いなかったからこそ、知らなかった。


いなかったからこそ、気付けなかった。


けれど、今はいるからこそ気付かなければならない。


彼が『    』ということを、知らなければならない。




…………だから知って欲しい。




他の誰でもない、君自身に。
























「My family」外伝


『original strikers』







第二話

「約束」
























病院に着いて、まずはキャロの検査をした。
診察結果は全く問題はないとのことで、そのまま二人はお見舞いをすることにした。

「キャロは新人の人たちの所に行っておいで。僕はヴァイスさん達の様子を見てから、そっちに行くよ」

「分かりました」

二手に別れる。
キャロはエリオとスバルがいる病室へ。
ユーノはまず、ザフィーラがいる病室へ。
それぞれ向かう。


























コンコン、とドアをノックする。

「どうぞ」

中からシャマルの声がした。

「おはようございます」

ユーノは挨拶しながら病室の中に入る。
と、中にいたシャマルとヴィータと目が合った。

「ユーノ君!?」

入ってきたのが意外な人物だったからか、シャマルが驚きの声を発した。
ユーノが隣を見れば、ヴィータも驚いた表情をしていた。

「お前、何しに来たんだ?」

「何しに来たって、皆さんの様子を見に来たんですよ」

ユーノはシャマル、ヴィータと会話を交わす。

「ザフィーラさんの様子は?」

「見ての通り。私を庇ってくれて大きな怪我をしちゃって……」

シャマルが悲しそうに目を伏せる。

「そうですか……」

ユーノはザフィーラのベッドに歩いていく。
そしてたどり着くと、声を掛けた。

「さすがはザフィーラさん。守護獣に相応しい頑張りです」

自分の命を賭けてまで護るというのは、普通はできない。

「……けど、これ以上アルフには心配をかけないで下さいね」

貴方が怪我をして心配する女性がいることだけは、忘れないで欲しい。

「また、皆で集まりましょう。それでヴァイスさんを肴にして飲みましょう」

ザフィーラに聞こえずとも、話しかける。

「絶対ですよ」

そこまで言うと、ユーノはここで魔方陣を展開する。
が、数秒すると魔方陣は消え失せた。

「癒しの魔法?」

「ええ。部屋全体に癒しの結界魔法を掛けておきました。この形式なら最低でも二日ほど保ちますから、普通よりも早く怪我が治るはずです」

何をしたかシャマルとヴィータに伝える。

「それじゃあ、長居しても邪魔ですし失礼しますね」

二人に一礼して、ユーノは病室から出て行く。

「……魔方陣がねーじゃんかよ」

病室にいるヴィータがぼそり、と呟く。

「多分、眩しいから魔方陣を地面と天井の境に埋め込んでるんだと思うけど……」

「できんのか、そんなこと?」

「……ユーノ君ならできるんじゃないかしら」

彼が魔法を掛けたと言うのなら、掛けたのだろう。
なのに魔方陣が見えないということは、そうやったとしか思えない。

「……やっぱすげーんだな、あいつも」

「そうね」


















次に向かったのはヴァイスのいる病室。
ユーノが病室の前に着くと、ちょうどティアナが彼の病室から出てきた。

「ティアナさん?」

「あっ! ユーノ先生」

ティアナが目のあたりを袖で拭う。
少し泣いていたように、ユーノには見えた。

「し、失礼しますね」

そそくさとティアナは去っていく。

「………………」

ティアナの去っていく後ろ姿に、ユーノは声を掛けることができなかった。

「……僕も入ろう」

意を決して、ヴァイスのいる病室の前に立った。
ドアをゆっくりと開けて、ユーノは治療室の中へと入っていく。
眠っているヴァイスがそこにいた。

「ヴァイスさん」

ユーノはベッドへと近づいていく。

「また、随分と手酷くやられましたね」

曖昧に笑いながら声を掛ける。

「でも、峠は越えたって聞いたのでひとまず安心しました」

「…………………………」

けれどヴァイスからの返事はない。

「……いつもみたいに気安く呼んでくださいよ、“先生”って」

初めて会ったときと同じように、気軽に話しかけてほしい。

「つまらないじゃないですか、ヴァイスさんが喋ってくれないと」

楽しいのはヴァイスと会話している時。

「また、たくさんくだらない話をしましょうよ」

今までと同じように話を。

「フェイトのことで僕をからかって、ティアナさんのことでからかわせてくださいよ」

「…………………………」

けれどやはり、反応はない。

「ヴァイスさん……」

ユーノは手のひらを握り締める。
そして目の前の壁を──ガン──と拳で叩く。

「…………何で寝てるんですか、ヴァイスさん……」

ヴァイスが起きている時では絶対に見ることの出来ない、悲しそうな表情になる。

「ティアナさん、泣いてたじゃないですか」

彼の好きな人を、他の誰でもないヴァイスが悲しませてる。

「……………………」

これ以上は……ユーノも何も言えなかった。
代わりに魔方陣を展開する。

「これで少しは楽になると思います……」

そう言うとユーノは踵を返す。
が、一度振り向くと泣きそうな笑顔を浮かべて、

「目が覚めたら、また来ますね」

ドアを閉めた。




















次に訪れようとしたのは新人達の病室。
先ほどの感情を表に出さないためにパン、と一度頬を両手で叩く。

「さて、と」

ドアに手をかける。
が、その前にユーノは一つ思いついた。

「あっ、そうだ」

病室のドアを開けるのをやめて、眼鏡を外す。

「さて、久々だけど大丈夫かな?」

魔方陣を展開する。
瞬間、ユーノの姿が──













      ◇      ◇
















ティアナが病室に着いてから2,3分ほどした頃だろうか。

──カリカリカリカリ──

何かを引っかく音が聞こえた。

「何の音?」

ティアナが三人に訊く。

「ドアから聞こえてきますよ?」

エリオがドアの方を指差す。

「私、ちょっと見てみますね」

キャロがドアに向かって歩いていく。
そしてゆっくりとドアを開けた。

「あれ?」

が、目の前には何もいない。

「なんだったのかな?」

そうしてキャロが振り返る。
と、そこにいたのは、

「きゅうっ!」

一匹の小動物。
それがエリオのベッドの上に乗っていた。

「……いたち?」

「フェレットよ、フェレット」

「いったいどこから来たんですかね?」

三人がそれぞれ感想を述べる。

「いつの間に入ってきたんですか?」

「あんたがドアを開けた瞬間、するするっと入ってきたのよ。それでそのベッドの上に飛び乗ったの」

ティアナがキャロに説明する。

「でも、何しに来たのかな?」

「たまたま入り込んだんじゃないですか?」

4人が少し考える。
が、

「きゅう〜!」

フェレットが一鳴きする。
4人の注目がフェレットに集まった。
注目が集まると、小動物は二本足で立つ。




そして──バク転をした。




「……フェレットがバク転?」

ティアナが呆けた表情になる。
フェレットはそのまま2回、3回バク転をすると勢いそのままに宙返り。
そして見事に着地。

「……いたちが芸してる」

「すごいですね、このフェレット」

続いてベッドの手すりを逆立ちしながら伝っていく。

「きゅ〜、きゅ、きゅう」

時折よたよた、とふらつきながらも見事渡りきる。

「すごいね、ティア!」

「……あんた、なかなか現金な性格してるわね」

少し落ち込んでいた表情はどこにいったのか、スバルは目の前で行われている芸に夢中だ。

「次、何するんでしょうか?」

エリオが興味を持ちはじめた。

「きゅっ!」

フェレットは加速すると壁を走り抜ける。

「フェレットって壁走りできるんだ」

「すご〜い!」

お子様二人はすでに観客と化す。

「きゅう〜!」

壁を走り終わると、次に待っていたのは格子状のガラス窓。
そこをよじ登る。

「フリークライミング?」

「きゅう、きゅう、きゅう、きゅう」

一定のタイミングでテンポよく登っていく。

「あとちょっとだ」

「がんばれ〜」

そして一番上まであと5分の1……といったところで、


「……きゅ〜〜」


力尽きた。
ずるずる〜、と落ちていく。

「あ〜、落ちちゃった」

「あとちょっとだったのに」

「惜しかったわね」

「残念でしたね」

残念がる4人。
けれど表情は面白いものが見れてよかった、といった感じだ。
フェレットはそんな4人の様子を見て、満足したようだ。

『というわけで、みんな和んだかな?』

フェレットから声がした。

「「「「…………え……?」」」」

4人全員の声が重なる。
と、同時に地面に降り立ったフェレットの下に魔方陣が展開される。
次の瞬間、現れたのは……

「父さん!?」

「お、おとーさん!?」

「フェ、フェレットが人間になった!?」

「ユ、ユーノ先生がフェレット!?」

四者四様、全員が取り乱した反応をする。
ユーノはそんな四人を見て、一人笑っている。

「どうでした? 楽しかったですか?」

「えっと……はい。楽しかったですけど……」

ユーノに訊かれて、思わず本音が出るティアナ。

「キャロには言ったことなかったかな? 僕が魔法でフェレットになれること」

「……あっ! あります!」

キャロはユーノに言われて、はたと思い出す。

「エリオも楽しんでくれて何よりだよ」

「はい。すごく面白かったです」

エリオはエリオで、純粋に楽しんでいた。
そして最後は、

「ナカジマさんは初めまして、ですね。無限書庫司書長のユーノ・スクライアです。いつもエリオとキャロがお世話になってます」

「は、初めまして! スバル・ナカジマです」

肩書きに緊張したのか、スバルはピシッとした言葉を返す。

「そんなにかしこまらないでいいですよ」

「は、はい!」

とはいっても、なかなか無理そうだ。

「おと……ユーノさん、さっきは何でフェレットになってたんですか?」

キャロが尤もなことをユーノに訊く。

「いや、ね。さっきからどうにも暗い感じがいろんな場所でしてたからさ。明るくするためにフェレットになって芸でもしようかなって思ったんだ」

この病室の前に着いたときも、そんな様子がドア越しに感じられた。
それに先ほどヴァイスの病室の前で、泣いているティアナとすれ違ってしまったのだから、なおさらだ。

「結果は大成功だったかな?」

4人の表情を見れば、成功したことは間違いない。

「……あの、ユーノ先生」

その中の一人、ティアナが声を発した。

「……ありがとうございます」

「気にしないでいいですよ」

ティアナの感謝に、優しい表情を浮かべるユーノ。

「………………?」

ただ、他の3人は何のことだかさっぱりだった。

「さて、僕はエリオとキャロを連れて買い物に行って来ますね。お二人は何か欲しいものはありますか?」

「えっと……それじゃあ、パンと紅茶をお願いできますか?」

「私もティアと同じでいいです」

「分かりました。それじゃ、ちょっと買ってきますね」

ユーノはそう言うと、エリオとキャロの肩を持つ。

「行こうか、二人とも」

エリオとキャロを引き連れて病室を出て行く。
と、同時に、

『ティアナさん』

彼女にだけ聞こえる念話を送る。

『どうしたんですか、ユーノ先生?』

『あと、お願いします』

ティアナはユーノの言葉に「何が?」とは……問わなかった。

『……分かりました』

ティアナが返事をすると、ユーノはドアを閉める際に笑顔を浮かべて出て行った。

「……敵わないなあ」

ベッドに寄りかかると、ティアナは一人嘆息する。

──入ってきたばっかりで、どうしてスバルのことまで気を回せるのかな?

自分のことにしてもスバルのことにしても、案ずることに関しては本当に長けてる人だ。
特に自分は初めて会った時から今まで、あの人には心配ばかりされてる気がする。
元々観察眼がいいのか、それとも無限書庫の司書長としてやってきたからなのか、はたまた考古学士として年配の方達と関わっているからなのか。
どれかは分からないが、本当に感情と空気の機微を感じ取ることが上手い。

「ティア、どうしたの?」

スバルが不思議そうに訊いてくる。

「何でもないわよ」

スバルに問われて、ティアナは考えを打ち切った。
彼について考察するのは、事件が終わってからでいい。
これから何度も会う機会だってある。

──だから今、私がやるべきことをしよう。

ティアナが今、この場ですること。

それは──




「っていうかアンタは心配するほうじゃなくて、心配されるほうなの分かってる!?」


















      ◇      ◇



















「スバルさん、大丈夫でしょうか」

「大丈夫だよ。ティアナさんがどうにかしてくれるさ」

「でも、ギンガさんのことで……」

攫われた姉のことで、きっと落ち込んでいるはずだ。

「まあ、ね。妹なんだから、落ち込んで当たり前だよ。僕もギンガ・ナカジマさんとは彼女のお父さんを通して面識があったからね。何も思わないわけじゃないよ」

縁がある女性が攫われて、何も思わない人間じゃない。

「けどね、ティアナさんだったらナカジマさんを上手く励ませられるよ。キャロもエリオもそう思うだろ?」

「はい」

キャロとエリオが素直に頷く。

「じゃあ、ティアナさんに任せれば大丈夫だよ」

彼女がどうにかしてくれる。
だからユーノは話を変えて、エリオに顔を向ける。

「エリオ、体の調子はどう?」

「全然大丈夫です。病院に来る前に治療を受けたのがよかったらしくて、明日には完全回復するみたいです」

一応、右手を吊ってはいるけれど大した痛みはしない。

「それ、おと……ユーノさんがしてくれたんですよ」

「とう……じゃなくて、ユーノさんが?」

またしても『おとーさん』と言いそうになるキャロ。
釣られてエリオも『父さん』と言いかけた。
ユーノはしょうがないな、と苦笑すると、

「キャロ、エリオ。事件が解決するまでは『ユーノさん』じゃなくていいよ」

「いいんですか?」

「今回は特別」

たぶん、そう呼んだほうが安心すると思うから。
だから今回は特別。

「それで治療のことなんだけど、昨日は僕もあの場に行ったんだ。それでキャロとエリオを見つけたから治療したんだ」

「ありがとうございます、父さん」

エリオが頭を下げる。

「僕はエリオの父親なんだから当たり前だよ」

くしゃり、とエリオの頭を撫でる。

「さて、買出しに来たわけだけど、今のうちに──」

と、その時だった。




「三人とも!」




声を掛けられた。




“彼女”の声が、耳朶に響いた。




ユーノは振り向く。

「…………フェイト……」

フェイトの姿が、ユーノの瞳に映った。

「………………ぁ……」

最愛の女性がそこにいる。
それが不意打ちで、不意打ちで、不意打ちで……




不意に彼女のことを抱きしめたくなった。




「ユーノ?」

不思議そうな顔でフェイトが訊いてくる。

「……いや、なんでもないよ」

ふるふる、と首を振る。

「フェイトが来てくれて、ちょうどよかったなって思ったんだ」

生まれた想いは隠して、フェイトと会話をする。

「どうしたの?」

「ちょっとやることがあるからさ、新人の人達への買出しとキャロのこと、お願いね」

キャロの両肩を持って、フェイトに少し押し出す。

「え? あの、おとーさんとエリオ君は?」

「僕はちょっとエリオと話すことがあるんだ。だから、ちょっとだけ別行動だよ」
















      ◇      ◇
















ユーノとエリオ、二人で病院にある庭を歩く。

「僕はエリオ達といつでもいれるわけじゃないからね。だから訊けるときに訊いておこうと思うんだ」

「何をですか?」

「エリオはこれからどうしたいのかってことを」

ユーノは娘にした質問を、今度は息子にする。

「昨日、キャロがどうしたいのかは聞いた。だから今日はエリオに訊くよ。君がこれからどうしたいのかを」

いつもの優しい表情ではなく、どちらかと言うのなら……無限書庫司書長、考古学士としての表情でエリオに接する。
そこにはいつもある、親としての表情が見当たらない。
真剣、そして冷静にエリオの発言を吟味しようとしている。

「……そんなの、決まってます」

エリオはそんなユーノに対して、分かりきっている言葉を放つ。

「スカリエッティは間違ってます。壊して、傷つけて、ボロボロにして……。僕はそんなの許せません」

六課を壊し、皆を傷つけてボロボロにした。
そんな奴を許すことなどできない。

「だからスカリエッティのやることを阻止します」

真っ直ぐ、ユーノを見据えて答える。

「彼の何が間違ってる?」

「だって普通に考えれば、スカリエッティは間違ってます」

エリオは当たり前のことを、当然の如く答える。

「昨日あいつが言ったことだって、自分のエゴでしかないですし……」

誰もが分かりきったような言葉を続けるエリオ。
けれど、

「そうかな?」

ユーノは同意しなかった。

「エリオ。正しいとか間違ってるとかはね、単純じゃないんだよ」

優しく諭すわけでもなく、ユーノは単純に言葉だけを紡ぐ。

「けどスカリエッティは──!」

「どうして間違ってる?」

反論しようとしたエリオに、ユーノは再度問う。

「……君がエゴだと評した言葉だけで捉えようか」

あくまでも彼が言った言葉だけを捉えて考える。

「スカリエッティの言ったことの一体どこが間違ってる?」

「どこが?」

「そうだよ。六課の宿舎を壊したことも、皆を傷つけたことも考えない。もちろんスカリエッティがどんな人物なのかも考えない。彼の言動だけを考えるなら、僕は学士としてスカリエッティの言い分は何も間違ってないと思うよ」

「──え!?」

ユーノが言ったことに、驚きの表情をエリオが浮かべる。

「確かに管理局は技術を抑制してる。正しい技術さえも抑制してる」

それは間違いなく事実。

「いずれ僕が見つけたものも、抑制される日が来るよ」

ロストロギアとして登録される物も、発掘してしまう。

「なのに管理局は正しいと言える?」

本当に間違っていないのだろうか。

「僕らを介さず、独自の判断で奪う管理局。正しく使おうとしているのに、勝手にオーバーテクノロジーだと言って奪う管理局は正しいと言える?」

“普通”に考えるのなら、正しくないのではないだろうか。

「本当にその判断が間違ってないって言える?」

冷徹に、何も感情を込めずにユーノは言い放つ。
少しでも感情を込めればきっと……こんなことを言う自分に嫌気がするから。

「……それ、は……」

エリオは反論が出来ない。
……いや、反論する術を持っていない。
ユーノの言い分を返せるほどの経験や知識を、エリオは持っていない。

「もちろん壊したことや傷つけたことは許すべきじゃない。そんなことは許しちゃいけない」

とはいえ、全体的にスカリエッティがやったことを考えれば、許されるはずもない。

「だったら──」

「だけどね」

ユーノはエリオの言葉を遮る。
そして向けるのは、普段とはあまりにも違う冷酷な視線。

「君は『社会の正義』を振りかざせるほど、社会のことを知ってる?」

自分はおろか、大人ですら難しいものを子供が振りかざそうとしている。

「もっと強く言おうか。“たかだか”10歳の子供でしかないエリオが、一般論や『社会の正義』を振りかざして戦いに行く? そんなの、あまりにくだらなくて本当に馬鹿らしいと思わない?」

仕方なく、じゃなくて本人の希望で子供が戦場に行くことほど馬鹿げた話はない。

「この世界は子供の君に頼らなければいけないほど、落ちぶれているのかな?」

今、自分達がいる世界は10歳の少年に護ってもらわなければならないほどの世界なのだろうか。

「…………あ……あの……えっと……」

エリオの表情が困惑した様相になる。
いきなり突き放されて、どうしていいか分からない表情。
急に傍にあるものがなくなって、一人ぼっちになったような表情。


それを見てユーノ胸は──ズキン──と痛んだ。


──ごめんね、エリオ。

……でも、まだ止めるわけにはいかない。
エリオの『父親』として、止めるわけにはいかない。

「それに、エリオだって“間違ったことをしてない”って言える?」

「え? だ、だって僕は……」

エリオが反論しようとする。
当然だ。
この状況において、自分が間違ったことをしてるとは思っていない。
自分が間違っているなんて露ほども考えてはいなかったはずだ。
だからこそ──










「少なくともエリオは僕を傷つけてる」










そんなものはエリオの思い違いだと、気付かせなければならない。

「君は僕を傷つけてるんだよ」

ユーノははっきりとエリオに伝える。
その言葉でこの子がすごくショックを受けると思う。
この言葉でこの子が泣きそうになってしまうかもしれない。




──それでも……エリオは知らないといけない。




エリオの行動で、傷ついてしまう人もいるんだということを。

──君を大切に想う人が傷つくんだということを。









他の誰でもない、君が知らなければならない。








「……ど、どうして?」

「だって『戦場に出る』んだろ? だったら、それだけでエリオは僕を傷つけるよ」

ユーノが言った瞬間、エリオの表情が……変化した。
父親の想いに気付いたからこそ、変わった。

「自分の子供が戦場に出ることを喜ぶ親なんていない」

まだ10歳の大切な息子を、喜んで戦場に送る親なんているわけがない。

「エリオが戦場に行くことで、君の父親である僕の心は傷つく」

後悔し、心配し、不安になり、危惧する。
その一つ一つを感じるたびに心が押しつぶされそうになる。

「だから、エリオに問おうか」

さきほどと同じような問い方で再度、エリオに尋ねる。

「君は……『親を傷つけているエリオ・モンディアル』は正しいと言えるの?」

『正しい』と断言できるのか?

「僕を傷つけて尚、自分は間違っていないとエリオは言い切れる?」


















      ◇      ◇


















「…………………………」

言葉を出すことは出来なかった。

「…………………………」

何も言えなかった。

「…………………………」

反論なんて出来なかった。

──全部、本当だ。

僕はまだ『社会』を振りかざせるほど社会を知ってるわけじゃない。
大人に比べれば、僕なんて全然社会を知らない。

──全部……言い返せない。

父さんの言ったことが本当だって、僕は分かってる。
だって父さんが本当に僕を想ってくれていることを『僕』は知ってるから。

「…………」

父さんが本当に僕を愛してくれているから、僕が戦場に行くことで父さんの心は傷つく。
あまりにも当たり前で、当然で…………だからこそ、何よりも嬉しい。

──父さんが心配してくれて嬉しい。

どれほど父さんが冷たく言おうとも、どれほど父さんから冷酷に言われようとも、それでも父さんの言葉の節々からは、優しさが滲み出てる。
必死に鉄仮面を着けようと苦労しているのが、簡単に分かってしまう。

──だから父さんにそんなことをさせてる僕が『正しい』だなんて……思いたくない。






………………はずなのに。






──それなのに……。






嬉しいのに。






……………………どうしても僕はこの感情を抑えられない。






「僕は……」






──父さんが傷つくことを理解しても。






「僕は……」






──父さんを傷つけてしまうとしても。








「それでも僕は──っ!」








瞳が潤む。
目じりに涙が溜まる。

「…………父さんを傷つけても…………行きたいんです……」

この気持ちは誤魔化せない。

「……傷つけてるのに…………僕は…………」

左手でユーノの服を握り締める。
泣き顔を見られたくなくて、父親の胸に額を押し付ける。








「………………ごめん…………なさい…………」








申し訳ない気持ちと情けなさが綯い交ぜになって、酷く自分が馬鹿に思える。
説明できない感情を理由にして、大好きな父親を傷つけて、それでも戦場に出る。
“本来ならば”行かなくてもいいはずの場所に自ら望んで行って、それで大切な人を傷つける。
あまりにも愚かしい、その行動。
それは『父親』であるのならば、当然許せるはずがない。
『家族』である以上、行かせたいはずがない。
けれども──


「僕もごめん」


エリオの想いを聞いたからこそ、ユーノも応える。

「辛いことを言って、泣かせるほど追い詰めて…………本当にごめんね」

ユーノはそんなエリオの頭に右手を添えると、思いっきり自分の胸に押し付ける。

「けどね、僕が“てきとう”にスカリエッティのことやエリオのすることを言っただけでも、エリオは迷っちゃっただろ?」

しゃくり上げるエリオの背中をさすりながら、ユーノは自分の想いを伝える。

「これはキャロにも言ったけど、君達は無理に賢く考える必要はないんだ。小難しいことなんて考えなくていいんだよ」

君達はそんなことを考えなくていい。

「一般から見て自分が正しいとか間違ってるとか、そんなのはどうでもいいんだよ」

本当にどうだっていい。

「だって、今の君達は正しくても間違っててもいいんだから」

エリオが正しかったら『正しい』し、間違っていても『正しい』。

「それはエリオやキャロだけが持ってる権利なんだよ」

まだ子供の二人だからこそ、持っていられる権利。

「だから一般論に照らし合わせなくていい。『誰しもの正義』じゃなくて、『エリオの正義』でエリオは頑張ろうよ」

「……ぼく……だけの?」

「そうだよ。君だけが持ってる正義を貫く必要があるんでしょ?」

「……うん」

「上手くいきそう?」

「……ううん。難しいと思う」

顔を横に振る振動がユーノに伝わる。

「だったら、押し付けようか」

「え?」

ユーノから予想外の答えが返ってきた。

「もし納得いかないことがあるんだったら、それに対して自分の考えを押し付けよう。『僕はこう思うんだ』ってことを押し付けるんだ」

自分の価値観を“それ”に押し付ける。

「もともと、子供がする戦いなんてそういうものだよ」

理由なんて幼稚で、くだらないものが子供の戦い。
だからこそ相手と仲良くなれて、すぐに仲直りできる。

「エリオの最初の言い分……社会の正義を振りかざして戦うということは、そこにあるのは戦争だ」

一人の小さな理由が通用しないのが、戦争。

「けれど個人の正義を振りかざすんだったら戦争じゃない。戦闘、バトル、喧嘩、そういったものになるんじゃないかな」

大儀を掲げるわけでもなく、ちっぽけで大局には本当に関係ない理由こそが本来、子供がすべき戦い。

「エリオは戦争がしたい? それとも喧嘩がしたい?」

「……喧嘩」

「だったら喧嘩をしよう。エリオがしたい戦いをしようよ」

管理局など関係なく、エリオが望む戦いを。

「ただし、喧嘩だろうと怪我をしたらお説教だから」

少し茶目っ気を出して笑いながら、エリオに言う。

「それと、この事件が終わったらエリオに伝えたいことがあるから、ちゃんと僕のお願いを聞くために帰ってきてね」

「お願い?」

「ちなみにキャロはもう知ってるけどね」

「え!? ず、ずるいよ!」

思わず胸に押し付けた顔を上げて、エリオはユーノに抗議する。

「でも、知らないほうがより一層“帰りたい”って思うはずだから」

「……それは…………そうだけど……」

少しだけムスッ、とした表情でエリオが答える。

「エリオはちゃんと帰ってきて、父さんのお願いを聞くこと」

ちゃんと自分の下へと帰ってくること。

「“てきとう”とは言ったけど、僕が傷つくのは本当なんだから」

エリオを戦場に行かせることは、本当に本意ではない。

「だから、ね。約束だよ」

そう言ってユーノは、左手の小指をエリオの前に見せた。
エリオは小指を見ると、

「……うん」

一つ頷いて、ユーノの胸元にあった左手を顔の前まで持ってくる。
そして小指を絡めて約束する。

「わかったよ、父さん」

“絶対”に帰ってくることを。

“絶対”に戻ってくることを。






「約束する」






それは息子が父親にした…………初めての約束。




























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