リクエスト作品
夜勤明け、昼過ぎまで寝ていたユーノが起きて部屋から出ると、玄関から物音がしていた。
気になって玄関に向かうと、キャロとエリオが出かける準備をしていた。
「二人ともお出かけ?」
「はい。プレゼントを買いに行くんです」
「えっと……ああ、そういえばそんなこと言ってたね。お金はちゃんと持った?」
「はい、大丈夫です」
「買うものは?」
「向こうに行って決めるつもりです」
「そっか。じゃあ、気をつけていってらっしゃい」
「「いってきます!」」
二人が元気よく返事をして、玄関から出て行く。
ユーノは二人を見送ると、
「さて、僕も着替えてご飯を食べようかな?」
リビングに向かうために踵を返す。
が、振り返った瞬間、変なものが眼に映った。
「………………」
「………………」
ユーノと変なものは互いに無言で向かい合った。
「……え〜と」
ユーノは目がおかしくなったのかと思い、目頭を揉みほぐして眼鏡を拭き、もう一度真正面を見る。
が、相も変わらず変なものはそこにいた。
「あ〜、とりあえず聞いておこうか」
ユーノは変なもの──黒のコートにサングラス、そして新聞紙を持った人物に尋ねる。
「フェイト……何してるの?」
「へ、変装かな」
「その格好って冗談……だよね?」
ほんの少しの希望を持って訊くが、フェイトは首を縦には振らない。
「……本気なんだ」
ユーノは脱力すると、とりあえずフェイトの頭をはたいた。
「いたっ!」
「まずはその新聞紙を置いて、趣味の悪いサングラスを外してコートを脱ぎなさい」
「……はい」
◇ ◇
ユーノは寝巻きから着替えると、フェイトとテーブル越しに向かい合う。
「一応の予想はついてるけど、何で変装なんかしたの?」
「……エ、エリオとキャロが友達にプレゼント買うために街のほうへ行くんだよ」
「それは僕も知ってる。でも、キャロもエリオもクラナガンに二人で遊びに行ったこともあるんだから大丈夫じゃないの?」
「で、でもプレゼントをちゃんと買えるかなって……」
「小さな子じゃないんだから心配しすぎだよ。値段の高い買い物をさせるわけでもないんだから」
仮にも11歳の子供だ。
これぐらいの買い物はどうってことないだろう。
「それに、友達だって同じことしてるんじゃないの?」
「……一緒にパーティーする子のお母さんは『少しは心配だけど、いずれは経験させなきゃいけないこと』だって言ってた」
「ということは、あの子達にも必要なことだって分かるよね?」
「……うん」
フェイトが頷く。
が、顔には『心配だ』とありありと浮かんでいる。
ユーノはそんな彼女を見て、少しだけ考える。
──心配したままのフェイトを家にいさせるのはどうか、とも思うんだよね。
変装したということは、影から二人のことを見守る予定だったのだろう。
フェイトだって二人が大丈夫だということが分かれば、同じことがあっても心配することはないだろう。
年齢がもうちょっと上がっていけば、こういう心配をすることもなくなってくるはず。
──しょうがないな。
ユーノは嘆息すると、
「フェイト、出かけるからとりあえず髪の毛を結って帽子を被って」
「え? なんで?」
「いいから、準備して」
フェイトの疑問には答えずに身支度をさせる。
ユーノはフェイトが髪を結っている間に一旦部屋に戻り、あるものを取ってきた。
「で、次はこれ。フレームの太い伊達眼鏡だよ」
ポニーテールにして帽子を被ったフェイトに、部屋から眼鏡をかける。
「あの、ユーノ?」
再び問うフェイト。
ユーノは彼女に短くこう答えた。
「これからデートするよ」
◇ ◇
ユーノも眼鏡を外し、ニット帽をかぶってマフラーをした。それならバレそうなものだが、さらにブラウン色のカツラをつける。
フェイトも先ほどの格好にプラスして彼と揃いのマフラーをしてある。
「ねえ、ユーノ」
「ん?」
「ありがとう。本当は疲れてたんだから家で休みたかったよね」
「いや、たまには婚約者を喜ばせないとね。それに、こういうデートも新鮮でいいんじゃないかな」
だからフェイトが気にすることは何もない。
「こんなこと、普通はしないから面白いよ」
彼が視線を向ける先には、息子と娘があれこれ言いながらプレゼントを選んでいた。
「さて、と。キャロとエリオは楽しそうに選んでるね」
「あの子達、ちゃんとしたもの選べるかな?」
「ん〜、大丈夫じゃないかな。あの子達のことだし」
「も、もしかしたら変な物を買って友達を怒らせちゃったりとか」
「するわけないって」
と、ユーノの少し声が大きくなったのか、エリオがピクリと反応してユーノ達を見た。
咄嗟にユーノとフェイトは腕を組んで買い物をしているように装う。
エリオはぐるりと周囲を見回した後、首を捻って買い物を再開した。
「ちょっと声が大きくなっちゃったか」
「少し気をつけないといけないね」
クスクスとお互いに笑う。
「でも、ばれなくてよかったね」
「変装なんてこれぐらいでいいんだよ。さっきのフェイトみたいな服装なんて、どうぞ疑ってくださいって言ってるようなもんだし」
「あ、あれははやてが古来から伝統の隠密術だって──」
「はやてだよ?」
「……ごめん」
「分かればいいよ、分かれば」
◇ ◇
夜、一足先に家に帰ったユーノとフェイトは、夕食の準備をしてエリオとキャロを待っていた。
あとちょっとで夕飯が完成する、といったところでドアの開く音が二人の耳に届いた。
「ただいま!!」
「おとーさん、おかーさん、ただいま!」
エリオとキャロがリビングに顔を出す。
「二人ともお帰り」
「お帰りなさい。そろそろ夕飯が出来るから、荷物を置いて手を洗ってね」
フェイトの言葉に二人は頷くと、パタパタとせわしく部屋に戻っていった。
「それで、今日はどうだったの?」
「すっごく悩んだんですけど、喜んでくれそうなものが見つかったから買ってきました」
「それはよかったね」
「はい。それでですね──」
キャロとエリオが交互に会話をする。
ユーノとフェイトはニコニコと二人の話を聞いており、足元では子犬モードのアルフとフリードが食事をしている。
「最後に包装紙に包んでもらって、今日は帰ってきたんです」
「じゃあ、包装紙がしわくちゃにならないように気をつけないとね」
「そうですね。ぐちゃぐちゃになったら包んだ意味なくなっちゃいますし」
キャロが頷く。
と、ここでエリオが話題を変えた。
「今日は父さんと母さん、何をしてたんですか?」
「夜勤明けだったから家でのんびりしてたよ。フェイトもね」
「そうですか」
「どうしたの?」
「いや、父さんと母さんの声が聞こえたような気がしたから、近くに来てたんじゃないかなと思って」
「ああ、時々あるよね。知り合いに呼ばれたと思って振り返ってみたら、全然知らない人だったりとか」
「あ〜、やっぱりそうですよね」
エリオが「そうだよな」という表情をする。
フェイトは心の奥底でほっ、としてユーノの上手いスルーに感謝した。
と、同時に彼女の心の中には一つの怒りが。
それは家族に対してではなく、ある一人の女性に対して。
思いっきり嘘をフェイトに教えたある人物に対して。
ということで。
後日。
「わ、私がなんかやったんか!?」
「はやての所為で私、大恥かくところだったんだよ!!」
「な、何のことや!?」
「何が『尾行のオーソドックスの服装はこれや』だよ! おかげでユーノに変な人扱いされたんだ!」
「……? 尾行のオーソドックスって……あれ? ま、まさかフェイトちゃん、本当にやったんか?」
恐る恐るはやてが聞き返した瞬間、フェイトの体からパチリと大気中に電気が弾ける音がした。
その音はだんだんと大きな音を奏で、フェイトに向かっていく。
「ちょ、ちょっとそんなホラーみたいにゆっくりと歩いてくるんはやめて! ほんのお茶目やったんや! ジョ、ジョークなんよ、イッツアメリカンジョーク!」
「おかげで私がジョークみたいな存在になったんだよ」
「おお、上手い返し……ってそうやなくて!」
「はやて、覚悟はいい?」
「は、話せば分かるんやないかな?」
「情状酌量はないよ」
「控訴は?」
「棄却」
ということで、かなりの電気を纏ったままフェイトははやての肩に手を乗せる。
瞬間、
「──ッ!?」
かなりの衝撃がはやての全身を駆け巡った。