「My family」外伝のさらに外伝


『original strikers』






other side






















第7話前半。


── 戦場上空 ヘリ ──




ヴァイスとティアナは、ヘリの中で通信画面に釘付けになっていた。

「フェイトさんだけのストライカー……か」

「なのはさんが言ってる“ストライカー”じゃないけど、それでもフェイトさんにとってのストライカーがユーノ先生なんですね」

本人だけが認める、フェイト・T・ハラオウンのために存在するストライカー。
彼女だけの──ストライカー。

「まあ、確かにフェイトさん以外は認めないわな」

その名称は、たった一人だけしか使わない。
万人がユーノをストライカーと認めることは、絶対にない。

「でも──」

それでも、思う。


「かっけえよな」


ヴァイスは心から、そう思う。


「たった一人の為にでも、ストライカーになれんのは」


本当に、ただ感嘆しかない。


「羨ましいよな」


どうしようもないくらいに羨望する。


「たった一人でも、自分をストライカーだと思ってくれんのは」


唯一だとしても、一人だけだとしても、それでも認めてもらえているのだから。


「すげえよな」


ヴァイスは通信画面上に映るユーノの姿にただ、思う。






「その、たった一人のために……本当に状況を打破したんだからよ」






だからこそ、ストライカーなんだ。
大切な人が唯一と認め、大切な人にとって唯一のストライカー。

「ほんと、おもしれえ人と知り合ったもんだぜ」

「そうですね」

ティアナも同意する。

「それに、先生があんな口調で話すのを初めて聞いたしな」

「私も初めて聞きました」

というより、あんな口調もするんだと驚いた。

「それと、ちょっとかわいそうですよね。あのスカリエッティに『敵』と認識されるなんて」

「いいんじゃねえのか? 正直な話、俺が知ってる奴らの中では一番適任だと思うぜ?」

「そうですか? うちの隊長達なら誰でも適任だと思いますよ?」

誰でもスカリエッティを倒せると思う。

「ちげえよ。“そういう意味”じゃねえ」

「どういうことです?」

「俺が知ってる人達じゃ、スカリエッティには勝てねえ。なのはさんでも、フェイトさんでも、八神隊長でも、もちろん機動六課の他の奴らでもな。もちろん、戦うとかにおいてじゃねえぞ。スカリエッティの“言動”に対して真っ向から勝負できるのなんざ、先生ぐらいなもんだろ」

ヴァイスが言っているのは、こういう意味でユーノが適任だということだ。

「ああ、確かにそうかもしれませんね。みんな、弁が立つわけじゃありませんから」

ティアナは言うと、ヴァイスと同時にスバルを見る。

「わ、私!?」

「あんたなんて、特にそうでしょうがっ!」


















      ◇      ◇

























第8話前半

── 戦場 上空 ──




痛む右腕に絶えながら、エリオはストラーダを左手で操り、かろうじてフリードに寄ってくる地雷王を退けていく。

──どうにかできないのか!?

エリオは考える。
迫り来る地雷王を何度も何度も退けながら、エリオは思考をめぐらせる。


どうにかしたい──とストラーダを薙ぎ、

どうにかしたい──とストラーダを振りかぶり、

どうにかしたい──とストラーダを振るい、

どうにかしたい──とストラーダで切りつけ、

どうにかしたい──とストラーダを突きつける。


何度も考え、いくつも考え、それでも何も浮かばずに劣勢を強いられる状況。


でも、そこに。


やってくる影があった。
影はやってくるや、エリオ達に向かってくる雷撃を受けとめた。


「……ガリュー」


エリオが名前を呼ぶ。
名を呼ばれたガリューは一つ頷くと、地雷王へと飛び込んでいく。

──届いた……のかな?

エリオは思う。
自分の言葉は、想いは、彼に届いたのだろうか、と。

──まだ、わかんないか。頷かれただけだし。

多分伝わったんだろうな、とは思いながらエリオは笑って地面を見据える。

「キャロ。ルーテシアさんのことお願い。僕も降りて戦うよ」

「で、でもエリオ君! その腕じゃ──」

「分かってるよ」

言われなくても、ちゃんと理解してる。

「それでも、行かないと。僕もガリューや父さんと同じように守りたい人がいるから」

ガリューがルーテシアを守るように。
ユーノがフェイトを守るように。
自分にも守りたい人がいる。
守りたい人が、目の前にいる。

「行ってくるね」

「……うん」

キャロの返事を聞くと、エリオはフリードから飛び降りて地面に降り立つ。
そして目の前にいる地雷王に切っ先を向ける。

「君達を止めて、終わらせるよ」

この戦いを。
この事件を。

「全部、終わらせるんだ!」


















      ◇      ◇


















第8話前半。


── ゆりかご近く ヘリにて ──



ヘリの中、射撃の体勢のヴァイスとバイクにまたがっているティアナとスバルがいる。

「いいか。船の中、奥に進むほど強度のAMF空間だそうだ。ウイングロードが届く距離までくっ付けるから、そこからはそいつで突っ込んで、隊長達を拾って来い!」

「「はいっ!」」

ティアナとスバルが返事をする。

「いくぜ、ストームレイダー」

ヴァイスは構えると、次々とガジェットを破壊していく。

「ヴァイス陸曹……」

「おい、一度しか言わねえからちゃんと聞いとけよ」

視線はスコープから外れず、未だにガジェットを打ち続けている。
が、声は確かに……ティアナに向けられている。

「俺はエースでも達人でも……ましてやストライカーでもねえ。身内が巻き込まれた事故にビビって取り返しのつかないミスショットもしたし、死にてえくらい情けない思いもした」

いくつもの後悔をした。

「それでもよ──」


憧れたんだ。






「先生みたいなストライカーになりてえと思うのは、間違いじゃないよな」






憬れたんだ。


万人に呼ばれる、本当のストライカーになれなくとも。


たった一人、いるのなら。


ただ一人でも、呼んでくれるなら。


世界に一人だけしかいなくても、必要と思ってくれるのなら。




──ストライカーと呼ばれたい。




それは、もしかしたら世間一般の『ストライカー』になることより、難しいかもしれない。

でも、大切な人に『私だけのストライカー』と。

そう、呼ばれるのなら。




──そのために俺は頑張れる。




だから、




「だからその一歩として、無謀で馬鹿ったれな後輩の“道”を作ることぐらいは、出来ねえとな!」




ヴァイスはリロードするために、スコープから目を外す。
その瞬間、ヴァイスとティアナの視線が合った。

「お前に言いてえことがあるから、ちゃんと帰ってこいよ」

無事に、戻ってこい。








「──ティアナ」








初めて、彼女の名前を本人に告げる。
ヴァイスは再びスコープを覗き込み、二体、三体を倒したところで、ある一点に精密射撃を行う。

「よし……行け!!」

ヴァイスの叫びと共に、スバルがウイングロードを展開する。
ティアナはウイングロードが展開し終えると、アクセルを全開にして突き進む。
そしてヴァイスとすれ違う瞬間、


「頑張りますね、ヴァイスさん」


短く、彼に届くように伝えた。
ヴァイスはものすごい速度でゆりかごに飛び込んでいく二人を見届け、数発ガジェットに打ち込むと、空域から離脱していく。

「ま、あいつらの結果は分かったようなもんだけど、こっちの結果は神のみぞ知る、ってか」

兄貴分で終わるのか、それともそれ以外になれるのか、どうなるかは分からない。

「バシッと良いとこ見せて、先生とかを見返してやりてえもんだ」

言いながら、ヴァイスは通信画面を開く。
見ているのは、ユーノの状況。
血を地面に振りまきながらも、画面からはスカリエッティとユーノの言の葉のぶつかり合いが響いてくる。

「先生もなかなか言うねぇ。さっきのスカリエッティとのやり取りなんざ、盛大なノロケみたいなもんだしな」

自分の彼女との出会いが“唯一の運命”と言い切ったユーノ。

──ここまで言い切れる奴なんて、そうそういねえだろ。

まるでロマンチストのような台詞なのだから。

「ここまで言うんだったら負けんなよ、先生。……絶対に負けんな」

そこまで言ったからには、絶対に勝て。
あれほどの怪我をしているとしても、絶対に勝ってほしい。

「今度、連中を誘って先生をからかいたいんだよ。それにティアナとラグナを会わせたいんだよ。だから──」

ヴァイスは銃を再び構える。

「お互い、もう一踏ん張りするとしましょうか!」


















      ◇      ◇


















── 第8話、戦闘終了後 アースラ ──




アースラに戻り、重傷のエリオとユーノの治療を終わらせると、ユーノとフェイトの説教タイムが始まる。

「どうして怪我するかな。いいかい? 僕はちゃんとエリオに怪我したら説教するって言ったよね。だからここでちゃんと説教をして、これからは怪我しないことを約束してもらわないと──」

と、似たようなことを延々と一時間、小言を言われ続けるエリオとキャロ。
そにに、救いの通信が入ってきた。

『ルーテシアさんが目を覚ましました』

シャマルからの通信により、これ幸いとキャロとエリオが抜け出す。
ユーノとフェイトは仕方が無い、といった感じで二人について医務室まで付いて行く。

「ルーテシアさんは大丈夫なんですか?」

「ええ。あっちで横になって休んでるわ」

シャマルがベッドを指差す。
キャロはシャマルが示したベッドに向かうと、ベッドで横になって休んでいるルーテシアの姿を見つけた。
足音に反応して、ルーテシアの視線がキャロを捉えた。

「あの、大丈夫?」

「……大丈夫」

「怪我は痛む?」

「……ううん、治してもらったみたい」

「そっか。よかったよ」

ほっ、と一安心するキャロ。

「あの、ルーテシアさん。さっき私の言ったことなんだけど……」

「……?」

「えっと、友達になりたいとか、お母さんを探す手伝いをするとかのことだよ」

キャロが説明するとルーテシアは合点がいったのか、少しだけ表情を柔らかくした。
そして、自分とキャロを交互に指差すと、

「……友達?」

「私は友達になりたいと思ってるよ」

キャロはもう一度、力強く断言する。
これが、キャロが今回の戦闘に参加した理由の一つなのだから。
ルーテシアは真っ直ぐキャロの視線を受け止めると、小さな声で、

「……なら、ルーでいい」

「え?」

「ルーでいい」

先ほどよりも少し大きな声で、キャロに伝える。

「ルー……ちゃん?」

「それでいい」

少しだけ嬉しそうな表情をルーテシアが見せる。

「私とキャロ、友達だから」

「……ありがとう、ルーちゃん」

キャロが感謝を述べる。

「……あと、母さんのことなんだけど……」

「えっと、そのことなら……おとーさん、おかーさん!」

医務室の入り口で待機している父親の名前を呼ぶ。
ユーノとフェイトはキャロに呼ばれると、ベッドの近くまで歩み寄ってくる。

「どうしたの?」

「ルーちゃんのお母さんを助けるために、力を貸してほしいんです」

「それは機動六課に……ってこと?」

「そうです」

「……私達が動くだけの理由があるのなら、大丈夫だけど」

「それならたぶん、大丈夫です。レリックの11番が必要みたいなことを言ってましたから」

キャロは視線でルーテシアに確認を取る。
ルーテシアが頷いた。

「なら、大丈夫かな。一応、彼女のお母さんの検査が終わってから事を進めることになるけどね」

「ありがとうございます」

次にキャロはユーノに向き、

「おとーさんもお願いします」

娘の堂々とした言葉に、少しだけユーノは考えると、

「それは機動六課としてのお願い? それともキャロとしてのお願い?」

問う。
が、答えは一瞬で返ってきた。

「私としてのお願いです。私はルーちゃんのお母さんを助けたいんです」

キャロの即答に、ユーノは満足げな表情を浮かべる。

「なら、キャロのおとーさんとしては全力でお手伝いさせてもらうよ」

大切な娘が願っていることだしね。

「ありがとう、おとーさん」

互いに笑顔で頷く。

「というわけでルーちゃん。さっそくすごい人が味方になってくれたよ」

キャロが饒舌にルーテシアと会話をする。
ユーノは、そんな娘の様子を見て苦笑した。

──フェイトはすごい人であってるけど、司書長ってそこまですごくないと思うんだけどな。

心の中でいろいろと思うことはある。
が、まあ……娘が嬉しそうに話しているのだから、悪い気はしなかった。


















      ◇      ◇


















── アースラ エリオの自室 ──




ベッドで横になったエリオは、不意に声をあげた。

「あ、そういえば」

「なに?」

「父さんのお願いって何なんですか?」

「お願い?」

「父さんと病院の庭で話したときのことですよ。あのとき、父さんが『お願いを聞くために帰って来い』って言ったんじゃないですか」

ユーノはエリオが言ってきたことにポン、と両の手を鳴らす。

「ああ、そうだね。エリオはちゃんと帰ってきたんだし、お願いを言わないと」

エリオに毛布をかけながら、ユーノは言葉を紡ぐ。

「春になったらさ、一緒に暮らさない?」

そして、

「あと、エリオとキャロに学校に行ってほしいんだ」

「学校……ですか?」

「そうだよ」

キャロに伝えたことを、エリオにも伝える。

「僕とフェイトは一緒に暮らしたい、って思ってるし、学校に行ってほしいとも思ってる」

ユーノはお願いを言い切る。

「エリオはどうかな?」

問いかける。
エリオは言われたことに少しだけ呆然とし、そのあと笑みを浮かべ、最後に顔を俯かせた。

「エリオ?」

コロコロと表情の変わるエリオに疑問を放つ。

「あの、僕……」

「なに?」

「管理局にいることが本当に母さんへの恩返しになってるのか。ここにいることで本当に父さんへ恩返しできるのかって考えてて……」

「……うん」

唐突に紡がれるエリオの言葉に、ユーノは相槌を打つ。

「ここじゃ恩返しを出来ないんじゃないかって思って……」

「……うん」

「そしたら、母さんは皆で考えようって言ってくれて……」

朝、母親はそう言ってくれた。

「そしたら、父さんは学校とか一緒に暮らそうって言ってくれて……」

なのに皆で考える前に、泣きたくなるぐらいに嬉しいことをまた言ってもらった。

「……ずるいです。これじゃ追いつかないじゃないですか」

少しでも返していきたいのに。
受け取った分を、ちゃんと返していきたいのに。

「父さん達に恩返し…………したいのに」

「馬鹿だな。自分の子供に恩返しをしてほしいなんて思う親がいるもんか」

ユーノはそんなエリオに呆れた笑みを浮かべる。

「でも、それでもしたいんです!」

それは奇しくも朝、エリオとフェイトがしたやり取り。
ユーノは一つ溜息を吐くと、

「……エリオ。フェイトは──お母さんは、だから『皆で考えよう』って言ったんだろ? 僕達の願いとエリオ達の恩返し。全部が上手くいく方法をさ」

「……はい」

「だったら、明日にでも皆で話そう。どうするのが、一番幸せになれるのか」

「はい」

何が最善なのかを。
皆で探そう。

「でもね、一つだけ言っておくと……」

絶対に勘違いしてほしくない。

「僕達は君達に恩を売った覚えは無いよ。親としてやりたいことをやってるだけなんだ。だからエリオ達は恩を感じる必要は無い」

ただ、親だから。
ただ、親として在りたいから。
そのためにユーノとフェイトは頑張ってきた。

「それでも恩返しをしたいんだったら……」

「どうすればいいんですか?」

ユーノは満面の笑みを浮かべると、一息に言った。

「僕達の子供として自分のやりたいことをやってほしい。僕達の子供として僕達にやりたいことをやってほしい」

例えば、二人が学校に行って友達と遊んだりすること。
例えば、二人が父の日や母の日などに、自分達に何かをしてくれること。

「それがきっと、恩返しになるから」























── アースラ  キャロの自室 ──




「──その時、おとーさんが駆けつけてくれたんですよ」

「そうなんだ。それで、その後にユーノの家に行ったんだね」

「はい。あの時は本当におとーさんに迷惑を掛けちゃったんです」

「何したの?」

フェイトの問いにキャロは少し照れると、

「悲しいことが明日からもあるから笑えないって言って、おとーさんを困らせちゃって……」

「ユーノはどうしたの?」

「おとーさんは『大変なことを“受け取る”んじゃなくて、大変なことをキャロが“選んで”いこう』って言ってくれました」

そのほうが、心の負担が軽くなるから、と。
言っていた。

「それで、その後に『一緒に暮らそう』って言ってもらって、最後に……」

「最後に?」

「おでこにちゅーしてもらいました」

キャロから爆弾発言が飛び出る。

「──ッ!?」

フェイトの表情が笑顔のまま固まる。

「おかーさん?」

「な、なんでもないよ、うん」

キャロに名前を呼ばれて、平静を取りもどす。
そして心の中で『娘にしたこと、娘にしたこと』と三度、呟く。

「そ、それで、キャロはユーノの家にいるときにファミリーネームの話をしたの?」

とはいっても、まだ少し動揺しているようだ。

「はい。一緒に暮らそうっておとーさんが言ってくれたんですけど、そしたら私は“スクライア”になるのかなって思って」

「ユーノは何て?」

「いっぱい考えて、それで答えを出してほしいって言ってくれました」

「……そんなに大事なことを、キャロに任せたの?」

10歳の子供には荷が重いのではないだろうかと、フェイトは思う。
しかし、

「私がおとーさんに『大丈夫です』って言ったんです。おとーさんもすごく迷ったみたいですけど、これはきっと……私自身が決着をつけないといけないって思ってましたから」

自身の名前に関することだったから。
自分が責任を持たないといけないと感じていた。

「だから私は今、何一つ迷いなく『キャロ・スクライア』なんです」

そこには後悔も何もない。
フェイトはキャロの笑顔を見て、

「……明日、私もエリオと話さないとね」

「どうするんですか?」

「ん〜、できれば『エリオ・モンディアル・ハラオウン』が一番かな。でも、そこはエリオと話し合いになると思う」

「頑張ってくださいね」

キャロの応援にフェイトは両手で可愛らしく握りこぶしを作って、

「もちろんだよ」



















「キャロは?」

「寝たよ。結構疲れてたみたいだから、話し終わったら早く寝ちゃった」

「そうなんだ」

「エリオは?」

「あの子も会話が終わったらすぐに寝たよ。まあ、骨折してたし早めに寝かしたいとも思ったし」

「そっか。ユーノはこの後どうするの?」

「フェイトは?」

「ちょっと、周りを見て回ろうと思ってる」

「僕は……そうだな。食堂にでも行ってみるよ。さっき見知った顔があったしね」

「じゃあ、今日はおやすみ……かな」

「うん。おやすみ」


















      ◇      ◇


















食堂でユーノはヴァイスとグリフィスと話をしていた。

「あの人は“今”のフェイトを見てなかったんですよ」

「どういうことですか?」

「スカリエッティがフェイトの名前を呼ぶとき、彼は『フェイト・テスタロッサ』と。そう言ってました。彼女の今の名前は『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』です」

「……確かに」

「彼は決して“ハラオウン”のネームを加えなかった。呼ぶことに抵抗があった、というのはないでしょう。“ハラオウン”になったことを知らない、ということもないと思います。つまりは──」

導き出されるのは、単純のこと。

「本当のフェイトを見ていない、見ようとしてないんです。そんな人に僕が負けるはずないですよ」

「はあ〜、なるほど。確かにそう言われりゃ、そうっすね」

「それに、そうだとすれば最初にフェイトのことを盛大に勘違いしていたことにも説明できます。なんせ、今の彼女を見てなかったんですから」

「みんな、一歩ずつでも前に歩んでいますから過去と同じ……なんてことはないんですよね」

うんうん、とヴァイスとユーノが頷く。

「俺も今回、一歩は進めたしな」

「ラグナちゃんとのことですか?」

「いや、いろんなことっすよ」

ラグナのことも含めて、色々と前に進むことができたと、ヴァイスは思う。

「それはそうと、お前なんか影薄かったぞ」

ヴァイスはビシ、とグリフィスを指差す。

「ぼ、僕ですか!?」

「そうだ。俺はなんだかんだで活躍した。先生なんて首謀者のスカリエッティとタイマンかました。旦那は怪我から復帰して戦闘機人を捉えたし、エリオもエリオで頑張ってた。グリフィス、お前だけが影薄かったぞ」

「い、いいんですよ! 僕は影が薄いのが仕事なんです! 僕が出張ったら、それこそ危ない事態ってことなんですよ!」

グリフィスが反論した瞬間、ユーノとヴァイスが顔を見合わせて……吹き出した。

「た、確かにそりゃそうだ!」

「間違いないね」

ヴァイスとユーノはケタケタと笑う。
グリフィスも、二人が笑っているのにつられて、笑顔を浮かべる。

「でも、まあ、何にしても……です」

たくさんのことがいろいろあったけれど、

「全部終わってこういう風に笑い合えてるっていうのが、やっぱり一番ですよね」

「そうだな」

「そうだね」


















      ◇      ◇
























ヴァイスとグリフィスと話し終えると、ユーノは自分に用意された部屋へと帰る。
エリオとキャロは二人と会う前に寝ていることを確認しているし、フェイトは子供達が寝たのをユーノと一緒に見届けると、少しみんなの様子を見に行くと言っていたし。

「そろそろ、僕も寝ようかな」

スカリエッティとの勝負は、さすがに疲れた。
眠くはないが、怪我を完全に治すためにも疲れを取るためにもそろそろ寝よう……と思った先、呼び出しブザーが鳴らされた。
ユーノは来客者が誰かを確認する。
そこにいたのは、

「フェイト?」

『あの、だいじょうぶ?』

「いいよ、入って」

ユーノはフェイトを招き入れる。

「どうしたの?」

「あのね、本当は寝ようと思ってたんだけど、一人になったら思い出しちゃって……」

「なにを?」

「今日、もしかしたら私の家族がいなくなっちゃってたんだってことを」

「…………フェイト」

フェイトはユーノが座っている隣に腰を降ろす。
そして自然に、彼の肩に自分の頭を乗せる。

「それに一週間、ユーノと会えなかったしね」

「……そんなの、いつものことじゃないか」

「ユーノ、危ないことしてたし」

「それについては、ちゃんと謝っただろ?」

「……でも、本当に怖かった」

声が少し震えている。
何よりも失うことを恐れる彼女だからこそ、時間が経っても未だに……いや、時間が経ったからこそ恐怖が蘇ったのだろう。

「フェイト」

名前を呼ぶ。

「僕はここにいる。今、君の傍にいるよ」

「……今だけ?」

ユーノは首を振る。

「ずっと君の傍にいる」

何度も何度も言ってきたけれども、今だからこそもう一度言った。

「ずっと君と一緒にいるよ」

顔を寄せて口付ける。

「………………」

そのまま数呼吸できるほど口付ける。
口唇が離れると、ユーノはフェイトの髪を梳くように、右手で何度も彼女の頭を撫でる。

「君の家族は誰もいなくなってない。僕も、キャロも、エリオも、そして君も。全員がちゃんと帰ってきた」

「……そうだよね」

「一晩ゆっくり寝て、明日起きたとき……僕達はいるから。安心して寝ていいよ」

「……うん」

ユーノの言葉でフェイトの表情が安堵したものに変わっていく。

「ねえ、ユーノ」

「ん?」

ユーノが幾分安堵した表情に変わっているのを見て、これ以上暗い話にはならないと判断したユーノだが、次の瞬間フェイトが紡いだ言葉は、




「今日、一緒に寝ていい?」




ユーノの余裕を一気に打ち砕いた。

「──はいッ!?」

ユーノはとてつもない衝撃を受ける。

「ユーノ?」

彼の反応を不思議に思ったフェイトが話しかける。
ユーノは呼びかけられて正気に戻ると、大慌てで、

「だ、駄目駄目! 絶対に──!」

「……だめ?」

猛烈に拒絶するユーノに、上目遣いで訊くフェイト。

「だ、だだ、駄目、というか……」

──こっちの理性が問題であって。

前にキャロがいたときには一緒に寝たこともあったが、あの時とは状況も何もかもが違う。

「だってユーノ、言ったよ? 『朝起きたら、僕達がいる』って。エリオとキャロは寝ちゃったから無理だけど、ユーノはできるよね?」

「そ、それはできるけど。で、でも……え〜と……」

いろいろと頭で考えるが、どれもが上手くフェイトを説得できるものではない。
さらにフェイトを悲しませたくないため「そういう意味じゃない」とも言えず、適当な言葉が見つからないのが現状だ。

「今日だけはユーノにいてほしいの」

そしてトドメとなる言葉がフェイトから紡がれる。
ユーノは「あ〜」とか「う〜」など言葉にならない唸り声をあげるが、最終的には観念したのか、

「……わかったよ。今日だけだからね」

ぐったりとうな垂れながら、了承した。

──が、頑張れ、僕。

これだけ疲れていれば、案外ぐっすり眠れるだろうと。
それだけに、賭けよう。


































お・ま・け1







「ユーノさ……」

ユーノの部屋で談笑していると、不意にフェイトが話題を変えた。

「なに?」

「キャロのおでこにキスしたんだってね」

少し冷たい声音でフェイトが喋る。

「し、したけど……」

よく分からない迫力をもってフェイトが話す。
……なぜだろうか。
特に悪いことはしていないのに、ユーノはどうしてか悪いことをしたような気分になってくる。

「私だってしてもらったことないんだけどな」

「あれはおまじないとしてやっただけであって……」

「私、してもらったことない」

「……ごめんなさい」

素直にユーノが謝る。

──勝てない。

こうなったフェイトにユーノは勝てた試しがない。

「いいなあ、キャロ」

「………………」

「いいなあ」

もう一度、フェイトが呟く。

「………………もしかして、してほしいの?」

こくこく、とフェイトが頷いた。
表情は先ほどと変わって輝いて見える。

「まったく……」

ユーノは苦笑すると、少しだけ体を前に乗り出してフェイトの前髪をあげる。
そしてそこに、キャロのときと同じように軽く口付ける。

「これで満足ですか、お姫様?」

「うんっ!」


















お・ま・け2








次の日、朝食を食べるためにはやては食堂に向かっていた。
途中でヴァイスと出会い、くだらない与太話をしていると、

「あれ? フェイトちゃん?」

予想外の部屋からフェイトが出てきた。
次いで、ユーノが部屋から出てくる。

「先生も一緒……って、ああ、先生の部屋だから当然…………か!?」

瞬間、はやてとヴァイスはお互いに視線をあわせた。
そしてにたり、と笑う。

「なんか面白いネタになりそうっすね、八神隊長」

「そうやな。フェイトちゃんをからかうネタが増えたわ」

クツクツと、人の悪い笑い声を上げる二人。
どうやら、一番見られてはいけない二人に見られたようです。


































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