他に名乗るべき『言葉』を持っていなかった。

他に名乗れる『言葉』を手にしていなかった。





──でも、私は……。





まだ小さかったから、勝手にその『姓』を名乗ってた。




──けれど……。




少し考えれば、おかしいじゃないか。

部族を追放された自分が、どうして『部族』であることを名乗れる?

普通なら名乗れるはずがない。

名乗れるわけがない。

なのに名乗っている。

どうしようもない矛盾が存在している。




『キャロ・ル・ルシエ』




あまりにも無理のあった名前。




名乗れないはずの『ル・ルシエ』




捨てられたことを思い出させるファミリーネーム。




──でも。




…………辛いはずのファミリーネームは出合わせてくれた。




──大切な両親と大切な人に。




だから私は『ル・ルシエ』に感謝してる。




──おとーさんとおかーさんに会わせてくれたことに。




エリオ君に会わせてくれたことに。




──ありがとう。




今まで本当に。

このファミリーネームを使わせてくれて。

このファミリーネームを名乗らせてくれて。

心から感謝してる。

“ここ”の出身だったから、きっとおとーさんとおかーさんに会えた。

“ここ”の出身だったから、きっと今の私がいるんだって思う。






──だから。






本当にありがとう。







──だから……。

















『さようなら』
























「My family」外伝


『original strikers』







第五話

「my name」



























── 病院 ──



病院のベッドの上で1人と1匹が寝そべっていた。

「旦那、始まっちまいましたね」

「そうだな」

「時間はどれくらい経ちました?」

「26時間だ」

「もう1日は経ちましたよね」

「ああ」

ヴァイスはザフィーラに確認を取ると、起き上がった。
そして足や腕、身体を捻って調子を確認し始める。

──軽い打撲はOK。酷い打撲は……まだもうちょっとだったみたいだな。左手はまだ痛むが、右手はちょいと痛むだけだ。切り傷も瘡蓋にはなってる。骨折したところはさすがに駄目か。ただ、昨日よりも痛みが和らいでるのは、少しは骨がくっ付きかかってるってことか。

全身の点検が終わると、ヴァイスはベッドを降りる。

「先生には悪いけど、始まっちまいましたからね。まあ、約束は守って一日は我慢したわけですし、俺は行きます。旦那はどうします?」

「行く」

一言で簡潔に言うと、ザフィーラもまたヴァイス同様ベッドから降りて、歩き始める。

「ほんじゃあ、行きましょうか!」



















      ◇      ◇

















── 無限書庫 ──



「──鍵となる聖王がそれを命じるか本体内部の駆動炉を止めることができれば……」

ユーノの前に二つの通信画面が開いている。
一つにはクロノ。
もう一つにはリンディの姿が映し出されている。
ユーノは二人に司書を動員して集めた資料を纏め上げ、二人に伝えていた。

「鍵の聖王──ヴィヴィオはスカリエッティの戦闘機人に操作されている可能性が高い」

「だったら、スカリエッティの逮捕でも止まる可能性はあるのね?」

リンディが二人に確認を取ろうとすると、ユーノの画面から一人の少女の姿が映し出された。

「お母さん、クロノ。スカリエッティの逮捕はフェイトがやってくれるよ」

「……アルフ」

「フェイトがずっと頑張って今まで追いかけてきたんだ。きっと捕まえてくれる」

アルフの真剣な表情を見て、リンディの表情が少しだけ和らいだ。

「……そうね。そのために頑張ってきたんだものね」

「ええ。フェイトはきっと、スカリエッティを逮捕してくれますよ」

ユーノがアルフに同意する。
クロノはそんな、さも無限書庫にいることが当然の表情でいるユーノに、

「ユーノ、お前は……」

ずっとそこにいるつもりなのか、と。
訊こうとした。

「…………ぁ……」

が、出来なかった。
微かにではあるが、何かに必死に耐えようとしている握りこぶしが……見えたから。

「何?」

「……いや、なんでもない」


















      ◇      ◇

















── ヘリ ──



「確認するわよ」

ヘリに乗った新人四人は、作戦を確認していた。

「私たちはミッド中央、市街地方面。敵戦力の迎撃ラインに参加する。地上部隊と協力して、向こうの厄介な戦力、召喚師や戦闘機人達を最初に叩いて止めるのが私達の仕事」

エリオ、キャロ、ティアナ、スバルがそれぞれ頷きあう。

「他の隊の魔道師達はAMFや戦闘機人戦の経験がほとんどない。だから私達がトップでぶつかって、とにかく向こうの戦力を削る」

「あとは迎撃ラインが止めてくれる、というわけですね」

「そう」

「なんだかやってることはエースみたいだね、ティア!」

スバルにそう言われると、ティアナの表情が緩んだ。

「……そうね」

ふと、ユーノに言われたことを思い出す。

『貴女は絶対に凡人じゃありませんよ』

初めて会ったときに言われたことを。

──もう、否定なんて出来ないかな。

スバルが今言ったとおり、私達がやることは一般のレベルを超えてる。
自分が凡人であるのならば、確実に出来るわけがない。
何より凡人ならば何度も“AMFや戦闘機人戦の経験”なんてあるはずがない。
一度ならば偶然で済むが、何度も戦っているとなると話は別だ。
凡人ならばガジェットや戦闘機人を相手に出来るわけがないのだから。

──いいかげん、私も認めないと。

本当は自分のことを凡人だと思いたいけれど、自分が決めた理屈で自らを凡人と称すなら、尊敬しているユーノや彼を……ヴァイスも同時に貶すことになってしまう。

──そんなことはしたくないから。

少なくとも自分は優秀な凡人なんだと。
自分は“六課と比べる”と凡人なんだということを。
もう、認めよう。

「ガジェットも戦闘機人も迎撃ラインを突破されたら市街地や地上本部までは一直線です」

少しティアナが黙った間も、キャロ達は作戦内容の確認をしていた。

「市民の安全と財産を守るのがお仕事の管理局員としては、絶対行かせるわけにはいかないよね」

「あとはギンガさんが出てきたら」

「優先的に対処」

「安全、無事に確保」

ティアナ、キャロ、エリオがスバルを見る。

「うん」

スバルが頷いた。

「よし、行くわよ!」


















      ◇      ◇

















── 無限書庫 ──



「さて、これで僕達の仕事はお終いだね」

ユーノは本を棚に戻す。

「あとは管理局の人達に託そう」

大きな通信画面を開いて、ユーノは戦況を伺おうとする。

「……いいのかい? あんたはそれで」

「いいも何も、これが最善策だよ」

アルフの言いたいことが分かったのか、ユーノは少し情けない顔をしながら言う。

「これで僕の仕事は終わり。僕があそこに行っても邪魔になるだけさ。だったら、行かないほうがいいよ」

握った拳をさらに強く握り締める。

「……嘘吐くんじゃないよ」

彼の様子を見せられれば、簡単に嘘だって分かる。
ゆりかごが動き始めてからずっと握り締められている拳を見れば、誰だって気づいてしまう。

「それでも行きたいんだろ!?」

アルフの怒鳴り声に、遠くにいた司書までもが二人の方を見た。
だが、アルフは気にせずに続ける。

「そんな嘘吐いてどうなるんだい!」

「……アルフ」

「あんたはエリオの父親で、キャロの父親で、フェイトの恋人なんだろ!?」

彼の大切な人たちが今、危険な場所にいる。

「家族が戦場にいるのに、一人ここにいるなんてあんたらしくないよ!」

一人でここで待っているなんて、ユーノとは思えない。

「あんたとは十年の付き合いがある。今でもこうして仕事に付き合ってる。だから分かるんだよ」

誰よりも長い間、彼の友人として一緒にいたからこそ分かる。

「あたしの知ってるユーノはどうしようもない甘ちゃんで、どうしようもないくらい……優しいやつなんだってことを」

アルフはユーノの肩を優しく叩いた。

「あの子達がいる戦場に……フェイトのそばに行きたいんだろ?」

「…………アルフ……」

優しく語り掛けるアルフの言葉に、ユーノの握りこぶしが自然とゆるくなっていく。

「…………そうだね」

自分が一番分かってる。
本当にいたいのは“ここ”じゃない。

「……本当は行きたいよ」

──僕が望んでいるのは、ここにいることじゃない。

「邪魔だということは分かっているけど」

それでも、

「力になれないのも知ってるけれど」

それでも、

「足枷にしかならないのも理解してるけど」

それでも、

「僕はどうしようもないくらい甘ちゃんで、どうしようもないくらいに馬鹿だってことは誰よりも僕が一番把握してるけど」




……それでも。




「行きたいんだ。子供達と同じ戦場に」

あの子達が危険な場所にいるのに、一人のうのうと安全な場所にいたくない。
そして彼女のところへ──

「誰よりも……フェイトのところへ」

戦いに行く彼女を支えてあげたい。
初めての気持ちだった。
今まではずっとなのはのサポートをしてた自分が。
一度もフェイトだけをサポートしたことはない自分が。
初めて彼女をサポートしてあげたいと願った。

「僕が彼女のところへ行くなんて、一番の選択だとは到底思えない。でも、どうしようもなく行きたい。彼女の隣にいてあげたくて…………隣にいたいんだ」

「じゃあ、行ってきなよ。あんた、お母さんに言ったんだろ? フェイトを支えるって。フェイトを支えることに生半可な覚悟も中途半端な決意もないって。私はそんなユーノだから認めてるんだよ」

ユーノだからこそフェイトの恋人に相応しいと思った。

「……アルフ」

ユーノはゆっくりとした動作で戦場を映していた画面を閉じた。
そして一度、アルフに向かって頷いた。

「僕は……ほんの少ししか時間がないとしても、フェイトのところに行くよ」

彼女のそばへ、彼女の隣へ僕は行く。

「フェイトが好きだから」

一緒にいたいんだ。

「よし! それでこそユーノだよ」

「そうかな?」

「そうだよ。フェイトも、そんなあんただからこそ一緒にいてほしいと思うはずさ」

肩に置いていた手で、今度は背中を軽く叩く。
ユーノは苦笑すると通信画面を開いた。

「クロノ」

呼ぶと、クロノの姿が映し出された。

「フェイトはスカリエッティのアジトだったよね」

「ああ、そうだ」

「僕は行くよ、フェイトのところへ」

「そうか」

ユーノの言うことは分かりきったことだったのか、クロノはさほど驚かずに頷くだけだった。

「キャロとエリオのこと、時々でいいから見てもらっていい?」

「それぐらい別に構わない。僕も甥と姪がいなくなるのは寂しいからな」

「……ありがとう」

本当はユーノが見なければならないのだろうけど、ユーノは一人しかいないから。
信頼している悪友に子供達を頼む。

「礼はいらない。フェイトを……妹を頼んだぞ」

「分かってるよ」

クロノとユーノはお互い、最後に笑いあう。
それを皮切りに、通信画面が消えた。

「アルフ、僕を向こうまで送れる?」

「戦場の近くまで送ることは可能だよ。ただAMF……だったっけ。これの影響が長距離転送にモロ影響してるみたい。これほどの距離だとフェイトのところに直接、戦場に直接、とかは無理だよ」

「じゃあ、近くまででいいからお願いできるかな。あそこに行くまで、極力魔力は消費しないで行きたいからさ」

「あいよ」

アルフは頷くと、魔方陣を展開する。

「…………これでOKっと。ユーノ、準備はいいかい?」

「大丈夫だよ」

「スカリエッティをぶっ飛ばしてきな」

「頑張ってみる」

ここでぶっ飛ばす、と言い切れないのがユーノらしい。
アルフはいつも通りのユーノに笑うと、手を上へ掲げ上げた。

「それじゃあ──転送!」
















      ◇      ◇


















── 戦場 ──


ヘリから降り立った後、ナンバーズに奇襲を受けた4人はエリオとキャロ、スバル、ティアナの3つに分断された。
ティアナはナンバーズ3人とガジェット。
スバルはギンガと。
そしてエリオとキャロはルーテシアとガリューに、それぞれ相手をすることになった。

















地上ではエリオと召喚獣が。
空中ではキャロとフリード、そして紫の少女が対峙していた。

「あなたはどうして、何でこんなことするの?」

「………………」

「目的があるなら教えて! 悪いことじゃないなら、手伝えると思うから!」

決死の言葉でキャロが呼びかける。
けれど彼女は答えず、紫の刃が現れる。

「フリード!」

キャロが一声掛けると、フリードは回避行動をとるために大きく上昇する。
瞬間、今いた場所に無数の刃が通り過ぎていく。

「何のために戦ってるのか。それだけでも教えて!」

もう一度、キャロは少女に問いかける。
すると、今度は返答が返ってきた。

「ドクターのお願い事だから」

が、言ったのも束の間、紫の光球がキャロを捉えている。

──防ぐ方法は……。

瞬間的に考える。
出した答えは──相殺。

「ウイングシュート!」

向かってくる光球に向けて、キャロも桃色の光球を向けて放つ。

──駄目! 相殺しきれない!

数が多いため、すり抜けてくるもの、すり抜けてしまう光球が多かった。

「シールド!」

狙いがキャロに絞られていたため、キャロはフリードにダメージを与えないため、迷わずにフリードの背から飛び出して攻撃を受け止める。
受け止めて防いだ後は、ビルの屋上へと落下していく。
落ちている最中に真正面を見れば、紫の少女も一緒に落下していた。
そしてほぼ同時に地面に着地する。
キャロはすぐさま、正面にいる少女を見据える。
すると彼女は先ほどの会話の続きをし始めた。

「ドクターは私の探し物、レリックの11番。それを探す手伝いをしてくれる。だからドクターのお願いを聞いてあげる」

「そのために皆を傷つけるの?」

「だってゼストはもうすぐいなくなっちゃう。アギトもきっとどこかへ行っちゃう。でも、このお祭りが終わればドクターやウーノ達みんなで11番を探してくれる。そしたら母さんが帰ってくる。そしたら私は不幸じゃなくなるかもしれない」

紫の少女の独白。
それは彼女の境遇と自分の境遇が似ているのではないかと、キャロにイメージさせた。
親のいなかった自分が、誰もを頼れなかった自分がフェイトという人に会った時と。

──不幸だから……?

だから思ってしまう。
似ているはずなのに、どうして『不幸』だと思うのだろうか。

「それ、違うと思うよ」

「何も違わない」

「違うよ。私はあなたが不幸じゃないって思う」

キャロがそう言った瞬間、少しばかり驚きの表情が紫の少女に生まれた。

「そのゼストって人がいて、アギトって人がいる。それだけで十分だと思う。ぜんぜん不幸じゃないって思う」

自分はそうだったから。

「私はフェイトさんがいただけで不幸じゃないって思えたから」

「だとしても、二人ともいなくなっちゃう。だから母さんに帰ってきてほしい」

紫の少女が母親を求めている。
理由はキャロにだってよく分かる。
自分だって親を求めていたのだから。

「お母さんは血が繋がってる人?」

「そう」

「……そっか。羨ましいな」

ポツリ、と。
キャロから本音が零れる。

「何が?」

「血が繋がってるからその人を『母さん』って呼べる人がいることは、本当に羨ましいよ」

“血が繋がっている”という理由で両親がいる。
それは本当に羨ましい。

「私にはおとーさんもおかーさんもいるけど、あなたみたいに血が繋がってるわけじゃない。必死に必死に手を伸ばして、ようやくおとーさんとおかーさんが出来た」

少しずつ少しずつ絆を求めて、『おとーさん』と呼ぶのに勇気を振り絞ってる自分と比べたら、血が繋がってるから『母さん』と呼んでいる彼女とは月とすっぽんもいいところだ。

「私もね、あなたと同じでいっぱいいっぱい手を伸ばしたんだよ」

父親を、母親を、友達を、家族を求め続けていたからこそ、手に入れられた。

「あなたと同じように手を伸ばして、あなたと同じように頑張った私はね……こう思うんだ」

きっと、彼女が言うゼストやアギトは自分にとってのフェイトと同じ。
だからこそ思う。

「私はフェイトさんと会えて不幸じゃなくなった」

ここまでは、彼女と自分はきっと一緒なんだろう。
親切な人がいてくれた。

──たぶん、ここまでは一緒。

でも、違うのはここから。

「エリオ君と会えて嬉しいと思えた。ユーノさんと会えて良かったって思えた。ユーノさんとフェイトさんがおとーさんとおかーさんになって……」

心から大好きな人が出来た。
自分のことを最愛の娘だって言ってくれる人達が出来た。

「本当に幸せだって思えた」

両親がいてくれること。
大好きな人がいること。
大切な家族があること。
これがどれだけ嬉しいことなのか、ようやく知ることが出来た。

「もちろん、エリオ君だったり他の人達が手伝ってくれたから、幸せになれたんだと思う。だからね──」

「……私にはそんな人いない」

紫の少女の押し殺すような声。
キャロはそんな少女の目をしっかりと見ながら、

「だったら、私がなってあげる」

初めて少女に笑顔を向けた。

「誰かを傷つけて幸せになるんじゃなくて、誰かに手伝ってもらって幸せになろうよ。誰も傷つけないで幸せになる方法もあると思うよ」

「ドクターに手伝ってもらってる」

「それでも今、あなたは皆を傷つけようとしてるよ。だから誰も傷つけないで幸せになる方法を探そうよ」

キャロが言うと、紫の少女はいぶかしんだ表情になった。

「……どうしてそこまで……?」

不思議だった。
敵であるはずの少女が、どうしてここまで言ってくるのかを。
でも、キャロにとってはこうすることが当然。

「どうしてって……あなたとお友達になりたいからだよ」

初めて、同年代の少女と友達になりたいと願った。
キャロにとっては、それが紫の少女に対する全てだ。

「あっ、だからまずは自己紹介するね」

と、キャロが自己紹介しようとした瞬間、エリオと召喚獣が鍔迫り合いながら二人の元へと戻ってきた。
フリードも二人のすぐ側へと降り立つ。

「エリオ君、今の聞いてた?」

「うん、聞いてたよ」

エリオは頷くと、紫の少女と召喚獣に向けて自己紹介をした。

「僕は管理局機動六課の魔道師、エリオ・モンディアルと飛竜──フリードリヒ」

フリードが一声鳴く。
それを確認すると、エリオがキャロを促した。
キャロはエリオに頷くと、一歩だけ前へと踏み出した。

「私はアルザスの竜召喚士──」

キャロはここで一つ、深呼吸をした。
そして心の中で父親に報告する。






──おとーさん、私決めたよ。






事件が起こるまでの間、暇な時間があれば考えてた。
たくさんたくさん考えて、それでどんなに頑張って考えても…………答えは一つしか出なかった。


──本当に嬉しかったから。


この名前になることに迷いは無い。

この名前を友達になりたい女の子に伝えることに、何の戸惑いも無い。




──私の本当の名前を。




それは『キャロ・ル・ルシエ』じゃない。














「キャロ・スクライア」














これが私の本当の名前。
ようやく見つけた、胸を張って伝えられる私の名前。

「私はキャロ・スクライアだよ」

スクライアになることに後悔はない。
大好きな父親と同じファミリーネームになることに、一つとして悔いることはない。
だから『ル・ルシエ』にはありがとう、と。
皆に会わせてくれてありがとう、と。
それだけを伝えたい。

「…………キャロ……」

エリオが驚きの表情でキャロを見ていた。
けれど、今は説明をしていられない。
キャロは紫の少女を見ると、まるで父親を──ユーノ・スクライアを思わせるような笑顔で尋ねた。

「あなたのお名前は?」

「……私は──」

「あ〜らら〜。駄目ですよルーテシアお嬢様。ガリューさんも」

ルーテシアが何かを言おうとした瞬間だった。
唐突に女性の声が聞こえた。

「戦いの最中、敵の言うことに耳なんか貸しちゃいけません。邪魔なものが出てきたら、ぶっち殺してまかり通る。それが私達の力の使い道。ルーお嬢様にはこの後、市街地ライフラインの停止ですとか、防衛拠点のぶっ潰しですとか、いろいろお願いしたいお仕事もありますし」

「クアットロ。でも……」

ルーテシアが困ったような素振りを見せる。

「あー、迷っちゃってますね。無理もないです。純粋無垢なルーテシアお嬢様にそこのおチビの言葉は毒なんですね。というわけで、ポチっと」

言葉とともに、クアットロは手元にあるコンソールを操作し始める。
すると、だ。
ルーテシアの周りにはいくつもの魔方陣が展開され、ルーテシアの足元にも何かしらの陣が展開された。
クアットロは流れるようにコンソールを操作する。

「これは?」

戸惑う二人を尻目に、巨大な昆虫が次々と召喚されていく。
召喚しているルーテシアは、何かに操られているかのように目を瞑って動かない。

「ルーお嬢様が迷ったりしないようにしてあげま〜す。ドクターが仕込んでくれたコンシデレーションコンソールで誰の言うことにも聞く耳の持たない、無敵のハートをプ・レ・ゼ・ン・ト」

そして最後の一つを打ち終えた瞬間、一際魔方陣が光り輝き……召喚が終わった。

「お嬢様、聞こえますか〜? 目の前にいるのがお嬢様の敵で〜す。全力でぶち殺さないと、お母さんと会えませんよ〜?」

クアットロがルーテシアを弄ぶような声で告げる。

「この──」

あまりにも人道を無視した行動にエリオが怒りを表す。
が、ルーテシアがエリオの声を遮るようにつぶやいた。

「インゼクト、地雷王、ガリュー」

ルーテシアが……瞑っていた目を見開いて二人を睨み付ける。

「こいつら、殺して」

そして涙を流しながらルーテシアは叫んだ。






「殺してぇ!!」


















      ◇      ◇


















── スカリエッティ・アジト ──


大きな衝撃と爆煙の中から、二つの影が地面へと降り立つ。
一つはナンバーズ・トーレ。
もう一つはフェイト・T・ハラオウンだった。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………」

──AMFが重い。

早くこの二人を倒して、先に進まなければならないというのに。

──耐えろ。ソニックもライオットもまだ使えない。

あれを使えば、もう後はない。
スカリエッティにすらたどり着けない可能性が生まれる。

──そうなったら最悪だし。

多用できても、他の人達の救援や援護に行くことは難しくなる。
そう、フェイトが思考を巡らせている時だった。
突如通信画面がフェイトの眼前に現れた。

『いやあ、ごきげんよう。フェイト・テスタロッサ執務官』

「……スカリエッティ!」

長年求め続けていた人物に、フェイトは敵意を向ける。

『私の作品と戦っているFの遺産と竜召喚士。聞こえてるかい?』

が、彼はフェイトを全く意に介さず、エリオとキャロにまで通信画面を開く。

『我々の楽しい祭りの序章は、いまやクライマックスだ』

「何が……何が楽しい祭りだ! 今も地上を混乱させてる重犯罪者が!」

『重犯罪? 人造魔道師や戦闘機人計画のことかい? それとも私がその根幹を設計し、君の母君──プレシア・テスタロッサが完成させた『プロジェクトF』のことかい?』

スカリエッティは何が問題か分からないように振舞う。

「……全部だ」

『いつの世でも革新的な人間は虐げられるものでね』

「そんな傲慢で、人の命や運命を弄んで……」

『貴重な材料を無差別に破壊したり必要もなく殺したりはしていないさ。尊い実験材料に変えてあげたのだよ。価値の無い、無駄な命をね』

スカリエッティがそう言った瞬間、フェイトの目の色が変わった。

「この──ッッ!!」

金色の刃が一層輝きを増した。

「来る!」

「はい!」

トーレの声に、セッテが気を引き締める。
その時だった。

パチン──と、指を鳴らす音が響いた。

「──なっ!」

フェイトが驚きの様相を呈した。
足元にいつの間にか小さな陣が生まれ、赤い糸が突如としてフェイトに襲い掛かる。
反射的に空中に回避しようとするが……もうすでに遅い。
刃もフェイト自身も赤い糸に捕らわれた。

「……ふふ……ふははははははは」

笑い声が響く。
そして同時にコツ、コツ、コツと。
足音が聞こえる。
段々と姿が露になってくる。

「……あっ!」

そして現れた登場人物にフェイトと、ナンバーズでさえも驚きの表情を持って彼を迎えた。

「普段は温厚かつ冷静でも、怒りと悲しみにはすぐに我を見失う」

登場した人物──スカリエッティは右の手のひらを握り締める。
すると刃を捕らえていた糸が圧力を強め、そして刃を……砕いた。

「──っ!」

フェイトが刃を砕かれたことに一瞬、気を取られる。
その隙にスカリエッティが右手をフェイトに向けた。
彼の手のひらから赤い光弾が生まれ──放たれる。

「しまっ──!」

フェイトが防御体制を取ることさえさせずに、光弾は見事直撃した。
フェイトが衝撃で地面へと落ちる。
落ちた瞬間、フェイトの周囲を陣が囲み、そこから生まれる糸がフェイトの頭上で束ねられる。
スカリエッティは歩みを進め、フェイトの前まで歩み寄る。

「君のその性格は、まさに母親譲りだよ。フェイト・テスタロッサ」

そして歩きながら、スカリエッティは浪々と語る。

「君の母親、プレシア・テスタロッサは実に優秀な魔道師だった。私が原案のクローニング技術を見事に完成させたくれた。だが、肝心の君は彼女にとって失敗作だった。蘇らせたかった実の娘、アリシアとは似ても似つかない……単なる粗悪な模造品」

スカリエッティはフェイトを嘲るように笑う。

「それゆえ、まともな名前すらもらえずプロジェクトの名をそのまま与えられた記憶転写クローン技術、プロジェクト・フェイトの最初の一派──フェイト・テスタロッサ」


















      ◇      ◇

















── ビル ──


クロスミラージュから敵に発見されたと伝えられた。

──見つけられた、か。

「シューターとシルエット、現状維持。後はここで迎え撃つ」

クロスミラージュから了承の意思が伝えられた。
ティアナは痛みと疲れで乱れている息を無理やり整える。

──右脚も潰されてカートリッジも魔力も、もうあとちょっと。

頼みの綱の最後の一発勝負も通用するかどうか。

「……………………」

少し笑いそうになった。
今のこの現状に。

「……以前、先生には言ったし、さっきも思ったんだけどね」

小さな声で、クロスミラージュに告げる。

「私は六課の前線メンバーと比べると、ずっとずっと……凡人」

隊長はおろか、同僚にさえも劣等感を抱いてる。

「ホント、あのメンバーから考えると笑っちゃうわよね」

自分は彼女達とは違う。

「私はどんなに頑張っても、万能無敵の超一流になんてきっとなれない」

どれだけ頑張ろうとも、届かない。

「今でも少しは悔しくて、情けなくて、認めたくないけどね」

出来ないことは出来ない。

「その考えは今もあまり変わらないんだけど」

自分と同じ人に会ったことで、一つだけ変わったことがある。

「だけど──」

と、ここまで口にした瞬間、壁のコンクリートが砕かれる音がした。

「──っ!」

音のした方向を確認する間もなく、ディードとノーヴェが突っ込んでくる。

「…………っ!!」

ディードの斬戟が迫る。
ティアナは咄嗟にガード。

「うあああああああっ!!」

次に来るノーヴェの回し蹴り。

「このっ!」

ディードの双剣を押し返すと、左の銃だけで抑える。
そして空いた右のクロスミラージュで蹴りと相対させる。
瞬間、衝突の勢いが周囲のコンクリート片に及んで、爆煙が広がる。
ティアナはその隙に距離をとる。

──考えろ。

煙に身を隠しながら、次の手を考える。

「………………シューター」

維持していたシューターがティアナの背後に2つ、現れる。

「シルエットは破棄」

幻影魔法を発動させるための魔力を、全て次の勝負につぎ込む。

「…………次で最後にする……」

ティアナ呟くと、煙がだんだんと晴れてくる。
ナンバーズは姿を隠していないティアナに驚きの表情を見せていたが、すぐに距離を詰めながらフォーメーションを取る。

──…………ん?

不意に、違和感が生まれた。

──目の前のナンバーズの位置、それに他のナンバーズの位置も……。

さっき、見たように思える。

──既視感……じゃないわね。

この極限状態において、そんな勘違いをするはずがない。
もう一度、以前の状況と今の状況を整合する。

──やっぱり、最初のときと同じポジショニングだ。

何も違わない。
どこもズレがない。
単純なフォーメーション。

──…………ああ。

そうか、と。
気付いた。
強いからこそ、複雑なポジションは必要ない。
単純明快なフォーメーションであればいい。

──見つけた。こいつらの唯一の穴。

強者に囲まれていたからこそティアナだからこそ、気付けた一つの突破口。

──完璧だけど単純な連携なんだ。

強者ゆえの倒し方。
強者ゆえの、敵を狩る方法。
なら、その単純極まるフォーメーションを突破するには?

──コンビネーションの初動。それを見抜ければ。

勝算は格段に上がる。
と、ティアナはここで自分の言葉に間違いを見つけた。

──見抜ければ?

違う。

──見抜くんだ!

絶対に見抜く。


『戦闘は魔力だけでやるものですか?』


ユーノの言葉を思い出す。
力で押し込めるわけじゃない。
自分は六課の中で唯一、力で押し切れるタイプじゃない。
そしてユーノが言ったことを、模擬戦で嫌というほど思い知らされた。

──それにあの時、言ってもらったんだから。




『えっと……その……なんだ。頑張れよ』




本当に嬉しい言葉を、照れている彼から貰ったから。




──だから磨いたんだ。




洞察力を。

発想力を。

魔力と才能以外のものを。




──そうすれば。




「おおおおおおおっっ!!」

「………………っ!」

ノーヴェとディードが飛び込み、ウェンディがチャージを始める。
一歩、二歩と足音が近づいて来るのが聞こえる。

「ここ!」

タイミングを見極め、シューター二つを前後に打ち分ける。




──そうすれば、私は超一流になれる人達と比べることができる。




片方はノーヴェへ。




──私は劣等感を抱くことができる。




もう片方はディードに向ける。
が、二つともほんの少しの動作でかわされた。




──超一流にはなれなくても。




でもそれは、ティアナの読みどおり。




──何でもできるスーパーマンにはなれなくても。




勝敗を分ける綱渡りはここから。




──私は一流になれるんだってことを。




爆煙をあげるためにクロスミラージュからシューターを一発地面に。
チャージをしているウェンディに一発、打ち込む。

「今までの勝負であんたのチャージ時間は把握出来てるのよ!」

「…………ぅ……!!」

撃てるほどにチャージできていなかったウェンディは、シューターが着弾したのと同時に溜めていた光弾全てを爆散させる。




──信じて頑張るんだ。




煙がティアナの作った煙と相俟って、周囲ほとんどを埋め尽くすほどに広がる。
この煙の最中、同士討ちがあるためにナンバーズはうかつに動くわけいかない

「でも、いるとしたら……」

一人だけ。

「後ろ!」

ダガーモードで背後から襲い掛かってきたディードの斬戟を受け止める。

「──なっ!?」




──願って頑張るんだ。




同時に先ほど撃ったシューター二つを操作する。




──もがき続けていれば。




ウェンディには先ほど射撃をした。
その位置にクロスミラージュの補助を受けて操作する。
ディードは今、真後ろにいる。

「距離は把握してんのよ」

そしてディードに向けて撃った光弾をウェンディへ。
ノーヴェに撃った光弾はディードへと向ける。

「いけ!!」

シューターがウェンディの顎とディードの後頭部を打ち抜く。




──あがき続けていればきっと。




二人が倒れ、煙が消えていくのと同時、

「ウェンディ、ディード!」

ノーヴェがナンバーズを呼ぶ声がする。
ティアナは近づいてきたノーヴェに銃を突きつける。




──私が誇れる『私』になってると思うから。




「貴方達を保護します!」




──……そうですよね。










「武装を……解除しなさい!!」










──ヴァイスさん。



























── ヘリ ──


「…………ふぅ……」

ガジェットを破壊しながらヘリで新人達のところへと突き進む。

「そこまで怪我の影響は出ないみたいだな」

銃を支える左手は多少痛むものの問題ない。
引き金の弾く右手の指は何も問題ない。

「ホント、先生様々だぜ」

ユーノにとって次の日に事件というのは予想外だったろうが、それでも予想以上に動ける。
ヴァイスは愛銃を手に持って語りかける。

「もう一度、一緒に頑張ってくれるよな」

ヴァイスの言葉にストームレイダーが肯定を示した。

「サンキュ」

マガジンを入れ替える。
そして新たな弾をリロードする。

『ヴァイス陸曹、そろそろ着きます!』

アルトから通信が入る。

「了解!」

片膝を立てて、射撃の準備をする。

「旦那。そろそろ結界を解いてもらわないと……」

と、ヴァイスが呟いたとき、ビルを囲んでいた結界が消えた。

「さっすが旦那。漢はしっかり仕事をするねぇ」

ヴァイスはザフィーラを称賛する。

「さてと、敵さんは……」

スコープを覗き込む。
そこにいたのは、

「…………あいつ、立ち位置が悪過ぎんだよ……」

最初に見えたのはティアナの姿。
その後ろ、ほぼ直線上に敵の姿が見える。
射撃を少しでも失敗すれば、ティアナに当たる。

ドクン、と。

心臓が高鳴る。

「……落ち着け」

一度、深呼吸をして心臓を落ち着かせる。

「まずは認めろ。俺は前に失敗してることを」

ああ、そうだ。
思い出せ。
あの時の想いを。
あの時の気持ちを。

「俺は大切な妹を傷つけちまったんだ」

一生消えることの無い心の傷を胸に秘めて、ヴァイスは狙いを定める。

「そんでいつまでもぐだぐだ後悔したさ」

照準をナンバーズの一人──ティアナと対峙している奴ではなく、

「大切なお前も手に取れなかった」

密かに武器を手にした、倒れている一人に照準を合わせた。

「回り道もしてきた」

引き金に指を掛ける。

「でもな」

可能な限り、敵の行動を予測する。

「そんな俺だって……」

一挙手一投足を逃さないため、さらに集中力を高める。

「そんな俺だってなぁ!」

ティアナと対峙していたノーヴェが動いたのと同時、倒れていたディードが起き上がった。
瞬間、ヴァイスは引き金を弾き……叫んだ!






「好きな女ぐらい護りたいんだよ!!」






発射された光弾がティアナの横をすり抜けて、ディードに見事的中する。
ノーヴェがそれを見て動揺した隙を突いて、ティアナが距離を縮めた。
そこでヴァイスはスコープから目を外した。

「…………うし」

撃てた。

「……これで…………ラグナとも目を見て話せるよな」

ようやく、一つ乗り越えられた。
何年も抱いていた、このわだかまりを。

──やっと捨てられる。

兄妹を阻んでいた、くだらない壁を。

「そしたらラグナとあいつを……ティアナを会わせるのもいいかもな」

























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