君のことが好きだから。
君のことを愛しているから。
だから支えたいと願い、護りたいと思ったんだ。
誰よりも…………君を。
この想いはスフェーンのように不変で……純粋。
故にどんなことがあろうとも揺るがない。
故にどんなことになろうとも揺るぎない。
どこまでも真っ直ぐな、永遠の誓い。
── 彼女の心だけは、絶対に護る ──
彼にとって、この世で一番大切な誓い。
「My family」外伝
『original strikers』
第三話
「誓い」
ユーノがエリオと一緒にフェイト達の所へ行くと、もう買い物は終わっていた。
フェイトはまだやることがあるらしく、ユーノと一言二言会話を交わしたあと、すぐにどこかへと行ってしまった。
ユーノはキャロとエリオを連れて病室に戻り、ティアナ達に買ってきたものを渡す。
その際、スバルの様子がさきほどよりも“良い”と思えたのは、おそらくティアナのおかげだろう。
「さて、と。そろそろ僕は行きますね」
新人達の様子に満足すると、ユーノは帰り支度を始めた。
「え? おとーさん、どこか行っちゃうんですか?」
「しないといけないことがあるからね」
「……仕事ですか?」
「そうだよ」
そう言うと、キャロとエリオの表情が少し暗くなる。
だが、
「僕はさ、君達が怪我しないように仕事をしないといけないんだ」
ユーノの言葉を聞いた瞬間、暗かった表情が疑問に変わった。
「どういうことですか?」
「僕はこれから、今回の事件に役立つ資料を無限書庫から見つけに行くんだよ」
事件に関わることを、些細なことでもいいから調べ上げる。
「少しでも情報はあったほうがいいでしょ?」
「…………それはそうですけど……」
父親のやることが自分達の為だというのは分かっている。
けれど、それでも“一緒にいたい”という気持ちがある。
ユーノはそんな子供達の感情を察したのか、
「とはいっても、今日はその下準備だからね。夕方ぐらいには戻ってくるよ」
ということを付け加えた。
「本当ですか!?」
「本当だよ」
ユーノがそう答えると二人の表情がほっ、とする。
「まあ、そういうわけなのでティアナさん、ナカジマさん。少しの間、二人のことをお願いします」
「はい、わかりました」
ティアナが返事をする。
スバルも慌ててこくこく、と頷いた。
「それでは失礼しますね」
エリオとキャロにひらひら、と手を振りながらユーノは病室を出て行く。
そして病室を後にした彼の行き先は……機動六課宿舎。
◇ ◇
コンクリート片が数多く散乱している。
襲撃の傷跡は、六課宿舎のあたり一面に酷さを物語っていた。
「……やっぱり酷いな」
建物全体は残っているものの、無傷で残っているものは一つもない。
特に壊れ方の酷い建物の周りでは、管理局の局員がせわしなく動いている。
「とりあえず、なのはを探そう」
ユーノは周囲を見回そうとする。
すると、すぐ真後ろから、
「ユーノ君!」
聞き覚えのある声がした。
声の聞こえた方向を見てみれば、そこにいたのは探していた女性がいた。
「ユーノ君、来てたんだ」
なのははユーノの下へ歩み寄っていく。
追随して、一緒に調査をしていた男性の局員もやって来た。
「お久しぶりです、高町教導官」
隣に男性局員がいたため、丁寧な言葉を使う。
「この方は?」
「無限書庫のユーノ・スクライア司書長です」
なのはが紹介すると、彼はユーノのことを知っていたようで、
「彼が“あの”スクライア司書長ですか」
「知ってるんですか?」
「ええ。数ヶ月前にあったパーティーで、司書長を怒らせた捜査二課が無限書庫の司書を使えなくなったのは一部で有名なんです。そのせいで事件解決率、及び事件解決速度が15%から20%ほど落ちましたからね。もともと、無限書庫の使用率が2番目に多かった課なので、何かと不便になったようです」
可哀相だとは思うが、自業自得だと聞いているので同情はしない。
「それで、司書長がどうしてここに?」
「事件について聞かなければならないことが数点ありまして」
そう言うと、ユーノはなのはを見る。
続きは彼女が引き継いだ。
「今回の事件は無限書庫を使う必要性がありますので、彼に協力を求めようと思っています」
今はまだ依頼していないが、後に機動六課から正式な依頼をする。
「なので、私は事件の概要を教えるために少し席を外します」
「すみません。高町教導官から詳しくお聞きするため、彼女を少々お借りしますね」
「了解しました。私はその間に上へ中間報告をしておきます」
「よろしくお願いします」
二人は調査の迷惑にならない場所まで歩く。
そこにたどり着くと、ユーノはなのはに缶を投げ渡した。
「はい、缶コーヒー」
「ありがとう、ユーノ君」
「そろそろ寒い時期になってきたからね。暖かい飲み物でいいよね?」
「うん」
なのはは缶コーヒーを受け取ると、すぐには空けずに両手のひらでコロコロと転がした。
「……温かいな」
長時間外にいたため、缶コーヒーの温かさが嬉しかった。
「──あっ。そうだ」
と、なのはは何かを思い出したのか右手をポケットに入れた。
「ユーノ君かフェイトちゃんのどっちかに会ったら、すぐに渡そうと思ってた物があるんだよ」
そう言ってなのははポケットの中から細長いケースを取り出すと、ユーノに見せた。
「これ、フェイトちゃんのネックレスだよね?」
「そうだけど……どうしてなのはが?」
普段はフェイトが肌身離さず持っているネックレス。
なのはが持っていることに疑問が浮かんだが、すぐに察しがついた。
「……ああ、そっか。フェイト、戦闘になるから外してたんだね」
ユーノの呟きになのはが頷いた。
「もしかしてなのはが見つけてくれたの?」
「さっき、偶然見つけてね。それでどっちかに会ったら渡しておこうと思ったんだ」
崩れ落ちた宿舎から、本当に偶々見つけたにすぎない。
「ありがとう」
なのはからネックレスを受け取りながら、ユーノが感謝した。
「うん。私も見つけることができてよかったよ」
自分が娘にあげたものは燃えてしまったけれど。
でも、大切な親友二人の大事なものを見つけることができてよかった。
彼の笑顔を見て、そう思えた。
先ほどユーノから手渡された缶コーヒーを時折口にしながら、なのはは事件の概要を説明する。
「──聖王。やっぱりそれがヴィヴィオの攫われた理由とみて間違いない、か」
「それ以外に考えられないよ」
ほとんど予想していたことを、あらためて確認する。
当たっている確率はほぼ100パーセントといったところだろう。
「わかった。そこから文献を探してみる」
「ありがとう、ユーノ君」
なのはがユーノに頭を下げる。
「気にしないでいいよ。僕だって手伝いたいからね」
ユーノが笑う。
なのはもつられて、少しだけ笑った。
だが、
──……やっぱり、何か変だな。
その笑顔には何かしらの違和感があった。
無理に笑顔を作っているような……そんな感じがする。
だからユーノは、
「ねえ、なのは」
「どうしたの?」
「辛いなら僕でもフェイトでも、はやてでもいい。頼っていいんだからね」
少し、彼女の心に踏み込んだ話を始めた。
ユーノの言葉になのはは、持っている缶コーヒーを……両手で握り締めた。
「フェイトとはやてはなのはの親友。僕はなのはのお兄ちゃんみたいな人で、さらに親友だよ。だから頼っていいんだ」
「…………でも、フェイトちゃんにもはやてちゃんにも、もちろんユーノ君にもこれ以上……」
負担を掛けたくはない。
親友だからこそ。
「いいんだよ、なのは。はやてもフェイトも、もちろん僕もちゃんと受け止める。だから僕らを頼ってよ」
なのはが辛いのであれば支える。
それが親友なのだとユーノは思う。
「たぶん、この状況で一番いいのはフェイトかな。僕は男だし、はやては忙しいしね」
「でも、それじゃあフェイトちゃんが……」
今、皆のフォローをしに回っているフェイトに、さらなる負担を強いることになる。
「フェイトのことなら安心して。彼女のことは僕が全部受けとめるから」
だから安心して、なのははフェイトに寄りかかっていい。
「ユーノ君……」
「フェイトには僕がいる。僕が彼女を支える」
「恋人だから?」
「もちろん、恋人だからだよ」
右の人差し指で頬をかいて、珍しくなのはの前で照れているユーノ。
その様子が可笑しくて、少しだけなのはから笑い声が漏れた。
「良い彼氏だよね、ユーノ君は」
「お褒めに与り光栄です」
うやうやしくユーノが頭を下げる。
普段の彼からはあまり見られない光景なので、表情にも少し笑みが浮かんだ。
「ホント、いいなぁ」
彼のような人がフェイトの恋人で本当に「良かった」って思って、本当に「嬉しい」と感じで、少しだけ…………フェイトが羨ましかった。
「ユーノ君も私を受け止めてくれるんだよね?」
「フェイトが嫉妬しない程度だったら、受け止める覚悟があるよ」
「……厳しくない?」
「……ちょっと厳しいかも」
お互い、顔を見合わせる。
「もう、ユーノ君ったら」
くすくす、となのはが笑う。
先ほどとは違う、心からの笑顔がなのはに生まれた。
──ユーノ君、ありがとう。
そして笑えたからこそ、ほんの少しの余裕がなのはの中にできた。
──そういえば、フェイトちゃんもやってたな。
あの二人は兄妹だけど、こっちも“兄妹みたい”な関係だ。
だったら一度くらいは“これ”をやってもいいだろう。
なのははベンチから立つと、小走りに離れていく。
「なのは?」
ユーノは遠ざかっていくなのはに声を掛けるが、彼女は止まらない。
しかし、途中で一度振り返ると、
「ありがとう、お兄ちゃん!」
笑顔でとんでもないことを言い放った。
「…………え?」
ユーノが呆然とする。
「はい!? ちょ、ちょっとなのは!?」
大慌てのユーノを見てなのははもう一度笑う。
「またね!」
そして大きく手を振って、仕事に戻っていった。
駆け足で去っていくなのはの後ろ姿が、だんだんと見えなくなっていく。
「まったく、なのはも冗談が好きなんだから」
言われた瞬間は心底驚いた。
「けど、ほんの少し落ち着いたみたいでよかった」
自分に出来るのはこれぐらい。
後はフェイトに任せるとしよう。
「でも、ああいうのはやめてほしいかな」
ユーノは苦笑いしながら、ケースからネックレスを手に取った。
「これもなのはが見つけてくれてよかった」
大切なもの。
ユーノがフェイトに贈った、本当に大事なもの。
「見つかって…………本当によかった」
想いの詰まった宝石。
自分とフェイトの想いを象徴する宝石。
ユーノは、自分の胸元からネックレスを取り出す。
「こうやって並べて見るのは初めてだな」
翠色の宝石と黄色の宝石が陽の光を浴びて輝く。
「どっちも、僕とフェイトにとって大切なもの」
本当にかけがえのないもの。
唯一無二の宝石。
──その二つだから。
そんなペリドットとスフェーンだからこそ、
「…………“使える”んだよね……」
“使う”ことが出来る。
「こんなこと、本当はしなくてもいいんだろうけど……」
言いながらも、ユーノはある準備を始める。
「何事もなく終わってくれるなら、それでいいんだ」
むしろ使わなくて済むならばそれでいい。
使わなくていい状況が、一番ベストだ。
「けど、“もしも”の時のために……」
“もしも”なんてなければいいけれど、もしそうなってしまったら。
そうなってしまった時のことを考えたら。
その時は少しでも彼女の助けになればいいと思うからこそ、ほんの少し細工をする。
ユーノは二つある宝石のうち、ペリドットを手にした。
「……よし」
魔方陣を展開する。
──始めよう。
自分の想いと願いを、ペリドットに込めるんだ。
◇ ◇
夕暮れ時、病院の玄関先でグリフィスと偶然出会った。
「グリフィス君は大丈夫だった?」
「僕は大丈夫です。他の人達と比べても軽傷ですから」
「病室がないって聞いたから、重傷じゃないと思って安心したんだよ」
包帯を巻いてはいるが、そこまで重傷ではない。
むしろ、軽傷といっていいだろう。
「でも、ザフィーラさんやヴァイス陸曹は……」
「確かに大怪我はしたけど、あの人たちのことだからケロっとして復活するよ。きっとね」
「……そうですよね。あの二人ですから」
根拠も何も無いが、何故かあの二人だとそう思える。
「だからさ、事件が終わったらあの二人の全快祝いをしない?」
「いい考えだと思います。やりましょうよ」
グリフィスが景気よく返事する。
「また、こないだみたいに集まりたいしね」
「僕も同じです」
あのメンバーで、また子供みたいな話し合いをしたい。
くだらないことを話して、楽しみたい。
事件が終わったら、もう一度。
と、その時だった。
「父さん!!」
「おとーさん!!」
病院の出入り口から小さな影が二つ出てきた。
「おや、ユーノ先生のお子さんが登場ですね」
グリフィスが見ると、そこでは二人がユーノに向かって手を振っていた。
「まったく、病室で待ってればいいのに」
頭を掻きながらユーノが嘆息する。
特にエリオは怪我をしているのだから、なおさら病室にいてほしい。
「いいじゃないですか。エリオ君とキャロちゃん、ナカジマ三佐の話とブリーフィングが終わってから、ずっとユーノ先生のことを待ってたみたいですから」
「そうなの?」
「ええ。ブリーフィングが終わった瞬間、窓から外を覗いていましたし、そうだと思いますよ」
いつもは大人びて見える子供達が、歳相応に見えた瞬間だった。
「しょうがないなぁ」
困った感じで言うユーノ。
けれども、顔は綻んでいた。
「それじゃあ、あの子達が呼んでるから行くね」
グリフィスに手を振って子供達の下へと向かおうとするユーノ。
「あっ、ユーノ先生!」
「なに?」
急に呼び止められて、ユーノは立ち止まって振り向いた。
「頑張りましょう」
グリフィスはユーノに向けて握りこぶしを作ると一言、それだけを言った。
「……うん」
ユーノは彼の言葉を聞き終えると、グリフィスと同じく握りこぶしを作って彼に見せた。
「頑張ろうね」
そして、同じ言葉を彼に返す。
それだけで、二人の間には何か通じ合えるものがあった。
◇ ◇
エリオとキャロは、寝る直前までユーノと一緒にいた。
おそらく事件が解決するまでは会えないことも理解していたからこそ、子供達は少しでも一緒にユーノといたがっていた。
特にキャロは、
「ほらほら、そろそろ寝ないと明日に響くよ」
「で、でもでも、寝ちゃったらしばらく会えないんですよ!?」
キャロが少しばかり文句みたいなことを言う。
彼女の隣では、エリオがおろおろしながら二人の様子を見ていた。
「それでも寝るの。まず君達がしないといけないのは、しっかりと寝て身体の疲れを取ることだよ」
戦うと決めたのだから、そのための準備を怠ってはいけない。
「事件が終わったらちゃんと会えるから」
ユーノが優しく、諭すように言う。
それでもキャロの表情は晴れない。
「あと、仕事の合間にも絶対に連絡するよ」
「本当ですか!?」
この言葉でようやくキャロの表情がぱぁっ、と明るくなった。
どうやら、父親と全くコンタクトができない、といったところがネックだったらしい。
「僕がキャロに嘘ついたこと、あったかな?」
「ないです」
「だったら、今言ったことが本当だって分かるよね」
ユーノがここまで言うと、キャロも満足したようだ。
「はい。それなら大丈夫です」
笑顔をユーノに見せた。
「ん、よかった。じゃあ、僕はそろそろ行くね」
「「分かりました」」
エリオとキャロが声を揃えて頷いた。
「けど、その前に──」
ユーノはそう言うと、ベッドに腰掛けている二人を抱きしめた。
「父さん?」
「おとーさん?」
問いかける二人に、ユーノは抱きしめている手に力を入れる。
「…………絶対に帰ってくるんだよ」
「……はい」
「……はい」
キャロとエリオは素直に頷く。
「いい返事だね」
二人の返事に満足すると、ユーノはゆっくりと二人から離れていく。
途中で、一緒の病室にいるティアナとスバルにも声を掛ける。
「ティアナさんもナカジマさんも、帰ってきてくださいね」
「ありがとうございます」
「き、気をつけます」
ティアナは気遣ってくれたことを正直に、スバルはどもりながら返事をした。
「それじゃあ、皆さん。おやすみなさい」
最後の最後まで緊張していたスバルに少し笑うと、ユーノは病室のドアを閉める。
「……………………」
そして、そのまま通路で少し立ち止まった。
「…………ふぅ……」
一度だけ息を吐き、
「………………あとは…………」
ぽつり、と呟く。
「彼女のところへ行かないとね」
最後に一人だけ。
心から支えたい女性がいる。
「フェイト」
◇ ◇
ユーノが屋上に繋がる階段で待っていると、そこに一人の女性がやって来た。
一言二言、言葉を交わすと彼女は最後に、
「フェイトちゃんのこと、お願い」
これだけを言って、階段を下りていった。
ユーノは彼女の後姿を見送ると、入れ替わるように屋上に向かっていく。
「……あそこか」
探すまでもなく、フェイトを見つけることができた。
柵に手をかけて遠くを眺めているフェイトの隣に、ユーノは歩み寄った。
ふとフェイトが気配を感じて隣を見る。
そして小さく笑った。
「なのはがね、『もうちょっと待ったらフェイトちゃんが一番会いたい人、ここに来るよ』って言ってたんだ」
そして『フェイトちゃんはここに残ってて』とも言われた。
「それで、その人は来た?」
ユーノが意地悪く尋ねる。
「今、私の隣にいるよ」
ユーノのことをちょん、と指差す。
「昼間はほとんど話せなかったから、来てくれて本当に嬉しいよ」
フェイトは頭をユーノの肩に乗せる。
そのまま数分間、二人はお互いの暖かさを感じていた。
「キャロとエリオは?」
「さっき寝かしてきたよ。これから事件が終わるまでは会えないって言ったら、寂しそうな表情をしてね。だから慌てて仕事の合間に連絡を取るって言ったよ」
「そうなんだ」
「特にキャロが僕にとって鬼門だったね。すぐに泣きそうな表情になるから、すっごく焦った」
「親ばかのユーノはさぞかし焦ったんだろうね」
「まあね」
否定はできない。
内心、必死に取り繕っていたのだから。
「そういえば、昼間はエリオと何を話してたの?」
「戦場に出るって言ってたから、覚悟とかを訊いてたんだよ」
「覚悟?」
「うん。キャロにも訊いたんだけどね、二人がどうして戦場に出るのか、どうして戦うのか、その理由は何なのか。そういったことを訊いたんだよ」
「それでユーノはどうしたの?」
「どうもしないよ。二人の覚悟がどれほどのものか聞いて、それで納得したから」
「本当に?」
フェイトがまるで信じていないように訊く。
「……正直、今回の戦場には出てほしくないけどね。目を瞑ることにしたんだ」
今回は特別に。
「それはそうと、なのははどうだった?」
「やっぱりヴィヴィオを攫われて落ち込んでたよ」
なのはの泣いている姿はほとんど見たことがなかったから、本当に落ち込んでいたことが容易に理解できた。
「でも、さっきすれ違ったときは昼間に会った時よりも落ち着いた感じがした。君に気持ちを吐露できて、すっきりしたみたいだね」
「そうだね。私も『二人でヴィヴィオを助けよう』って言ったから、絶対にヴィヴィオを助け出さないと」
「……二人でヴィヴィオを助ける?」
「うん、そうだよ」
フェイトがそう言った瞬間、ユーノが顔をしかめた。
「……………………」
そして、そのまま何の反応も示さない。
「……………………」
──……そうだよな。
ユーノの心の中で“やっぱり”という気持ちが生まれた。
──分かってたじゃないか。
彼女の性格から、こうなることぐらい。
こんな“言い方”をすることは、予想できていたことだ。
「ユーノ?」
フェイトが押し黙ったユーノに問いかける。
が、それでもユーノは何も言わない。
「あ、あの、私、何か変なことを言った?」
ユーノの肩から頭を上げたフェイトが、ユーノと視線を合わせる。
瞳が不安そうに揺れていた。
──そうだよ。これが性格上の理由だって分かってる。だからこそフェイトなんだってことも知ってる。
それぐらいは、恋人だから理解している。
──でも。
それでも……悲しかった。
彼女が『 』いたから。
──だから。
「………………」
言おう。
普段ならこんな風に言うことはしない。
絶対にしようとは思わない。
けど、それでも今回はきつく言わないといけない。
──僕にも君にも、もう“例外”がいるんだよ。
そのことをフェイトに知ってほしいから。
ユーノは一つ深呼吸すると、フェイトを見据える。
「……君はなのはと“二人”でヴィヴィオを助けるつもりなの?」
「…………え……?」
そしてフェイトに言の葉を突きつける。
「ザフィーラさんはヴィヴィオのお守りをしてた。はやてはヴィヴィオを気にかけてくれていた。エリオだってあの子を“同じ存在”だと感じていたからこそ、気にかけていた」
決して君達だけじゃない。他の人達だって、ヴィヴィオのことを気にかけていた。
「みんな、攫われたヴィヴィオを助けようと頑張るだろうし、エリオなんて助けようとした結果、怪我をしたんだ」
「…………あっ……」
フェイトがユーノの言いたいことに気付いたのか、小さく声を発した。
ユーノ自身、傷ついたエリオとキャロを見たときは生きた心地がしなかった。
「ヴィヴィオを助けたいと願う人はたくさんいるんだよ。それなのに『二人で』なんて、君は彼らの気持ちを無視するの?」
他者の想いを見ようとしない。
“二人で”という、周りを気にせずに言った台詞。
もし、彼らの気持ちを踏みにじるようなことをするのなら、
「彼らの気持ちを無視して、それでも“二人”で助けたいなら………………勝手にしなよ」
「ち、違うよ!」
ユーノの言葉に、フェイトは首を左右に振る。
決してそんなつもりで言ったわけではなかったからこそ、必死に否定した。
「フェイト……」
ユーノは彼女の様子を見て、少しだけ表情を崩した。
それは彼女の本心だって分かっていたから。
けれど、すぐに引き締める。
「別にね、いつもならこういう言い方はしないよ。君の性格を知ってるから、僕がそういうことを逐一教えてあげればいいって思ってる。だけど“これ”だけは……性格上のことだとしても看過できないんだ」
自分と彼女が『親』だからこそ、フェイトの言動を見逃すわけにはいかない。
「あの子は……エリオは必死にヴィヴィオを助けようとして、それで怪我までしたことを僕達は見逃しちゃいけない」
気を失うほど頑張った大切な息子がいる。
「フェイトのその言葉は、エリオの想いと行動を無視することになるんだ」
ヴィヴィオを助けるために動いたのに、フェイトがそう言ってしまうと、エリオの想いが無かったことなってしまう。
「息子が怪我するほど頑張った想いくらい…………ちゃんと気付いてあげようよ」
いくら己が大変だったとしても、どれほど辛かったとしても、それでも子供のことを気にかけてあげたい。
子供の想いに気付いてあげたい。
そのための努力をしたい。
それは、ユーノが掲げている『親』としての在り方。
そして、当然フェイトも掲げている『親』としての在り方。
だからこそ、
「…………そうだよね」
ユーノの言いたいことが、痛いほどに理解できる。
「エリオの気持ち、ちゃんと理解してあげないといけないよね。私はエリオの……お母さんなんだから」
たとえ数ヶ月前になったのだとしても、それでも自分はあの子達のお母さん。
「私はエリオとキャロの…………」
そこで、今度はフェイトの言葉が止まった。
そのまま数秒、静寂が二人の間に生まれる。
「フェイト?」
急に黙ったフェイトに、ユーノが問いかける。
しかし、彼女は応えない。
「………………」
──……そうだよ。
自分はエリオとキャロの母親。
全部を分かることは出来なくても、子供達が大切にしたい気持ちは気付きたい。
大切な“自分の子供”だからこそ、分かりたい。
「……………………」
自分のことを『お母さん』と呼んでくれるから。
自分がエリオとキャロから『お母さん』と呼んでほしいと願っているから。
だから。
だから……
「…………私ね……」
……大きく後悔していることがある。
「なのはがお母さんなら、私もお母さんなんじゃないかって思ってたんだ」
理論も理屈もない、あまりにも身勝手な理由で思っていた。
「……ヴィヴィオと会った、あの時は」
自分もお母さんでいいんじゃないか、と。
そう思っていた。
「だから“私もお母さんだよ”って言ってヴィヴィオに『ママ』って呼ばせてた」
何も分かっていないヴィヴィオに、簡単に『母親』だと言わせた。
「…………そんなわけないのにね」
そんなこと、あるわけがない。
「あと、もしかしたら…………エリオとキャロに『お母さん』って呼ばれてなかったから、ヴィヴィオに呼ばせたのかもしれないんだ」
これに関しては断言できない。
あの時、まだ二人の“母親”として頑張ると決めていなかったから、これが理由とは断言できない。
「……自分の気持ちなのによく分からない。けれど……」
そうだとしても、だ。
「どっちの理由にしたって、今ならそれが最低だって分かってる」
“あの時”の自分は最悪だった。
「私にとって『母親』はもっと重くて、大切で、かけがえのないものなのに」
リンディ、そして……プレシアから学んだこと。
「だからそう簡単に『母親』になれるものじゃないって知ってたのに……」
容易なものでは決してないと理解していたはず……なのに。
「……馬鹿だよ、本当に」
自分はなのはではない。
なのはのように、すぐに母親になれるような人間じゃない。
なのに、ヴィヴィオに『母親』と呼ばせた自分。
『娘』じゃない女の子に『母親』と呼ばせた自分。
「…………情けないよ……」
自分の弱さが。
本当に……情けなかった。
「確かに、それが本当なら肯定することはできないね」
ユーノもフェイトがしたことを、納得できるわけじゃない。
キャロとエリオの父親でも、ヴィヴィオの父親にはなれないと断言したからこそ、納得できるわけがない。
「でも、それが……『人』なんじゃないかな? 時には弱くもなるさ」
だから、そうなることがおかしいとは思わない。
「重要なのは、ヴィヴィオがフェイトにとって『娘』に相当しないとしても……」
変わらないものはあるということ。
「“大切な女の子”だってことは変わらないよ」
『娘』じゃなくても、フェイトがヴィヴィオを助けたいと思っている気持ちは紛れもない本物。
「僕だって一度しか会ったことはないけど、可愛らしい女の子だって思った。なのはの娘なら尚更、助けたいと思ってる」
大切な親友の娘なのだから、より助かってほしいと願っている。
「ユーノ……」
「でもね」
さらわれたのは、ヴィヴィオだけじゃない。
もう一人、攫われた人がいる。
「ナカジマさんのことも忘れないであげて」
「…………ぁ……」
「前にお会いした時にね、ナカジマさんは君を尊敬してるって言ってたんだ」
彼女の父親と一緒に会ったときに、ギンガにそう聞かされた。
「攫われたのはヴィヴィオだけじゃないんだ。ナカジマさんだって攫われたんだよ。お願いだからそれを忘れないで」
大切な仲間なのだからこそ、片隅でもいいから常に考えていてほしい。
「…………私…………エリオの事もギンガのことも気付いてなくて……………………」
ユーノに言われて、ようやく大切なことを思い出した。
「…………本当に最低だ」
自虐的な言葉を吐きながら、フェイトの瞳が潤む。
ユーノはそんな泣きそうなフェイトを、
「大丈夫。そんなことないよ」
引き寄せて、優しく抱きしめた。
「……ユーノ。だって……」
「さっきはあんなに君を責めた僕が言うのも変なんだけど、フェイトは“それ”でいいんだよ。君の“性格”は、簡単に長所にも短所にもなっちゃうだけなんだから」
コインの表と裏のように、良い部分と悪い部分が分かり易い。
「君の良い所はね、真っ直ぐ前だけを見ること」
辛いことがあっても、前を向ける。
前だけを向いて進むことができる。
「けど、それが短所になることもある」
故に周りを見損ねる場合がある。
「今回は短所になっちゃっただけだよ」
ただ、それだけのこと。
「だってなのはがヴィヴィオのことで悲しんでたから、余計にヴィヴィオを助けたいと思ったんだろ?」
他のこと全てを忘れてしまうほど、強く純粋に。
「……うん」
「なら、君の性格を知ってる以上、僕はどうこう言えないよ。エリオのことを除いたらね」
エリオのことは例外として、必要以上に責めることはできない。
「だってそれが“フェイト”なんだから」
「……ユーノ」
フェイトの瞳がさらに潤む。
「君が間違ってると思ったら、僕が君に言いたい」
「……うん」
「君が忘れてると思ったら、僕が君に教えてあげたい」
「……うん」
「君が辛いと思ったら、僕は君と一緒にいたい」
「……うん」
彼の言葉に、フェイトの瞳から少し涙が零れる。
「フェイトを支えるのは僕の特権だよ」
他の誰にも譲らない、ユーノが持っている特別な権利。
「………………私を支えてくれる?」
「もちろん」
この気持ちは揺るぐはずがない。
「僕はフェイトだからこそ支えるって誓ったんだ」
彼女以外には絶対に誓わない。
「だって僕は、君を……」
ユーノは抱きしめていた彼女の身体を少しだけ離すと、彼女の額と自分の額をくっ付けた。
そして優しく微笑む。
僕はフェイトを──
「心から愛してるから」
ずっとずっと、フェイトを想ってる。
「だから僕は君を支え続けるよ」
いつまでもフェイトを支えたいから。
「拒否されたら、ちょっとへこむけどね」
茶目っ気を出してユーノが言うと、フェイトはすかさず否定した。
「私が拒否するわけない」
するわけがない。
「他の誰でもない、ユーノが支えてくれるんだから」
愛している人が支えてくれる。
ただ、それが嬉しくて喜ばしいのに拒否するわけがない。
「だったら、僕はずっとフェイトを支えるよ。10年後も、20年後もずっとね」
ユーノの言葉が、フェイトの心に染み込んでいく。
彼の言ったことの一つ一つが、彼女を喜ばせる。
「なんだか……」
「ん?」
「ユーノにプロポーズされたみたい」
フェイトがはにかむように笑う。
「……そうだね。いつか、君に本当のプロポーズをするから…………」
──お願いだよ。
他の誰でもない、
「僕のところへ帰ってきてね」
それだけを切に願う。
「……返事は?」
ユーノがフェイトに問いかける。
フェイトの答えはもちろん、
「うん」
──りょうかい。
「そういえば、君に渡さないといけないものがあったんだ」
「なに?」
「ネックレス。なのはが見つけてくれたんだ」
ユーノはポケットからネックレスのケースを取り出して、フェイトの前で開ける。
「……見つかったんだ」
自分にとって、とても大切なもの。
事件が終わったら、どんなことをしてでも見つけ出そうと思っていたネックレス。
それが今、目の前にある。
「…………よかった」
ネックレスを取り出して、大事に握り締める。
「これさ、事件が終わるまで……事件の最中でも肌身離さず、ずっと着けてもらっていい?」
「どうして?」
「お守りにしてほしい」
「……うーん。そうしたいけど、戦闘中に壊れちゃうかもしれないし」
「大丈夫大丈夫。僕の想いがさらに込められた特別製だから、簡単には壊れないよ」
「なら着ける」
即答でフェイトが答えた。
あまりの早さに、少し笑いが込み上げる。
「ありがと、フェイト」
「いいんだよ。私もこれがあらためて大事なものだって分かったから、ずっと持ってたいんだ」
言いながらフェイトは、握り締めていたネックレスを着ける。
ペリドットがいつもの定位置──胸元に収まった。
「うん、やっぱり似合ってる」
本当に買ってよかったと思える瞬間だ。
「それじゃあ、そろそろ戻ろうか。フェイトも疲れてるだろうしね」
彼女を疲れているだろうことを考慮して、帰ることを促す。
ユーノは階段にむかって数歩進むと、振り返ってフェイトに手を差し出した。
フェイトはその行動を見た瞬間、
「…………あれ?」
何かしらの違和感を覚えた。
どこかがいつものユーノとは違う。
そんな感じがした。
「……もしかして、ユーノも疲れてる?」
不意にフェイトがそんなことをユーノに訊いてきた。
「いや、大丈夫だよ」
手を振ってユーノが否定する。
が、フェイトはその行動を見て、さらに確信する。
「うそだよ。やっぱり疲れてる」
フェイトはユーノの胸元に手を当てる。
「ユーノ、心が疲れてるよ」
辛いことも悲しいこともたくさんあったから。
そして優しいユーノのことだから、その全部を背負ってる。
どうしてかは分からないけど、ユーノがそうやって重い荷物を背負っていることがフェイトには分かった。
「ユーノが私を支えてくれるように、私だってユーノを支えたい」
これは義務でも責任でもなく、わがまま。
「ユーノを支えるのは私じゃないと…………いやだよ」
恋人の自分が彼を支えたいという独占欲。
「……フェイト」
心配そうな表情で、フェイトがユーノのことを見ている。
その表情があまりにも真剣で、あまりにも隠し事を許さない表情だったため、
「…………やっぱり君には分かっちゃうか」
ユーノも観念したようだ。
「まったく、フェイトには敵わないな」
昨日から今日にかけて、たくさんのことがあった。
自分の子供が怪我をして、友人は重傷。
やりたくもない演技をして、わざわざ子供達の心を傷つけた。
それがたった二日の間にあった出来事。
……ほんの少しだけ、押しつぶされそうになった。
「いつもユーノのことを見てるから、私には分かるよ」
ずっとずっと……無限書庫に通っていたときから彼のことを見ていた。
だから違和感があれば、何がおかしいかは理解できなくても分かる。
「……そっか」
ユーノは彼女の言葉を聞いて、心が温かくなった。
彼女にそう言ってもらえて、本当に嬉しい。
──だから、かな。
唐突に……彼女のことを抱きしめたくなった。
ユーノはフェイトの手を引くと、自らの胸に中に引き入れる。
「えっ!? あ、あの、あのその、ユ、ユーノ!?」
先ほどとは違い、突然抱きしめられたためにうろたえるフェイト。
「充電だよ」
「じゅ、充電?」
「そう。僕はこれだけで頑張れる」
こうやって最愛の人を抱きしめてるだけで、頑張ろうと思える。
「ふ、普段は手、繋ぐだけで照れくさいんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。だから今はすごくドキドキしてる」
本当に心臓が高鳴ってる。
「でも、抱きしめたかったんだ」
ちょっとだけ、君に寄りかかろうって。
そう思ったから。
「んー、と……。ね、ねえ、ユーノ」
「なに?」
「ちょっと下を向いて」
抱きしめているフェイトから要望が出た。
ユーノは言われたとおりに下を向く。
瞬間──
「──っ!?」
フェイトに口付けされた。
口唇に柔らかい感触と、目を瞑ったフェイトが視界に広がる。
「…………ん……」
そのまま数秒ほど口付けると、フェイトがゆっくりと離れていく。
「少しは元気出た?」
「……すごく」
顔を赤くしながらユーノが答える。
「私もすごく元気出たよ」
顔を真っ赤にしながら、フェイトが笑う。
「ふ、不意打ちは反則じゃないかな?」
「不意打ちじゃないと、恥ずかしくて出来ないよ」
今も恥ずかしさと嬉しさのあまり、ユーノの顔を正視できない。
けれど、それはユーノも同じこと。
フェイトの顔を直視できず、左右に視線がずれる。
互いが恥ずかしさで視線が合わせられずに沈黙が生まれそうになる。
が、そこでフェイトが口を開いた。
「……あ、あとね。もう一つ言いたいことがあるんだ」
恥ずかしいついでに、もう一つ恥ずかしいことをしてしまおう。
「な、なにかな?」
ユーノがそう言うと、フェイトは一度深呼吸をする。
そして顔は真っ赤のまま、最高の微笑みをユーノに向けた。
「私もユーノのこと、愛してるよ」