世界の命運を賭けた場所にいる自分は、本当に浮いていると思う。
『世界の破壊』に対して、自分が相対する力を持っているとも思ってない。
かといって、管理局員のように「世界を守ってみせる」とも言えない。
ただ、「守ってほしい」と願う一人だと。
それだけのために、少しだけしか協力できないちっぽけな一人だと。
思っていた。
大人に近づいた分、出来ないこともあるんだと知ったから。
そんな大きなものを救おうとか、守ろうとか、昔はともかく今は考えたこともない。
世界を“変える”ことよりも、救ったり守ったりすることは何倍も難しい。
だから僕に出来るはずがない、と。
“今の僕”は、そう思っていた。
──でも。
どうしてだろうね。
キャロが頑張ってる。
エリオが意地張ってる。
フェイトが戦って闘ってる。
僕の大切な家族がみんな、必死に世界を壊させたくないと思ってる。
キャロは敵と友達になりたいから、世界を壊させたくない。
エリオは納得がいかないから、世界を壊すのも納得しない。
フェイトは因縁とけりをつけるために、世界を壊させない。
三人とも、個々の理由であろうとも『世界』を守ろうと必死になってる。
──僕は……。
世界を破壊しようとしている力の対して、僕は「世界を守る」なんてこと言えない。
それほどの力を持っていないのに、「守る」と言ってはいけないんだって思ってる。
そう、思ってはいるけれど。
──それでも、力がある人達と同じように『世界』という言葉を使って「守る」と言うのならば。
僕は。
僕の持ってるちっぽけな世界を守りたい。
友人をからかって。
悪友に文句を言って。
親友と笑いあって。
大切な子供たちを褒めて、時には叱って。
大切な人が傍にいる。
そんな僕の本当に小さな世界を守りたい。
──だから戦うんだ。
これぐらい小さなものなら、守れると思いたいから。
キャロとエリオの父親である僕が。
フェイトの恋人である僕が。
スカリエッティの敵である僕が。
そして“ユーノ・スクライア”である僕が、この『ちっぽけな世界』を誰よりも守りたいと思っているから。
「My family」外伝
『original strikers』
最終話
「帰る場所」
紅い糸が縦横無尽にユーノを取り囲む。
抜け道は存在せず、普通に考えれば相手の勝利が確実視される瞬間。
その時、ユーノはシューターを操った。
スカリエッティの眼前でシューターが弾ける。
眼が眩むほどに輝きを放ったこの一瞬、ユーノは胸元のスフェーンに触れた。
普通に考えれば、ただの悪あがきに見えるだろう。
こんなことをしたところで、大差は無い。
なぜなら、スカリエッティは彼の眼前に広がっている糸を使って拘束するだけだ。
ユーノには他に魔法を使わせる隙も、魔法を編ませる時間すらも与えない。
しかし、そこが狙い目。
魔法を編む時間なんて必要ない。
──だって、最初からここに“在る”んだ。
たった一つの切っ掛けで発動する。
──フェイトのペリドットにしたのと同じように、このスフェーンにも。
細工をした。
そしてその細工を使うべきは、この一時以外存在しない。
──そう、使うのは今しかない。
右手でスフェーンに触れる。
瞬間、翡翠の光に囲まれてユーノの姿が消えてなくなった。
◇ ◇
感触が無いことに驚いた瞬間だった。
トン、と。
後方から足音が聞こえた。
一瞬、何がどうなっているのかが理解できなかった。
「…………これは……」
しかし、聞こえてきた声が強制的に理解を強いてきた。
「──────────」
“最初の敵”の声が、耳朶に響く。
反射的に首が彼の声と音が聞こえるほうへと向いた。
「──ッ!?」
次の瞬間、スカリエッティの視界に映ったのは、翡翠色の砲撃だった。
◇ ◇
足音を響かせて着地した場所はスカリエッティの左後方。
ユーノは最高速で魔法を構築し、左手を前にかざす。
──ここからが勝負だ。
おそらくは最後の好機。
ここで決めなければ、あとは長引くだけで決着がつかない。
──確実に勝たなきゃいけない。
だから。
この一回に。
この一瞬に。
この一度に。
──全てを懸けよう。
「ディバイン・バスター」
展開された魔方陣から翡翠色の砲撃が繰り出される。
──ただ、ね。
この砲撃に威力はほとんどない。
名ばかりの虚弱な砲撃。
誰一人として倒せない、見掛け倒しの一撃。
ユーノ・スクライアでは、これが限界。
けれど。
──避けるはずだ。
今のスカリエッティならそれしか手段がない。
左後方からの砲撃だからこそ右手は届かず、防ぐには避ける以外に方法はない。
さらにスカリエッティはユーノ・スクライアを人生最初の敵と認めている。
ユーノとの勝負をまだ楽しみたいという欲求。
そして、そのためには殺傷設定の攻撃を受けてはいけないという本能。
その全てが合わされば、いかにジェイル・スカリエッティといえども、
避ける。
不恰好になりながらもスカリエッティは砲撃をかわす。
ユーノは瞬間、砲撃をキャンセルして右手から新しい魔法を編む。
「チェーンバインド」
右手から生み出された鎖がスカリエッティを縛り上げる。
が、まだ終わらない。
スカリエッティが右手を動かす間を与えずに、
「リングバインドッ!」
翠環が鎖の上から動きを完全に封じ、
「ストラグルバインドッ!!」
左手から導かれる最後のバインドで完全に拘束する。
ユーノはそこで、一つ息を吐いた。
「…………ふぅ」
そして淡々と告げる。
「これで、貴方は動けません」
「そうだね。だが、こんな拘束など二十秒もあれば──」
スカリエッティは右手を拘束されながらも微かに動かしていく。
と、そこでユーノが不意に、
「そういえば、さっきの言葉を訂正しようと思います」
「なに?」
「“僕”が、ではなく“僕達”が終わらせます」
瞬間、一つの閃光がスカリエッティへと向かう。
「ほんの少し、貴方の動きを止められればよかったんですよ。彼女が来ると信じていたんですから」
翠金の閃光は巨大な刀剣を振りかぶり、スカリエッティの眼前へ。
ユーノが最後に笑顔を向ける。
「僕達の勝ち、ですね」
◇ ◇
「装甲が薄い。当たれば落ちる!」
翠金の迸りがフェイトを包み込み、トーレとセッテが構える。
「………………」
「………………」
「………………」
無言で向かい合う。
フェイトが一度、息を吸い……吐く。
刹那──フェイトの姿が霞んだ。
「……え?」
セッテが気付いた瞬間、フェイトはすでに彼女の前に移動している。
「はぁっ!」
左右の刀剣を振りぬき、セッテのブレードを破壊する。
そして一歩前へ右足を踏み込み、鳩尾へ肘を入れる。
「──ッ!」
セッテは壁まで吹き飛び、激突すると地面へ崩れ落ちた。
──次っ!
フェイトはトーレに狙いを定め、一直線に飛び込んでいく。
トーレは迫ってくるフェイトを迎え撃つために、右手を引き、
「うおおおおっ!」
掛け声と共に、フェイトへ打ち込む。
二本の刀剣とインパルスブレードがせめぎ合う。
が、フェイトがすぐに引いて距離を取った。
「ライドインパルス!」
高速で移動可能のフェイトを追うために、トーレは能力を使って高速戦闘を挑む。
トーレはフェイトと大差のないスピードで動き、すれ違いざまに幾度となく斬りあう。
傍から見れば互角のせめぎ合い。
……しかし、だ。
だんだんとフェイトが押していく。
斬りあう度に、すれ違う度に少しずつフェイトの速度が増していく。
AMF状況下でありながら、速度も攻撃力も全く衰えを知らない──むしろ速度も攻撃力も増していく“翠金の閃光”。
それを可能にしているのは、胸元に燦然と輝くペリドット。
魔力を与え、フェイトに全力行動を可能にさせている。
──勝つんだ。
ここまでしてもらって、負けるわけにはいかない。
勝つ以外に、彼にこの想いを返す方法はない。
「…………!」
フェイトは飛び込んでくるトーレの右の拳──そのブレードを左の刀剣で受け止める。
が、コンマ数秒受け止めると、ブレードをなめす様に受け流しトーレの側部に入り込み、左の刀剣を支点にして体を回転させる。
そして右の刀剣をトーレの背中に叩きいれる。
「──っ!!」
トーレもセッテと同じように壁まで吹き飛び……崩れ落ちる。
──よし。
フェイトはトーレが気絶したのを確認すると、二つのライオットを重ね合わせて一つの巨大な刀剣とする。
向かうべきは一つ。
──スカリエッティ。
スカリエッティがいる場所をフェイトは見る。
すると、ユーノが翡翠の砲撃を放ち、バインドを扱いスカリエッティを捉えている瞬間だった。
「なら……」
自分がやるべきことは。
「決まってるよね」
行こう。
フェイトは足音を立てて飛び立つ。
ペリドットから受け取った自分の魔力で加速し、
『ほんの少し、貴方の動きを止められればよかったんですよ』
ペリドットから受け取ったユーノの魔力で刀剣を振りかぶり、
『彼女が来ると信じていたんですから』
ペリドットから受け取った二人の魔力で全てを終わらせる。
ユーノの笑みと共に、
フェイトは因縁と元凶を切り裂く。
「僕達の勝ち、ですね」
瞬間、フェイトが斬戟を袈裟切りに放つ。
翠金の大剣はユーノのバインドも右手のグローブも全て切り裂き、スカリエッティを吹き飛ばす。
スカリエッティは壁に衝突し、砕け、粉塵があがる。
フェイトがユーノを見ると、眼が合った。
「……うん」
一つ、頷く。
「最後にやらないといけないことがあるからね」
本当は彼の怪我のことをフェイトは心配したかったが、彼の瞳が何を訴えているのか分かっているからこそ、フェイトは頷いた。
段々と晴れ上がってくる煙からスカリエッティの姿が浮かび上がる。
フェイトは一歩、二歩と歩いていき、
「広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ」
気絶しているスカリエッティに告げる。
「貴方を……逮捕します」
バインドでスカリエッティ、そしてトーレとセッテを縛り上げる。
「ユーノ。これからスカリエッティを引き渡そうと思ってるんだけど……この揺れって大丈夫なの?」
「全く大丈夫じゃないよ。あと15分ぐらいで崩れるみたい」
「……もしかして、スカリエッティを気絶させたの間違いだった?」
「いや、どうせこの人は何もしないよ。だったら寝かせておいたほうが静かでいい」
そのほうが落ち着いて色々とできる。
「わかった。じゃあ、早く止めないとね。ここが壊れたら、生きてるかもしれないポッドの中の人達を助けられない」
「ん、そうだね」
ユーノが頷く。
と、その瞬間、通信画面が二人の前に開いた。
『先生。今から助けに行きますよ』
ヴェロッサの姿が通信画面に映し出される。
「いえ、大丈夫です。これから崩壊を止めますから安心してください」
ユーノは言って、隣を見る。
「フェイト」
「うん。シャーリー!」
フェイトはユーノの意図を読み取って、ある女性の名前を呼ぶ。
『はい、フェイトさん』
別の通信画面が開き、女性が返事をした。
「分かってるよね?」
『はい!』
シャリオが勢いよく返事をする。
フェイトの隣では、ユーノが袖まくりをした。
「僕も手伝うよ」
滴り落ちる血など気にせず、ユーノは目の前にコンソールを開く。
「……ありがとう」
「気にしないで」
時間があれば傷を治しただろうけど。
AMFがなければすぐにでも魔法を使って治しただろうけど。
今はどっちも無理だから。
そして、ユーノが手伝ってくれるなら確実に崩壊を食い止められることが分かるから。
ユーノに何を言ったって、フェイトが「無理しないで」と言ったところで、手伝うことをやめないのも分かるから。
フェイトは何も言わない。
……何も言えない。
ただ、ありがとう、と。
それだけしか。
「それじゃあ、ハッキングを始めましょう」
ユーノが告げた瞬間、3人の指が同時に動き始めた。
「………………」
「………………」
『………………』
シャリオの指が高速でコンソールを叩き、次いでユーノ、フェイトがバックアップをする。
『データ解析…………』
3人はいくつも連なっている壁を取り払いながら、本命の管理者パスワードを確実に目指していく。
「………………」
「………………」
『………………っ! パスコード看破!』
見つけたものを、シャリオはフェイトに渡す。
「フェイトさん!」
「うんっ!」
渡されたパスワードを使って拠点の破棄命令を撤回する。
フェイトが命令撤回をした瞬間から、振動が段々と小さくなっていく。
「…………止まっ……た?」
「止まったみたいだね」
二人はほっ、と息を吐く。
『私は続いて、皆さんのバックアップに回りますね』
「お疲れ様、シャーリー」
最後に笑顔を見せて、シャーリーの姿が消える。
「それじゃあ、スカリエッティ達を連れて行こう」
「うん」
「とはいっても、連れまわすのも面倒だからヴェロッサさんのところへ送ろうか」
ユーノはヴェロッサの映っている通信画面に目を向ける。
「ヴェロッサさん」
『無事に崩落を止めたようですね』
「ええ。予想外に早く終わりましたから、崩落の危険性もあまりないと思います」
『分かりました。それで、何か御用ですか?』
「これからスカリエッティと戦闘機人2名をそちらに送ります。準備をお願いしますね」
『分かりました』
ユーノとヴェロッサが話し終える。
すると、2人のやり取りを聞いていたフェイトが訊いてきた。
「転移魔法、使えるの?」
「近距離ならね。あまりにも遠すぎるとAMFの影響を多大に受けるけど、これぐらいの距離だったら魔力消費以外の問題はないよ」
ユーノとフェイトはスカリエッティとトーレ、セッテに近づいていく。
その時、1人の意識が戻っていることに気が付いた。
「やあ、無事に崩落も止めたようだね」
「おかげさまで」
意味ありげにユーノが感謝を述べる。
「……そうか。気付いたんだね」
「当たり前です。仮にも天才であるジェイル・スカリエッティの拠点崩壊の命令を取り消すんですよ。なのに、パスコードを突破するまで僅か三十秒足らず。普通ならあれほど防御が薄いわけがないでしょう? 管理者がいないとしても、です」
「祭りだから……という理由で理解したかい?」
楽しむためには、片方が優勢ではいけない。
互いが優勢と劣勢を繰り返すからこそ、面白い。
「……貴方だからこそ、その理由で納得できますよ」
趣味と遊びと実益を兼ねた、一つのエンターテイメントだったというわけだ。
彼にとっては。
「これから地上に送ります。暴れないで下さいよ?」
「もちろんだとも。初めて『敵』と戦って敗れたんだ。私に残っているのは悔いでも不満でもなく、惨めな敗北感だけだよ。ただ、それすらも心地良いがね」
「……理由はともかく、それなら安心ですよ」
ユーノがスカリエッティと話しているうちに、フェイトがトーレとセッテをスカリエッティの近くに連れてきた。
「それはそうと、大丈夫なのかい? 君達はここで足止めだ。ゆりかごも私の夢もこのままでは終わらないよ」
「終わりますよ。……というか今しがた入ってきた情報によると、ゆりかごも貴方の夢も僕達の親友が終わらせたみたいです。残念でしたね」
完膚なきまでに破壊した、という情報が通信画面に映っている。
「そうか。それは実に残念だ」
何も残念そうではない表情でスカリエッティが言う。
「じゃあ、ヴェロッサさん。そちらに送ります」
『了解ですよ、先生』
ヴェロッサが頷いたのを見ると、ユーノの足元に魔方陣が展開される。
「座標を設定して、と……うん、準備はできた。それではあらためて──」
先ほど使った言葉を、もう一度使う。
「さようなら、ジェイル・スカリエッティ。もう会えないことを祈ってますよ」
「さようなら、ユーノ・スクライアにフェイト・テスタロッサ。もう一度、相見えることを願っているよ」
スカリエッティのあざ笑うかのような言動。
ユーノは嘆息、フェイトは睨みつけると同時に同じ言葉を放った。
「二度とごめんです」
「二度とごめんだ」
声を揃えて言った瞬間、スカリエッティとトーレ、セッテの姿が消えた。
同時に通信画面上に三人の姿が現れる。
『三人の身柄、受け取りました。後はお二人も脱出してください。戦闘はどこもほぼ終わっていますし、ポッドの中の人たちは我々が責任をもって救出しますよ』
「分かりました。お願いしますね」
ユーノとヴェロッサがお互い、笑みを浮かべて通信画面を閉じた。
「さて、と。僕達も戻ろうと思うんだけど、その前に……」
ユーノはフェイトの大剣を指差す。
「それ、どうしたの?」
ちょいちょい、とユーノが示した先には、翠金に輝いている刀剣が存在している。
「私にも分からないよ。ペリドットからシールドが現れたと思ったら、ユーノと私の魔力がこれから伝わってくるし……」
フェイトは胸元にあるペリドットを手に取る。
「やっぱり使うことになっちゃったんだ、それ」
「これって一体どうなってるの?」
フェイトはユーノに説明を求める。
「これは前に特別講師した時に言ったと思うけど、宝石には魔力が宿りやすいことは知ってるよね?」
「うん」
「想いが込められてる宝石って言うのは、高い確率でたくさんの魔力が込められる。もともと、フェイトが身に着けてることでペリドットには魔力が付与されていたし、この前なのはからネックレスを受け取ったとき、僕の魔力と防御魔法も宝石に込めておいたんだよ。この“ペリドット”だからこそ、出来ると思ったんだ」
ユーノとフェイトを繋げる絆だからこそ、できると思った。
「とはいっても、これはデバイスじゃないしね。あまり複雑な命令は出来ないから、簡易的なことでしか発動できないけど」
「どういう命令をしたの?」
「致命傷を受けるときに発動するようにしたんだ」
同時に、防御魔法の発動が切っ掛けで魔力もフェイトに流れるようにした。
「じゃあ、この色は?」
「さあ? どうしてそうなってるのかは、僕も分かんないよ。魔力を与えるだけだと思ってたんだけど、まさか色が付随するなんてね」
不思議なこともあるものだ、とユーノは思う。
「私はユーノの力も一緒にあるみたいで素敵だなって思うし、嬉しかった」
「僕もだよ。理論は分からなくてもさ、すごく嬉しい」
互いに笑みを浮かべる。
と、そこでユーノはフェイトの姿を見て……今更気付いたのか、顔を赤らめた。
「ユーノ?」
「あ、あのさ、フェイト」
「なに?」
「そ、その格好……どうにかならない?」
赤くなった顔を逸らしながら、ユーノはフェイトに言う。
「この格好がどうしたの?」
きょとんとしているフェイト。
──ああ、もう。フェイトはこの手の羞恥心が薄いんだから!
「だ、だからちょっと刺激が強いというか、えっと、その……」
しどろもどろになるユーノに、やっとフェイトが合点がいったのか、ポンと両の手を叩いた。
「もしかして、照れてる?」
「そうだよ! 照れてるし、他の誰かにそのフェイトの姿も見せたくないんだよ!」
ユーノが怒鳴る。
でも、顔が真っ赤のままではまるで怒ったようには見えない。
フェイトは不謹慎だとは思うが、すごく嬉しくなった。
「嫉妬?」
「当たり前じゃないかっ!」
だれが好き好んで恋人の、その……ちょっと過激な姿を見せたいと思うものか。
「できれば、二度とその姿になってほしくないんだけどねっ!」
他の男が見ると思ったら、例えヴァイスだろうとクロノだろうとぶっ飛ばす自信がある。
「女性だけだったらいい?」
「それなら、まあ……」
大丈夫……だろう。
「なら、それ以外じゃ真・ソニックは使わないね」
言うと、フェイトは通常のフォームに戻る。
「これで安心した?」
「……うん。かなり安心した」
ユーノはほっ、と息を吐くと、
「それじゃ、帰ろうか。僕達が一番最後みたいだし、僕は怪我を治さないといけないしね」
ユーノが言うと、フェイトが慌てた。
「そ、そうだよ! 早くユーノの怪我を治さないと!」
急にオロオロして、ユーノの目じりの傷の深さなどを確認し始める。
「慌てないでよ、フェイト」
「そ、そうだね」
苦笑したユーノの足元から再度、魔方陣が展開される。
「帰ろうか」
「うん」
次の瞬間、ユーノとフェイトの姿がアジトから消え去った。
◇ ◇
ユーノは樹に寄りかかって座ると、回復の結界魔法を展開する。
5分もすれば左肩と左脇腹、目じりの傷が一応は止血されてきた。
「大丈夫?」
フェイトがしゃがみ込んで怪我の具合を心配してくる。
「出血は止まったから、これ以上は悪化しないと思うよ」
バリアジャケットの袖から滴り落ちていた血は、完全に止まっている。
「お願いだから無茶しないで。あの状況じゃなかったらビックリしすぎて心臓が止まってたよ、きっと」
「これでもだいぶマシなんじゃないかな。一歩間違ったら、生死の境をさ迷ってただろうし」
「……どんな勝負してたの?」
ジト目でフェイトが訊いてくる。
「お互いに殺傷設定で戦っただけだよ」
「殺傷設定って……」
驚きと……少しの非難が入り混じった表情をフェイトは浮かべる。
「もちろん、僕の攻撃力だと殺せないだろうとは思っていたし、“もしも”の場合の覚悟はあったよ」
本当に最悪の場合の状況だって、覚悟はしていた。
「けど、僕と彼は互いに認め合った敵同士だったから。対等の立場でやらないと勝ち目は無かったんだ。口で闘うにしろ、拳をぶつけ合って戦うにしろ、スカリエッティに有利な条件を一つとしてやることは出来なかった」
一欠けらでさえも、譲れはしなかった。
「……それは……分かるけど、でも……」
「それに、だからこそ光明を導き出せたんだ。スカリエッティを無防備な状態にするための算段がね」
命のやり取りをしていたからこそ、あそこまでバインドで雁字搦めにできた。
「……納得できない」
「それでいいよ。僕だって、こんなのは一生に一度で十分だ」
ユーノの本業は考古学士であり、司書長だ。
戦うことはユーノの本業ではない。
「今回だけだよ」
気の抜けた笑顔をユーノが浮かべる。
もう、あれほどの命のやり取りなんて勘弁被りたかった。
あんなギリギリのやり取りをしたなんて、思い返すだけでぞっとする。
「……絶対だからね」
フェイトは念を押すように言うと、ユーノとの距離を縮めていき、
「…………ん……」
彼の胸元に額を押し付けた。
「フェイト?」
ユーノが名前を呼ぶと、フェイトはぎゅっとジャケットを握り締める。
そして、ぽつりと。
「……ばか」
小さな声で、本音が零れた。
「……ばか」
「……ごめん」
こんなに危ない橋を渡ってるとは思わなかった。
これほどギリギリの勝負をしてるなんて知らなかった。
さっき照れていた彼が、生死のやり取りの末にいるなんて誰が思えるのだろうか。
死ななくて、本当によかった。
今、ここにいてくれて本当によかった。
「……ばか」
「……ごめん」
それ以外の言葉がかけらない。
それ以上の言葉を返せない。
「……ばか」
「……ごめん」
フェイトは寄り添ったまま、彼の暖かさを感じる。
ユーノも寄り添ったまま、彼女の温もりを感じた。
「……大好き」
「……僕もだよ」
◇ ◇
そのまま寄り添っていると、上空に飛竜がやって来た。
ユーノは空を見上げる。
よく知った白銀の飛竜がそこにいた。
「フェイト、あの子達が戻ってきたよ」
彼女の肩を叩く。
顔を上げると、最愛の子供達が降り立ってくるのが分かった。
「無事に戻ってくれてよかった」
「本当にね」
ユーノとフェイトは迎えるために立ち上がる。
「おとーさん! おかーさん!」
「父さん! 母さん!」
二つの影がフリードから二人に駆け寄ろうとする。
「エリオ! キャロ! 怪我はなかった?」
だが、フェイトが声を掛けた瞬間、二人がピタリと止まった。
笑顔のまま硬直している。
「どうしたんだろう?」
「さあ?」
不思議がっているユーノとフェイトをよそに、硬直から復活したエリオとキャロはひそひそと話し合っている。
「……ん?」
その時、エリオの右腕が不自然に動いていないことにフェイトは目ざとく気付いた。
「あれ? もしかしてエリオ、怪我してる?」
フェイトが訊いた瞬間、エリオがぎくりとした。
「いえ、べ、別に──!」
少し遠い場所でエリオが否定しようとする。
しかし、ユーノがそれを許さない。
「エリオ。ちょっと万歳してみて」
「い、いや、それはちょっと……」
ユーノに言われたことを実行できないエリオ。
「ふ〜ん、手を上げるのを躊躇うほどの怪我なのか」
即座にエリオの怪我の具合を把握するユーノ。
笑みを浮かべてはいるが、いつものような暖かさが微塵も感じない。
隣のフェイトも同様だ。
「さっきは緊迫した状況だったから気付かなかったけど、どうして怪我をしているのかな、二人とも? キャロはほっぺた切ってるし、エリオなんてもしかして……骨折してるのかな?」
巧妙に隠そうとしているが、右腕が上手く動いていないのは確実だ。
「二人とも父さんの言ったこと、覚えてるよね?」
怪我をするな、と言ったはずだ。
「キャロちゃん、エリオ君?」
昔の呼び方でユーノが尋ねる。
──こ、怖い。
普段と違う呼び方をされていることが、余計に恐怖を煽り立てる。
「これは……どう言ったらいいのか……」
「……私はその…………」
二人はあれこれと言い訳を考えるが、ユーノは二人に近づいていくと、二人の耳を片方ずつ引っ張りあげる。
「い、いた、痛い! 痛いですって父さん!」
「おと、おとーさん痛いですよ!」
「痛くしてるんだから当たり前だよ」
そのまま、ずるずると引きずりながら、二人の耳を引っ張り続ける。
「まったく、怪我するなって言ったのに」
「う、腕が痛いだけですよ!」
「私はほっぺたをちょっと切っただけですよ!?」
「どっちもアウト」
「で、でも父さんだって怪我してるじゃないですか! っていうか僕以上に重傷だと思いますよ、それ!」
すでに血は止まってはいるものの、ユーノの目じりに傷口は生々しく存在しているし、左腕のジャケットは血に染まっている。
「それはそれ、これはこれ」
「そんなっ! 横暴ですよ〜!」
「横暴でも何でも関係ないよ」
怪我をしたエリオとキャロがいけない。
「フェイト。後でアースラに戻ったらキャロとエリオを説教するよ」
「了解。さすがに私もエリオ達──特にエリオがこんな怪我してたら、許せないし」
「……ぁぅ……」
「……ぅぅ……」
エリオとキャロがうな垂れる。
これから両親に説教されると思うと、気が重くなる。
「でも、まあ、その前に──」
ユーノは二人の耳から手を離すと、頭に手を置いた。
「お帰り、二人とも。よく頑張ったね」
二人の頭を優しく撫でる。
すると沈んでいた二人の表情が嬉しそうに変わっていき、最高の笑みを浮かべた。
──よかった。三人とも帰ってきてくれて。
ユーノは二人の頭を存分に撫でると、最後はフェイトに向けて──
「お帰り、フェイト」
優しく微笑んだ。
フェイトも、ユーノと一緒に微笑む。
「ただいま、ユーノ」
ユーノはフェイトを抱きしめる。
痛む箇所など全部無視して、力いっぱいフェイトを抱きしめる。
そして、ようやく実感した。
──やっと。
終わった。
全部、終わったんだと。
彼女のぬくもりを全身に感じることで、ようやく実感した。
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