第十二話
『切っ掛け』
「これが今回の資料だよ」
「ユーノ君。いつもありがとな」
「気にしないでよ。僕はこれぐらいしか出来ることがないんだから」
朗らかに笑いながらユーノが言う。
はやてはユーノの様子と言葉に溜息をつく。
──そんなことない……なんて言うても無駄やね。
もう何度もこのやり取りをしては、ユーノに「これぐらいしか出来ない」と言われているのだから。
「フェイト達は今、訓練中?」
「そうやね。今日はスターズとライトニング、分隊ごとに訓練してるよ」
「そしたら、ちょっと訓練の様子を見てもいいかな?」
ユーノが課長であるはやてに尋ねた。
はやてとしても、断る理由などありはしないのですぐに了承する。
「別にええよ」
「ありがとう」
ユーノが感謝の意を述べる。
そしてユーノは儀礼をするために真面目な顔つきになり、
「では、失礼します」
礼を行ってから、キャロたちの下へと向かった。
◇ ◇
訓練場では様々な色の光が、遠目からでも飛び交っているのが分かった。
──なかなか派手に訓練してるみたいだね。
どんな訓練をしているかは分からないが、興味を引くには十分の派手さだ。
ユーノはさらに歩みを速くして歩く。
が、訓練場へと歩いている最中、ふと見知った後姿がユーノの眼に映った。
「あれ? あの人は…………」
会うのはどれくらいだろう、と思うほどの知人に、ユーノは声を掛けられるくらいまで近づいていく。
「久しぶりだね」
ユーノは声を掛けた。
すると声を掛けた人物は、さして後ろを振り向くでもなく、
「スクライアか」
ユーノのことを察した。
「あの子達の訓練を見てるのかな?」
「そうだ」
短く男性的な言葉で頷く。
女性があまり使うような言葉使いではないが、言葉から滲み出る感情には優しさがあるのを、ユーノは10年前にあった事件によって知った。
「シグナムは参加しないの?」
「今日は基礎訓練だからな。私の出番はない」
つまり自分は基礎訓練を教えるのに向いていないと言いたいのだろうか。
「スクライアはどうしてここにいるんだ?」
「はやてに資料を渡したついでに、君達の訓練を一度見てみたいと思ってね。キャロを教える時に役立つかもしれないし」
実際に訓練を見て思うこともあるだろうとユーノは考える。
「ああ、そういえばキャロが世話になってるそうだな」
「世話になってるっていうか、後衛のことについて教えてあげてるだけだよ」
「いや、それでもキャロの上司として礼を言おう」
今まで真正面を向いていたシグナムがユーノに向き、頭を下げる。
だが、
「礼なんていらないよ」
ユーノはごく自然に断った。
「僕は僕がしたいことをしてるんだ。だからキャロを教えてるのだって、君達に感謝されるためにしてることじゃない」
勘違いはしないで欲しかった。
別にユーノは六課の人たちに感謝されるためにキャロを教えているわけではないことを。
「そうか。それはすまなかったな」
「いや、気にしないで」
シグナムがユーノの言ったことに納得し、謝罪した…………その時だった。
様々な音や光が飛び交っていたのが、ピタリとやんだ。
「あれ? 訓練はもう終了?」
「いや、そんなことはないはずだ」
ユーノの疑問をシグナムが否定する。
まだ終了予定時間にはなっていない。
──そうなると……
「……何かあったと考えたほうがいいみたいだね」
ユーノとシグナムがフェイト達のいる訓練場に現れる。
「どうした?」
「キャロが足を挫いちゃって…………ってユーノ?」
珍しい来客に、フェイトが説明の途中にも関わらず言葉を止めた。
「資料を届けに来たから、ついでに訓練を見せてもらおうと思ったんだよ」
ここに来た理由をフェイトに説明すると、ユーノはキャロの下へと歩いていく。
キャロの視線がユーノを捉えた。
ただ、先ほどのフェイト達のやり取りを聞いていたので、ユーノの登場にさして驚いている様子はなかった。
「……ユーノさん」
「キャロ、ちょっとごめんね」
足首を触る。
キャロが多少痛みで顔をしかめたが、大した痛みではないようだ。
「自分で魔法はかけた?」
「はい。一応使いました」
──自分でも使ったのか。
ふむ、とユーノは少し考える。
「じゃあ、今度は僕がやるね」
言ってキャロの足首に手をかざした。
すると手のひらから緑色の光球が生まれ、キャロの足首に当てられる。
そしてそのまま1分ほど癒しの魔法を使い続けた。
「……だいたい、これぐらいかな」
見切りをつけたのか、ユーノが魔法を止める。
「痛みはどう?」
「あ、えっと……」
ユーノに言われるままにキャロは足首を動かす。
「ほとんど痛みはないです」
何度かジャンプをしたりして、あまり痛みがないのをキャロは確認する。
「久方ぶりにスクライアが魔法を使っているところを見たが、さすがだな。いまだ腕は衰えてはいないようだ」
ユーノの魔法を見て、懐かしむようにシグナムが言う。
「まあね」
魔法を使う機会は昔より少なくなったとはいえ、自己の研鑽を怠ってはいない。
「でも、あくまで応急処置だし、僕は癒しの魔法をメインで使うわけじゃないからね。ちゃんとした治療が出来る人に任せたい」
ユーノは言って、しゃがみ込んだ。
「ほら、背中に乗って」
「あ、あの……でも大丈夫ですよ。あんまり痛くないですし」
おんぶされるのが恥ずかしいのか、ただ単に大丈夫なだけなのかは分からないが、キャロは断ろうとする。
だが、
「却下。たった今、説明したじゃないか。ちゃんと治療が出来る人に任せたいって」
ユーノに瞬間で却下される。
「おんぶじゃなくてもいいんだけど、絶対に治療室までは行って貰うよ」
ここまでユーノが言う時は絶対に引かない。
そのことをキャロはもう、当然の如く理解していた。
そうなると、キャロが考えるべきはユーノにおんぶされるかされないか。
──それなら。
もう答えは決まっている。
キャロはしゃがんでいるユーノの背中へ、嬉々として乗っかった。
そのままユーノの首の前に手を持っていく。
ユーノはキャロがしっかりと乗ったのを確認すると、立ち上がった。
「フェイト。シャマルがいるところまで案内してくれないかな?」
「うん」
一も二もなくフェイトは頷く。
「シグナム、そしたらちょっと行ってきますね。エリオのこと、お願いします」
ユーノ達を見送りながら、シグナムは思う。
「ユーノとキャロは仲睦まじいようだな」
師弟関係としては良好だろう。
さっきのやり取りから鑑みるに、キャロはユーノのことを尊敬し、ユーノもキャロのことを大事に扱っている。
──しかしな。
ただ、二人の間にはそれ以上の信頼関係が見え隠れしているような気がシグナムにはした。
たぶん、一番うまく二人の関係を形容するならば、
「まるで親子のように見えなくもない」
そう、親子が一番しっくりくると思えた。
あの二人の姿を見ていると。
すると、シグナムの呟きを聞いていたのかエリオが、
「シグナム副隊長の言ってること、間違ってないです」
頷きながら同意をした。
「そうなのか?」
「はい。ユーノさんとキャロ、お互い父親と娘だって認識してるみたいです」
エリオが二人の間柄を説明する。
「ふむ、ならば私の見立ては間違ってなかったということか」
もう米粒ほどの大きさにしか見えない三人の姿を眼の端に捉えながら、シグナムは自分の正当な感想に自ら頷き、そしてわずかに微笑んだ。
が、彼らの姿が完全に消え去ると、シグナムはエリオに向き直り……剣を──レヴァンティンをエリオへ向けた。
「シ、シグナム副隊長!?」
エリオが慌てた声を上げる。
「なに、テスタロッサから任されたからな。これからお前は私と実践訓練だ」
「じ、実践訓練ですか……」
確かにフェイトはシグナムに任せると言っていた。
つまり訓練の内容を決めるのはシグナムであって、その内容が何であろうともエリオに逃げ道など在りはしないということだ。
「分かりました」
けれどエリオも逃げるつもりは毛頭ないため、問題なかった。
前にちゃんと理解したから。
“キャロのため”に強くなると、理解したから。
ストラーダを握り締め、シグナムに相対するようにエリオは構える。
シグナムはエリオの決意を見て取ると、至極真面目な顔つきで告げた。
「手加減はしてやるから、本気で来い」
◇ ◇
「こうやってキャロをおんぶするのも二回目だね」
医療室まで向かっている途中にユーノは前に一度、おんぶをしたのを思い出す。
「二回目、ですか?」
ユーノの背中でにこにこしながら、キャロが聞き返す。
「前に一度、キャロが司書長室で寝ちゃったとき、部屋まで送るためにおんぶしてるよ」
「寝ちゃったとき……………………あ! あの時ですか」
初めてユーノとお茶したとき、気が付いたら自分は寝ていて、朝起きたら何時の間にか自分の部屋にいたことがあったのを思い出す。
「まあ、意識がある状態でおんぶするのは初めてだから、キャロにとっては初めてって感じなのかもしれないね」
「そうですね。初めておんぶしてもらってるって実感してますから」
歩きながら二人は和やかに会話をし、フェイトは二人を微笑ましく思いながら見ている。
と、ここで機動六課で一番エライ人物が廊下の角から現れた。
そのエライ人物は三人に気付くと、
「あれ? フェイト隊長にユーノ先生、キャロまで一緒やないか」
三人に声を掛けた。
「どうしたんや?」
「キャロがちょっと足首を捻ったから、シャマルのところに行こうと思って」
「大丈夫なんか?」
「一応、魔法は使ったから大丈夫だとは思うけど、念のためにね」
「そっか。キャロもちゃんと気を付けてな?」
「は、はい」
はやてに話しかけられたことで、キャロが少しだけ緊張しながらも返事を返す。
「まあ、それにしても……や」
──ユーノ君とフェイトちゃんが一緒にいるところって久々に見たな。
辛うじて見たことがあるのが、前にパーティーに行ったときぐらいだ。
しかもそれだって、目の端に捉えた程度だ。
だから二人が揃っているのをすぐ近くで見るのは珍しいと本当に思う。
すると、だ。
ふと、はやての頭の中におもしろいことが思い浮かんだ。
フェイトが顔を赤くしているところをユーノが見たら、彼はどんな反応をするだろうか。
──どうなるかおもしろそうやな。
「フェイトちゃん。ちょっとちょっと」
フェイトを手招きして呼び寄せるはやて。
──なんか嫌な予感がする。
はやてのあくどい笑みに、一抹……どころか多大なる不安を感じながら、フェイトははやてに近づく。
フェイトが隣まで来ると、はやては顔を彼女の耳に寄せた。
「こないだ気が付いたんやけどね」
フェイトだけに聞こえるようにぼそり、とはやてが喋る。
「ペリドットって光に翳すと綺麗な緑黄色になるやんか」
「…………そうだね」
フェイトが何を言われるのかと、警戒心を滲ませた。
過去の経験上、次の言葉からはやてはからかうモードに入るはずだ。
──何を言うのかな?
フェイトは一応、心の中で準備をする。
しかし今回の言葉は、
「まるでユーノ君とフェイトちゃんの魔方陣の色を重ね合わせた色みたいやね」
「わ、私達の……魔方陣!?」
予想外のところを突かれた。
まさか魔方陣の色をからかう対象にするなんて思ってなかった。
「た、確かに私の魔方陣は黄色だし、ユーノの魔方陣は緑だけど……」
合わせれば、確かにペリドットの色にはなる。
「魔方陣の色といえば、私達の象徴とも言うべき色や。それに異論はないよね?」
「う、うん」
それは否定出来ない。
現に普段のペリドットの色をフェイトは、優しいユーノの色だと思ったのだから。
「つまり、や」
ニタニタと笑いながら、顔が段々と赤くなっていくフェイトの肩をポンと叩いた。
「二人の象徴とも言うべき色を重ねた宝石が、ペリドットやなんて……まさしく『運命』やね」
瞬間、フェイトの顔が真っ赤になる。
はやては顔を真っ赤にしたフェイトに心の中でガッツポーズをしながら、歩き出す。
そしてくるりとユーノへと首を向け、
「ユーノ君ものんびりしてってや」
一言伝えると、はやては自分の用がある場所へと向かっていった。
「フェイト、大丈夫?」
はやてが何を言ったのかは分からないが、からかわれたのだろうということは分かる。
「だ、大丈夫だよ!」
気丈にフェイトは言うが、真っ赤になった顔ではまったくもって説得力が無い。
「……全然大丈夫そうじゃないんだけど」
ぼそり、とユーノが言う。
すると耳ざとく聞いたフェイトが反論した。
「そんなこと言ったって、ユ、ユーノがいけないんだよ!」
「僕の所為なの!?」
「だって……」
──はやてにからかわれたの、ユーノがくれたものが原因なんだよ。
心の中でフェイトが呟く。
「だって、だけじゃ分からないよ!?」
「い、いいの! ユーノがいけないんだから」
二人が漫才の掛け合いのように喋る。
キャロはユーノの背中から二人のやり取りを見てると、ある言葉が非常に似合うな、と思った。
──何て言うんだっけ?
キャロは少しだけ悩む。
確か男の人と女の人がするおもしろいやり取りのこと…………………。
──えっと…………あ、分かった。
「夫婦漫才って言うんだっけ」
◇ ◇
医療室から三人が出てくる。
「シャマルに見てもらったし、これで一安心だね」
「うん」
実際、ユーノの魔法でほとんどは治っていたらしいが、シャマルの手によって完璧に完治させられた。
「フェイト達はこれから訓練再開する?」
「いや、今日は早めに切り上げようかな」
「そうなの?」
「うん。多分、訓練場に着いたら実践練習してるエリオ達がいるからね。早めに切り上げたほうがエリオの為だよ」
シグナムの訓練はかなり過激そうだから、早めに終わらせてあげたほうがいいだろう。
「そうだね」
ユーノは頷く……と同時に、
「あ! そしたらさ、あとで一緒にご飯食べない? エリオ君も一緒にさ」
訓練が早く終わるということで、フェイトに提案をする。
「私は大丈夫だけど……」
「キャロはそれでいい?」
「もちろんです」
キャロが笑顔で頷く。
「じゃあ、あとはエリオ君に訊くだけだね」
ユーノが笑って計画を立てる。
皆で食事をするために。
皆と笑顔で食事をするために。
けれど、始まりは唐突だった。
ユーノの携帯電話が鳴った。
「あ、ちょっとごめんね」
ユーノが携帯を取るために少し二人から離れた。
「もしもし……」
『──────────』
相手の声を聴いた瞬間、ユーノの表情が少し驚きの様相を呈した。
「先生、お久しぶりですね」
『────────』
「それで今日はどういったお話を?」
ユーノが何の用で電話したのかを相手に訊く。
『────────────────』
すると、電話相手の話をユーノが訊いた瞬間だった。
「いや、ちょっと待ってくださいよ!」
ユーノが突然大声を出した。
あまりの唐突な出来事にフェイトもキャロもユーノを驚いたように見る。
『────────』
「た、確かにいませんけど……」
ちらり、とユーノが一回フェイトを見た。
「でも僕には──」
『────────────』
「ちょ、ちょっと先生!!」
ユーノが叫ぶ。
しかし、もう遅い。
手に握られている電話は、すでに相手と通じてはいない。
「くそ!」
ユーノが珍しく毒づいた。
「ユーノ、どうしたの?」
フェイトがユーノの様子に心配そうに尋ねる。
けれどそれは………………聞かなかったほうが良かったのかもしれない。
なぜなら、
「…………お見合い…………することになった」
あまりにも単純な切っ掛けで。
あまりにも明快な始まりで。
だけど、あまりにも不明瞭な彼女の想いを…………さらに複雑にするものだったのだから。