小さく、ペンが机に置かれる音がした。
ペンの横には白い答案用紙が置いてあり、ユーノはそれを手に取る。
そしていくつかの答えを目にすると、少しだけ眉をひそめた。

──まあ、なんとなくは想像してたんだけど」

今までの生活を考えると、そこまで正解するとは思っていなかった。
だが、ここまで凄惨だとはさすがにユーノも予想できていなかった。

「さて、どうしたもんかな」
















My family 〜外伝〜


『 days1 』

「勉強は?」














『エリオとキャロに勉強を教える?』

ジェイル・スカリエッティとの対決が終わって1ヶ月弱ほど。
12月を迎えて本格的に寒くなってきた頃、ユーノはフェイトと電話で話し合いをしていた。

「このあいだキャロにちょっとしたテストをやってもらったんだけど、どの教化も点数が良いとは言えなくてね。エリオも訓練校出身で勉強は出来るほうじゃないし、二人には春まで勉強をしてもらおうと思うんだ」

『……キャロ、そんなに悪かったの?』

「見てみる?」

ユーノはこのあいだの答案用紙のデータ化したものを、フェイトに送る。
フェイトがファイルを開いてデータを見ると、

『これは……酷いね』

「僕も表情には出さなかったけどビックリしたよ」

正解があまりなく、ほとんどは不正解だ。
これならユーノが勉強を教えると言ったのも理解できる。

『でも、勉強させるって言っても時間なんてあるの?』

「僕としてはさ、訓練の午前中を勉強に充てさせてもらいたいんだよね。朝の8時半からお昼まで」

『ゆ、許されるかな?』

「大丈夫だと思うよ。勉強云々っていうより、幼年の子供に対しての特別規則って確か管理局にあったはずだよ。拘束時間についても書かれてたはず」

でしょ? とフェイトに確認を取ると、彼女は少し考えた後に肯定した。

「それを使って勉強させるんだよ。戦闘訓練よりも、まずは教養を教えないとどうしようもないし。君たちってレリック捜索以外のときは訓練中心の生活をしてるんだから、その訓練の午前中を下さいって言ってるんだよ。だから無理はないだろうし、さすがになのはだって許してくれると思う。っていうか駄目だったら強引にでも了承を得るよ」

そうユーノは言うものの、なのはだったら十中八九「大丈夫」と言ってくれるだろう。

「それに何よりも、な・に・よ・り・も・ね」

念を押しながらユーノは言う。

「大部分はフェイトが二人に勉強を教えなかったのがいけない」

これが原因だ。

「二人とも戦闘に関する勉強をしただけで、一般的な子供が勉強していることをしてないんだよ。だから最低限、同年代の子供と同じくらいかちょっと下の学力ぐらいには伸ばさないといけない。学校行ったときに大きく出遅れてたらまずいし」

『……ごめんなさい』

ユーノにいろいろ言われたためか、フェイトが落ち込んだ表情で謝る。
だが、

「僕も気付いてなかったっていう悪いところがあるから謝らなくていいよ。でも、フェイトには“別のカタチ”で頑張ってもらおうかな」

ユーノはなぜか笑顔を浮かべると、彼女にそう言った。
フェイトは電話越しなのにもかかわらず、彼が背筋の凍るような笑顔を浮かべたのが分かったので恐る恐る聞き返す。

『べ、別のカタチって?』

「いや、やっぱりこれって僕以上にフェイトの配慮不足でしょ? だからフェイトには二人と一緒に勉強をしてもらおうかと」

『勉強? 私、これでも執務官試験を通ってるんだけど』

他の人よりも勉強をした自負はあるつもりだ。
しかし、ユーノが勉強させるのは“そこ”ではない。

「自信満々のところ悪いけど、誰が君に『法律や文系を勉強しろ』なんて言ったかな?」

『……え?』

「君が法律関係や国語に関しては何も言うことはないよ。でも、理系科目はどうだろう?」

『……り、理系!?』

「君ってなのはの世界の中学校っていうところまでは卒業したんだよね。つまりそこから先の理数関係は全く手をつけてない」

つまりは、だ。

「まだまだ勉強できること、あるよね?」

『で、でも高校の勉強ってどこをやるか分かんな──』

「大丈夫だよ。僕が責任を持ってなのはや他の人、あるいは無限書庫から資料を持ってきて的確な勉強させてあげるから。それに君たちのシフトを統括してるはやてに言えば、上手い具合に勉強時間は空けてくれるだろうし」

ユーノは笑顔のまま、フェイトの逃げ道は完全に潰す。

「というわけで、親子で一丸となって頑張ってね」

『……はい』


















      ◇      ◇


















──そして数日後。

アースラの一室にて、ユーノがホワイトボードの前に立っていた。
前の長机にはキャロ、エリオ、フェイトが三人並んで座っている。
そして後ろにはギャラリーとしてヴァイス面白そうに三人を眺めており、ティアナは三人より二つ後ろの席に座って勉強道具を取り出していた。

「さて、フェイトにキャロ、エリオ、ティアナさん。記念すべき第一回目のお勉強会が始めましょう」

パチパチパチ、と嬉しそうに手を叩くユーノとキャロとエリオとティアナ、そしてヴァイス。
フェイトは一人うなだれながら、小さく手を叩く。

「さて、この勉強会は基本的にエリオとキャロを教えることを優先とします。つまり二人のための授業を基本的には行う、ということです。フェイトは一人、黙々と数学の問題集を解いていってください。一章ごとの章末問題が終わったら、それを僕に見せて。正解率が75%以上だったら次の章に進んで、あとはその繰り返し。数学が終わったら、理科とか残ってるから思う存分頑張ってね」

ユーノの言葉に、フェイトがさらにうなだれる。
今さら高校の勉強をすることになるとは、露にも思ってなかったから。

「エリオとキャロは問題を解いているとき、わからなくなったら質問が出てくるよね。それでもし、そのときに僕がどっちかを教えてたりしたら、待ってるんじゃなくて一緒に勉強してるフェイトに訊いてね」

二人がこくりと頷く。

「ティアナさんには無限書庫ではなくて申しわけないのですが、午前中に勉強する場合はこれからこうなってしまいますがよろしいですか?」

「ええ、全然かまいませんよ」

ティアナが頷く。

「無限書庫をたくさん使うわけではありませんし、こういう学校みたいな感覚は好きですから」

「ありがとうございます」

ユーノが丁寧に頭を下げる。
顔を上げると今度はフェイトから質問が出た。

「あの、私がわからなかった場合は?」

「エリオとキャロが問題を解いているとき且つ、二人とティアナさんから質問をされてない場合は受け付けるよ」

「あ、扱いが酷くない?」

「そうかな? フェイトは頭良いし、特に質問されることはないと思ってるよ。実際に執務官試験の勉強のときだって、そこまで質問してきたわけじゃないし」

と、そこで一つ思い出す。

「そうだ、ティアナさんはフェイトに対してもどんどん質問しちゃってください。こういう機会は逃しちゃ駄目ですよ」

「はい」

ティアナが素直に頷いた。
ユーノは彼女の返事に笑みを浮かべると、宣言した。

「では、勉強を始めましょう」
















      ◇      ◇
















「はい、今日はここまで」

ユーノが宣言すると、パタパタとノートを閉じる音がする。
と、同時にエリオとキャロとフェイトが突っ伏した。
ユーノは三人に笑いかける。

「疲れた?」

「疲れました〜」

「すごく疲れました」

「……疲れた」

「勉強のための集中だったから普段よりもずっと頭だけを使ってるし、それで『疲れた』って感じるんだろうね」

ユーノが三人と話してると、最終的には爆睡していたヴァイスがユーノの前にやってくる。

「エリオとキャロはそうだと思うんすけど、フェイトさんはどうして疲れてるんすか?」

「たぶん数学関係に苦手意識でも持ってるんじゃないかと。ほら、苦手なことって好きなことよりもずっと疲れるじゃないですか」

「そんなもんですかね」

「そんなもんですよ」

ユーノはそう言って、手を叩く。

「はい、三人とも起きて! お昼ごはんに行くよ。ティアナさんを見習ってパパッと歩こう」

すでに片付けて立ち上がっているティアナを見てユーノがそう言うと、エリオとキャロは素直に起き上がる。
が、フェイトは起き上がらない。

「お〜い、フェイト?」

「……もうちょっとこのままで」

フェイトは予想以上に疲れたようで未だにぐったりとしている。
ユーノは彼女のぐったりとした姿に苦笑すると、

「エリオ、キャロ。ヴァイスさん達と先に行っておいで。僕はフェイトを起こしたら、すぐに追いかけるから」

「分かりました」

「すぐ来てくださいよ」

エリオとキャロはそう言って、ヴァイスとティアナと一緒に食堂に向かう。
ユーノは4人を見送ると、そのままフェイトの3分ほど休ませた。
そして頃合を見計らって肩を叩く。

「フェイト、起きなよ」

「うぅ〜、あと5分」

とりあえず寝てはいないようだが、まだ起き上がる気にもなっていないようだ。

「もう3分は休ませてるんだから、いいかげん起きなって。みんな待ってるよ」

「……もうちょっとだけ。仕事関係以外で、しかも自分の将来にあまり関わりないことを勉強するのって疲れるんだよ」

「知ってる。だからやらせたんだし」

「そ、それならもうちょっと休んでもいいでしょ?」

「駄目って言ったら?」

「ご褒美を要求するよ」

「それだとやらせた意味がないじゃないか」

「だったらいいよ。このまま休むから」

完全にうつ伏せになって動こうとしないフェイト。
こうなってしまっては“ご褒美”をあげる以外には梃子でも動かないだろう。

──なんともまあ、フェイトらしいというか。

彼女の目論見は手に取るように分かる。
とはいえ、キャロとエリオの名前を出せば簡単に起き上がるはずだ。

──けどね。

フェイトのこんな可愛いお願いを断るのも気が引ける。

──まあ、いいか。

表情では不承不承、といった感じでユーノはフェイトに顔を寄せると、軽く頬にキスをする。

「元気でた?」

ユーノが尋ねる。

「だいじょうぶ!」

すると、キスをしてもらったフェイトが跳ね起きた。

「最近よく思うんだけど、普通は逆だよね」

こういう役割は女の子がするのではないだろうか。

「もしかしてわざと?」

「そ、そんな! わざとじゃないよ」

「……本当に?」

少しだけ突っ込むと、フェイトがちょっとたじろぐ。

「……うっ」

「本当に?」

「……ちょっとだけ……期待した」

「素直でよろしい」

フェイトが白状すると、二人は隣り合って歩き始める。

「だって事件の後処理がたくさんあって会う暇なかったし」

「お互いに色々と大変だったからね」

今だって忙しさは変わらない。
だが、少なくとも午前中は勉強という名目があるために、気が休まる一時を過ごせている。

「それにユーノがちょっとだけ女の人に羨望の眼差しで見られちゃってるって皆が言ってた」

「それは君も同じだよ。フェイトに憧れた男性もいるって聞いたけど」

「で、でもでもユーノのほうが──」

「大丈夫だって。僕が君を抱きしめたっていうのがいろんな場所で噂になってるから。君だって訊かれたんじゃないかな? 僕とのことについて」

「う、うん」

「それで君は何て答えたの?」

ユーノが訊くと、フェイトは少しだけ躊躇うような仕草をみせる。

「フェイト?」

「えっと……ね」

言いにくそうにしながらも、フェイトはユーノの疑問に答えた。




「……将来の旦那様」




フェイトの答えを聞いて、ユーノの眼鏡が少しだけずり落ちる。

「……え?」

「その、将来の旦那様って言ったんだよ」

「……はい!?」

驚きの表情でユーノがフェイトを見る。
ユーノの反応にフェイトは慌てたように説明をする。

「だ、だってだって、いろんな人がユーノとの関係を訊いてきて、それでユーノが将来を誓い合った人じゃなかったら『うちの息子はどうですか』とか『私はどうでしょうか』とか言ってくるんだもん。だからユーノのことを将来の旦那様にしておけば、そ、その……」

だんだん声が尻つぼみで小さくなっていく。
少し大それたことをしてしまったんじゃないかと思ったらしい。
ユーノはそんな彼女に、

「い、いや、まあ、君がそれでいいならいいんだけどさ。僕だって嬉しいし」

「えと……いいの?」

「……うん」

ユーノは頷くと、恥ずかしさのあまり歩く速度をあげた。
フェイトが慌ててユーノの後ろをついていく。
そのあとは、お互いに無言のまま食堂まで歩いていった。
けれどその空気は刺々しいものではなく、どこか甘く優しげな空気だった。
















      ◇      ◇















「なあ、みんなで賭けをしねえか?」

「キャロとエリオを巻き込んで何をしようとしてるんですか、ヴァイス陸曹は」

「いいじゃねえか。ちょっとした遊びみたいなもんだよ」

「いったいどんな賭けをするんですか?」

「後からくる先生とフェイトさんが、いちゃいちゃしてからこっちに来るか来ないかを賭けようぜ」

「そんなこと、どうやって判断するんですか?」

「フェイトさんがこっちに来たときの表情で分かんだろ」

「ああ、確かにそうですけど……なんともまた、くだらないことをしますね」

「ちょっとした暇つぶしだよ、暇つぶし」

遊びの範疇だ。

「んで、エリオとキャロはどっちに賭ける?」

「もちろん、いちゃいちゃしてしているほうに」

「私もです」

キャロがエリオに同意すると、ティアナもそっちに乗っかった。

「あ、私もキャロ達と同じほうに賭けますから、ヴァイス陸曹はいちゃいちゃしてないほうに賭けてくださいね」

「……はあ!? ちょっと待てよ! なんでそうなんだ!?」

「だって、一人は逆に賭けてくれないと“賭け事”にならないじゃないですか」

「いや、そりゃそうだけどよ」

「ちなみに賭けるのは昼食のおかずを一品、というのでいいわね?」

「いいですよ」

「了解です」

エリオとキャロは素直に頷く。

「ヴァイス陸曹は?」

「……わかったよ」

しぶしぶヴァイスが了承する。

「では、結果を楽しみに待ちましょうか」

















そして、結果。
当然のようにヴァイスが負けた。

「……先生、ちっとは期待外れの行動をしましょうよ」

「勝手に人を賭けの対象にしといて、何を馬鹿なこと言ってるんですか」

「昼食のおかずを一品、ってのはいいんですがね。高いもの頼みすぎでしょうよ、三人とも。まあ、なんでそうなったかってあいつがキャロとエリオの分も選んだからなんすけどね」

「仕方ないですよ。ティアナさんが『ヴァイス陸曹に遠慮しないでいいわよ』って言ったところで、遠慮しそうなのがあの子達です。だからそれを踏まえた上でティアナさんは動いたんですよね?」

ティアナに尋ねると、彼女は一つ頷いた。

「前にエリオ達から、機会があったら『食べてみたい』と聞いていた高いおかずがあったので頼んだだけです。何より賭けを始めたのはヴァイス陸曹ですし、文句を言ったらキャロとエリオが気にしちゃいますよ」

そう言われてヴァイスがキャロとエリオを見てみると、少しだけ申し訳なさそうにしていた。

──別になぁ、冗談半分で言ってただけなんだが。

どうやらお子様二人は本気で捉えてしまったらしい。

「お前らは何を申し訳なさそうな顔してんだよ。これから毎日、勉強を頑張んなきゃならねえんだろ? だったら今日は美味そうなもんを奢ってやるから、それで英気を養えよ」

ヴァイスが勘違いした二人に、呆れたように説明をする。

「そうですね。この子達は初めて『普通の学校で習う勉強』をして疲れてるんですから、それぐらいは年長者の甲斐性ですよね」

今のヴァイスのやり取りは、間を繋ぐちょっとしたジョークみたいなものだ。
だが、キャロとエリオにはまだ、そういうことが理解できない年頃なのかもしれない。
もしくは、そういうことをやってこなかったからこそ、分からなかったのかもしれない。
フェイトはそう感じると、席を立ってエリオとキャロの肩を叩く。

「エリオもキャロも、これからはこういう人付き合いの仕方も覚えていかないとね。ヴァイスみたいな人もいれば、ティアナみたいなのもいる。いろんな性格の人がいるから、どういうのが冗談で、どういうのが冗談じゃないのか、判断できるようにしておかないとね」

「はい」

エリオが声にして、キャロが首を縦に振って首肯する。
どうやら三人の説明で、申し訳ない気持ちはなくなったようだ。




「特にヴァイスみたいな人のことを……『つんでれ』って言うんだったっけ? だから気をつけないといけないよ」




「………………」

「………………」

「………………は?」

瞬間、エリオとキャロとフェイトを覗く三人の空気が凍った。

「ツ、ツンデレ?」

「……お、俺が?」

「だってそうでしょ? 普段は気前がいいし、あっけらかんとしてるけど、時々思ってもないことを言って『つんつん』してるように見せてるし。今のだって私達にとってはどうってことのないやり取りだったけど、エリオやキャロにとっては『つんでれ』みたいに見えるんじゃないの?」

フェイトがそうヴァイスのことを説明すると、ユーノとティアナの肩が小刻みに震えた。
頑張って堪えようとするが、だんだん震えが大きくなっていく。

「ヴァイスさんが……」

「……ツンデレ」

そしてユーノとティアナは顔を見合わせると、同時に噴出す。

「あはは! そっか、ヴァイスさんがまさかツンデレだったとは!」

「フェ、フェイトさん! それ面白いですよ!」

ケタケタと笑い声を上げる二人。

「え、ちょっ、フェ、フェイトさん! ツンデレっつーのはそういうことじゃないっすよ!」

「違うの?」

「違いますって!」

ヴァイスは大笑いしている二人をよそに、『ツンデレ』について一所懸命フェイトに説明する。
このときの彼の必死具合は、過去にもそうなかったとか。























おまけ。






昼食を食べ終わって、別れる直前。
ユーノは気になって訊いてみた。

「フェイトってさ、そういう知識はどこで手に入れてるの?」

「はやてだけど」

「……あ〜、やっぱり」

























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