第一話

『全ての始まり』

















それは、ユーノが一通り仕事を終えて休憩しているときだった。

──コンコン──

ドアをノックする音がユーノの耳に届く。

「はい、どうぞ」

いつものようにノックした人を部屋に入るよう促した。
許可と同時にゆっくりとドアが開いていく。
ゆっくりな動作で開き始めたドアの隙間から、大人よりもはるかに小さな体がユーノには見えた。
続いて把握出来たのは時空管理局の制服と桃色の髪の毛。そして、すぐ側では小さな白銀の竜が羽ばたいていたこと。

「あの……ユーノ・スクライア司書長でしょうか?」

幼い少女は恐る恐る、といった感じでユーノに名前を尋ねた。
だからだろう。
ユーノは小さな彼女を落ち着かせてあげようと思って、柔らかな表情を浮かべながら彼女に近づいていった。

「はい。僕がユーノ・スクライアですよ」

笑顔で女の子と視線を合わせる。
すると、問うてきた少女も安心したようだ。

「わ、私はキャロ・ル・ルシエといいます」

ユーノに自己紹介をしてくれた。
と、ここでユーノはふと頭の中に引っ掛かりを感じた。

──あれ? 確かこの名前って……。

聞いたことがある。

「もしかして……フェイトって人が保護者かな?」

「はい。フェイトさんが私の保護者をやってます」

女の子の返答にユーノは納得する。

──ああ、だから聞き覚えがあったのか。

フェイトと会って話をする時などは、いつもエリオ君とキャロという女の子の話を聞かされているのだから嫌でも聞き覚えがあるはずだ。
ついこの間も、二人が機動六課に入ってきたという情報を聞いたばかり。

──でも、今は関係ないよね。

フェイトが保護者とかは今は置いておこう。
今はこの子がここに来た用件を聞くのが先だ。

「それでルシエさんは今日、どうしたのかな?」

何か個人的な用件である、というのが一番安直な答えだ。
そうでなければ、キャロと会う機会などユーノにはないのだから。
機動六課経由にしろなんにしろ。
一方、キャロはユーノの質問に一度だけ戸惑ったように目を伏せたが、すぐに覚悟を決めたのか顔をあげて真っ直ぐにユーノを見据えた。


そしてキャロが放った言葉は──





「あの…………私を弟子にしてください!!」





──始まりの切っ掛け。



























「今日は最初に、ある模擬戦のデータを見てもらいます」

いつものようにスターズ、ライトニング分隊を集めての戦闘訓練……だと思っていたが、今日の始まりはいつもと違った。

「模擬戦ですか?」

スバルが疑問を放つ。

「うん。私達が四年前に行った模擬戦闘のデータを保存してあったから、今日は訓練の前にそれを見てもらおうかなと思ってね」

なのはがスバルの疑問を解決していく間に、シャーリーが大型スクリーンを展開して、そこに映像が映り始める。

「二対二のチーム戦。私とフェイト隊長が同じチームで、敵には私達の部隊の監査役であるクロノ・ハラオウン提督。もう一人は無限書庫に勤務しているユーノ・スクライア司書長」

画面に表示されている男性のうちの片方、女顔っぽい顔に見覚えがあったのか、エリオが「あっ!」と声を発した。

「ユーノさんが模擬戦の相手なんだ……」

何度も会ったことがある、優しい青年のことをエリオは思い出す。

「エリオはユーノ君のこと知ってるの?」

「はい。何度もお話の相手をしてもらったことがあります」

遺跡の話や取れた宝、ロストロギアの話など、多岐に渡っておもしろい話をしてもらっている。

「そっか。じゃあ、エリオはこの模擬戦どっちが勝ったと思う?」

「それはもちろんなのはさん達だと思います」

エース・オブ・エースのなのはだけならまだしも、彼女と同等の実力を持つフェイトがなのはと組んでいるのだから、そう考えても仕方が無いだろう。

「あと、提督は強いと思うんですが、その……ユーノさんはそんなに強そうには見えないですし……」

どうにもこうにも、ユーノが見た目からして弱そうに見えた。
後ろではスバルやティアナも頷いている。
キャロも、申し訳なさそうではあるが肯定しているようだ。
なのはは4人の反応に軽く笑った。

「なら、答え合わせをしてみようか。シャーリー、再生お願い」

「わかりました」















シャーリーが答えたと同時に、モニターに映っている四人全員が飛び立った。
同時に、左右に分かれるユーノとクロノ。
それを見てなのははユーノの方へと向かい、フェイトはクロノの方面へと向かう。
そこから戦闘が始まった。
アクセルシューターを放ってユーノに狙いを定めるなのはと、ハーケンフォームでクロノに接近戦を挑むフェイト。
この状況を画面で見ているティアナ達4人は、時間が経てばすぐにでもなのはがユーノを倒し、フェイトと二人がかりでクロノを倒しに行くものだと思っていた。


──だが。


違った。
ユーノは逃げ回りながらなのはの攻撃を的確に防ぎ、ことのほか粘っている。
するとなのはは考えを変えたのか、一定距離以上離れたユーノを見るや、構えをとった。
レイジングハートに魔力が溜まっているのが誰にでも把握できる。

──ディバインバスターだ。

スクリーンを見ている誰もが分かった。
無論、スクリーンに映っているユーノもそれを感じ取ったかのように、距離をさらに離す。
けれど、それでも未だ射程範囲内。
だからなのはからディバインバスターは……ユーノに向かって放たれた。








一方、フェイトとクロノの勝負は白熱していると言っても過言ではなかった。
一進一退の攻防。攻められれば守り、守っている最中でも隙あらば攻撃を繰り出す。
見ている4人が単純にすごい、としか思えないような攻防だ。
その攻防が2分ほど続いた頃だろうか、不意にクロノが距離をとった。
少しだけいぶかしむフェイトだったが、頭を振って懸念を消し去りハーケンフォームからザンバーフォームへと変えてクロノに一気に突っ込む。
そんなフェイトの様子を見て、画面上のクロノはくす、と笑う。

瞬間だった。

クロノに当たりそうになった瞬間、目の前に人影が飛び出してきた。
その人物はフェイトの剣戟をラウンドシールドで止める。
クロノはそれが当然という表情をしており、フェイトはフェイトで狙っていた人物が摩り替わっていたことに驚きを隠せず、一瞬戸惑った表情を浮かべた。
それはスクリーンを見ていた4人も同様。

「何であの人が!?」

ティアナの言葉は確かに的を得ていた。

──あの人はただ逃げ回っていて、それでなのはさんのディバインバスターが……。

と、ここでティアナが想像していたものがやって来た。


『ディバインバスター』


そう、なのはが放った砲撃は確かに彼を狙っていた。
それなのにユーノは防御魔法をフェイトの斬戟を防ぐために使っている。
よしんばもう一つ展開できたとしても、防ぎきれるとは思えない。
……と、画面を見ている4人は思っていた。

「…………そんな、まさか……」

ティアナの予想は……いや、4人の予想は簡単に覆される。
ユーノはもう一つラウンドシールドを展開し、それをディバインバスターへと向ける。
すぐにシールドとディバインバスターは接触。瞬間的にラウンドシールドが砕けると誰しもが疑わなかったが、砕ける気配などまったく見せない。
確かに防いでいる時のユーノの顔は辛そうではあるが、彼の展開しているシールドはヒビすら入っていない。
そして数秒ほどディバインバスターを防いでいると、ユーノの辛そうな顔もすぐに消えた。


なぜなら、ディバインバスターが唐突に無くなったから。


いきなりどうしたのかと4人は思ったが、すぐに疑問は解決された。
フェイトの斬戟をユーノに任せたクロノが、S2Uでなのはを狙撃したからだ。

『ブレイズキャノン』

クロノの長距離砲でなのはは戦闘不能。
後はフェイト対クロノ・ユーノの1対2。
簡単に追い詰められて、フェイトもクロノの攻撃で戦闘不能。
これが……模擬戦の結果だった。












「……嘘でしょ」

模擬戦の結果を見て言葉を漏らすティアナ。
自分達の予想とは全然違う結果だった。

「まさか隊長二人のコンビで負けるなんて……」

エリオも自分が言った予想と違い、驚きを隠せない。

「ちなみにこの時は能力限定なんてなかったから、私はちゃんと実力通りだったよ」

「能力限定してなかったのに……なのはさんが負けたんですか」

スバルはスバルで、あこがれの人が模擬戦とはいえ負けたことに少しショックを受けたようだ。

「あはは。私もフェイトちゃんも頑張って勝とうとしたんだけどね」

でも、となのはは続ける。

「これが知っておいてほしいことなんだ。優秀な前衛とセンターガードのコンビと、優秀な前衛、後衛のコンビだと基本的に前者が負けることのほうが多いってことを」

「どうしてですか?」

「一つ目は役割の問題。私とフェイト隊長だと、戦いを個別にするしかないんだ。まあ、いわゆるコンビネーション技って言ったほうがいいのかな。そういうのがあまり出来ないんだよ、前衛とセンターガードだと」

だから今までずっと1対1で戦うようにしていた。

「今のスターズにはそれを補うためにセンターガードが二人いる。逆にライトニングには後衛がいるからこそ、前衛が二人いることができるんだよね」

エリオの疑問を丁寧に答えるなのは。
そこに、シャーリーが口を挟む。

「でも、あの2人のコンビは例外ですよ。クロノ提督はなのはさんやフェイトさんと同ランクですし、ユーノさんはAランク。ただ、ユーノさんの凄いところはデバイス無しで魔法を同時展開、ですからね。そんな二人を相手にするなんて、なかなか厳しいですよ。なんだかんだで息が合ってますし」

二人は謙遜しますけどね、とシャーリーは付け加える。

「デバイスがないのに……フェイトさんの攻撃を防ぎながら、なのはさんのディバインバスターを防いでたんですか」

感嘆したようにキャロが感想を漏らした。

「しかも、見た感じだと『あれで限界なんだろうな』って思えたんですけど、なのはさん達の話によると違ってたんですよね」

「どういうことですか?」

キャロが問いかける。
シャーリーがなのはに確認を取ると、なのはは彼女に続きを促す。

「もしフェイトさんがクロノ提督を追いかけようとしたら、チェーンバインドを使って数秒足止めしようとしてたんですよ。フェイトさんの斬戟、なのはさんのディバインバスターの二つを受け止めながらバインドも使えるなんて、ユーノさんも守備という点に関しては案外とんでもない人ですよね」

「そうだね。ユーノ君、本当は結界魔道師なのに防御魔法も展開が速くて堅い。後衛としては見習う点が多いと思うよ」

ね、と言ってなのははキャロを見る。

「そうですね」

キャロも確かになのはの言うとおりだと思って、素直に頷いた。




















「つまり4年前の模擬戦のデータを見て、さらになのはの言葉を聞いて弟子にしてもらおうと思ったんだね?」

「はい。そうです」

今、語ったのが理由。

「……そうなんだ」

ユーノは頷く。
キャロの説明に違和感は特にない。
理由としても適当だ。

「でも……一つだけ訊かせてもらえるかな?」

だからこそ、訊いておきたいことがある。

「君の来た理由は分かった。でも、今のルシエさんのままでも問題ないんじゃないかな。確か聞いた話によると、召喚魔法に補助魔法、それにフリード……だったかな。この子も君と一緒にいる。だから僕のところに来なくても十分だと思うよ?」

弟子入りしたい大きな理由がある、と踏んだユーノはそれを優しく訊きだす。
キャロもユーノの聞きたいことを感じ取ったのか、大して戸惑いもせずに本心を語った。

「……スクライア司書長みたいに魔法を同時展開できれば、もっと皆のことを助けられると思ったんです。それに私は防御魔法が得意じゃありません。後衛とはいえいつか、避けきれなくなって狙われる時があると思います。その時、自分で自身のことを守れるようになりたいんです。エリオ君に余計な負担を掛けたくないから……」

大切なエリオに。

──優しいあの人に……負担を掛けたくはなかったから。

だから教わりたかった。
自分を守る術を。
なのはすらも認める、ユーノ・スクライアという人に。

「……そっか」

その確かな気持ちは……ユーノにもちゃんと伝わった。
真摯な言葉だったからこそ、すぐに理解できた。
キャロは偽りなく、エリオのことを守りたいんだということを。
そして、何よりも共感した。

──僕と……似てるんだ。

ユーノもそうだった。
後衛だからこそ、前で進んで戦う人達に気兼ねなく戦ってほしい願いがある。

「じゃあ、最後にもう一つだけ質問」

「何ですか?」

「ルシエさんは僕が師匠でいいの?」

とりあえず、最終確認として聞いておく。

──まあ、感覚で魔法を構成しているなのはよりは、こういうことを教える自身があるけど。

特に後衛のことは、より自分のテリトリーだ。

「そ、それはもう。だからお願いしにきたんです」

キャロが素直に首肯する。

「……そうなんだ」

キャロの意志は確認した。
本当にユーノに教えてもらいたい、ということも分かった。
じゃあ、返答なんて一つしかないじゃないか。
ユーノはゆっくりと手を差し伸べる。

「なら、これからよろしくね」

「いいんですか!?」

「もちろんだよ、ルシエさん」

キャロが差し伸べた手を握ってくれたところで、ユーノはキャロに笑いかける。
と、ここでキャロはふと気づいた。、

「あ、キャロでいいですよ、スクライア司書長」

思えば魔法を教えてもらうのだし、歳もキャロの方が9歳も低いのだから、呼び方を変えてもらうことをお願いした。
しかし、年上のユーノもそれは同じようで、

「なら僕もユーノでいいよ、キャロ」

「分かりました。ユーノさん」

お互い、呼び方を変えることとなった。

「じゃあ、今日はこの後暇かな?」

「はい。今日は何もありません」

「そしたら食事にでも行こうか。今後の予定と友好を兼ねて、ね」

ユーノは椅子から立ち上がると、キャロを連れて部屋を出て行く。










──これが始まり。










家族になるための、家族になることへの……始まり。









































TOPへ / 進む