prologue1


















元に戻りたかった。




『後悔しているだけだった』




昔のように話したくて。




『昔の失敗を糧にできなくて』




今はただ、頑張ろうと思った。




『今はもう、目を見ることもできない』








── でも、いつか ──








話せる日が来ることを待ってる。


『あいつの目を見て』


お兄ちゃんが目を見てくれて。


『昔のように、話すことを』






── その日が来ることを、願ってる ──
























prologue2
















父親の気持ちを知って、初めて怖くなった。


戦場に出るという行為に。


父親の想いを知って、初めて理解できた。


子供の自分が己の意志で戦場に行って戦うという、愚かしさに。








そして……思った。








父親がそうなら、母親もきっとそうなんだろうって。


心配性の母親なら、きっと父親よりも怖がってるんじゃないかって。




──そうだ。




自分達が戦場に行くことを、喜ぶはずがない。


「だっておとーさんと同じように」


「母さんだって」






──すごく優しいんだから。


























「My family」外伝


『original strikers』







第四話

「願い」
























11月18日 

──無限書庫──




「司書長、そろそろお休みになられたほうが」

「そうだよ。4日間起きっぱなしなんだから休憩を取ってきな」

ユーノは今日を含めて5日間、アルフと司書達を動員して聖王に関することを調べている。

「でも、もうちょっとだけ……」

「そんなに無理するんじゃないよ」

ユーノの頭をはたいて、無理やり検索を終了させる。

「あんたのおかげで、あたし達がやっても明日の朝には資料発掘は完了するんだから。今日は休みなって」

「……もしかして、休んだほうがいい?」

ユーノが聞き返すと、その場にいる司書全員から「休んでください!!」と怒鳴られた。

「え、えっと、じゃあ……お言葉に甘えようかな」

疲れのピークはとうに過ぎている。
先ほどもしたのだが、1日に1回は通信している子供達に疲れを見せないようにするのが、ことのほか大変だった。

「あと、さっきザフィーラが目を覚ましたんだってさ。お見舞いに行ってやんなよ」

「アルフは行かないの?」

「あたしは…………いいよ。行ったらぶん殴っちまいそうでさ。殴るのは怪我治ってからにしたいんだ」

言いながら、アルフはユーノをドアへと押しのける。

「ん、わかったよ。お見舞いついでに休ませてもらうね」

司書達にも休むことを伝える。
すると全員がほっ、とした表情になった。

「明日までは無限書庫に来ないでくださいよ」

「絶対ですからね」

そして司書達から絶対に休むように念を押された。

「まあ、考慮しておくよ」

ユーノはそんな司書達に苦笑しながら、無限書庫から出て行った。


















      ◇      ◇


















── 病院 ──




病室を看護士に訊くと、ヴァイスは集中治療室ではなくザフィーラと同じ部屋の一般病棟に移ったのこと。
病室の前に着くとユーノはノックをしてから、ドアを開けた。

「どうも、ザフィーラさん。調子のほうはどうですか?」

「ユーノか」

「……先生」

ザフィーラに挨拶すると、隣のベッドからも返事があった。
ユーノは笑顔を浮かべると、二人の間に椅子を置いて座る。

「ヴァイスさんも目が覚めたんですか」

「たった今っすよ」

ヴァイスは薄っすらと目を開ける。

「今日は何日っすか。俺はどれくらい寝てた?」

「六課襲撃の日より6日後ですよ」

「他の奴らはどうしてるんです?」

「次に起こるであろう事件のために動いてますよ」

ユーノが答えると、ヴァイスは傷ついた身体を少しだけ起こす。

「次の事件のためにって……移動する時のヘリはどうするんすか!?」

そうヴァイスがユーノに問いかけた瞬間、






「ヘリはアルトさんが操縦するって」






答えはドアを開けて入ってきた少女によって得られた。

「──っ!」

「シグナムさんとアルトさんが教えてくれたの」

少女は親しげな表情でヴァイスの隣まで歩いていく。

「……ラグナ」

一方でヴァイスの表情は少女とは全く別の……引け目すら感じるような表情を浮かべた。

「それと怪我して大変だから、お見舞いしてあげてって言われたの。お兄ちゃん、大丈夫?」

「…………ああ……」

ヴァイスが『お兄ちゃん』と呼ばれたのを聞いて、ユーノが尋ねる。

「妹さんですか?」

「……ええ。妹のラグナです」

ヴァイスに紹介されて、ラグナがユーノとザフィーラに頭を下げた。

「怪我はそんなに心配ないそうだよ。静かに入院してればすぐ治るって」

「……そうかい……」

ヴァイスの返答が、普段の彼とはかけ離れている。
暗く、感情を押さえつけている印象がある。
ラグナはヴァイスの他人と接するようなやり取りに、表情がくしゃりと歪んだ。
少しだけ泣きそうな表情になった。

「…………あのね」

そして小さな声で……兄がこうなった原因を口にした。

「あの時の……あの時の事故からお兄ちゃんと私、なんだかうまく話せなくなっちゃったけど」

“このままでいい”なんて思わない。

「昔みたいに戻れたらって……思うの。左目もね、傷……消えたでしょ。眼帯ももう、しなくてよくなるって」

ラグナが眼帯を外す。
ヴァイスの表情がより一層、後悔した表情になった。

「……………………」

「……お兄ちゃんが元気になったら、私達……また昔みたいに話せるかな?」

ぐっ、と堪えるように。
何かを願うように訊くラグナ。

「……………………」

けれどヴァイスは答えない。
否、答えられない。
後悔の念が、言葉を発することを許さない。

「……お兄ちゃん……」

ラグナの声音が震える。
そこで今まで傍観者だった二人のうち、ユーノが声を発した。

「ヴァイスさんらしくないですね。妹さんが苦しんでいるのに何も言わないなんて」

ヴァイスがユーノを見る。
彼がユーノに見せた表情はユーノがよく知っている表情をしていた。
……心から後悔をしている表情を。

「……なんともまあ、情けない話なんですけどね」

「僕達が聞いてもいいんですか?」

「先生たちだから聞いてもらいたいんすよ」

そしてヴァイスは一呼吸置くと、語り始めた。

「俺は手前の失敗から逃げて、責任から逃げて、未だに向き合えてないからまたしくじって…………このざまなんです」

ヴァイスの言うことは一つ一つを見れば要領を得ないが、先ほどの二人の会話から推察すれば、どういう意味を持っているのかは分かる。

「何にも吹っ切れてねえから、俺はまだラグナの目をまともに見れねえ。そしてあいつを……ストームレイダーを手に取れねえ」

ヴァイスは包帯を巻かれている左手を握りしめる。
ユーノとザフィーラはヴァイスの独白を聞き終えると、まずはザフィーラが口を開いた。

「……お前がどれほど苦悩しようとも、どう生きるか…………どう闘うか。それを選ぶのはお前だ」

「でも俺はラグナの……妹の目を奪っちまったんですよ!!」

「それは私が──!」

ラグナが否定しようとする。
が、ユーノが止めた。
驚いた表情でラグナがユーノを見たが、ユーノは彼女に笑顔を浮かべるとヴァイスと向き合う。

「ヴァイスさん」

「……先生」

「僕はどうしたほうがいい、こうしたほうがいいと言えるほど凄い人じゃありませんから、気軽にアドバイスなんてしません」

そんなことは出来ない。

「でも、僕はヴァイスさんと『同じ』だから。一つだけ……僕の考えを聞いてもらってもいいですか?」

同じように後悔したことがあるからこそ言えることがある。
ヴァイスは一つ、頷いた。

「僕がヴァイスさんと同じような失敗から思ったことは……」

なのはが怪我をしたとき、『彼女と魔法を出会わせたことに後悔した』から彼に伝えたい。




「10年後、『今の自分』を振り返ったときに“後悔していない自分”であったらいい。その選択を惜しまなかった自分でいたい。僕はなのはが怪我をしたとき、そう思ったんです」




偶然なのはに魔法を教えてしまったことを後悔をした。
だからもう、自分の選択を後悔しないって決めた。
大事なことにはより慎重に。
選んだことには責任を持つと……決めた。

「僕らは一度、失敗してるから……」

「……先生」

「もう、後悔はしたくないんですよね」

ユーノは苦笑いする。
あんなに辛いことは、何度も味わいたくない。

「だからヴァイスさんも今、この瞬間の選択を後悔しないようにしてください。本当にこのままでいいのかどうかを」

過去には戻れないからこそ、今この時の選択に悔いを残さないでほしい。

「それがヴァイスさんの友人としてのお願いです」

ユーノが言うと、ザフィーラも口を挟んだ。

「私からもう一つ、いいか」

「……旦那」

ヴァイスが自分を見たのを確認すると、ザフィーラはラグナに視線を向けた。

「お前はこの子に、一人で背負わせるつもりなのか?」

「……え?」

「お前が向き合わないということは、そういうことだ」

視力を失ったこと。
兄が妹にしてしまったこと。
妹に兄が負わせてしまったもの。
その全てをラグナに背負わせることになる。

「私は友人として、お前がそういう奴ではないと思っている」

ザフィーラがそう伝えると、ヴァイスは一度俯いた。

「…………………………」

そして10秒ほど黙る。

「…………………………」

だが、次の瞬間、

「……うしっ!」

俯いていた顔を上げた。
表情は晴れやかだった。

「ラグナ」

ヴァイスは妹に声を掛ける。

「もうちょっと待っててくれ。ちゃんとお前と向き合えるように、頑張ってくるから」

怪我とも後悔とも向き合うために。

「この事件が終わったら、前みたいに話せると思うから」

後悔したままの自分は嫌だから。

「それまで待ってくれるか?」

「……うん。わかったよ、お兄ちゃん」

ラグナが笑顔を浮かべた。
それはこの場に来て初めて見た、少女の笑顔。
兄と正直に話すことで初めて得られた、心からの笑顔。



























帰っていくラグナに三人で手を振る。
そしてドアが閉まった途端、ヴァイスが声を張り上げた。

「こうしちゃいられねえ。旦那、すぐに俺らも準備を──」

「駄目です」

瞬時にユーノに却下された。

「ど、どうしてっすか!?」

「そんな怪我人を戦場に行かせる馬鹿がどこにいますか」

ギプスを嵌めている右腕に包帯を巻かれている左手。

「ザフィーラさんもですからね」

「…………むぅ」

ザフィーラがうなる。
どうやら彼もヴァイスと同じ気持ちだったらしい。

「……まったく。もし戦場に行きたいのなら動ける状態まで僕がしてみせますから、それまでは絶対に動かないで下さい」

「……いいんですかい?」

「戦闘が始まったらどうせ行くんでしょう? でしたら限界までここで傷を癒してください。回復の結界魔法で明日までに必ず二人を動ける姿に癒してみせますから」

意識ある人が回復に努めれば、明日までに最低限動けるようにはなるだろう。

「事件が起きなければ明々後日まで……それまで待ってください。そうすればかなり楽に動けるようになるはずです」

「これから事件が起きても、明日までは動くな……ということか」

「重傷者が今から動くのと、少しは傷の癒えた負傷者が次の日以降に動くのだったら後者のほうがいいですよ。貴方達はぎりぎりまで留まってください。重傷者がいるのは邪魔なだけです」

そしてもう一つ理由がある。

「あとですね。これ以上、僕達に無駄な心配をさせないでください」

怪我人が動くということが、どれほどの心配を生むか知っているのだろうか。

「ヴァイスさんはラグナちゃんの他に、ティアナさんまで泣かせるつもりですか?」

「いや、別にそんなつもりは……」

「ザフィーラさんも、これ以上アルフに心配をかけさせないでください」

「………………それは……」

「分かってるのなら、どうするべきか分かりますよね?」

聞き分けの悪い子供をたしなめるようなユーノの言い方。
その言い草に、ヴァイスがついに苦笑した。

「ったく、先生には敵わねえな」

「今はユーノの言うことを聞いておこう」

ヴァイスもザフィーラも頷く。
が、ここでユーノはあることを思い出した。

「ただ、ザフィーラさんは事件が終わったら、アルフに殴られることを覚悟しておいたほうがいいですよ」

「……分かった」

諦めたようにザフィーラが頷く。
彼女が激情家だということは、自分がよく知っている。

「それじゃあ、僕は魔法を設置して……と」

ユーノは魔方陣を展開する。

「いいですか。事件が起きるまでは動かないで下さいよ」

「分かってますって」

「分かっている」

二人が頷いたことに、ユーノは大いに満足すると、

「でしたら、僕は帰りますね」

椅子から立ち上がって帰り支度を始めた。

「……と、そうだった。そういえばザフィーラさんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「何だ?」

「どうして犬型でいるんですか?」

基本的には犬のザフィーラしか見ていない気がする。

「確かに。人間にもなれるのにどうしてっすか?」

ヴァイスもユーノに言われて気になったのか、ザフィーラに問いかける。
ザフィーラは少しだけ黙ったが、

「…………犬の私にたくさんの笑顔を向けてくれたからな」

小さな声で、心に浮かんだ感情を紡ぐ。

「あの笑顔を取り戻すまでは、この姿で戦おうと思ったまでだ」


















      ◇      ◇

















11月19日

── アースラ ──




フェイトはシグナムと話しながら通路を歩いていた。

「すまんな。エリオの申し出を勝手に受けたりして」

「いえ、問題ないですよ」

「エリオなりにお前に……母親に心配をかけたくない一心だ。察してやれ」

「……はい。大丈夫です」

シグナムに言われなくとも、ちゃんと理解してる。

「私はエリオの母親ですから、エリオがどうして言ってくれなかったのかぐらい……理解してるつもりです。あの子が知ったからこそ、心配してくれたのを」

「……どういうことだ?」

聞き返すシグナムに、フェイトは少しだけ笑う。

「エリオはこの間、そのことをユーノに教えてもらったんです。私達が──親がどれほどエリオのことを『心配』しているのかを」

「スクライアから?」

「ええ、そうですよ」

ユーノ──父親がエリオに教えた。
家族だからこそ『心配』することを。

「今までだったら、きっと私にも教えてくれてたと思います。でも、この間ユーノがエリオに言ってくれたんですよ。『エリオが戦場に行くことで、僕は傷つく』って。大事な子供が戦場に行くことを親が喜ぶはずないって。そのことをエリオに教えてくれたんです」

「……そうか。スクライアも父親だったな」

「エリオとキャロのお父さんです」

大切な二人の父親。
そして自分の大切な恋人。

「それでですね、エリオはシグナムに訓練を申し出たとき、きっと思ったんですよ。ユーノ以上に心配性な私のことだから、きっと同じ想いをしてるだろうって」

戦場に行くために訓練をする自分を見て、喜ぶはずない。
だから言わなかった。

「……それにあの子達、私が忙しいから気遣ってくれるんです。ここにいる間、挨拶だけで必要以上に私に関わろうとはしませんし、私の所にも来ません」

「エリオもキャロもお前の負担になりたくないのだろう」

「でも、二人のことはユーノにまかせっきりで……」

「スクライアも二人の父親なのだろう? それなら──」

「今は私よりもユーノのほうが忙しいんです。それなのに彼はどんなに忙しくても二人に連絡してるんですよ。疲れた顔は何一つ二人に見せないで、あの子達と話してるんです」

疲れているはずなのに平気な顔をして、エリオとキャロと会話をしている。

「私も通信とかはしてるんですけど、今までが今までだったから時間とか気遣われちゃうんですよ」

時間大丈夫ですか、お仕事はいいんですか、など。
二人は仕事の邪魔をしないように配慮してくれていた。

「でも幸い、これからは時間がありますから今度は私の番です。私は新米お母さんですけど、それでも『母親』ですから」

新米お父さんが頑張ったのだから、今度は新米お母さんが頑張る。
シグナムはそんなフェイトの様子を見て、少しだけ表情を崩した。

「……変わったな、テスタロッサ」

「そうですか?」

「ああ。新しい『芯』ができた気がする」

今までになかった新しい『芯』──『母親』という芯が彼女にしっかりと存在している。
そんな気がした。
フェイトもシグナムの言いたいことが分かったのか、

「そうかもしれませんね」

素直に頷いた。

「でも、もし『芯』ができているとしたら、きっとそれは……」

「それは?」

「ユーノがいたからなんです」

でなければ、シグナムの言っている『芯』は生まれなかった気がする。

「あの人が『父親』として頑張っていた姿が…………本当に羨ましかったから」

キャロに父親として接しているユーノの姿が羨ましかった。

「だから私は『母親』になるって決めたんです。『母親』だからこそ二人の『保護者』で『家族』なんだって思いたかった」

「……そうか」

「もちろん、エリオとキャロだから『母親』になりたかったんですけどね」

そう言ったフェイトとシグナムは顔を見合わせると、お互いに表情を崩した。

「それじゃあ私、これから二人のところに行きますね」

話しながら歩いていたら、いつのまにか分かれ道にたどり着いた。

「頑張れよ」

「はい」
























訓練が終わって、エリオとキャロがソファーに座りながらユーノと通信画面越しに話しているときだった。

「エリオ、キャロ」

フェイトが二人のところへやって来た。

「あれ? お仕事は大丈夫なんですか?」

「うん。やることは大抵終わったんだ」

言いながらフェイトもソファーに腰を降ろす。
彼女の姿を見て、通信画面上のユーノの表情が少し和らいだ。

『久しぶり、フェイト』

「久しぶりだね。ユーノは……えっと、家にいるの?」

『昨日、アルフから休憩しろって言われてね。これから家を出るところだよ』

「もしかして、仕事に行くところだったのを邪魔しちゃった?」

『いや、大丈夫だよ。それ以上に君の顔を見れて良かった、っていうのが本音だから』

と、ここでユーノはキャロとエリオに視線を向けた。

『それに子供達もフェイトと話すの我慢してたからね。今までフェイトが忙しかったみたいだから』

ユーノが言った瞬間、二人がすごく焦った表情になった。

「ちょ、ちょっと父さん! それは言わないでくださいよ!」

「そ、そうですよ!」

『あはは。ごめんごめん』

抗議する二人をよそに、ユーノは笑い声を上げる。
そしてひとしきり笑った後、三人にユーノは手を振った。

『それじゃあ、僕は仕事に行くから』

「はい、また今度です」

「父さん、また今度」

「またね、ユーノ」

『三人とも、またね』

最後までユーノが手を振る姿を映すと、通信画面が消えた。
フェイトが二人の表情を見ると非常に満足した表情になっていた。
が、エリオの表情が嬉しい以外に何か……別の感情が含まれているように感じた。

「エリオ、どうしたの?」

気付いたフェイトが尋ねると、エリオは少し苦笑いをした。

「いや、やっぱり父さんは優しいなって思って」

「どういうこと?」

何を当たり前のことを言っているのだろうか?
不思議に思ったフェイトが尋ねる。

「……この間、父さんと二人で話してたときのことなんですけど」

病院の庭を歩いているときのことを思い出す。

「あの時、父さんがほんの一瞬だけ泣きそうな顔してたんです」

今でも覚えてる。
父親と話した時のことを。
……父親が僅かに見せた、泣きそうな顔をした時のことを。

「僕のために酷い言葉ぶつけて、僕よりも自分が傷ついてた」

誰よりも先に父親が泣きそうだった。

「本当に父さんは馬鹿みたいに優しくて、どこまでも優しくて、こっちが泣きたくなるぐらいに……優しいんです」

「そうだね」

「おとーさんだもんね」

それがユーノのユーノである所以。

「なのに僕、まだ父さんに何も返せてないんですよ。キャロほど深く関わっていたわけでもないのに、キャロより先に会っただけなのに、それでも父さんはあの時…………僕をキャロと同じくらい大切だって言ってくれた父さんに何も返せてない」

二人の前から逃げ出したとき、ユーノは自分にそう伝えてくれた。

「こないだだって、本当に僕のことを思ってくれたから言ってくれたんです。なのに父さんが泣きそうな顔して……」

自分以上に苦しんでた。

「…………本当に馬鹿なんです、僕は」

父親に言われるまで、当たり前のことに気付いていなかった。

「僕が言ってることは間違ってない。当然の想いだからこそ、僕が戦場に行くのも間違ってない。皆を守るため、世界を守るため……そんなこと言って子供の僕が戦場に出ようとしてた」

そこで戦おうとしていた。

「もっとすぐ近くに、僕が戦場に行くだけで傷ついちゃう人がいるのに……」

当たり前のことを何も分かっていなかった。

「戦場に行く僕はきっと間違ってる。父さんを傷つけてるのに『正しい』なんて……絶対に思いたくない」

「……エリオ君」

「……エリオ」

心配そうにキャロとフェイトが声を掛ける。

「だから、それでも行くことを認めてくれた父さんとの約束だけは絶対に守りたいんです」

帰ること。
この約束だけは絶対に破りたくない。

「それに母さんだって、きっと父さんと同じ気持ちですよね?」

フェイトはユーノ以上に心配性だから。
同じ気持ちなんだろうって思っていた。

「……当たり前だよ」

フェイトはソファーから立つと、二人のことを優しく抱きしめた。

「大切なエリオとキャロが危険な場所に行くこと……私はどんなことがあっても喜ばない」

無理だ。
喜べるはずがない。

「本当はすごく怖いよ。二人が危ない目に会うと思うと怖くて怖くて、絶対に行かせたくないって思う」

「……母さん」

「……ごめんなさい」

エリオとキャロがフェイトの服をぎゅっ、と握り締める。

「でも、ユーノが──お父さんが行くことを認めたんだよ」

親バカの彼がこの子達を行かせるのだから。

「だったら私が認めないわけ、いかないよ」

ユーノがどれほどの想いで決断したのか分かるから。

「……おかーさん。私達、絶対に帰ってきます」

「約束します」

二人の想いを裏切るまねはしない。

「私達がおとーさんとおかーさんに何を返せるか分からないけど、それでもこれから“何か”を返すために」

「父さんと母さんの所に帰って考えたい。二人に恩返しできる方法を」

「……恩返しなんて必要ないよ。私達は二人がいるだけで十分──」

「それでも僕達は……考えたいんです。恩返しするために管理局にいることが本当に母さんへの恩返しになってるのか。ここにいることで本当に父さんへ恩返しできるのか。そこから考えたいんです」

両親のためにどうすることが一番良い方法なのか。
自分達のためにどうすることが一番良い選択なのか。
二人のことが大好きだからこそ、しっかりと考えたい。

「……エリオ、キャロ」

フェイトは抱きしめている力を強くする

「じゃあ、事件が終わったらみんなで考えよう。エリオとキャロとお父さんとお母さんの四人で」

家族で話し合って、それで皆で決めよう。
私達にとって一番幸せの“カタチ”を。
最高の“カタチ”を。
事件が終わったら、家族みんなで探そう。

「ね、二人とも」

「はいっ!」
「はいっ!」













































また一つ、理解した想い。






また一つ、届いた気持ち。






より強く、繋がった親子。






……けれど、穏やかな時間は長く続かない。












──始まりの音が鳴る。












戦いを告げるアラームが…………響いた。




































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