるさ」
きっと時計台に二人はいるだろうと信頼している。
だからユーノに不安など一切ない。
フェイトも信頼しているのだろうけど……それでも心配が勝ってしまうのだろう。
「でも、まさか本当にはぐれるとは思いもしなかったな」
念のため、ではあったが決めておいて本当に良かった。
「とりあえず時計台に行って合流しよう」
言うと、ユーノは歩き出す。
だが一、二歩だけ歩くとすぐに振り返り、
「フェイトもはぐれないようにね」
ユーノは一言フェイトに告げた。
そして、またすぐに前を向いて歩き始める。
フェイトは歩き出したユーノを慌てて追うと……はぐれないようにと彼の浴衣の裾を握った。
その少しだけ勇気を出したフェイトの行動に、一瞬にしてユーノが後ろを振り向き驚きの様相を見せる。
が、自分が言った言葉と比較してフェイトの行動を鑑みると、そこまで驚くような行動ではなかったとユーノは自分で自己解決し、そのままゆっくりと歩き出した。
それにしても、人がどんどん溢れかえってくる。
さっきよりも歩くスペースが狭まっている。
肩が隣の人とかなりぶつかるようになってきた。
と、その時だった。
ちょうどフェイトの両肩が隣をすり抜けようとしている人たちにぶつかった。
瞬間、ユーノの袖を握っていた手が離れる。
「……あっ」
手が離れたことに、フェイトの口から声が漏れた。
しかし手が離れたのも束の間、すぐにフェイトの腕は伸ばされてきた手に捉えられ、ぐい、と強い力で引っ張られた。
無論のこと、引っ張った人物は……ユーノ。
ユーノはフェイトの手が離れた瞬間に振り返って、すぐに彼女の腕を掴み引っ張った。
そして自分のすぐ側までフェイトを引き寄せる。
「危うく僕達もはぐれそうだったね」
危なかった、と付け加えるユーノ。
実際、集合場所を決めているとはいえ、さすがに一人一人が散り散りになったら面倒だ。
「しっかり握っててよ」
言って、ユーノはゆっくりと歩き出す。
フェイトの手はユーノに言われたとおり、またユーノの浴衣へと向かう。
ユーノの浴衣の袖を掴んで、はぐれないようにするため。
けれど、
フェイトの手は浴衣の袖を掴もうとしていたのにも関わらず、不意に……止まった。
──あれ? これで……本当にいいのかな?
ふとした疑問がフェイトの中を駆け巡る。
あの日……ユーノがお見合いをした日、自分は決めたはずだった。
もう、自分の気持ちを偽らないと。
もう、自分の気持ちを隠さないと。
そして、側にいて欲しいと……願ったはずだ。
ならこの手は……“ここ”でいいのだろうか。
自分が掴みたい場所は“ここ”で合っているのだろうか。
──ううん、違う。
ほんの一瞬だけ考えて、すぐに答えが出た。
自分が望んでいる場所は“ここ”ではない。
そんなことはすぐに分かった。
──だって、さっき思ったんだよ。
羨ましいって。
キャロがユーノと手を繋いでいるのが『羨ましい』って思ったんだ。
なら……偽らないと決めたなら望む場所へと手を向けるべきだ。
さっき見たときに羨ましいと感じたところに……手を持っていくべきだ。
たった一歩でいいから、ほんの小さな一歩でいいから……前に進むべきだ。
心の中でフェイトは決意をする。
だからフェイトは袖ではなく……『手』を掴んだ。
生まれて初めて好きになった人の『手』を握った。
「──!?」
ユーノが一瞬にして驚いたのが分かる。
「……フェイ、ト?」
そしてユーノがだんだんと顔を赤くしながら、突然のフェイトの行動を問う。
「あ、あのね……その……」
フェイトはユーノの問いに答えようとするが、上手く言えない。
理由ならいくらでもある。
さっき手を繋いでいた二人が羨ましかったから。
気持ちの通りに行動をしたから。
手を……繋ぎたかったから。
本当にたくさん理由はある。
でも、やっと口から出たのは…………一番差し当たりのない答え。
「さっきは裾を握っててはぐれそうだったから……」
けれど、それでも顔が火照る。
真っ直ぐにユーノの顔を見れない。
でも……決して掴んだ手を離すことはしない。
離したくなんてなかったから。
それに、
『ユーノさん……ほんの一瞬だけど泣きそうな顔してました!』
──少しは自惚れて……いいんだよね。
さらにぎゅっと手を握る。
ユーノの手の暖かさがもっと実感できた。
◇ ◇
「え、えっと……あの……その、あの……」
しかし、一方でユーノは状況の把握がまったく出来ないでいた。
フェイトが手を握ってくれるのは嬉しい。
とんでもなく嬉しい。
それはそうだろう。
自分の好きな人が手を握ってくれているのだ。
嬉しくないはずがない。
けれど、同時に行動不能になってしまったのも確かだ。
──女の人と手を握るくらい、大丈夫だと思ってたんだけど……。
どうにも好きな人が相手だと違う。
全然大丈夫じゃない。
まったくもって心臓の鼓動がうるさかった。
どうにか落ち着けようと頑張っても、心臓の鼓動は穏やかになる気配すらない。
でも、だからこそ余計に理解させられた。
──こんなにフェイトのこと……好きなんだ。
ということを。
心の全てで実感する。
否定も偽りも何にもできないくらいに、フェイトのことが好きなんだということを実感する。
「い、行こう」
そして赤い顔を見られないように注意しながら、フェイトの手を引いて歩く。
ゆっくり……ゆっくりと。
そして願う。
願わくば……この手がいつまでも離れないことを。
きっと叶わないと思いながらも……ユーノは願っていた。
けれど、手を離すときは時計台に着いた瞬間、簡単に訪れた。
予想通りにエリオとキャロがいるのが見えると、二人はどちらともなく手を離した。
理由は二人に見られるのが恥ずかしかったから。
とはいえ、二人とも寂しさ、悲しさが一瞬生まれた。
けれどもユーノもフェイトも表情には出さずうまく誤魔化す。
そして二人のもとにユーノ達はたどり着くと、
「二人とも、ちゃんといてくれたね」
キャロとエリオに話しかける。
「一体どうなったのかな?」
二人にどうなってはぐれたのかを訊いてみる。
すると、二人も気付いたらユーノ達とはぐれていたというのが説明によって分かった。
「合流できてよかったよ」
ほっ、とした感じでフェイトが言う。
「もう少し注意して歩こうね。僕もフェイトもだけど、特にエリオ君とキャロは」
二人は小さいから、発見しにくい。
「分かりました」
「はい」
二人から返事が返ってくる。
ユーノは二人からの返事を聞くと、ポンと二人の頭を撫でて、
「そしたら、また出店を回ろうか。まだまだ食べたいものもあるだろうしね」
それからというもの、ユーノ達は射的、ヨーヨー掬い、くじ引きなどなど、定番な遊びに加え、りんご飴や焼きそばなども食べた。
「結構回ったね」
「そうだね」
「二人とも楽しかった?」
ユーノが訊くと、二人はすごい勢いで首を縦に振った。
「今日はもうこれで終わりかな?」
時間的にはそろそろ終盤に差し掛かってはいる。
「ううん、最後に花火があるんだって」
「花火?」
「うん。もうそろそろ……」
そう、フェイトが言いかけたときだった。
甲高い音が鳴り、何かが打ちあがっていくような音がした。
四人はその音に反応して夜空を見上げる。
すると、
──ドーン!!──
大きな音と共に、夜空に大きな花火が広がった。
そして一発目が切っ掛けで、幾数もの花火が高々と上がる。
ユーノも、フェイトも、エリオも、キャロも上空に舞う華やかな花火に目を奪われる。
「……すごい」
ユーノがポツリ、と感想を言った。
それはとても小さな言葉で、花火の音にすぐにかき消されそうなくらい小さな言葉。
だからエリオは気付かなかったし、キャロも気付かなかった。
気付いたのは……隣にいたフェイトだけ。
「ユーノ……?」
また、だ。
ユーノは感想を言っているだけなのに何故か寂しく聞こえる。
笑っているのに……何故か悲しそうに見える。
「……どうしたの?」
フェイトが問いかける。
「いや、なんでも──」
ない、と言い切ろうとユーノはした。
けれどフェイトの心配そうな顔を見て……言い切るのをやめた。
──誤魔化すような場面じゃ……ないか。
フェイトは真剣に心配してくれている。
それなら、こっちも真剣に答えるべきだ。
だから、語ろう。
「…………初めてなんだ」
……本音を。
「初めて?」
「こうやってお祭りに来ることが、だよ」
今まで一度も……たったの一度もお祭りに来たことなんてなかった。
小さな頃から遺跡を巡り、無限書庫を開拓し、学士として論文を書き上げる自分が、お祭りに来ることなんてなかった。
「だからさ、少し恥ずかしいんだけど……キャロたちに聞かれても答えられなかったんだ。どういうものか? って訊かれても、僕は分からなかった。もちろん、知識としては知ってた。どういう食べ物なのか、とか、どうやって遊ぶのか、とかはね。でも経験として……僕は知らなかった」
出店の食べ物の味も、花火の鮮やかさも迫力も感動も、全部経験してなかった。
「お祭りがこんなに楽しいんだってことを全然知らなかった」
お祭りが楽しいということを今まで知らなかった。
こんなにも楽しいところだということを今、知った。
「君達とお祭りに来て……初めて知ったんだよ」
もっと……早く来れたらよかった。
昔からこんなに楽しいことを知ってたら……よかった。
多分、この一瞬だけ過ぎった思いがフェイトに伝わってしまったのだろう。
だからフェイトは心配してくれた。
──でも、心配してくれないで大丈夫だよ。
今日、ここに来て知ったのが幸いだったから。
誘われて、来てみて、そして楽しいと感じることが出来たのが幸いだったから。
昔知っていなくても『今』、君達といることで知れたのだから。
「だから、こうして君達と……フェイトと一緒にお祭りに来れたことが、すごい嬉しい」
楽しい場所にエリオとキャロと、そしてフェイトと……好きな人と来れてよかった。
「ありがとう、フェイト」
すごく……感謝してる。
◇ ◇
感謝の言葉がユーノから言われた。
でもフェイトが思うのは……後悔。
フェイトはお祭りに行ったことは何回もある。
なのは達と何回も行った。
それこそもう……9年前、10年前の昔から。
──何で誘わなかったんだろう。
ユーノが忙しいのは分かってる。
多分、誘っても忙しいから来れなかっただろう。
それは確かだけど……。
でも、それでも誘えばよかったと思う。
ユーノはいつもいつも笑ってた。
無限書庫に行ってる時、お祭りの話だってしたのにその時もユーノは笑って話を聞いてくれていて、
『楽しかったみたいだね』
そう言ってくれた。
「……ごめんね」
フェイトが謝る。
「──え?」
すると突拍子のないフェイトの謝罪に、ユーノは目を点にした。
「どうしたのさ、突然謝るなんて」
「だって私……今までユーノを誘ったことなんてなかった」
言いながら、フェイトがますます落ち込む。
「いや、誘われたってどうせ行けなかっただろうし」
だから気にする必要はない。
「でも……」
「それにさっきも言っただろ。『ありがとう』って」
『今』ここに一緒にいることに感謝してるんだ。
「君と今、こうしていることに感謝してるんだ」
だからフェイトが落ち込む必要はない。
罪悪感を抱く必要なんてありはしない。
「それが全てだよ」
感謝している。
ただ、それだけだ。
「分かった?」
ユーノの言葉にこくり、とフェイトは頷く。
──そっか。
感謝してくれてるんだ。
今、一緒にいることに喜んでもらってるんだ。
好きな人は……自分がいるだけで喜んでくれている。
──なら、笑わないと。
自分も一緒にいれることが嬉しいんだから。
好きな人といれるこの瞬間に感謝してるんだから。
だからフェイトは……夜空に広がる花火に負けないくらいの華やかな笑顔で、ユーノへと微笑んだ。
他の誰でもない、ユーノだけのために。
〜〜おまけ〜〜
二人の前にいるキャロとエリオの会話。
「僕達って……邪魔かな?」
「ど、どうだろうね?」
キャロとエリオの後ろでは、ユーノに笑いかけているフェイトと、顔を赤くしているユーノがいる。
目の前の二人はまったく視界に入っていないようだ。
「ユーノさんとフェイトさんが仲良しなのはうれしいんだけど……」
確かに、お見合いの事件があってどうなるかと思っていたので、二人が前と同じように仲良しでうれしい。
けれど、居辛い。
非常に居辛い。
「は、花火に集中しよう」
「そ、そうだね。せっかく花火が上がってるんだもんね」
二人は言って、夜空を見上げる。
それが……キャロとエリオにとって、初めてユーノとフェイトに気を使った瞬間だった。