「……フェイト・テスタロッサのためだけに存在するストライカー、か」

彼女が唯一と定めたオリジナルストライカー。
それがユーノ・スクライア。

「故に彼は今、ここに存在する」

フェイト・テスタロッサが追い込まれていた状況を打破するために。

「……は……」

なんと。

「…………はは……」

なんと素晴らしい存在なのだろうか。
思わず声が漏れる。

「…………ふはは……!」

どれだけ捜し求めていてもいなかった存在が、ここに──自分の目の前にいる。
そして立ちはだかっている。

「ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」

どれほど待ち望んでいただろうか。

──幾時間、幾星霜、待ち焦がれていた。

幾数、幾十、幾百、幾千、幾万、数多の人々が不可能だったこと。

──もう現れないと思っていた。

なのに、最後の最後。
世界を破壊しようとしたこの瞬間に現れた。

「まさか……まさか君だとはね!」

「何がです?」

「私もなんだよ」

スカリエッティは先ほど、フェイトの時と同じように語り始める。

「私も今まで、誰一人として“敵”が存在しなかったんだ」

ただの一人として、いなかった。

「理由なんて分かりやすいものだ。誰もが私の敵に為りえなかったからだよ。高町なのはも、八神はやても、そこにいるフェイト・テスタロッサも他の全ての人々さえ、私の敵にはならなかった」

誰も敵として認めてこなかった。

「このまま一生、現れることはないと思っていたんだよ」

どれだけのことをしても、だ。
スカリエッティは大袈裟に手のひらを額に押し当てる。

「……馬鹿なことを思っていたものだね」

狂おしいほどに笑う。






「いたじゃないか。こんなところに“私の敵”が」






何という幸いだ。

「君はまるでゲームのように、喜劇のように、物語のように現れた」

何かに導かれるかのように登場した。

「ああ……祭りのクライマックスに敵が──最大の障害が存在する。何と素晴らしいことだろう」

これこそが求めていたこと。
障害がなければ達成感は存在しない。
そしてこれは祭りだ。
だから相手に優位性も与えていたし、時として手の内を晒すほどの情報も与えた。
なのに自分の敵は、その思惑の外側からやってきた。

「…………貴方の敵って言われても……」

ユーノが困ったような表情を浮かべる。

「正直、勘弁してもらいたいのですが」

「無駄だよ。私がもう定めてしまったのだから。君が私にとって一番最初の敵だとね」

心が認めてしまった。

「君はどうだい、ユーノ・スクライア?」

誰も敵としなかった彼はどうだろうか。

「私を敵だと……君にとって一番最初の敵だと認められるかい?」

それが出来ないとなると、結末は一つになってしまう。

「でなければ、君はただ……死ぬことになるよ」

スカリエッティが戦うべき相手はユーノ。
ようやく見つけた、一番最初の敵。
逃しはしない。

「…………はぁ」

ユーノは一度、溜息をつく。
やっかいな展開になったものだとやっかみながらも、

「…………いいでしょう」

否定はしない。

「認めます。貴方と同じように、僕にとって一番最初の敵がジェイル・スカリエッティ──」

ユーノはスカリエッティを見据える。

「──貴方です」
































「My family」外伝


『original strikers』







第七話

「 Fate 」
































フェイトはユーノとスカリエッティのやり取りが終わると、通信画面に目を向けた。

「エリオ、キャロ。私達の話、聞いてた?」

『はい、聞いてました』

フリードに乗っているエリオとキャロが返事をする。

「私とユーノはこれからスカリエッティを逮捕する。二人に気を回す余裕はないと思うけど、大丈夫?」

『大丈夫です』

『心配しないでいいですよ』

キャロの言っていることに、ユーノとフェイトは互いに苦笑いする。

「心配しないでって……無理だよ、そんなの。僕とフェイトが君達を心配しないわけがない」

「そうだよ。そんな無茶は言わないの」

できないことを言われても、どうしようもない。

『えっと、じゃあ……たくさん心配してください!』

「それもどうかと思うけど……まあ、そっちのほうがいいかな」

キャロの言ったことに、もう一度苦笑する。

「二人はもう、やりたいことできた?」

『僕はできました』

『私は……もうちょっとです』

「じゃあ、これからどうしたい?」

『召喚獣を止めます。ルーテシアさんが今、苦しんでる。だから私は苦しんでる理由を取り除いてあげたいです』

「なら、それを頑張ろうね」

『はい』

キャロとエリオが素直に頷く。

『父さんと母さんも、絶対に無理しないでください』

『約束ですよ?』

エリオとキャロが心配そうに言う。

「私達は心配しないでいいよ。お母さんには『お母さんのストライカー』が……ユーノがいるから安心して」

自信満々なフェイトの言い草にユーノは口を寄せると、

「……なんかそのフレーズ、すごく恥ずかしいんだけど」

「本当のことなんだからしょうがないよ」

フェイトは笑顔で断言する。
ユーノはフェイトの言い方で、もう訂正はできないと諦めた。

「……まあ、いいか」

続いてユーノはキャロとエリオに声を掛ける。

「それじゃあ、二人とも。気を──」

「あの、おとーさん!」

と、その時キャロに遮られた。

「どうしたの?」

「…………えっと、その……」

キャロは思ったことを伝えるかどうか少し逡巡した様子だったが、思い切ってユーノに伝える。

「わ、わたし! キャロ・スクライアになりました!」

さっき、ルーテシアに向かった宣言した。

「せっかくおとーさんと同じファミリーネームになったのに、会えなくなるのは嫌です! 絶対に帰ってきてください!」

「……りょーかいだよ」

ユーノは驚いた表情を見せたが……すぐに頷いた。
大切な娘にそう言われたら、どうあっても帰るしかないじゃないか。

「……母さん。あの……」

次にエリオはフェイトに声を掛ける。
先ほどのキャロの宣言。
両親と同じ姓になるということ。
そして今のキャロのお願い。
……正直、羨ましかった。

「…………ぼく……」

でも、それをどう言っていいか分からない。
でも、それをどう伝えればいいか分からない。

「………………」

でも、

「エリオ! この事件が終わったら、エリオに訊きたいことがあるんだ。だから私、頑張るね」

伝わっている。
母親には、しっかりと。
エリオはそれが嬉しくて、元気よく声を出した。

「はい! 絶対に帰ってきてください!」

「もちろんだよ」

エリオに頷くと、今度はユーノに、

「ユーノだけに良い思いはさせないよ。私だってエリオとキャロが同じファミリーネームになってくれたら、とっても嬉しいんだ」

ずるい、と言わんばかりのフェイト。
ユーノは軽く右の頬をかいた。

「まあ、そこはエリオと話し合いじゃないのかな。僕はキャロと話し合った結果、こうなったんだから」

「抜け駆け反対」

「父親として正当な権利だよ」

そう、ユーノが答えたときだった。








パチ


パチ


パチ、と。








手を叩く音がユーノとフェイトの耳に届いた。

「家族の会話は終わったかい?」

「ええ、おかげさまで。さっさと貴方を倒してあの子達に会いたいとより一層、強く思うようになりましたから」

「なら、待った甲斐があったというものだ」

初めて敵と認めた男には、本気で戦ってもらわねば意味がない。

「そろそろ第一ラウンドを始めようじゃないか、ユーノ・スクライア」

「そうですね」

ユーノが頷く。

「トーレ、セッテ。君達が私と彼の戦いに参加できるのは、そこのフェイト・テスタロッサを倒した場合だけだ。それ以外での参入を認めはしない。分かったね?」

この楽しみを誰にも奪わせやしない。
スカリエッティの言い分に、トーレとセッテは一も二もなく頷く。
















「フェイト」

ユーノはフェイトの名前を呼んだ。

「なに?」

「初めて君に伝えるよ」

ユーノは眼鏡を外して、左胸のポケットにしまいこむ。

「僕がフェイトの傍にいる」

「……うん」






「僕が……君を護るから」






そしてユーノは翡翠色の光に包まれると、スーツ姿から……バリアジャケットに姿を変える。

「僕の持っている全てを賭して、フェイトを護る」

「……ユーノ」

少しばかり驚いた表情をフェイトが浮かべる。
からかうような笑みでユーノが、

──だって、そうだろ?

「フェイトのストライカーだからね、僕は」

「うんっ!」























フェイトとトーレ、セッテが戦う場所を移す。
ユーノとスカリエッティが二人、相対した。

「まさかとは思いますが、僕が非殺傷設定で挑むと思ってるわけではありませんよね?」

「当然だとも、初めての敵。非殺傷設定で挑んでくるとあらば、それは私に対する冒涜だよ。傷つけなくとも勝てるという過信と虚栄。馬鹿にしすぎているね」

あまりにも甞めている。

「思えば、時空管理局は本当におかしい人種ばかりだ。自分達は命がけで挑んでくるのに、私達の命は奪おうとすらしない。全くもってふざけているのか、喧嘩を売っているのか、ただの自殺願望者なのか。私にすら判断しかねるね」

「敵の命を奪わないとする精神、僕は好きですよ」

「そこが甘いのだよ。なぜ私を生かして捉えようとする? 私を逃せば、また実験材料が増えていく。それこそ殺してでも止めなければならない相手ではないのかね? 私は」

「まあ、それは個人の判断なんじゃないですか?」

「けれど君は今、殺傷設定で挑むと言ってきた。私は純粋に嬉しいのだよ。君と私の命が両天秤に乗せられた。つまり初めて対等──天秤が平行のまま、勝負ができるのだから」

「僕が非殺傷じゃない理由は、僕の攻撃力では貴方が死なないと踏んだからですよ」

ユーノがそう言うものの、スカリエッティはいぶかしむ。
が、表情は愉悦に歪んでいる。

「さあ、それはどうだろうね? 君は素晴らしいほどに頭が回る。この言葉でさえ君の“策”の一つかもしれないのだから」

どれほど考えたところで、考えすぎということはない。
深く深く思慮深謀をしなければ、それは彼に対する驕りだ。
楽しそうにスカリエッティの唇の両端が吊りあがる。

「というわけで、ユーノ・スクライア。もう向こうは始まっているのだから、こちらも始めようじゃないか」

スカリエッティの右手がゆっくりと持ち上がっていき、構えた状態になった。

「……わかりました」

ユーノが諦めて構える。




「それでは」
「それでは」




「始めよう」
「始めましょう」








「私の敵」
「僕の敵」








スカリエッティの右手が動いた瞬間、ユーノの身体が前へと傾く。
瞬間、コンマ数秒前までユーノのいた場所に紅い糸が通過した。
ユーノは前に進みながらもくるり、と回転すると、

「チェーンバインドッ!」

翠色の鎖で横から思い切り薙ぐ。
スカリエッティは右手を迫り来る鎖にかざすと、バインドの一部分が蜃気楼のように消えた。
ユーノはバインドが消えるや、スカリエッティに向けられた右手を見て二歩、左に動く。
スカリエッティから紅い光弾が放たれ、ユーノの脇を通り抜けた。
続けてもう一発、放たれる。

「ラウンドシールド」

ユーノは右手を突き出して、防御魔法を展開する。

「──ッ!」

ぶつかった瞬間、粉塵があがって光弾が消える。
と同時、ユーノは空中へと浮き上がった。
真下を見れば、煙の中で紅い糸が四本左右を貫いており、斜め下からは四本がユーノを追っていた。

「ストラグルバインド」

左手を糸にかざす。
ユーノの手からコンマ数秒で構成された魔法は、糸四本を絡め取ると纏めあげた。
バインドに縛られた糸はあらぬ方向へと飛んでいく。

「当然、直進性しかないことは気付くか」

「フェイトを取り囲んでいた時と今、見ましたからね」

スカリエッティの右手が動くと同時、ユーノが下へ動き出す。

「少しだけ補足をしようか。この糸は捉えるまでは直進しかできないが、捉えれば対象を拘束することが可能だよ」

「バインド系と捉えてよさそうですね。本当に厄介だ」

ユーノは地面に降り立ち、右へステップを踏む。

「フェイト・テスタロッサでも防げなかったものを、ほぼ初見で防いだ君には言われたくないものだ。それに最初のバインド、あれはいったい何なんだい? 私の記憶ではバインド系はそのように振り回すこと──手で操ることなんて出来なかったと思ったが?」

「努力の賜物ですよ」

紅い糸がユーノのいた空間を取り囲むが、すでにユーノはその場にいない。

「努力なんていう言葉で、今までの常識を壊さないでほしいものだ」

「貴方が言いますか、それを?」

お互いに手のひらをかざす。
展開された陣から紅い光弾と翠の光弾が生み出され、狙いあう。

「ああ、言うさ。私は知恵で新たな『モノ』を生み出してきたのだからね」

言い終わった刹那、打ち出された光弾はユーノとスカリエッティの中間地点で衝突し、炸裂する。

「けれども、君は努力で今までの常識を僅かでも打ち壊した」

粉塵があがるが、スカリエッティは止まらない。
右手を複雑に動かす。

「おそらく君自身の魔力量は普通だろう。潜在能力はなく、戦いの才能も生まれながらにして持ち合わせていない。けれど君は、些細ではあるが誰もが見たことのない魔法をやってのけた」

ユーノも煙が舞っている最中、両腕を広げた。

「言うなれば、それがくだらなくとも素晴らしい『ユーノ・スクライア』の才能なのだろうが……君の職業からは逸脱していないかね? 過去の探求が考古学者の本業だろう?」

シールドが両の手から展開され、いつの間にか左右からユーノを狙っていた糸を受け止める。
糸とシールドが攻防を繰り広げていたが……数秒後、糸が動きを止め、そして消えた。

「逸脱してはいけない理由など、この世に存在していませんよ。というよりも、職業云々の前に『世界』から逸脱している貴方に言われたくはないですね」

煙が晴れていき、再びユーノとスカリエッティがお互いの姿を認める。
すると、スカリエッティはくつくつと笑い声をあげた。

「これは手厳しいことを言ってくれるものだ」

「何か間違ってますか?」

「いや、何一つ間違ってはいないよ。逸脱し、逸脱し、逸脱し過ぎているからね、私は」

この世界にとって、癌のようなものだろう。

「けれど、そこまで世界から外れている私と君が『敵』として相対している。普通に考えていればありえないのではないかね? 出会っていることや、ましてこうして話していることなど」

「本当ですね」

「実に不思議なものだ」

常識では計れない。

「でも、私達は導かれるように出会ってしまった。そして認めてしまったんだよ。お互いに“初めての敵”だと。誰もが敵に為りえなかった私と、誰もを敵にしなかった君がね。これは何と言えばいいのだろうか?」

何という言葉が一番似合っている?

「偶然かい? それとも必然かい?」

スカリエッティは口元が緩むのを抑えきれない。

「いや、そのどれもが違う」

この関係を言葉にするのであれば、一つ。




「私はこれを『運命』と──『Fate』と呼ぶに相応しいと思っている」




偶然と必然が織り交ざった、もしくはそのどちらでもないもの──『運命』。
スカリエッティに敵がいなかったこと。
ユーノに敵がいなかったこと。
その二人が、こうして出会ったこと。
これこそまさに『運命』だ。

「そうだろう、ユーノ・スクライア?」


















      ◇      ◇


















一合、二合、三合と斬りあう。
受けては斬りつけ、斬られては受ける。
一つの魔法を使うたび、一つの魔法を受けるたびに呼吸が乱れる。

「……このっ!」

フェイトは左手の装甲に電気を帯びさせてトーレの斬戟を受け止める。
受けるとライオットの刃を横に薙ぐ。
トーレが下がって避けると、次に真横からセッテがブレードで突撃してくる。
フェイトはブレードをライオットで防ぐと、そのまま後退する。
そして後ずさったフェイトとトーレ、セッテの動きが止まった。
フェイトは考える。

──どこで使う?

ライオットの他にもう一つ、隠し続けているもの。

──残りの魔力量から考えると、もって1分弱。

AMF状況下で大量のガジェットを倒し、戦闘機人二人を相手にしたことがここにきて悔やまれる。
予想以上の魔力消費が、この状況を悪いほうへと導いている。

──これだと、ギャンブルになっちゃう。

奥の手を使うとはいえ、僅か1分で戦闘機を二人倒せなければならない。

──そんなのは駄目だ。

もっと確実に、最も高い確率で二人を倒す方法を考えなければならない。

──スカリエッティの相手はユーノがしてくれてるんだから。

フェイトはちらりとユーノとスカリエッティを見る。
二人はお互いが先を読み合い、攻撃される前に動き、最小限の動きだけで攻撃をかわし、自らの攻撃を組み立てていく。
素直に凄いと感嘆し、おそらくはユーノとスカリエッティだからできていることだと納得する。
反射ではなく、相手の最適な攻撃方法を予測して、その方法に合わせて行動する。
まるで……舞台上で筋書きを決められた舞を踊るかのように、二人は綺麗に動く。

「………………」

フェイトはユーノとスカリエッティが戦っている姿を瞳に映すと、再び二人に視線を戻す。

──ユーノが頑張ってるのに、弱音なんて吐けないよ。

闘うためにいる自分だ。
負けることは許されないし、彼よりも先に参ったなど言えるはずもない。

──よし。

決めた。
長期戦に持ち込んで、一瞬の隙を見逃さずに相手を討つ。
フェイトは考えを纏めると構えた。

「………………」

「………………」

「………………」

三人が無言で警戒し合う。
ジリ、ジリ、ジリと。
ほんの僅か足が地面を擦る音をさせながら1分、2分……そして3分、4分と時間が経つ。
気付けば隣で音がしなくなっているが、そちらに気を回す余裕すらない。

「………………」

カラン、と甲高い音が響いて何かの欠片が三人の視界に映った。

「──ッ!!」

「──ッ!!」

瞬間、フェイトとトーレが動いた。

「……っ!」

次いでセッテが反応する。

「──はぁっ!」

フェイトとトーレがすれ違い様に斬り合い、高速で離れていく。
そしてセッテのブレードが反転しようとしているフェイトに向かっていた。
フェイトは近づいてくるブレイドをライオットで弾くと、地面に着地する。
前方、少し上方を見ればトーレが突撃をしてきた。

──迎え撃つ!!

トーレを迎撃するためにフェイトは振りかぶる。




その──瞬間だった。




足元が揺れ、フェイトの体が揺れた。

──えっ?

直後、体勢を立て直す間さえなく、飛び込んできたトーレの一撃がフェイトに入った。


















      ◇      ◇


















「認められませんね」

「そんなことはないだろう? 君は他の誰よりも『運命』を知っていて、他の誰よりも『世界』を左右する『運命』を握っているはずだ」

「何をふざけたことを。ありえないことを言わないでください」

「だが、君は『運命』を冠する女性──『フェイト・テスタロッサ』を誰よりも知っている」

何しろ彼女の恋人なのだから。

「また、『世界』を破壊することの出来る才能と出会う『運命』を君は持っている」

「持っているわけないでしょう、そんなもの」

「では言い換えよう。正しくは君“も”持っている」

「……言い換えてませんよ」

ユーノが突っ込むが、スカリエッティは気にせず続ける。

「私は今、聖王の力を手に入れた。このままいけば『世界』を間もなく破壊できる」

“分”で換算すれば、三桁にはもう乗らない。
つまりは2時間以内に世界を終わらせられる。

「けれどね、『世界』を破壊するのは私だけができるわけではないよ。君達が集まれば、世界など容易に壊せるはずだ」

聖王など使わずとも、破壊の限りを尽くせる。

「高町なのはにフェイト・テスタロッサ、八神はやて、キャロ・ル・ルシエ、エリオ・モンディアル、そこにクロノ・ハラオウンもつけよう。今言ったメンバーが集まれば、世界を破壊することなど容易い」

簡単に。
簡単に。
簡単に。

「まるで砂塵のように、脆く吹き飛ばせるだろう」

あまりにも魅力的な能力で、破壊の限りを尽くせるはずだ。

「なのに何故、君はこれほどまでに強大な力を欲しない? 世界を救うことも、世界を壊すことも容易な力をどうしてだい?」

これほどの力と運命的に出会っていながら、どうして?
何故欲しないのだろうか。

「力なんていりませんよ。僕は護りたいものを護る、そのための力があればいい。今、この場ではたった一人……フェイトだけ護れればいいんです」

「フェイト・テスタロッサのための力があればいい?」

「ええ。僕が彼女を護ることで、ほんの少しでも彼女が笑ってくれればいい。ただ、それだけのために僕は僕の全てを賭して貴方と戦えるんです」

ほんの些細な理由で戦える。

「それは嬉しいことだ」

「……というよりですね、僕は関係ないじゃないですか。確かに彼女達が集まれば世界は破壊できるかもしれないし、救えるかもしれない。けれど僕は必要ないです。そんな気軽に僕が『運命』を握ってるなんて言わないで下さいよ」

ユーノはスカリエッティの妄言を否定する。


「では、一つ問おう」


だが、否定などさせるものか。


「高町なのはを魔法とめぐり合わせたのは誰だ? 彼女達を引き合わせたのは誰だ? 誰が切っ掛けで君達は出会った?」


どこの誰が原因だ。


「『運命』の発端は誰が握った? 『運命』の引き金を引いたのは一体誰だ?」


“魔法”というものに出会わせたのは。

“友達”というものに出会わせたのは。

“仲間”というものに出会わせたのは。

一体どこのどいつだ。


「普通ならば出会わない! 普通ならば出会えない! なのに彼女達は出会ってしまった! まるで何かに導かれるかのように、何かに操られるかのように出会い、集い、知り合ってしまった!」


世界を壊すことの出来る『力』が一箇所に集った。


「なら、彼女達の『Fate』を交差させたのは誰だ!?」


彼女達の、そして『世界』を左右できるほどの“運命の出会い”を始めた者。






「全ての始まり──『α』は一体誰なんだい!?」






問いかけて、問いかけて、問いかける。

が、もう答えなんて分かっている。

分かりきっているじゃないか!










「そうだ! 君だよユーノ・スクライア!!」










『運命』の発端。

始まりを担う者。


「全ての『α』は君だ!」


高町なのはでも、フェイト・T・ハラオウンでも、八神はやてでも、誰でもない。

ユーノ・スクライアがいなければ、この状況はありえない。


「故にこの『Fate』を終わらせるのは君次第なのだよ!」


世界を巻き込んだ騒動を終わらせるのは、他の誰でもなくユーノしか存在しない。


「そうだろう!? 『始まり』が君だからこそ終わりも──『ω』も君でなければならない!」


始めたからには、終わらせなければいけない。


「君しかその権利を持っていないのだよ!」


スカリエッティは両手を盛大に広げる。


「どうするユーノ・スクライア! この場において、唯一無関係だったはずの君が最大の当事者だ!!」


誰よりも他人事にしてはいけない。
元を辿れば、この状況を生み出しているのは最大の原因はジェイル・スカリエッティとユーノ・スクライアなのだから。


「知っているだろう!? 『運命は、君の命をもっともふさわしい場所へ運んでいってくれる』という言葉を。だからこそ君はここにやって来た! プレシア・テスタロッサから……いや、“プロジェクトFate”から始まった彼女と私の『運命』を終わらせるために! そして新しく始まった君と私の『運命』さえも終わらせるために!!」


さあ、だから応えてくれよユーノ・スクライア。
世界を左右する『運命』に答えを出すために。








「決めたまえ! 他の誰でもない『α』と『ω』である君が、この『Fate』をどう終わらせるのかを!!」




































狂気と理性と理想と夢想を綯い交ぜた、スカリエッティの言葉。
あまりに豪快で、あまりにも決めきった台詞は正しく思えて、ユーノでさえ納得しそうになる。
自分が世界の『運命』を握っているのだと。
ほんの……一瞬だけ。


「…………それは、違う」


けれどもユーノは否定する。
そうだ、納得するはずがない。


「僕が『運命』だと思っているのは一つだけだ」


ユーノが認めているのは、ただ一つ。






「フェイトと出会ったこと。これが僕にとって、たった一つの『運命』なんだよ」






他の全ての出会いは、ユーノにとって『運命』ではない。

「僕にとってフェイトと出会ったことこそが『Fate』の『α』で、僕達二人のどちらかが死んだときこそが『ω』だ。それ以外に『運命』の『始まり』も『終わり』も存在しない」

「高町なのははどうなんだい? それさえも偶然であったと言うつもりかい!?」

「なのはと出会ったことでさえ、僕にとってはただの偶然に過ぎない。むしろ、本当なら出会ってはいけないし、巻き込んでしまったことには自責の念さえ感じる」

もしあの時、自分と出会っていなければ。
彼女は人生を左右するほどの怪我を負っていなかったのだから。

「そしてジェイル・スカリエッティ。それは貴方も同様だ」

誰がこの出会いを『運命』と認めるか。

「僕と貴方は確かに敵だ。けれど、お互いに“最初の敵”とは認めても、この出会いはフェイトがいなければ得られなかった。つまり『運命』ではなく『必然』の出会いなんだ」

運命を冠する女性にもたらされた、必然の邂逅。

「そして、この『必然』は終わらせる。貴方とフェイトの因縁を断ち切って、彼女を護るために」

フェイトが笑って生きていけるように。
『スカリエッティの逮捕』という半ば脅迫概念と化した想いに追いやられなくていいように。

「この僕が終わらせてみせる」


















ユーノの言葉。
その一つ一つが、スカリエッティの脳内に染み渡っていく。

「……そうか。君は私と君の出会いを『運命』と認めない、か」

でも、認めないとしても、それはユーノが正しいからではない。

「……全ての事象を『運命』と関連付け、『運命』すら操ろうとするのは私。たった一つの出会いを唯一の『運命』と定めるのは君。この点については私達は相反しているね」

そう、ただの考え方の違い。


「けれども『運命』という言葉に誰よりも囚われている者同士だ」


“プロジェクト・フェイト”と”フェイト・テスタロッサ”。
『運命』に誰よりも関わりのある二人。

「似ているよ、私達は」

もう、何度この言葉を使っただろうか。

「今の言葉もそうだが、何より鬼才と奇才と危才と貴才に囲まれながら、ただ一人凡庸だということはそれだけで“異端”だ」

世界から逸脱しているスカリエッティと、戦いに突出している才能に囲まれながらもただ一人、闘うことにおいて平凡であるユーノ。
意味も状況も違えど、“異端”であることには変わりない。
だから、

「だからこそ、私の相手には君が相応しい」

私が戦うに値する。
私が敵と認めるに値した。

「さあ、第二ラウンドを始めよう! そして奏でようじゃないか!」

君が認めずとも私が認めた『Fate』──その終わりを。




「──終末の鐘を!!」




スカリエッティの手が高速で動き始める。
先ほどよりも高速で指が複雑に絡み合う。
ユーノは瞬間的に上空へと逃げた。

「甘いぞ、ユーノ・スクライア!」

天井から発生した紅い糸がユーノを襲う。
ユーノは右手から発生させたシールドを斜めに傾けて、糸を逸らす。
が、すぐに真横からの糸がユーノに突き進んでいる。

「……っ!」

左右両方でシールドを展開して、幾数の糸を退けていく。
そうして防いでいるうちに、ふと違和感がユーノの中に生まれる。

──何かが……来る。

先ほどから一箇所だけ向かせてもらっていない場所がある。
まずい、とユーノの中で警鐘が鳴った。
どうにかしたい、とも思うがスカリエッティがさせない。

──くそっ!

何かあると分かっているのに、確認できないことほど歯がゆいものはない。
“奥の手”を使う間も手段もなく、ユーノが迫り来る紅い糸を5回ほど防いだ後、急にスカリエッティの攻撃が終わった。

「……まずい!」

──ドクン──と、ユーノの心臓が跳ねる。

瞬時にたった一つの死角であった場所をユーノは振り向く。
直後、彼の瞳は幾重にも束ねられ、鋭角な凶器と化した二つの紅い“存在”を確認した。
確認するや、二つの凶器はユーノに向かって突き進んでくる。
反射的に両手から展開されているシールドを重層にして眼前に向けるが、数秒の交錯でユーノは壁に叩きつけられ、その一秒後には僅かに糸の軌道をずらしただけでシールドはあっさりと砕け散った。

「──っ!!」

紅い凶器がユーノの左わき腹と肩を切り裂く。
ユーノが顔をしかめるが、さらに追撃として紅い光弾がユーノの眼前に迫り……直撃。

「……っ!」

無数の破片と煙が周囲に降り注いだ。
















































ぱら、ぱら、ぱら、と。

そしてカラン、と。








破片の落ちる音が響きながら、だんだんと煙が薄れていく。




その中で。




周囲に散っていく破片と煙の中から、彼はゆっくりと歩いてきた。

「ユーノ・スクライア。さすがに辛そうだね」

現れた彼は左わき腹と左肩、そして目じりの近くから出血がある。
血はバリアジャケットの袖からも、ポタリ、ポタリと地面に赤い雫として落ちる。
ユーノは僅かに笑みを浮かべると、なんともないように会話した。

「いえ、出血の割には大した怪我じゃないですよ。さすがに放置し続けたらまずいでしょうが、このまま戦う分には何も問題ありません」

確かに痛みはするものの、動かす分にはほとんど支障はない。
細かな動きも大丈夫だ。

「死ぬのが怖くないのかい?」

「当然、怖いですよ」

当たり前のことを訊かないでほしい。

「でも、キャロとエリオと……フェイトに『帰ってきて』って言ったから、僕は帰る場所にならないといけないんです。エリオとキャロに『お帰り』って言って頭を撫でてあげないといけないし、フェイトが帰ってきたら抱きしめたい」

頑張ったね、って。
よかったね、って。
三人を褒めてあげたい。




「だからここで貴方を倒す。そして帰ります。三人の帰る場所になるために」




死ぬ、なんてことは考えない。
絶対にスカリエッティを逮捕して帰ってみせる。

と、その時だった。

ぐらり、と地面が揺らいだ。
そして断続的に揺れが続く。

「これは?」

「クアットロがこの拠点の破棄を決意したようだね。あと20分もすれば完全に崩壊するよ」

「……止めなくてもいいんですか?」

「彼女の胎内にも私のコピーがいるからね。こっちの私は用済みなのだよ」

「そうですか」

悲観したくなるほど厄介な状況になった。

「……けれど、僕は帰らないといけない」

「今、言っていたね」

「ですから次で決着にしましょうか」

ユーノがシューターを2つと、右手で魔法を構築して待機する。

「そうだね。楽しいかぎりではあったが、いずれは終わらせてしまわないといけない」

スカリエッティも右手を掲げ、攻撃をする準備を始める。
二人はそれぞれ、狂喜の笑みと優しげな笑みを浮かべた。




「これでさようならだ、ユーノ・スクライア」

「ええ。さようならですね、ジェイル・スカリエッティ」




翠色の鎖が真横に薙がれる。
スカリエッティは鎖を右手で消し去ると同時に、複雑に動かす。
ユーノが空中へ逃げると、赤い光弾をユーノに向けて放つ。
左手でユーノがシールドを展開して、光弾を受け止める。

「──ッ!」

痛みでユーノの表情がゆがむ。
それでもスカリエッティは攻撃の手を緩めない。
あらかじめ用意しておいた待機状態の糸を前後左右、一切の抜け道がないほどに張り巡らせようとする。
しかしユーノもただでは終わらせない。

「シューター!」

たった二つの光球がスカリエッティに向かう。
複雑に動く右手。
一瞬でも動きを止めてしまえばユーノに逃げられてしまうかもしれない。
そう考えたスカリエッティは左右から迫り来るシューターを一歩、バックステップを踏むことで回避した。
瞬間、2つのシューターがスカリエッティの眼前で炸裂する。
あまりの光にスカリエッティの眼がくらんだ。

──これが狙いか。……だが、甘いよ!

檻は完成した。
スカリエッティは右手を握り締める。
あの状況下で檻から抜け出すことは不可能。
魔法を編む時間すら与えはしなかった。
故にこの状況下である以上、スカリエッティは勝利を確信した……










……はずだった。










握り締めた右手に、ユーノを捕らえた感触が存在しなかった。


















      ◇      ◇














トーレの一撃がフェイトに入った……と思われた。
フェイトも覚悟していたし、トーレも確実に一撃を入れたと思っていたはずだ。

「…………え……?」

フェイトが驚きの声を発する。
いつまで経っても衝撃が訪れないことに。

「……なんだ、これは!?」

トーレも自分の斬戟を防いだ正体に驚きを隠せない。
セッテもトーレの勝ちを確信していただけに、少し呆然としていた。

「どういうこと……?」

言って、フェイトは自分の眼前に展開されているものに目をやる。
……少しだけ、涙が出そうになった。

「…………あっ……」

翠色のシールドがトーレの攻撃を止めている。
致命傷となりえた斬戟を防いでいた。

「……ユーノ」

フェイトの口から最愛の人の名前が零れる。

「そっか……」

だから持っていてほしいと。
想いが込められているからと彼は言ったんだ。

「護ってくれたんだね」

フェイトの胸元が輝いている。
ペリドットが優しい光を発している。




「……ありがとう」




私だけのストライカー。

「すごく、すごく…………助かったよ」

トーレが一旦離れる。
フェイトは彼女が距離を置いたのを見て取ると、ユーノに感謝しながらペリドットを手に持った。










瞬間──トクン──と。










『もう一つの想いが伝わる』










魔力が自らに流れてくるのが感じられた。

「…………これは……」

驚きと喜びが綯い交ぜになる。

「……私とユーノの……」

ペリドットから自分の魔力とユーノの魔力が流れ込んできた。
トーレとセッテは呆然としている。
それはそうだろう。
当事者のフェイトですら分かっていないのだから、敵では何も理解していないはずだ。


──どうなってるのかな?


どうして魔力がペリドットからフェイトに流れてくるのか。
どうしてユーノのシールドが展開されたのか。
今のところ、何も分かっていない。

──ホント、どうなってるのか全然わからないよ。

今は考えたって、どうしようもないことだらけ。

──だけど、ね。

けれども分かっていることが一つだけある。









ああ、もう。




本当に。




これ以上ないというくらいに。




彼は。




ユーノは。






──私のストライカーなんだ。






告げる。














「オーバードライブ。真・ソニックフォーム」














もう一つの奥の手を。


──ありがとう。


魔力が魔方陣から迸る。

有り余るほどの力がフェイトにみなぎってくる。


──ユーノのおかげで、賭けなんかしなくてよくなったよ。


バルディッシュが一度、リロードした。

すると刀剣の擦れる音が僅かに響いた。


──貴方がいたから私、絶対に勝つよ。


ライオットの刀剣が二つになる。


──私、頑張るから。


そして何故か、少しずつ……黄金の迸りに翡翠色が帯びていく。

まるでユーノの力も一緒に顕しているあのように。

胸元にある宝石を彷彿させるように。

黄金から翠金に。

変わっていく。


──貴方が護ってくれて、与えてくれた力があるから。


両の手に刀剣を構え、やることを見据え、ただ……想う。






「全部、終わらせよう」






フェイトは駆ける。
















この一時、この瞬間だけ黄金の閃光は──
















──翠金の閃光となった。








































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